第8話 「不審」

 残った骨は根を巻き付けて強引に消化した。

 記憶の方も問題なく取り込めた。

 大森林にある村落で平和に暮らしていたところ、ゴブリンに夜襲されて拉致されたようだ。


 家族構成は旦那と息子が一人。

 息子はゴブリンの隊長っぽい奴に目の前で解体された上に喰われた。

 旦那は同じように捕まって、炭鉱掘ったり、ゴブリンに掘られたりして可哀想な目にあってるらしい。


 何故知ってるかというと、目の前で色々されてたからだ。

 記憶の主は亜人語を知らないから何言われたか理解してないけど、俺自身は理解してるので思い出す際に翻訳した。

 旦那を嫁の目の前で掘削工事しながら「これでお前の旦那は俺の物だ」とかそれっぽい事言って旦那の頬をベロベロ舐めながら興奮してたらしい。

 何とも業の深い話だ。


 エルフの言語は理解さえできれば発音はそう難しくなかった。

 見た目が人間と同じだからかだろうか、口に出してみたが特に問題なさそうだ。

 やはり声帯が問題なのか?

 

 でも不思議な話だ。

 かなり理不尽な光景だったが、特に何も感じなかった。

 先日のゴブリンのリンチを見た時と何が違うんだろうか?

 あの時は、自分でも制御できないほどの感情が湧き上がってきたのに…。


 自分の経験と被らないからか?

 何とも言えないな。


 元の道に戻ってそのまま下へ降りる。

 緩やかな坂道を進み、下の階層へ向かう。


 見た目は特に上と変わらず、洞窟のような通路に脇道。

 奥から微かに呻き声や悲鳴のようなものが聞こえる。

 またあの手の区画か。


 悲鳴が聞こえる方へ向かう。

 声から察するに男のエルフが捕まってる区画だろう。

 数がいるならやりたいことがある。


 悲鳴を頼りに奥へ進んだ。

 目的の場所はかなり奥まった場所にあった。

 こちらは上の娼館と違って完全に牢獄だった。


 気配を殺して覗き込んでみると、複数の大部屋に各五~六人が閉じ込められている。

 全員男だ。中の連中は上の女共と同じで目が死んでいた。

 見張りは二人か。奥の部屋から話し声が聞こえるところを見ると看守の詰所だろう。

 

 部屋の横には階段。恐らくは下にまだいるのだろう。

 悲鳴はそっちから聞こえてくる。

 解放して騒ぎでも起こさせようと思ったが……無理だな。


 その場を離れる。

 やはり一人で行って見つからないように逃げよう。

 この階層は大部分が牢獄になっているようだ。

 あちこちに囚われたエルフが閉じ込められていた。


 どこの牢屋にも見張りが、休憩してる奴を含めて最低三人居る。

 二人ぐらいなら何とかなりそうだが三人となると失敗して騒がれてしまうだろう。

 できれば内部に居る奴の記憶を吸い取ってしまいたいんだが…。

 

 更に下層に降りる。

 いよいよ目的地が近くなってきた。

 この階層は他に比べて雰囲気が違う。横幅が広く、上の階層と比べて1.5倍前後の広さだろう。

 

 脇道がなく完全に一本道になっている。

 進んでいると広い空間に出た。この先にもう一つ広い空間がありその先が宝物庫になる。

 もう少しで目的地にという所で、ふと疑問が持ち上がる。

 

 上手くいきすぎではないだろうか?


 「止まれ」


 声は後ろから聞こえてきた。

 振り返るとゴブリンが居た。

 今まで見たゴブリンの中でもかなり体格がいい。肉厚の剣を抜いてこちらに向けている。

 視線も鋭く立ち姿にも隙がない。しかも腕輪を巻いてるな…等級持ちか。

 

 「城に入ってから監視していた。随分と怪しい動きをしていたな?」


 どうやら監視されていたらしい。気配隠したりしてあちこち見ていたところをずっと見られてたのか。

 間抜けにも程があるだろ。恥ずかしすぎる。

 死にたくなってきた。あ、もうやった後だったか。ははは。


 『笑えねぇ……』


 思わず日本語で呟く。


 「何を言っている?」


 視線を動かして周囲を確認する。他には居ないようだ。

 なら、こいつ仕留めて奥に行けばいいだけか。

 

 腰の剣に手を伸ばした。

 瞬間、ゴブリンが一気に間合いを詰めて斬りかかってきた。

 後ろに下がりながら抜きかけた剣で受けた。


 「抵抗する気か?その方が都合がいい」


 尋問しようとしたけど抵抗されたので殺したって報告する気か。

 剣を抜いて構える。

 本当に迂闊だった、次回があったら気を付けよう。というか何が駄目だったんだろう?

 差し当たってはこいつの始末だな。まぁ、一人ぐらいならなんとかなるか。


 相変わらず相手を始末するという結論とそれに対して躊躇いの感情が全く湧いてこない。

 うんざりするほど自問したが、いい加減考えるのも面倒になってきた。

 もう、いいや。気楽に色々やれるし。

 邪魔する奴はみんな殺してしまえばいい。殺せ殺せ。


 右手で剣を構えて斬りかかる。並行して左手で腰の袋から比較的重い玉…カルを1つ出して握る。

 相手は特に焦らずにこちらの斬撃を外側にいなす。簡単に対応されたのは癪だが想定内だ。

 いなされたタイミングで左手のカルを指で弾く。狙いは目。


 相手は少し驚いたように少し目を見開いたが、身を仰け反らせてかわす。

 次は少し下がって砂で目つぶしを喰らわせようとしたが、一気に間合いを詰められた。

 相手の踏み込みに合わせて剣を突き出す――前に腹に蹴りを喰らって吹っ飛ばされた。

 

 ただで吹っ飛ばされるのも気に入らないのでお返しとばかりに短剣を投げる。

 相手は飛んできた短剣を剣で弾いた。短剣は回転しながら相手の後方の地面に刺さった。


 拙いな。かなり押されてる。


 おかしい。相手の実力を見誤ったか?

 見立てでは同等か俺よりちょっと強いぐらいのはずなんだが…。






 ……何だこいつは。


 目の前に居る侵入者相手にシュドラス城の警備兵であるザーギは考える。

 門番からの報告で不審なオークがいると報告を受けたので監視をしていた。

 仲間と話して不審な行動を取ったら捕えて自分達の手柄にするためだ。


 結果、オークは完全に不審者だった。

 そもそも、雇用主のゴブリンを連れていないのにもかかわらず通行証を所持している時点でおかしい。

 基本的にシュドラス城に入城するオーク、トロールはゴブリンに雇われた力仕事専門の労働力だ。

 連中は頭が悪いが体力と腕力は有り余っているので物資の運搬等で重宝されている。

 その反面、頭を使う作業は不向きなので、商売関連の作業はせいぜい随伴の荷物運びぐらいだろう。


 そんな理由で1人で城に入ろうとするオークは怪しすぎる。

 加えて通行証は貴重品だ。オークに預けるとはとてもじゃないが考えられない。

 実際、監視を始めてしばらくすると不審な行動をとり始めた。

 奴隷の娼館区画ぐらいならそこまでではなかったが、監獄区画、宝物の集積区画まで降りたのは明らかにおかしい。

 

 恐らくは他に仲間が居て、こいつの仕事は陽動か何かだろう。

 念のため、仲間に報告を上げて警備を厚くするように伝えてはいるが目的が不明な以上、尋問の必要がある。

 無傷で捕えたいが、向こうは抵抗する気みたいなので適当に痛めつけて話を聞き出そう。


 斬りかかってくるオークの斬撃を剣で受け止めて鍔迫り合いに持っていく。

 剣が押し込まれる。

 腕力は向こうが上。種族的に腕力に差が出るのは当然なのでその点は気にならない。

 だが、攻撃の鋭さは明らかにオークのそれを超えていた。

 砂や小道具を使った視界への攻撃や、投擲の攻撃もオークのやり方ではない。

 

 言葉を普通に話していたようなので、オークと思っていたがこいつはもしかしてエルフ――いや、人間……か?

 そう考えると腑に落ちる点もある。オークにしては小さい体躯、戦い方など。

 仮に人であるならばどうやって我々の言葉を覚えたのか、その辺りも色々聞き出さなければならない。


 相手は強い。強いが負ける気がしない。

 剣を振るう。相手は後ろに飛んで攻撃範囲から逃れる。

 こちらが剣を振り切ったところで相手が一気に踏み込んでくる。

 突っ込んでくる相手に合わせて肩で体当たりを食らわせる。


 相手の口から息が漏れる。密着してるので剣は使えない。

 剣を持ってないほうの拳を相手の顔面にたたき込む。相手が吹っ飛ぶ。

 2、3回地面を転がって相手が止まる。転がった時に取り落とした相手の剣を足で蹴り飛ばす。


 強い。確かに強いはずだ。技量だけなら自分より高みにいるだろう。

 だが、遅い。遅いのだ。

 攻撃の態勢に入る前に何故か一瞬、視線を向けて動きが止まる。

 しかも繰り出す直前にそれをやるので、何をしようとするかが丸分かりだった。

 

 まるで何かを思い出しながら動いてるかのようだった。

 最初は何か企んでるのかと思ったが、どうやら相手に自覚はないらしい。

 相手も起き上がりながら首を傾げてる。

 

 理由は不明だが相手は不調らしい。

 こちらにとっては好都合なので、調子を取り戻される前に捕らえてしまおう。

 




 おかしい。

 どういう事だ?

 ロートフェルトの技量は目の前のゴブリンより高みにあるはずだ。

 複数のゴブリンの記憶を突き合わせてもそれは明白。

 相手の攻撃もある程度読めているので、ダメージも軽微で済んでいる。

 

 目の前のゴブリンは二等戦士。

 腕に巻いている細い腕輪の数で判断できる。

 連中には上から一~三の階級があり三等は腕輪一つ、二等は二つ、一等は三つ、それぞれ腕に巻いている。

 通称『等級持ち』。


 目の前の相手は二つだ。

 人間の冒険者換算だと。二等は中の下~中の中程度だろう。

 このクラスより上は知能が比較的高く、理性的な行動をとる個体が多くなってくるらしい。


 1等以上は、個体によってはそこらの人間より頭が回り、戦闘なども高いレベルでこなせるようだ。

 その上の近衛に至っては、複数の言語や魔法を操れるらしい。

 その辺りは噂の域を出ていないが。


 少し脱線したが、ロートフェルトの技量であれば十分に勝てる相手にここまで後れを取るのは――。


 原因は俺か。


 それしか思いつかなかった。

 『知ってる』と『できる』は違うだったか?生前に何かで聞いたことがあったな。

 人のプレイしてるゲームを見ただけで自分もできた気になってる奴とそう変わらないって事だ。

 

 使えはする。だが、自分の物になっていない。

 外にも出ないで間接的なもので世界を知った気になっていた大間抜けが俺だ。

 まったく、これだから自殺するような引きこもりは了見が狭い。

 悲しいを通り越して鬱になった。

 

 ともあれ原因ははっきりした。ついでに自虐も済ませた。

 そろそろ前向きな事を考えよう。


 接近戦で勝つのは現状厳しい。

 技量で優っているのに使いこなせていないとかいうふざけた状況のせいで実力が発揮できない。

 となると――そろそろ恒例になりつつあるアレでいくか。


 噛み付きだ。喉を喰い千切られればたいていの奴はくたばる。

 現に今まで殺った奴への決め手は喉だ。

 視界を潰してからの喉は難しい。さっき防がれた以上、警戒されているだろう。

 

 なら、頑丈な体を生かしての捨て身戦法で行く。

 普通なら致命傷の攻撃をわざと喰らって油断したところで喉だ。

 これなら行けるだろ。

 殺ってやるぞ2等ゴブリンめ。お前はこの後、俺の糧になるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る