第33話 「腸虫」

 予定通り二日目の夜に遺跡の近くの村へ到着した。

 日も完全に暮れていたのでその日は宿を取る事にする。

 

 ……遺跡は明日だな。


 ハイディは村に着くなり「情報を集めてくる」と言って早々に姿を消した。

 前の時もそうだったが、あいつこういうの好きなのか?

 どちらにせよ軽く情報を集めるつもりだったので面倒事を率先してやってくれるなら俺は歓迎だ。


 借りた部屋に荷物を置いて、ベッドで横になる。

 今回持ってきた装備は、食料一週間分、路銀、防具は一部砂になってしまったので廃棄。今は普通の服と外套を身に着けている。最後にエンカウの酒場で手に入れた剣。

 これ、地味に便利だな。


 悪魔に刺した後、ドカドカ魔法撃ち込んで派手に壊したが、一日とちょっとで元通りになった。

 俺が武器を使うとついつい力任せに振ってしまうので、すぐに壊れるんだよな。

 その点、あのゴブリンが使っていたマカナは良かった。


 振っても壊れないし威力もある。

 砂になってしまったけど――あぁ、勿体ない。 あれ本当に気に入ってたのに……。

 今度、どこかの武器屋でオーダーできるかな?


 なくなった物の事を考えても仕方がないので、得た物の事を考えよう。

 悪魔の事を思い出す。

 あいつは、呼び出される以前の記憶がなかった。


 つまり、ファティマは悪魔のボディだけを呼び出したのだろう。

 ファティマ自身、悪魔は召喚者の指示を聞くぐらいに認識していたので知らなかったようだ。

 

 ……そりゃそうだろうよ。俺みたいに記憶の吸い出しをしないと分からんだろうな。


 裏を返せば指示がないと攻撃されたら反撃するぐらいの知能しかないから、兵器としては二流だな。

 悪魔にも格があり、今回呼び出されたのは一番格下の下級悪魔らしい。

 下級でしかも知能ゼロであれか……。


 冷静に考えたらハイディいなかったら俺死んでた?

 いや、本気出せば勝てる――はず。勝てるよな?

 体をホールドされて砂に還る自分の姿を幻視したが気のせいだ。


 後はあの謎の攻撃だな。

 ハイディが魔法の類と言っていたが、大正解。

 あれは間違いなく魔法だ。


 ただ、人間と違って連中は陣の構築――要は詠唱を必要としない。

 ここからは記憶の知識を継ぎ接ぎした仮説なので信憑性に欠けるが、俺が思うに魔法とは目の前の事象を歪める技術で、そのために必要なのが魔法陣。

 そいつに魔力を通す事で陣に応じた効果を発揮するのが魔法。


 ……で悪魔は陣を使わずに――というよりは細胞自体が陣の代わりをしているようだ。

 しかも、ある程度魔力を吸い取る機能もあるので魔法の効果が薄い。


 あれだけ撃ち込んで平気な訳だ。

 伝承に出てくる巨大生物は悪魔と同じような構造をしているのかもしれない。

 連中は魔法で体を維持しているのだろう。


 文字通り息をするように魔法を使っている訳だ。

 俺は寝転がったまま手を広げて軽く持ち上げる。

 試しに魔法を発動。広げた掌の周りに小さな火の玉が5つ出現。


 何度か消したり出したり動かしたりする。

 なるほど、これは便利だ。

 あの、砂にする攻撃も魔法の応用だろう。


 靴底に付いていた小石を剥がして砂に変える。


 ……喰えなくなるからあまり多用はできないな。


 軽く息を吹きかけて砂をその辺に飛ばす。

 ただ、この悪魔の体には欠点があるな。

 体が空腹を訴え始めた。


 ……燃費が悪い。

 

 ハイディが戻ったら飯にしよう。

 そんな事を考えているとハイディが戻ってきた。

 俺は身を起こす。


 「ただいま」

 「……ああ」


 ハイディは外套を脱いで俺の隣のベッドに腰掛ける。

 

 「話を聞いてきたんだけど、少し前に森の方に調査が入ったのは間違いないみたいだよ」


 記憶を見ているから確認以上の意味はないけど裏は取れたな。


 「それともう1つ。昼間に冒険者のパーティーがこの村を訪れていたみたいだ」


 ……!?


 「昼間ってのは今日のか?」

 「ああ。人数は五人。僕と同じような事を聞いてきたからよく覚えているって言われたよ」


 まずいな。恐らくはズーベルが調査用に確保していた連中だろう。

 連絡が来なくなったからズーベルに何かあったと判断して荒らしに行ったか。

 昼間って事はとっくに村を出て遺跡に向かっているだろう。

 村と遺跡の距離を考えると、もう到着して中に入られているな。


 見つけるのに手間取ったと考えても……無理だな。

 間に合わん。

 俺は一気に脱力した。


 何だよ。 一番乗りかと思ったのにこれか、あー……萎えるなー。

 ハイディは俺のテンションがガタ落ちしたのを察してか頬を掻きながら困った顔をする。


 「あの、まぁ、何というか……気持ちは察するよ?」


 くそっ。誰だか知ら――知ってるか。

 ここに戻ってくるだろうし待ち伏せて殺すか?

 いや、遺跡の内部の情報は喰えばいいか。


 「何を考えてるかは敢えて聞かないけどその、穏便に行こう? その先行した冒険者達は休息と補給で確実にここに戻ってくるんだから待ち伏せて話し合おう?」


 ……そうだな。済んだ事を言っても仕方がないか。


 明日は連中が戻るまで待つか?

 遺跡は俺も直接見たいし、朝には向かうとするか。

 上手く行けば途中で出くわすだろう。 その際に連中が手に入れた物を検める。

 

 「いや、明日遺跡に向かおう。先行した連中と出くわすようなら話を聞こう」


 一番乗りになれなかったのは悔しいが、ほぼ手付かずの遺跡を堪能するとしよう。


 「分かった。なら明日だね」


 ハイディは装備類を手早く外してナイフを枕の下に突っ込むと横になったかと思えばすぐに寝息を立て始めた。

 早いな。もう寝入ったのか。


 さっさと寝てくれる分には俺も楽だ。

 飯に行こうと言おうとしたが寝てしまったのならいいか。

 俺は荷物から食料を取り出して軽く食事を済ませると再び横になって目を閉じる。


 ……今日はどの記憶を読もうか。


 俺は今夜も記憶という名の本を読む作業に没頭した。







 今回の記憶はとあるウィッチの話だ。

 生まれつき魔法の才能がそこそこあったので、村で持て囃されていたが十五の時に村の男達に――その、あれだ。物陰で乱暴された辺りから人生が狂い始めたな。

 第一声が「女のくせに生意気だ」とは集団で女一人襲う奴は言う事が違う。

 

 ブチ切れた彼女は村の男達を魔法で惨殺。

 俯瞰で見るとどう考えても無関係な奴まで殺してるが彼女にとっては些細な事なのだろう。

 最後は村に火を放って人生の門出を盛大に演出していた。


 その後、あちこちで殺人と強盗を繰り返して流れ着いた先は殺し屋の巣窟。

 見た感じそこそこ才能はあった方だと思うよ?

 <爆発>も使えていたしな。生きてればそのうち、成功していたかもな?


 切っ掛けが性交だけにな!

 ――で、仲間を殺して回る強敵の討伐任務に駆り出されて地竜に似た謎の魔物の謎の攻撃を喰らって首だけで空を飛んで、視界がクルクル回って着地後にゆっくりと暗転。エンディング。

 何というか災難だったな。主に俺のせいだが。


 そこまで見たところで目を薄く開けて窓から外を見る。

 うっすらと明るくなっている。日も昇ってそろそろ朝だな。

 隣のベッドでハイディは規則正しく寝息を立てている。


 ……もう少ししたら起こすか。


 そう考えて目を閉じようとしたが、外で起こった轟音の所為で跳ね起きる事になった。

 

 「な、何だ!?」

 

 隣のハイディも跳ね起きてキョロキョロしている。

 反応が早いな。

 

 「何があったんだい?」

 「分からん。装備整えて外へ出るぞ」


 俺達は手早く装備を身に着けると外へ飛び出す。

 外に出るまでにも何度か物が壊れるような音が連続して響いていた。

 村は酷い有様だ。


 建物が潰されて、村人が逃げ惑っている。

 早朝というにも早い時間だ。

 家が潰された村人は逃げる事すら難しかっただろう。

 やった奴はどこだ?


 近くの家が何かに踏みつけられたかのように上から潰れる。

 魔法か?いや、魔力が動いた気配がしない。

 

 「気を付けて。何かいる」


 隣のハイディがそっと囁いてくる。

 地面を見ると成程。何か巨大な物が移動したような跡がある。

 ……というより軽く抉れているな。


 何が通ったらこんな跡が――いや、それ以前にこんな図体した奴がどこに……。

 考えている間にまた家が潰れた。

 潰れた家から住人が必死に這い出ようとしている。


 「なに?」

 

 住人は家から脱出できたが出方がおかしい。

 まるで何かに引っ張られたかのように家から出た。

 そのまま、少し移動した住人は宙に浮かぶ。


 ……あぁ、そういう事か。


 さすがにここまで見れば察しの悪い俺でも分かる。

 村人が少し高度を落としたかと思えば急上昇して落下。

 着地する前に跡形もなく消えた。


 「見えないけど何かいる」


 隣のハイディも気が付いたか。

 光学迷彩かよ。でも、仕掛けさえわかればどうと言う事はないな。

 隠れるにはお前はデカすぎるんだよ。


 俺は駆け出す。少し遅れてハイディも続く。

 適度に近づいたところで魔法を起動。悪魔を喰ったお陰で一々詠唱しなくてよくなったのはありがたいな。

 使用魔法は<炎嵐Ⅲファイヤー・ストーム>。


 この手の能力は皮膚の表面が何かしらの効果を発揮して見えなくなるんだろ?

 なら焼いてやれば使えなくなるはず。

 ぶっちゃけ適当だが上手く行けば見えなくてもダメージは入るだろ。


 何かが居るであろう場所を中心に炎の竜巻が渦を巻く。 

 竜巻の中心から高音の鳴き声が聞こえる。

 黒板を引っ掻いた時に出そうな音だな。


 竜巻を突き破ってそいつは姿を現した。


 「何!?」


 俺は思わず声を漏らす。 

 全長は十~十五メートルってところか。

 こげ茶色の体表にスパイクのような突起が等間隔で生えている。

 

 見た目の印象はミミズに近い。

 

 「お、大きい……これは魔物なのか……?」


 隣のハイディもミミズの巨大さに驚いていた。

 だが、そんな事はどうでもいい。


 俺はこいつを知っている。

 こいつはアレだ。


 「……モンゴリアン・デス・ワーム」


 思わず呟いた。


 モンゴリアン・デス・ワーム。

 ゴビ砂漠に生息していると言われている殺人ミミズだ。

 牛の腸に似ている事から腸虫オルゴイコルコイとも呼ばれている。

 口から毒液、火炎、電撃を吐いたり発光したりするらしい。

 電撃を放つ事から陸生に進化したデンキウナギとも言われている。

 

 題材にされた映画ではチンギス・ハーンの墓守だったな。


 千八百年初頭にロシア人に発見され現地で数百人近くの犠牲者を出したとされ、二千五年にイギリスの研究チームにより実在がほぼ確定とされるUMA未確認生物だ。


 俺は体が震えるのを感じた。

 少し大きい気もするがUMAを異世界で見る事ができるとは……正直、ちょっと感動している。

 カメラがあったら確実に写真を撮っていたな。


 「何を呆けているんだ!? あの生き物を何とかしよう」

 

 気が付けば隣のハイディが俺の体を必死に揺すっていた。

 おお、すまん。UMAを見て感動していたので気が付かなかったよ。

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