第20話 「不快」

 少し離れた所から複数の足音が聞こえてきた。

 下の死体に気が付いた連中が人数集めて上がってきたのだろう。

 音から察するに階段を上っている途中か。


 手を打っておいて良かった。

 起動。爆発音。

 屋敷全体が衝撃で震える。


 リリネットは表情を消して階段の方に視線を向ける。

 

 「手前の仕業か?」

 「どうだったかな?」


 頬に蹴りを入れられる。

 もちろん俺の仕業だ。

 昨日やられた発現点と指向性を弄った爆発Ⅲで階段を吹っ飛ばした。


 あれは距離さえ分かっていれば仕掛けるのは難しくない。

 なんせ、こっちには脳が複数あるんだ。

 再現は訳ない。


 とりあえず増援はしばらく来ないだろう。

 

 「……他に仲間が居んのか?」


 口調から余裕が消えたぞ。

 

 「シュドゥーリ。見てこい。ここは俺とスードリだけでいい」

 

 シュドゥーリは俺を一瞥して階段へ向かう。

 もう一人はスードリって言うのか。どうせ、偽名だろうけどな。

 行かせないがね。廊下に<爆発Ⅱ>を展開。


 範囲は俺を含めて全員。指向性を持たせているから、皆吹っ飛ぶぞ。

 俺以外が一瞬驚くが、リリネットが魔法陣に手をかざす。

 魔法陣が砕け散る。


 おぉ、何をした?

 たぶん、妨害系の魔法道具か?

 不発に終わったのは予想していたが、あっさり対処されたのは面白くないな。


 隙はできたし問題ないか。

 俺は立ち上がる。関節は可動域を増やしてそのまま曲げさせる。

 

 「なっ!?」


 スードリが驚きの声を漏らす。

 そりゃそうだろう。

 毒で動けなくなってる奴が動くだけでなく、拘束を無視して立ち上がったんだ。


 あ、ちなみに頬の傷はわざと治していない。

 抑えられていない手で殴りつける。

 かなり強めに顎を下から打ち抜いた。


 骨が砕ける手応えが伝わってくる。

 血を噴きながら白目を剥いてスードリが崩れ落ちた。


 「スードリ!」


 シュドゥーリが思わずと言った感じで声を上げる。

 対照的にリリネットは冷静だった。

 ナイフが二本飛んでくる。


 俺は押さえられたときに取り落とした剣を足で蹴り上げて掴んで叩き落とす。

 次の瞬間には俺の間合いに入ってきた。

 早いな。剣で迎撃してやろうとしたがリリネットは体を横に回して躱す。


 そのまま、後ろ回し蹴り。

 俺の側頭部に突き刺さる。

 比喩ではなく突き刺さった。この女、靴に刃を仕込んでやがる。


 刃が引っ込んで足を下ろす。

 俺の体が傾いて、顎が跳ね上がる。

 口の中に鉄の感触。


 顎下からナイフを突き入れられたようだ。 

 そして首から空気が抜ける感触。

 首を一文字に斬られたらしい。


 血が噴き出す。

 もったいないけど一応出しとかないとまずいだろ?

 骨までは行ってないか。


 背中に衝撃。

 剣か。背中から心臓を貫かれて胸から抜ける。

 帷子あるのに貫通させるとはいい剣だな。

 その場で倒れ――ずに後ろのシュドゥーリに掴みかかる。


 「な、何故……」


 俺はシュドゥーリの胸倉を掴んで頭突きを喰らわせた。

 顔面に喰らったシュドゥーリは顔を陥没させて、血を噴きながら倒れる。

 首を踏みつけて骨を砕いてとどめを刺す。


 「おいおい。どういう冗談だ? 手前――何で生きてる?」

 「人よりちょっと頑丈なだけだよ」

 「……人間じゃねえな。悪魔か何かか?」


 俺は無視して顎のナイフと胸の剣を引き抜く。

 リリネットは目を細める。

 雰囲気が変わった。まだ何かあるな。


 リリネットはどこからかナイフを取り出して両手で構える。

 いくらでも出てくるな。何本持ってんだよ。

 後、何だか気になるな、こいつの目が……。


 嘲る訳でも、怒る訳でもない目。

 何だこれは?

 凄まじい不快感――いや、嫌悪感か?

 今の俺からそれが出てくるって事は、前世の経験から来るものか…。

 

 ナイフが飛んでくる。

 問答は止めたようだ。

 剣で弾く。突っ込んできた。


 また同じ手を――。

 懐に入った所で掴んでやろうと手を伸ばす。

 いきなり目の前に玉のような物が現れて――いや、飛んできたのか。


 玉が爆発――じゃなくて光った。

 目が眩む。

 首に糸のような物が食い込む、切断する気か。


 無駄だ。

 糸が通り過ぎた端から修復。

 何とか掴もうとしたが、気が付けば間合いの外に逃げられていた。

 リリネットは糸を見て驚いている。

 

 「おいおい。首をぶった切ったはずだがな……」

 

 俺は見せつけるように首を回してやった。

 

 「いいねぇ、どういう手品か知らんが面白え」


 リリネットの不快な視線は強くなる。

 

 「次はこれだ」


 リリネットが指を鳴らす。

 何を――ああ、これは。

 息ができない。魔法か、俺の顔の周り限定で空気を薄くしたのか。


 器用な奴だ。俺には効かんがな。

 本当に貴族の娘か?

 さっきから気になってはいたがこいつ、どういう経緯で殺し屋なんぞに…。


 いや、それ以前にこいつは本人なのか?

 魔物の類が化けてるとかか?

 ……まぁいい。殺して記憶を見ればはっきりするか。


 「毒、窒息無効。外傷は再生。いいねぇ……最高だよお前」


 目が潤みだした。何だか恍惚としてるな。

 そこで思い出した。いや、気が付いた……か?

 こいつの目はあれだ。昔の俺と同じ目だ。


 欲しい欲しいって人の物を欲しがる狡い欲張りの目だ。

 卑屈に世界を見て。自分にない物を欲しがる。

 だが、強さがないから見上げるだけでない事を言い訳にするクソみたいな目だ。


 自覚すると軽い吐き気すら覚える。

 ああ、自分に向かう感情は特に強いな。気分が悪い。

 だが、それ以上に何でこいつはそんな目で俺を…。

 

 「今のところ、殺し方が分からねえし今日はここまでにしとくぜ」


 逃がすわけないだろ舐めてんのか。俺は思考を中断して突っ込む。

 リリネットは地面に玉のような物――さっきの閃光弾か――を叩きつける。

 光が弾けるが、もうそれはさっき見た。俺は手で顔を庇ってやり過ごす。


 前は見えないがやる事は決まってる。

 退路を断つ事だ。大方、廊下の窓から逃げるつもりだろ?

 だが、リリネットの行動は俺の予想と違い逆に俺に近づいてきた。


 逃げるのはブラフか?

 俺の腕をかいくぐり飛びついてきた。

 足で腰にしがみ付き、顔が至近距離に来る。キスでもできそうな距離だ。


 「かかったなぁ! いただきだぁ!」

 

 何を――。

 思考する暇もなく、リリネットの目が光り何かが俺の中に入ってきた。







 リリネット・クリスチーナ・エルド・アコサーンは元々は引っ込み思案で人付き合いが苦手ではあったが、心優しく人を思いやれる娘だった。

 父親のホッファーはそんな娘を深く愛し、妻のニーザも同様に彼女を愛した。

 彼女に変化が訪れたのは三年前。

 

 彼女が十三になってからしばらく経ったある日だった。

 最初にそれに気が付いたのは執事の一人だった。

 彼女が奇妙な表情で笑うようになった。それを見た彼は「別人としか思えなかった」とニーザに話したらしい。当時は彼女も「そんな馬鹿な」と取り合わなかった。


 その数日後、彼は死んだ。

 買い物の帰りに物取りに襲われたらしい。

 話を聞いてすぐの事件だったので流石にニーザも気になって調べる事にした。


 調べれば調べるほど娘の行動はおかしかった。

 夜中にそっと警備兵を連れて外出をし、ホッファーの目を盗んで執務室に出入りを繰り返すなど、枚挙に暇がなかった。

 

 そのニーザも数か月後に謎の事故死を遂げた。

 ホッファーは妻の死に大きなショックを受けてはいたが、妻から娘の事を聞いていたので内心では疑っては――いや、疑いたくなかったのだろう。


 妻が居なくなり娘まで失う事が怖かったのだ。

 疑念はあるが考えないようにしていた。

 しかし、娘の行動はエスカレートしていった。


 素性の知れない者の雇用。

 用途不明の薬や道具の購入。

 暗殺専門のギルド「魂の狩人」との関与。


 いつの間にかホッファーがやった事になっていて、流石に彼も無視できなくなった。

 ある日、ホッファーはリリネットに疑念をぶつけた。

 するとリリネットは豹変し、ホッファーを痛めつけた後、自分の行動に干渉するなと言いだした。


 ホッファーは抵抗したが、その翌日には屋敷の警備関係の人間が入れ替わり大半が「狩人」の構成員にすり替わっていた。

 そして護衛という名目で常に監視が付くようになり、彼の自由は奪われた。


 そんな日がどれぐらい続いただろうか、気が付けばリリネットは十六になり美しく成長したが、内面はどこまでも歪んでいった。

 ……いや、歪んでいたのは元からで、それがどんどん表面化していっただけかもしれない。


 ホッファーには未だに分からなかった。

 娘に何があったのだろう……。

 それ以前にあれは本当に自分達の娘なのだろうか?


 分からない……本当に分からない。




 「……ぐ、ぬ」


 痛む体に顔を顰めながら、私――ホッファー・モスバー・ローシェット・アコサーンは体を起こす。

 ……何が……。

 意識を失う直前の事を思い出す。


 確か……そうだ、あの女が標的を殺せなかったので無実の人間に罪を着せて犯罪者にし、賞金を懸けるなどと馬鹿げた事を言い出したのだ。

 私はもう付き合ってられなかった。


 領主は領民を守る者であって貶める者では断じてない。

 私の父はそうだったし私もそうあれと生きてきた。

 たとえ殺されようともこの女だけは道連れにしようと机にナイフを忍ばせてあの女と対峙したのだ。


 そこに黒いマントに仮面と怪しい風体の男が入ってきて…。

 彼は……どうなった?

 ふらつきながらも部屋の外へ出る。


 そこには見知らぬ男とその足元に倒れ伏すあの女の姿があった。

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