第34話 「齟齬」

 「何かあの生き物に心当たりでもあるのかい?」


 ハイディがククリを構えながら俺に聞いてくる。

 悪いが、UMAという事しか知らないぞ。

 それとは別で引っかかる事がある。


 「悪いがないな。初めて見たぞあんな生き物」

 「僕も心当たりがないよ。あんな魔物が出た前例があるなら僕達が知らない訳――」


 そこまで言ってハイディが押し黙る。

 たぶん俺も似たような事を考えていた。


 「この時期に現れたのって偶然じゃないと思うんだ」

 「そうだな」

 「あの魔物、森の方から来てるよね」

 「そうだな」

 「もしかして遺跡――」 

 「……言うな。仕留めよう」


 ますます、遺跡に行った連中から事情を聞く必要が出てきたな。

 と言っても、恐らく目の前のモンゴリアン――長いしここモンゴルじゃないからデス・ワームでいいか――の腹の中だろう。

 直接行って確認だな。


 ……で、俺達が悠長にお喋りできていたのは目の前のデス・ワームが俺の魔法で燃えた体を地面に擦り付けて火を消していたからなんだが……。


 火に弱いのか?とも思ったが見たところ、俺の魔法というより体に油のような物がかかってそれに火が付いていた感じだな。

 家を潰した時に付いたのか?


 どちらでも構わない。取りあえず何が効くのか試していくか。

 手始めに爆発を喰らえ。

 火を消し終えたデス・ワームは俺の方に頭を向けて怒りの咆哮でも上げようとしていたようだが、こっちを向いてくれたのは好都合だ。


 鼻っ面に<爆発Ⅲ>を叩き込んでやった。

 煙でどうなったか見えないが、表面ぐらいは吹き飛んだか?

 倒れてないし追加でもう一発……。


 「危ない!」


 ハイディが警告してくるが一瞬遅かった。

 俺は煙を突っ切ってきたデス・ワームの体当たりを喰らって吹っ飛ばされた。





 僕――ハイディは咄嗟に叫んだが間に合わず彼は魔物の突進攻撃を受けて吹き飛んだ。

 駆け寄ろうとしたが、目の前の魔物がそれを許してくれない。

 今度は僕の方に突進をかけてくる。


 横に飛んで躱し、距離を取る前にククリで切りつける。

 硬質な音がして刃が弾かれる。


 距離を取りながらククリを確認する。

 当てた部分が僅かに欠けている。

 

 ……硬い。

 

 硬度は鉄より上。

 刃や打撃で殺すのは難しいかもしれない。

 狙うなら口の中か。


 腰に差した毒ナイフに手を触れる。

 麻痺、睡眠などの毒だが、効果があるかは怪しい。

 基本的に対人で、無力化を念頭に置いた装備なので魔物相手は正直厳しい。


 魔物がこちらに向けて口を大きく開く。

 嫌な感じがしたので近くの比較的無事な建物の陰に入る。

 魔物の口から黄色い液体が噴き出す。


 鼻を突く刺激臭。

 僕は服の袖で口と鼻を覆いながら建物から離れる。

 液体のかかった建物は瞬く間に溶けていく。


 溶けた家を見て冷たい汗が流れる。

 少し触れただけでも致命的だ。

 周囲を見ると村人が遠巻きにこちらを見ている。


 一部の村人は崩れた建物から怪我人を引っ張り出して避難させようとしていた。

 彼らのためにもこいつを何とか村から引き離さないと…。

 それに――彼が使った<炎嵐>の余波で火災が発生している。


 彼には無事だったら後で一言言うとして、まずは気を引こう。

 <火球Ⅱ>を発動。狙いは頭。


 「……っつ!?」


 放とうとした魔法を解除。

 走って移動する。魔物は地面を抉りながら僕の居た場所を通り抜ける。

 

 走りながら地面に<風Ⅰ>を打ち込み砂を舞わせて視界を奪おうとするが、魔物は物ともせずに突っ込んでくる。

 速い。瞬く間に距離が詰り、追いつかれる。すぐ後ろで魔物が口を開く。


 僕は喰いつかれる直前に跳躍。

 魔物の頭に飛び乗り体の上を走る。

 身をよじって振り落とされる前に飛び降りて着地。

 

 魔物が僕の方に頭を向けたのを確認して村の外へ向けて走る。

 

 ……よし、そのまま追ってこい。


 このまま森まで誘導しよう。

 木々が密集した所ならあの巨体だ、動きが悪くなるはず。

 

 「……?」


 違和感を覚えて振り返る。

 魔物は反転して村の中央へ向かっていく。

 どうしてだ。僕は注意を引くために魔法を発動。


 今度こそ<火球Ⅱ>。

 発射。火球は真っ直ぐに魔物に向けて飛んでいく。

 着弾前に魔物の頭部が爆発する。一拍遅れて僕の魔法が着弾。


 魔物を挟んだ先で彼が手を翳していた。






 俺は体に付いた土や汚れを軽く払いながら今しがた放った<爆発Ⅲ>の結果を見たが…効いてないな。

 ハイディは……何であいつはあんなところに居るんだ?

 少し離れた所で魔法を撃ち込んでいた。

 

 俺が訝しんでいると、ハイディは自分の後ろを必死に指差している?

 何だ? 何を言いたいんだ?

 分からんが、あの化け物を仕留めた後にゆっくり聞くか。


 ……にしても、かなり硬いな。


 <爆発>を二発も叩き込んだのにまるで応えていないな。

 見たところ、悪魔みたいに威力を殺している訳じゃなく純粋に硬いのか。

 これまた厄介な奴が出てきたな。


 どう攻める?

 取りあえず、純粋な火力で突破は難しそうなので切り口を変えるか。

 俺はデス・ワームに向けて走る。

 

 デス・ワームは俺の方に頭を向けて少し仰け反る。

 これはアレだ。何か吐き出すモーションだ。

 そういえば炎か電撃吐き出すんだっけ?


 魔法で防ぐか。

 <風盾Ⅲウインド・シールド>。

 いつかのハイ・エルフが使っていた風の障壁だ。


 デス・ワームの口から黄色い液体が飛び出してきた。

 うわっ。何だあれ? 毒液か?

 毒液は風の盾に弾かれて周囲に飛び散る。


 大半は周囲に散ったが、一部は俺の守りを突破。

 数滴だったが左肩にかかった。

 げ。何だこれ。


 凄まじい勢いで肩が溶ける。

 俺は急いで修復を開始。溶解速度を上回る再生で無力化。

 やばいなこの液体。


 ほんの数滴だったのに再生しなかったら片腕を持っていかれるところだったぞ。

 俺は十分に間合いを詰めたところで魔法を発動。

 新技を喰らわせてやる。


 悪魔が使っていた魔法――名前はシンプルに<枯死ドライ・デス>でいいか。

 効果は対象を風化させて砂にする。

 ただ、遠いと効果が薄くなる。


 あの悪魔も遠距離では効果範囲が狭かった。

 頭スカスカだったからあの程度だったのかもしれないが、どちらにせよ距離が開けば開くほど使い勝手が悪くなるわけだ。

 では、最大限効果を発揮するのはどうすればいいのか?


 簡単だ。直接触って喰らわせればいい。

 懐に入り込むと拳に魔法を乗せて叩き込んだ。

 俺の拳は接触した装甲の様な外皮を砂に変えて柔らかい肉に突き刺さる。


 傷口から黄緑色の粘つく液体が溢れ、真上で甲高い悲鳴が上がる。

 これは通ったか。この調子で装甲を剥がして弱らせてから喰うか。

 こいつの外皮は使える。喰って吸収すれば今後、鎧を買わなくて済むぞ。


 取りあえず距離を取ろう。

 俺は離れるために腕を引き抜――けない。

 この野郎、肉を締めて腕を固めやがった。


 デス・ワームが俺に頭を向けてくる。

 これはやばい。俺は咄嗟に腕を自切して後ろに飛ぶ。

 切れた腕を外套で隠しながら距離を取る。


 視線を向けると、俺の居た場所にデス・ワームが毒液をぶっかけていた。

 自分の体にも盛大にかかって装甲が溶け落ちている。

 何やってるんだ? 自分で弱点でかくしてやがる。


 攻め時だが、俺も腕がない。戻るまで距離をとるか。

 

 「何をやっているんだ!」


 ハイディが走り寄ってくる。

 お前こそ何を声を荒らげてるんだ?


 「ある程度、痛めつけてやった。このまま押せば…」

 「そんな事を言ってるんじゃない!」


 ハイディは俺の胸倉を掴む。

 おいおい、何を怒ってるんだ?


 「周りをよく見てみろ!」

 

 周り?

 言われた通り周囲に視線を巡らせた。

 村のあちこちで火の手が上がり、村人が苦痛にのた打ち回っている。


 大惨事だな。


 「戦闘の余波で村の被害が拡大してるんだ」


 だから?


 「僕達は領民を守る立場だ。敵の撃破より民の安全を…」


 あぁ、なるほど。言われてみればそうだったな。

 今まで周りに気を使って戦った事がなかったから意識すらしてなかった。

 確かに、火の手は迷彩を剥がすのに使った<炎嵐>で村人はさっき俺が弾いた毒液が原因か。


 「だが、ここで始末しないと被害が更に広がると思うが?」

 「それを抑えるために村の外に出そう。僕らで誘導するんだ」


 何でそんな面倒な事をしないといけないんだ?

 ファティマじゃないがここの連中が何人死のうが別に問題ないだろう?

 税収が減るといった点では問題かもしれんが裏を返せばそれだけだ。

 お前に石を投げた連中だし。ほっとけばまた増えるだろ。


 別に積極的に死なせたいわけじゃないが、危険を冒してまで助ける義理はないと思うぞ俺は。

 俺が何も言わない事で何かを察したのかハイディは俯く。


 「……やっぱり。君は皆を許せないのか……」


 顔を上げたハイディが目に涙を溜めている。

 

 ……何の話だ?


 「確かに信じてもらえなかったのは僕も悲しかった!でも、だからって見殺しにするのは違う! 君の言う通り彼らは所詮他人で結果しか見ないかもしれない! でも…それでも僕らはこの地を預かる者だ。彼らを守る義務がある。君の気持ちは痛いほどわかる。でも、そこを抑えて力を貸してくれないか? 僕だけでは難しいんだ」


 ハイディの必死の訴えは確かに耳に入るが、感情がほとんど動かない。

 彼女は本気で何かを訴えているのは伝わっている。

 だが、俺はそれを雑談レベルの会話としか認識できない、その事実が少し悲しかった。


 はっきり言おう。言ってる事は理解できる。

 だが、全く共感できなかった。

 

 ……これが俺の失くした物なのだろうか?


 前世の俺だったらどうしただろうか?と自問する。

 少なくとも何かしらの琴線に触れたかもしれない。

 もしかしたら感動でもして勇者っぽい行動の一つも起こしたかもしれない。


 …………。


 無くなったところで特に惜しくもないものだったが、形から入ってみるのもありか。

 こんな事をして、何か得るものがあるかは怪しいが、俺は少し悲しいと感じた。

 今回はそれを信じて動いてみよう。

 

 「……分かった。村の被害を抑えつつ奴を村の外へ追い出すんだな」


 ハイディは驚いた表情をした後に涙を少し流して「ありがとう」と言った。

 本当にすぐ泣く奴だな。

 昔は一人でこっそり泣いてたくせに。


 俺は頭を切り替える。

 やるからには全力を尽くそう。

 この芋虫を追い払うとするか。


 ……よくよく考えたら。俺も芋虫か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る