第16話 「酒場」

 「何故生きている? かな?」


 動揺で震えているハングの言葉を俺は引き取ってやった。

 ガービス達の記憶を見る限りでは、特に伏兵もいないようなので遠慮なく行く事にした。

 手始めに比較的損傷の少ないバリルの死体を木に縛り付けておき、コーラウの大弓を構える。


 ハング達が出てくるまで時間があったので練習しながら待つ。

 やはり知ってるだけでは、モノにするのは難しいようで、ある程度いい所に飛んでいくのだが命中精度は記憶ほど良くなかった。

 当たらなかったら当たらなかったでいいか。 


 しばらく待っていると、ハング達が出てきた。

 大弓を構える。

 さーて誰から狙うか。


 最初はハングにしようかと思ったが、相手にすると一番面倒臭そうなクインハムにするか。

 記憶を奪いたいから、脳以外を狙うか。

 じゃあ心臓を狙って――。


 狙いをつけて射る。

 命中――したけど、ちょっとずれたな。

 喉に当たったか。死んだっぽいからいいや。


 後は、適当に射ってこっちに突っ込みたくなるまで待つ。

 何か喚いていたが無視無視。

 どう突破するかな?と思ったが、連中死んだ仲間を盾にして突っ込んできやがった。


 仲間盾にするとかとんでもない連中だな。

 まぁ、こいつらは上っ面だけで関係冷え切ってるからこんな物か。

 ああ、思い出したわ。ハングの奴は高校の時の外面だけ良かった委員長にそっくりだわ。


 人が多い時と教師が居る時だけいい子ちゃんで、俺みたいな底辺が一緒だと本性を現して横柄になるゴミみたいな奴だったな。

 うん、何だか不快な気分になったぞ。弓矢を持つ手に力が入る。

 その後、数発打ち込んだ後、近くの木陰に入る。


 連中が寄ってきて、囮にしたバリルの死体に動揺したところでホンガムを後ろから殴り殺した。

 頭が爆散した。しまったな。

 やっぱ記憶奪う場合はマカナはダメだな。粉々になってしまう。


 ……で今に至る。


 「ち、違う! 何故仲間を殺したのか聞いてるんだ!」


 ハングが的外れな事を言い出した。

 はっはっは。

 この期に及んで何を言ってるんだこいつは、バレてないと思ってるのか?

 それとも時間稼ぎかな?


 俺は肩を竦める。

 

 「ガービス達が全部教えてくれたよ。俺を殺すために仕込んだんだろう?」

 

 嘘は言ってないぞ? 俺はお前らと違って正直者だからな。

 ハングは口をパクパクしている。

 言い訳でも考えているのか?


 どうでもいいか。殺す事には変わりないし。

 マカナをハングに向ける。

 頭は避けて体を狙わないとな。


 「お、俺を殺すのか? ま、待て、この件の経緯を知りたくないか? 俺を殺してもまた、代わりが来るだけだぞ!」

 「心配しなくてもいい。体に直接聞く事にするよ」

 「くそっ!」


 ハングは覚悟を決めたのか剣を抜く。

 俺は脇腹を狙ってマカナを振る。

 ハングは打ち合うのはまずいと分かっているらしく後ろに下がってやり過ごす。


 俺が振りぬいたところで、ハングは身を沈めて間合いを詰める。

 これゴブリンがよくやってきたな。身長タッパあると下からはやり難いな。

 どうせ首狙いだろ? 帷子着てるから胴体は狙えないしな。

 空いてる手で刃を掴んで止めてやった。刃が手に食い込むが些細な事だ。

 

 「なっ!?」


 刃を思いっきり引っ張って剣ごとハングを引き寄せる。

 ハングは剣を放さなかったので体もこっちに来た。

 マカナを放してハングの髪の毛を掴む。


 引っ張って手頃な位置に首を引き寄せて噛み千切った。

 血が噴き出す前にハングの体の向きを変える。

 服が汚れないようにしないとな。


 以前ゴブリンの首を喰いちぎった時、思いっきり血を引っ被った事があったので学習したのだ。

 俺も段々手慣れてきたな。

 

 ……にしても。ゴブリン殺した時より人間殺した時の方が葛藤が少ないってどうなんだろう。


 心がこれっぽっちも痛まないな。

 どうせ、俺を殺そうとした連中だ。

 死んで当然だな。


 さーて。知ってる事を教えてもらうかな。





 「魂の狩人」

 それが連中が所属してる暗殺者ギルドの名前らしい。

 魂の狩人かー……あー……うん。かっこいいと思うよ? たぶん?


 王都を中心に活動しているらしいが、今回は幹部の1人が付き合いのある依頼人から直接請けたらしい。

 依頼人の詳細は不明。またか。

 ハングがボスと呼ぶ幹部の名前も不明。


 そもそも、会った事すらないと。

 流石は裏稼業の組織。詳細がさっぱり分からない。

 だが、ハングの言う通り、手を打たないとこの手の輩が死ぬまで俺を殺しに来るらしい。


 困ったな。

 俺は誰にも迷惑かけないように慎ましく生きているはずなのにどうしてこうなった。

 ぼちぼち王都に向かおうと思っていた矢先にこれとはついてない。


 「……はぁ」

 

 溜息を吐く。

 面倒だが、放置するともっと面倒になるのは目に見えているので、王都はこの件を片付けてからだな。

 その前に――。


 「食事にするか」


 ついでに身ぐるみも剥いでしまおう。







 数日後。

 俺はエンカウの街外れで人を待っていた。

 何もなく人もあまり寄り付かない密談をするには最適の場所だ。


 俺は話さないけど。

 数分ほど待っていると男が周囲を警戒しながら現れた。

 俺は木陰に隠れて様子を見る。


 よし一人だな。

 俺は木陰から姿を現した。

 男は俺を見ると厳しい視線を向けてくる。


 「待ってくれ。俺はハングに言われてきた者だ」

 「……ハングに?」

 「ああ、あんたもハングに来るよう言われたんだろう?」

 「用件を言え」

 「あんたに届け物だ」


 俺は両手を上げて武器がない事をアピールして腰の金貨の入った袋を差し出す。

 男は俺が丸腰な事を確認すると、警戒を若干緩めた。

 袋から覗く金貨に目が釘付けになっている。


 男が俺から袋を受け取る。


 「す、すげえ! 全部金貨かよ! 何でハングはお――」


 金貨に興奮して隙ができた男の首を掴んで回転させる。

 ボキっとかバキって感じのいい音がした。

 男は不思議そうな顔をしたまま崩れ落ちた。


 ……殺し屋がこんな簡単に隙を作っちゃダメじゃないか。


 根を耳に突っ込んで男の死体から記憶を吸い出しながら身ぐるみを剥ぐ。

 お、こいつ結構金持ってんな。

 武器は短剣だけか。 いらないな。後で売ろう。


 あれから、街に戻った俺が始めたのは、ハングの仲間の狩り出しだった。

 記憶を頼りに、魂の狩人のメンバーを不意打ちで殺しては記憶を奪ってそいつが知ってる他のメンバーを襲撃という事を繰り返していた。


 現在、目の前に転がっている奴で五人目なんだが、特に気づかれる事もなく順調に数を消化している。

 何と言っても「知ってる」相手だしな。

 隙をつくのはそう難しくなかった。


 今殺したゼブは金に対する執着が強く、よく取り分でトラブルを起こす男なので、金貨を見せびらかしてやったら視線が吸い寄せられていた。

 現金な男だ。現金だけにな!

 

 そんな調子でこの街にいる、殺し屋共を殺して回っていた。

 連中が根城にしている場所も分かりはしたが、人数が多そうなので適当に減らしてから幹部とやらの下に突撃するのだ。

 完璧な作戦だな。


 さあ、お金大好きゼブは葬った。

 次は少年大好きナルアと少女大好きコーンの番だ。


 

 その日の夜には二人とも片付いた。

 前者は可愛い少年を後者には少女を紹介しますと言って誘い込んで、物陰で首を圧し折った。

 この殺り方いいな。血で汚れない。


 さて、そろそろ本丸を落としますか。

 要らん手間かけさせやがって、依頼人共々皆殺しだ。

 

 


 


 連中の根城――要は依頼を斡旋してくれる場所だな。

 普段は酒場として営業しているが、裏の顔は…って奴らしい。

 

 外見は完全にただの酒場だな。

 時間は深夜。

 空を見ると綺麗な満月だ。


 別に狼に変わったりしないけどな。

 酒場は営業中で中から光が漏れている。

 俺は酒場に入る。


 中では冒険者風の男や記憶にあるお仲間が酒を飲んだり飯を食ったりしていた。

 席は八割以上埋まっている。

 遅い時間なのにかなりの客入りだ。


 繁盛してるな。飯が美味いのか? 記憶ではそうでもなかったような気がするが……。

 よくよく見てみるとお仲間の数もかなり多い。

 今日は何かあったのだろうか?


 とりあえず、手近なカウンター席に座る。

 確か手順があったな。

 酒を頼んで、符丁言って、金を渡すんだったか。


 マスターに声をかけようと――。

 

 「ぐっ」


 背中にナイフや矢が突き刺さった。

 鎖帷子のお陰で浅いが、矢はそこそこ深く刺さっている。

 振り向く。


 店で食事していた連中が全員武器を構えている。

 なに!?

 待ち伏せか! 何故だ?


 考えている暇はないようだ。

 俺はカウンターに飛び込んで、俺をナイフで刺そうとしたマスターの腕を掴んで引き寄せ首を圧し折った。

 

 「おいおい、何で矢が刺さってるのにあんなに動けるんだ」

 「問題ねーよ。矢には毒が塗ってある。すぐに動けなくなるはずだ!」


 何だって!

 毒か――うん、言われてみれば息が苦しい気がするな。

 ……気がするだけで何ともないな。やはり毒は効かんようだ。


 とりあえずカウンターの中で待っていよう。

 アホが確認に来るだろう。

 行ってる傍からアホが顔を覗かせたので、素早く立ち上がって引きずり込んでやった。

 

 カウンターの中でマスターから奪ったナイフで喉を抉ってやった。

 血が噴き出して俺はもろに引っ被った。

 しまったな。服が汚れたじゃないか。どうしてくれるんだ!


 「おい! 毒が効いてるんじゃなかったのか!」

 「下に帷子か何か着てたんだろ! 矢が刺さってないんだ!」


 いや、思いっきり刺さってるよ?

 周囲の足音が移動している。

 カウンターを取り囲むように動いてるようだ。


 背中の矢を引き抜く。

 どうしたものか。

 視界にマスターとアホの死体が入る。


 ……そういえばハング達がやってたな。


 俺はマスターの死体を掴んでカウンターから飛び出した。

 矢が飛んでくるがマスターの死体を盾にして防いだ。

 そのまま、クロスボウを構えてる連中に突っ込んで死体を投げつけた。


 何人かが、死体にぶつかり倒れる。

 俺はマカナを抜いて手近な奴の頭を吹っ飛ばしてやった。

 後ろから二人が剣で切りかかってくる。


 振り返りながらマカナで相手の剣を狙って振りぬく。

 剣が二本とも砕け散る。

 近い方の頭を空いた拳で打ち抜く。目玉が飛び出した。


 残りは股間を蹴り上げた。

 何かが潰れる感触がする。潰れたなこれは。

 肩に矢が刺さる。痛いじゃないか。


 打ち込んでくれた奴の所へ走りながら矢を引き抜く。

 そいつの目に矢を突きこんでやった。

 他が切りかかってくる。


 マカナを胴体に喰らわせる。血を吐いて吹っ飛んだ。

 背中が斬られる。矢が足に刺さる。痛いな、足を止めるのは良くないか。

 斬ってくれた奴の首を掴んで回転させる。


 俺は走り回りながら、手近な敵をマカナで殴り殺す。

 クロスボウは何発かは喰らうが死体を盾にして防いだり、死体を投げつけて隙を作り殴り殺した。

 敵は数が減っている事よりも俺が斬っても死なない事に恐怖を感じ始めているようだ。

 

 「何だこいつ、斬っても突いても死なねえぞ」

 「矢だってかなり打ち込んでるはずなのに……」


 反応がホラー映画に出てくる被害者のそれだな。


 「俺は抜けるぞ! やってられるか!」

 「おい! ふざけんな!」


 おいおい逃げるなよ。

 俺は死体が握ってる剣を奪い取って投げつけた。

 剣は見事に逃げた奴の背中に突き刺さり胸から抜けた。


 何だかホラー映画のクリーチャーの気持ちが分かってきたぞ。

 逃げようとする奴は目立つからつい狙いたくなるな。

 他に逃げる奴は…いないな。


 足元に剣やらナイフが落ちているので投げる物には困らないからもっと逃げようとしてくれてもいいぞ。

 俺が逆の立場なら仲間を囮にして何とか逃げるけどな。

 それをしないって事は逃げられない事情があるんだろう。


 それならそれで俺としてはありがたい。

 逃げられたら探すの面倒だしな。

 残りも手早く片付けよう。



 それから数十分ほどで戦闘は片が付いた。

 人数が五人を切ったところで、逃げようとしだしたが全員何とか仕留める事に成功した。

 ちょっと前まで見た目は普通の酒場だったが、気が付けば死体の山になったな。


 ……思ったほどじゃなかったな。


 連中はその辺のチンピラよりは強かったが、殺し屋とか言うからもっと手強いかと思ったじゃないか。

 記憶を奪った連中は冒険者上がりの奴が多かったから、どちらかと言うと荒くれの集団か?

 最初は忍者みたいなのを想像してたけど、現実はこんなもんか。


 所でここは拠点のはずなんだが偉そうな奴が見当たらなかったな。

 気づかずに殺してしまったか?

 だとしたら頭が残っていてくれると助かるんだが……。


 俺は少し焦りながら死体を確認しようとして――おや?

 妙な気配がする。これは何だったか?

 おお、思い出したぞ。


 クインハムの記憶で見た。

 魔法の気配だ。

 思い出した瞬間、店の入り口で凄まじい爆発が起こり、爆風と衝撃が俺の体を飲み込んだ。

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