第31話 「侵食」
さて、最後の実験と行くか。
相変わらずファティマはキーキー喚いている。
そして性質の悪い事に喚きながら魔法の準備をしていた。何て女だ。
取りあえず頭を蹴り上げて中断してやった。
魔法を妨害するのは頭を揺らすに限る。
テンプルとか殴ると効きそう。
作業に戻ろう。
まずは手から根を大量に吐き出す。
ある程度出したところで根を密集させて固める。
出来上がったところで切り離す。
掌には俺の本体そっくりの根の塊が居た。
そいつは俺の手の上で元気よく跳ねている。
さて、口からは――遠いか?
「あ……ぐ……この偽物……私にこんな事をして……」
痛みに呻きながら何か言っているファティマを無視して髪の毛を掴んで持ち上げる。
「いぎ……やめなさい……」
耳か鼻だな。どっちにするか。
「この……話……を……」
耳でいいか。俺も耳だったし。
「さっきから何をご!?」
塊を耳に突っ込んだ。
塊は身をくねらせながらファティマの耳に潜り込んでいく。
しばらくするとファティマが奇声を上げながら床をのた打ち回り始めた。
うるさいので布を口に突っ込んでおいた。
ファティマは数分間、あちこちから体液を垂れ流しながら打ち上げられた魚のように跳ね回り……動かなくなった。
……どうなった?
ファティマはゆっくりと身を起こした。
俺は口の布を取ってやった。
「……気分はどうだ?」
「ええ。慣れるのに少しかかりそうですが概ね問題ありません」
「成功したって解釈でいいのか?」
「はい。ファティマの自我は私が喰い尽しました。あなたなら解るのではないですか?」
……なに?
言われてみると確かに目の前の女から精神的なつながりを感じる。
試してみるか――何か……ふむ。
俺に「愛してる」と言ってみろ。
「愛しています」
………………うわ。すっごい棒読み。
「なるほど。会話の必要はなさそうだな」
「そうですね。私はあくまであなたの一部。この女の脳で思考しているだけで自我と呼べる物はありません」
そうか。考える手足って解釈でいいのか。
……どうなるか想像もつかなかったが、自律行動してくれるなら十分成功だな。
最悪、廃人にでもなってくれればいいかと思っていたが、悪くない結果だ。
もう、拘束する必要はないので縄を解き、目隠しを外す。
拘束を解かれたファティマは自分の体を確かめるように動かしている。
今後の事を話そうかとも思ったが――。
「先に風呂だな」
「分かりました。先に身を清めてきます」
ファティマは下着姿のまま風呂へ歩いていった。
俺は……。
「掃除だな」
ファティマの垂れ流した物で汚れた床を見て小さく溜息を吐いた。
「え……っと?」
掃除とファティマの着替えを済ませた後、ハイディを交えて今後の事を相談する事にした。
ハイディは平然と俺の隣に座っているファティマに困惑しているようだ。
「これはいったいどういう事なんだい?」
「数々のご無礼を謝罪いたします。ハイディ様」
ファティマは深々と頭を下げる。
「あ、いや、頭を上げてくれな……いや、ください」
ハイディは慌てて手を振る。
「私はロートフェルト様のお言葉に心を打たれ、自分の愚かさを自覚しました。そんな私をロートフェルト様は温かく抱きしめてくださいました」
ファティマは頬を染める。
何言ってんだこいつ? いや、平常運転なのか?
「私は真実の愛に目覚めたのです! これからはロートフェルト様のためにこの領地を復興させるために力を尽くします!」
「そ、そうなんだ」
おいおい、何が真実の愛だよ。
いくらなんでもやりすぎだろ。
「ロートフェルト様を救っていただいたあなたは私にとっても恩人です。それにあの高い戦闘力。お礼もしたいですし、よろしければこの領地に留まり力を貸していただけないでしょうか?」
おお、やるじゃないか。
かなり強引だがハイディを留まらせる流れだ。
「あの、僕は……あ、そ、そうだ! 君はこれからどうするんだい?」
ハイディは俺に水を向けてくる。
「俺はここで確認する事がある。それが済んだらまた、旅に出るつもりだ」
ズーベルの隠し財産と領内で見つけた「ある物」の確認がある。
ファティマと相談したが、念のために確認しておこうという事になった。
「じゃあ僕も……」
「いや、必要ない。お前はここで自由にすると良い。ファティマの事は心配いらない」
隣のファティマは微笑んで頷く。
「でも……」
「せっかくの機会だ。
「……僕は……僕は――」
ハイディは俯いて黙り込んでしまったが「考える」と言って退室した。
「よろしかったのですか?」
「何が?」
ハイディの気配が完全に遠ざかったところでファティマが声をかけてきた。
口に出さなくてもいいが、ついつい普通に会話してしまうな。
「彼――いえ、今は彼女ですか。付いていきたいって顔をしていましたよ?」
「邪魔、とは言い切れないが、居ないほうが気が楽だな」
「そうですか? 冒険者をやるのでしたらパーティーメンバーが居た方が何かと都合がいいのでは?」
痛い所を突くな。
「あなた自身、薄々ですがそう思っているからですよ」
ごまかしも利かないか。
ファティマは笑みを深くする。
こいつ本当に自我がないのか? 怪しいな。
「さて、冗談はここまでにして本題に入りましょう」
ファティマは席を立つと俺の向かいの席に座る。
「……記憶を共有している以上、ただの確認作業ですが。領を出る前にやっていただきたい事があります」
「ああ、ズーベルの見つけたアレだろう?」
「はい。新たに発見された遺跡。ズーベルはダンジョンと思い込んでいたようですね」
ズーベルの記憶を見て分かった事だが、あの男は領内で妙な建築物を発見したようなのだ。
簡単な調査を行った結果、未発見のダンジョンの可能性があるとの事。
……内部の調査をやっていないから未確定らしいがな。
要はこのダンジョンが生む利益を独占しようなどと考えたのが、今回の件の切っ掛けだったようだ。
思った以上に下らない動機だったな。
まぁ、本当にダンジョンだった場合は確かに結構な金になるな。
運が良ければ魔剣、聖剣と言った定番のイカサマくさい性能の武器や魔法道具が埋まっている可能性もある。
それを餌に冒険者を誘い出して、入場料を取ってもいい。
俺だったら一通り探索して冒険者の誘致をするな。
使える物があれば俺が貰ってもいいし、そうでなければ売り払って領地の維持に使えばいい。
領地はファティマとハイディに丸投げするつもりだが、最低限の協力はしておくべきだろう。
状況が変わった今、この領地が存続するのは俺にとってもプラスだ。
命を狙われる心配もなくなったし、多少は領のために働こうという気持ちにもなる。
それに――未発見の遺跡というのにも興味がある。
誰も入った事がない場所に入れるというのは中々に心が躍るものだ。
明日、早速向かうつもりだ。
「ところで、私はどうしましょう? 必要であれば同行いたしますが?」
ふむ、と俺は考えた。
ファティマは強い。後衛としては今まで見た中ではかなり優秀な部類だろう。
連れて行けば良い戦力になるが…。
「いや、今回は俺一人で行く。何かあれば手を借りるが今はいい」
「了解しました。では、私はズーベルの財産を確認してきます」
「ああ、分かった。後、俺にしてほしい事はあるか?」
ファティマは少し悩む素振をする。
「では、一つお願いがあります」
「言ってみろ」
――「根」を分けていただけませんか?
頭に声が響く。口で言うよりこっちの方が説明が楽らしいのでイメージを送ってきた。
ファティマによると自分はあくまで俺の本体の端材のようなもので、増殖が出来ないらしい。
能力的には俺と同等の事ができるが、肉体の改造、修復を行うためには根を増やさないとかなりの時間がかかるそうだ。
俺は自前で増やせるから自覚はなかったが少ないと大変なのか。
……まぁ、それぐらいなら問題ないか。で?どれぐらい欲しいんだ。
「これぐらいでお願いします」
ファティマは両手を差し出してきた。
……あの女……思いっきり持っていきやがって。
俺は食堂で食事を取りながら心中で愚痴を漏らす。
ファティマは俺から結構な量の根を奪っていった。
お陰で根を体内で増産する羽目になり、洒落にならない飢餓感に襲われた。
失ったエネルギーを取り戻すために現在、食事中という訳だ。
取りあえず、肉を十に…おっと十体分喰ったところで落ち着いてきた。
まだまだ、余っているからガンガン喰うぞ。
さて、食事を済ませた後はファティマと外の後始末だな。
樽は大体片付きはしたが、あちこち壊れているので、魔法で応急だが修理しておかないとな。
ああ、ちなみに樽の中身は「魂の狩人」の生き残りだった。
連中はファティマに捕まった後、手足を落とされて、頭に魔石を刺された状態で樽に入っていた。
どうも、ファティマは塀や門を始め、ゴーレム作成と使役の魔力を捻出するために頭に刺した魔石で操作していたらしい。
操作と言っても実際は魔石を通じて魔力を吐き出させていたようだ。
要するに魔法自体はファティマが使っていたが魔力自体は樽の連中から徴収していたようだ。
それなら、あの量を維持できていたのも納得できる。
だが、驚いた事に操作はあの女が1人でこなしていたようだ。
ハイディと戦闘に入ってから動きが悪くなったのもその所為か。
大した技術だったが結局、活かしきれなかったな。
残った樽の中身は無理矢理に魔力を捻り出したせいで息のある奴も完全に壊れて廃人だった。
生き残りが居るのは知っていたが、ここに来ていたとはな。
始末できてラッキーだった。
……さて、色々憂いも消し飛んだし、残りの肉を平らげたら作業に入るか。
後は、明日の遺跡探索か。
……楽しみだ。
俺は上向きの気分で食事を進めた。
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