三章

第32話 「遺跡」

 翌朝。

 俺は低いテンションで道を歩いていた。

 

 「昨日までの君を見て思ったよ。君は一人にしておくと危なっかしいからね」


 原因は隣を歩くハイディだ。

 暗いうちに屋敷を出て遺跡に向かったのにこの女、寝ないで見張っていやがった。

 無視して行こうとしたら「僕も行く」と言って聞かなかったのだ。

 

 「し、心配だからね」


 ……あぁ、そうかい。

 

 何でちょっと照れてるんだよ。

 あぁ、自分で言ってて恥ずかしいのか。

 なら止めときゃいいのに。


 「それに昨日の話、僕自身答えが出ないんだ。だから、気分を変える意味でも僕を連れていってくれないか?」


 俺はわざとらしく溜息を吐いて迷惑アピールをしておいた。


 「好きにしろ」


 こいつには少し負い目があるし、露骨に足を引っ張ってくる訳じゃないから断り辛いんだよな。

 何気に居たら居たで、戦力になるしな。


 「で?今日はどこへ行くんだい? 領内の視察?」

 「ズーベルが隠していた遺跡の調査だ」

 「遺跡?」


 ……そういえば言ってなかったか?


 「遺跡っていうのは――」


 歩いているだけでやる事ないし、俺は簡単にだが説明する事にした。





 

 




 「おい。ここで間違いないんだろな」

 「ああ、この辺りで間違いないだろう」


 俺――青二級冒険者ピエトロはしつこく確認してくる仲間にうんざりしながら答えた。


 俺達は冒険者パーティー「クイック・トレジャー」。

 構成人数は五人。

 拠点はオラトリアムから南下した場所にあるグラード領。


 メンバーはリーダーの俺に、戦士二人メイジ二人。

 男所帯だな。女の子欲しいなぁ……。

 現在地はオラトリアム領の西の外れにある森。

 ここに来る事になったのは十数日前の依頼が切っ掛けだ。

 

 依頼人はオラトリアム家、領主代行のズーベル・ボンノード。

 依頼内容は領内で発見された遺跡の調査。

 前金は受け取り済み。


 俺達の準備もできているので依頼人の一声で動ける状態だった。

 だが、これから動くといったところで依頼人側で何かトラブルがあったらしい。

 少し待ってほしいと連絡がきた。


 そして、それっきり連絡が途絶えてしまう。

 約束の日になっても連絡が来ず、俺達は依頼人が何らかの形で連絡が取れない状態になったと判断。

 それから数日間様子を見たが音沙汰なし。


 俺達は前金をただで貰った形になったが、仕事は手付かずの遺跡の調査だ。

 こんな美味しい仕事、そうそうない。

 依頼人は何も言ってこないなら、自分達で調査をしようじゃないか。


 そう決めた俺達はすぐに準備を整えて、オラトリアムへ向かう事にした。

 正確な場所は聞いていなかったが、遺跡が未発見という事を加味すれば特定は難しくない。

 そして、俺達は当たりを付けた場所へ向かっている途中だ。


 森に入り、一人仲間を先行させ、道なき道を行く。

 これから待ち受ける物を想像して、全員落ち着きがない。


 「ピエトロ! あったぞ!」

 「見つけたか!」


 俺は走って仲間の下に向かう。

 気が急いて仕方がない。


 草をかき分け、少し開けた場所にそれは口を開けていた。

 木や岩が密集していてかなり近づかないと遺跡と判断できないだろう。

 苔や草が大量に生い茂り、人が足を踏み入れた形跡がない事を物語っている。


 確かに当たりだ。

 未発見の遺跡。もしかしたらダンジョンかもしれない。

 後ろで仲間たちが歓声を上げる。


 「おお! すげえ! 本当に遺跡だ!」

 「ダンジョンかもしれねーぞ!」

 「どんなお宝が眠ってるんだ……」


 俺は興奮する仲間を宥めて、準備を指示する。

 

 「よし! ポール! 遺跡、ダンジョン両方の可能性で攻めるぞ準備は?」


 ポールは力強く頷くと持ってきた道具を広げる。

 こいつは道具などの装備の調達も担当している。

 主に罠感知と罠解除、他は解毒、傷の治療などの魔法道具だ。

 遺跡にせよダンジョンにせよ侵入者用の罠が仕掛けられている事が多い。


 備えは必要だ。

 よし、問題ないな。

 後ろで仲間達が早く早くと急かしてくる。


 分かってるよ。

 俺も早く入りたくてたまらない。

 

 「よし、行くぞ」


 俺達は遺跡に足を踏み入れた。

 

 中の気温は低く、寒いぐらいだ。ポールがランプで周囲を照らしてくれる。

 後ろの仲間も寒そうにしているが、我慢できないほどじゃない。

 罠を警戒しながらなのでゆっくりとした速度だったが、俺達は一歩一歩確実に進んでいた。


 最初は真っ直ぐな通路だったが、しばらく歩くと下に続く階段が見えてきた。 

 

 「なぁ?これまで罠もなかったしダンジョンじゃないのかもな」


 仲間はすこし気落ちしたような口調で言う。

 正直、罠だらけかと思っていたが階段まで何も起こらなかった。


 階段を下りると開けた場所に出た。

 そこそこの広さだ。経験上、開けた場所は危険だ。

 大型の魔物や大掛かりな罠がある場合が多い。


 見たところ、何も――いや、部屋の中央に何かいるな。魔物だ。見た事ない奴だな。

 芋虫にも似ているが装甲のような外殻に覆われていてとても堅そうだ。

 だが大きさはそこまでではない、精々俺の半分ぐらいか?


 メイジの二人は杖を構えて支援の体勢を取り、戦士はそれぞれ武器を抜く。

 俺も慎重に腰の剣を抜く。

 魔物は動かない。


 俺達は半包囲しながら、距離を詰める。

 もう少しで剣の間合いといったところで、魔物が口を開く。

 来るか!?


 仲間も身を固くする。


 「――――。――――。――――――?」


 魔物は驚いた事に言葉を発したのだ。

 俺には理解できなかったが、何か意味のある単語の羅列という事は理解できた。

 仲間の方を見るが、全員が首を振る。仲間達も何を言っているか理解できないようだ。


 「……――?――?」


 なおも何か言っているかさっぱり分からない。

 こいつはここの門番か何かか?

 何か言った方がいいのか?


 だが、何を言われているか理解できない以上、返事をするのは危険……か?


 「おい、どうする? やっちまうか?」

 「まて。出方を見よう」


 逸る仲間を俺は押さえつつ、対応を考える。

 

 「……――。――。――」


 魔物は最後に何か言うと奥の通路へと消えていった。

 

 「な、何だったんだ?」

 「いや、俺にも何が何だか――」

 「おい、何か聞こえないか?」


 ……確かに何か聞こえる。


 何か大きい物が移動する音だ。

 こちらに近づいてくる。

 しかも奥の通路からじゃない。壁の向こうからだ。

 

 「おい、これってまずいんじゃないか?」


 後ろのメイジ二人も周囲に視線を走らせて警戒を強めている。


 「全員固まれ! 部屋の中央へ!」


 俺は咄嗟に仲間に指示を出して部屋の中央へ陣取る。

 仲間たちもそれに続く。

 全員で円陣を組んで何かに備える。


 そうしている間にも音はどんどん大きくなり――止まった。

 しばらくの間、俺達は身動きを取らずにいたが何も起こらない。

 

 「やり……過ごせたのか?」


 誰かが思わず呟く。

 俺も思わず重い息を吐いた。

 何だか分からんが助かったようだ。


 「ったく! 何だか知らんが脅かしやがって、チビっちまうかと思ったぜ」


 ポールは安心したのか軽い笑みを浮かべて俺達から離れる。

 

 「おい! さっさと行こうぜ。お宝がお――」


 最後まで言い切る前にポールの腰から上が消えた。


 「……え?」

 「……ポール?」

 

 俺達は目の前で何が起こったのか理解できなかった。

 いきなりポールから上半身が消えたのだ。

 残った下半身は思い出したかのように断面から血を噴きだして――倒れる。


 そこで俺達の理解が追いついた。


 「な、何が――」

 「油断するな! 周囲を警戒! 何かいるぞ!」


 俺も動揺を押しつぶすように仲間に指示を飛ばす。

 どこだ!? 何が起こった!? ポールが消えた瞬間に空気が動いたのを感じた。

 何かがいるのは確実だ。

 どうする? 外に出るか?

 いや、どこから攻撃されたか分からない以上、無闇に動くのは危険だ。


 ……ん?


 不意に頬に何かが当たった。

 当たった所を手で触ると、何だか滑った感触が手に伝わる。

 手を見ると赤い液体――どうみても血が手を染めていた。

 

 ……上か!?


 俺は上を見る。

 薄暗い天井と――何だあれは?

 何か黒い塊が見える。位置は俺達の真上。


 血はあそこから落ちてきたのか?

 正体を見極めようと目を凝らし、仲間達に声を――。


 「お――」


 ――かける間もなくいきなり周囲が闇に染まる。

 俺は何が起こったのか最期まで理解する事ができなかった。


 ただ、何かに体を潰されたのだけは分かった。








 「……という訳で、俺はズーベルが隠していた遺跡の調査をしに行く」

 「ズーベル……そんな事まで……」


 俺の説明を聞いてハイディは少し複雑な顔をする。

 まぁ、結果的にだがズーベルが血迷った原因だし反応に困るよな。

 俺に言わせれば遺跡はただのきっかけで遅かれ早かれああなっていただろう。


 「場所はどの辺りになるんだい?」

 「西の外れだな」

 「西――あの森が多い所かい? 確かにあの辺りはほとんど手を付けていないから何か出てくるとしたらあそこになるのか……」


 話が早いな。


 「ああ。村を二つ程経由していく」

 「分かった! 色々複雑だけど未発見の遺跡か――わくわくするね!」


 ハイディは子供のように目を輝かせている。こいつも遺跡が気になるのだろう。

 だが、この時ばかりは俺も人の事は言えない。

 何故なら俺もわくわくしているからだ。

 

 何だハイディ、話が分かるじゃないか。

 俺の中でハイディの評価が少しだけ上がった。


 ……目的地まで二~三日といったところか。


 目的地に向けて俺は少し足を早めた。

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