第7話 「城内」
死体と死体の持ち物を荷車に放り込む。
時間をかけてもいられないので地面の血の跡は適当にその辺の砂を被せてごまかした。
雑な隠蔽工作を終えると荷車を押して町へ向かう。
流石に死体を抱えて城まで行くのは具合が悪いので、まずは下町へ向かう。
目的地は最初に記憶を頂いたゴブリンの家だ。
幸いな事に彼は稼ぎはよかったが、あまり身の回りに金をかけなかったので家は立地の悪い、町の外れにある。
荷車付きの移動は時間がかかったが、何とか家にたどり着く。
途中に人や荷車とすれ違ったが一瞥されただけで特に絡まれたり注目されたりはしなかった。
記憶にある通りの家は一人で住むには少し大きかったが、ドアと窓がない。
いや、ドアと窓を取り付けられる場所はあるがそこには穴が開いてるだけの吹き抜けになってる。
要は穴だらけで中に入り放題の家と呼ぶには疑問符が付く代物だった。
だが、今回に限っては好都合だった。
入口の穴がでかいので荷車が入るのだ。
こんなのが家とは……。全財産持ち歩きたくもなるか。
ゴブリンから奪った財布の中身を思い出して瞑目する。
彼はここを寝床にしているだけで、我が家とは思ってなかったらしい。
家の前に居ても目立つだけなので荷車ごと家に入る。
中は記憶にあるままで、藁を敷き詰めた簡素な寝床と温い水が入った瓶が一つ。
藁の上に腰を下ろす。
周りに家もないし見られる心配は少なそうだが、念のためにボロ布で穴の部分を覆って目隠ししておく。
まずは戦利品の確認をしよう。
・短剣が四本。剣が一本。
・ゴブリンサイズの軽鎧五。
・金が五人で二十ゴル八百二十三シル四百五十二カル。
・指輪が一つ。
・荷車の中にゴブリン用の鎧、剣、盾等の装備品五十セット。
・城への通行証。
食事をしながら確認をしていく。
指輪を手に取って眺める。
記憶が欲しかったので脳を優先的に喰って確認する。
指輪は装備者の腕力を微妙に上げる指輪らしい。
付けてみたがいまいち実感がわかない。持ち主騙されてたんじゃないか?
ないよりマシなので付けておく。
短剣はほとんど錆も浮いておらずククリより使いやすそうなのでこっちを使っていこう。
剣も同様に使えそうだ。軽鎧はサイズが合わないので処分だな。
荷車の中身は城へ卸すのが決まっているので触れない。
金は遠慮なく貰っていこう。
通行証を確認する。
内容は城門の通行を許可する旨と城内へ入るための目的が書いてあった。
宝物庫に関しては存在は知ってはいるが行った事のある奴はいなかった。
色々手に入ったので整理するか。
軽鎧、短剣三本、棍棒、ククリ。この辺はいらないので武器屋で売るか。
残りの短剣二本と剣、指輪は貰っていこう。
日も暮れかかってるので、城は明日にして武具の処分を先に片づけよう。
食事済ませたら武器屋へ行こう。
食事を済ませ外に出た頃には日はとっぷり暮れていた。
ボロ布で売り飛ばす武器、防具を包んで肩に担ぐ。
なんだかんだで便利だなボロ布。頑丈だし。
荷車は……残していくのは少し心配だが、押していくわけにはいかないので残していく。
盗まれませんように。
と気休めに祈っておく。
いったいどの口が言ってるのかと自嘲する。
「……で、今度は何の用だ?」
店主は嫌そうに歓迎してくれた。
顔には「面倒な客が来た」と書いてある。
黙ってカウンターの上にボロ布に包んだままの武具を置く。
「カイトッテクレ」
「……あー……買い取る前にな、ちょっと聞きたいんだが。やばいもんじゃないだろうな? 盗品とかな? いや、怒るなよ? 怒るなよ? 確認しないと俺がやばいんだ」
店主は俺の顔色を窺いながら聞いてくる。
買い取る前に確認する事としては至極真っ当だろう。
俺は頷く。
「モンダイナイ。ダレカラモモンクハイワレナイ」
元の持ち主はもう居ないしな。文字通り影も形も。
「いや、それだけじゃぁ……」
「モンダイナイ」
「でも……」
「モンダイナイ」
「……わかったよ」
こういう時は、強気で行くに限る。俺も前世は強気に出られると逆らえなかったものだ。
理不尽な要求されて頷かされてできないと殴る口実という洗練された流れだな。
……どうでもいいな。
店主は大きく溜息を吐くとボロ布を解いて中身を取り出して並べる。
一つ一つ、傷や状態などを確認している。
「まず、軽鎧だが…まぁ、状態は悪くねえ。一つ五十シルってとこだな。
短剣も特に悪い所は見当たらねえ。一本三十五シル。
棍棒は傷みが酷いな、二十五カル。
ククリは錆が酷ぇな手入れしろよ。五シル。
合計で三百六十シル二十五カルだ。これでいいなら買い取るぞ?」
頷く。むしろ思ってたより高くて驚いたぐらいだ。
店主は懐から袋を出して中から金を取り出し、二度ほど数を確認する。
同じく懐から小さな袋を出して金を入れると差し出した。
受け取ってそのまま踵を返す。用事は済んだ。
荷車が心配だ。急いで戻ろう。
早足に家に戻って中を確認する。
特に何かがなくなっていたという事はなく荷車は無事だった。
城へは夜が明けてから行くつもりなので時間が空いた。
何かするか。
根の出し入れはだいぶ上達したので今度は別の事を試してみよう。
根を指から伸ばす。十センチメートルほど伸びた所で短剣で切断する。
切った部分を置く。切れた部分は打ち上げられた魚みたいに跳ね回ってる。
切れた部分に意識を向ける。
根の動きが止まった。
いけるか?
試しにこちらに来るように命令を送る。
根は弱々しい動きだがこちらに向かって這ってきた。
根は俺の膝に触れると力尽きたかのように動かなくなり、空気に溶けるように消えた。
目を見開く。驚いたな。
動かなくなるとは思っていたが、まさか消えるとは思っていなかった。
もしかすると、体を手に入れるのに時間がかかっていたら拙い事になっていたのではないだろうか。
トロールと戦った時に体を捨てなくて本当によかった。
捨ててたら危ないどころじゃなかったかもしれないな。
今の肉体を大事にしよう。
その後、根の伸縮、切り離した部分の操作などの練習で朝までの時間を潰した。
日が十分に昇ったのを窓から確認したところで装備を整える。
懐の許可証を確認。
剣を腰に下げ、短剣二本を正面から見えないように体の後ろに差す。
指輪は右と左の小指に付ける。右は魔法、左が腕力だ。
最後に左腕に腕輪を付けて、ボロ布を体に被せて準備完了だ。
荷車を引いて城に向かう。
記憶によれば許可証が使えるのは発行されてから3日で昼のみ使えるらしい。
ちなみに今日で三日目だ。
門の前にたどり着く。
門番が槍を構える前に懐から許可証を出して差し出す。
受け取って許可証を見ると、頷いてドアノッカーを叩く。
もう一人の門番が周りを見回してる。どうやら一人で来ている事を訝しんでいるようだが荷物を検めた後に許可証を見ると首を傾げながらも警戒を解いた。
門が開く。
荷車を押して中に入る。
中は城と言うよりは完全に洞窟だった。間取りなどのイメージは蟻の巣に近い。
しばらく一本道が続き、途中に小さな部屋に続く脇道がある。
等間隔で壁には松明が設置してあるお陰で道は明るい。
更に進んでいくと三叉路に出る。
正面は広場になっており、宴や兵士の詰所などの人が集まるような部屋が集中している。
右は上へ向かっており、仮眠室や王族、使用人、側近などの城に住んでいる者の住居になっているこっちは関係者以外は立ち入り禁止だ。
左は地下に向かっており、食料、武器、戦利品、宝物庫などの収納スペースになっている。
左に向かう。緩やかな坂道をゆっくり降りていく。
降りきった所に武具類の引き取り所がある。
カウンターのような所があるのでそこに向かう。
受付に荷車と許可証を見せる。
受付は許可証と荷車の中を確認すると奥を指さす。
頷いて荷車を引いて奥へ足を向ける。
平坦な道を進んでいく。
途中にある小部屋や分かれ道からゴブリンやオークが忙しそうに出入りを繰り返している。
近々、遠征があるらしい。目標は山の向こうの大森林、相手はエルフだ。
要はここの連中は定期的に森に行ってエルフ相手に略奪を繰り返しているらしい。
村を焼いて、宝を奪い、人を攫う。
最終的には森の奥に居るとされてるハイ・エルフとかいう上位のエルフの国を滅ぼしたいらしい。
ここの王様はそのハイ・エルフとやらにご執心らしく、何度追い返されても執拗に戦力を投入しているらしい。
やはりあれか? エルフは美形揃いらしいから、捕まえて慰み者にしたいのか?
ゴブリンは大抵の種族と交配可能の節操なしらしいし、妻に迎えるとかか?
それとも大森林が目的か? この辺の食い物あまり質がよろしくないようだし、その辺の事情改善か?
考えているうちに目的の場所に到着した。
武器の貯蔵庫。
遠征に備えて臨時で用意された部屋らしく量産品の武器防具が所狭しと並んでいる。
近くにいたゴブリンに荷車を引き渡して代わりに料金の入った袋をもらった。
邪魔な荷物の処分を終えて身軽になったところで早速行動する事にした。
宝物庫は更に奥らしい。この辺りはゴブリン達の往来は多いので何食わぬ顔で奥へ足を向ける。
数分歩くと通路の奥に下への道が見えてきた。
階層的にはもう二つ降りる必要があるが、今のところは順調だ。
奥に近づいた所で足を止める。何か聞こえてきた。
耳を澄ますと……どうやら悲鳴らしい。
下へ降りる道の手前の脇道から聞こえてくるらしい。ついでに何か生臭い匂いがする。
気になったので極力足音を殺して入る。
先には等間隔で木製の扉…部屋があり、全ての部屋に錠前がかかっていた。
扉には小さい格子が付いてたのでそこから一番手前の部屋を覗いてみる。
中は狭く一畳半ぐらいか?角にはトイレらしき穴と何か厚めの布が畳んで置いてあった。
部屋の中央に誰かが俯いて座り込んでいた。
暗いので顔はよく分からないが、シルエットで女性というのは分かる。
視線に気づいたのか、顔を上げてこっちを見てくる。絶望しきった死人のような目がこっちを見てくる。
やつれてはいるが、かなり整った顔をしている。そして耳が長い。
噂のエルフか。
……という事はここはエルフの収容区画か?
にしても記憶にないな。新しく作ったのか?
進みながら他の部屋も順番に中を見る。数部屋空だったが入ってるのは全て女性だった。
牢が並んでる区画の先には観音開きの扉があり、おそらく他よりは広い部屋があった。
こちらも格子が付いてるので中を覗いてみる。
中は……。
見なきゃよかった。
複数のゴブリンがお楽しみ中だった。
ああ、ここはプレイルームね。
生前なら食い入るように見ていたかもしれないが、今は……特に何も感じないな。
俺の性欲はどうなってしまったんだろう……。
薄いどころかピクリとも反応しなかったぞ。
何だか悲しい気持ちになった。
同じような部屋がいくつかあったが念のために中だけ確認する。
ここは娼館ってところか? 一番奥まで行っても無駄か?
奥が見えてきた突き当りに扉が見える。今までで一番大きな扉だ。
まーた、ヤリ部屋か? もうお腹いっぱいなんですけど。
やや、うんざりした気持ちで近づく。ここは扉が全開だった。
おや? ここは空気の流れがあるのか?
風の流れを感じる。あと匂いが特に酷い。
中は――屠殺場兼精肉店?
ゴブリンやオークが肉を捌いたり売ったりしている。何の肉かは――言うまでもないか。
ちなみに空気の流れの正体は部屋の壁に設置してある水晶のようなもの、魔石って奴らしい。
それがここの空気を吸って浄化しては吐き出しているらしい。
換気扇のかわりか。
しかも奥で生きたまま捌く実演付き。
血飛沫が飛び交っている。
特に見る所は――いや、待て。
そう考えたところに足元に捌いてる肉の頭が転がってきた。
頭を拾う。
血まみれのゴブリンが近寄ってくる。
「悪いな。飛んでっちまった」
手を差し出してくる。
頭を差し出さずに金の入った袋を付きだす。
「アタマ、イクラダ?」
「それが欲しいのか?頭だから喰うところほとんどないぞ?」
「コレデイイ」
「……まあ、いいや。二十カルでいいぜ。その代わり丸ごと持ってけよ」
料金を支払う。
ゴブリンが料金を確認して頷く。
店を出てもと来た道を戻る。
頭を脇に抱える。抱えてるものが見えないようにボロ布の中で指を頭の断面に突っ込んで根を伸ばす。
やはり根を使えば喰えるな。
別にそこまで腹が減ってるわけではなく、目当てはこの頭の中身だ。
記憶を吸い出す。目当てはエルフの言語と森の情報だ。
吸い終わった後には脇の頭は骨になっていた。
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