第9話 今日飲んだカフェオレの味を、僕は一生忘れない。
雨が一向に弱まる気配のない内に、目的のカフェテリアに到着した。
お店の店名を掲げる黒い背景の楕円の看板には、白く装飾的な字体で、『echos』と書かれていた。俺が首を傾げていたら花乃が『エコーズ』と読むのだと教えてくれた。
さすがに元芸能人である秋月花乃御用達のお店だけあって、外観からして洒落ている。入り口の屋根の下に置かれた小さな黒板に白いチョークで書かれた『日替わりパンケーキ』というメニューが気になったが、花乃のおすすめは『抹茶サンデー』らしい。
ドアを開けるとカランカランとベルが鳴って、高校生くらいだろうか、愛想のある若い女性の店員さんが「いらっしゃいませー!」と元気よく出迎えてくれる。
しっかりと光を取り込めるように店の正面側の壁は上半分近くが窓になっており、雨雲の支配する空でも店内は明るい。気温も丁度よく、ほんのりとコーヒーの香りが漂ってくる。
微妙な時間だからか、或いはあいにくの天気だからか店内に客は居なかった。
「お一人様ですか?」
「あ、えっと……」
何気なく当然のように放たれた質問に言葉が詰まる。どうやらこの店員さんには本当に、花乃のことが見えていないらしい。疑っていたわけではないが、実際に目の当たりにするとやはり衝撃を受ける。
「一人でいいよ」
後ろからの花乃声に従うことにして、
「はい」
とだけ答えた。
「お好きな席にお座りくださいませー」
と笑顔で応じてくれた店員さんに会釈して、俺と花乃は窓際の隅の席に向かい合って腰を落ち着けた。
一応ブランチという建前だったので、花乃のオススメの抹茶サンデーはまたの機会に注文することにして、今回は俺の気になった日替わりパンケーキと、マルゲリータのピザを注文した。それに加えて俺はカフェオレを注文し、花乃にもドリンクのオーダーを促したが、花乃は首を横に振った。
もしかしたら、俺が1人で2つもドリンクを注文するということで店員さんに不思議な目で見られるのではないかと、気を使ってくれたのかもしれない。
まったくそんな必要はないというのに。
花乃が俺に気を遣う必要なんてこれっぽっちもない。俺はそれを望んでいないし、店員さんだって実際そこまで気にしたりはしないだろう。それに仮に俺がおかしな目で見られたとしても、それが花乃の為であれば俺はむしろ本望だ。
しかし、それを花乃に言う気にはなれない。
それは花乃の思いやりを否定するのと同じことだからだ。俺は今になって、全肯定することの難しさに直面していた。花乃の思いやりを肯定すると、花乃の俺に対する接し方を否定することになる。
俺は出来ることなら、花乃のことなら何一つとして否定したくはない。
でもそれはきっと無理なのだと思う。
花乃のことに限らず、何かを肯定するということは同時に何かを否定することになるのだ。
そんなことに、今更ながらに気付いた。
「とりあえず、これで証拠は見せられたかな」
店員さんがオーダーを受けて去ったあとで、花乃が言った。なるほど、と思う。それを含めて花乃は、外でブランチをしようと言ったのだ。本来なら自分を認識出来ない人の溢れる外に行きたいなんて思わないだろう。
花乃の言葉を聞くまでそこに思い至らない俺が酷く浅はかに思え、自己嫌悪に陥る。でもそんな顔を見せたら、花乃にまた気を使わせてしまうかもしれないので、俺は努めて平静に、花乃と会話をすることにした。
「別に、証拠なんてなくても俺は君を信じるけど」
「でも、証拠は大事だよ。君は確かに信じてくれるかもしれない。でも私は、信じてもらえる理由がないと、やっぱり不安になるよ。実際に見てもらえれば、その不安はなくなる」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ。あの、こんなこと言いたくないんだけど、君ってちょっと鈍いのかな?」
「え、鈍い? 俺が?」
ちょっと心外だ。
自分ではそれなりに人の機微には気を付けていると思っていたのに。しかもそれをあろうことか花乃に指摘されてしまうとは。
「うん。私が君に対してどういう感情を持ってるか、分かってる?」
「それは……」
確かにそれは、まったく分からない。
というか考えたこともなかった。花乃が俺に対して感情を動かすことがあるなんて、俺は思ってもみなかった。だってそれは当然のことだろう。
秋月花乃は、アイドルだったんだ。いくら彼女がファンに対してちゃんと向き合ってくれるアイドルだとしたって、何万何千と居るファン1人1人のことを考えられるわけがない。
それが当たり前で、だから俺のことを考えてほしいなんてそんな自惚れたことを、俺は思ったことがない。彼女の俺に対する感情など、ないと思っていたのだから分かるはずもない。
「やっぱりね。そうだと思ったよ。君は私を特別視し過ぎだと思う。確かに私はアイドルだったけど、今はもう一般人だし、それにステージを降りてる時は私も普通の女の子だよ?」
それは、そうだろう。
頭では理解出来る。
アイドルだって人間だ。それぞれの人生があって、普通に生活している普通の女の子だ。それでも、好きという感情を超越して崇拝に近くなると、その普通の部分でさえも特別に思えてくる。
特別な人が普通のことをするということが、特別なのだ。
「例え君がアイドルだろうと一般人だろうと、俺にとって君は特別な存在だよ」
「え?」
「へ?」
素直な気持ちを吐露しただけなのだが、何故か花乃からは疑問が返ってきて、その意味が分からない俺も疑問を返した。
「もしかして私、告白されてるの?」
「はぁ!?」
俺は思わず立ち上がった。
その後で慌ててカウンターの方を見るが、幸い店員さんは厨房の方に引っ込んでいるようで安心する。
花乃の方に目を向けると、可愛く人差し指を唇の前に立てていた。
「ごめん」
謝りながら座り直す俺に、花乃は微かに首を振った。
「ううん。でも気を付けてね。私は姿が見えないからいいけど、君が私のせいで変な風に見られるのは嫌だから」
「別に花乃のせいだなんて思わないけど」
「君が思わなくても私が思うの」
「それはごめん。でも花乃もいきなり変なこと言わないでくれ」
俺にしては珍しく花乃に責任を求める言葉だ。でもそれは仕方ない。さっきの台詞はどのタイミングで言われたって同じリアクションをする自信がある。
「いや、だってさぁ、その前の君の言葉は、誰がどう聞いたって告白だったと思うけど……」
少しばかり申し訳なさを感じているのか、反論しながらも花乃は伏し目がちだった。
「告白なんて、今更しないよ。これまで俺がどれだけ君に気持ちを伝えてきたか、君が一番よく知ってるだろ?」
「確かにそうだけど、それはアイドルだった時の話でしょ? 今は普通のその辺に居る女の子なんだから、恋愛だって結婚だって出来るんだよ? なら告白だってされてもおかしくないって思わない?」
「それは……そうかもしれないけど」
「別に、君はいつまでも私を崇拝みたいな感じで思わなくてもいいんだよ。普通の女の子として、私を好きになってもいいんだよ? 恋愛感情を抱いたって、何も問題ないんだよ。だって君と私は、もう同じ立場で出会ってるんだから」
花乃の口振りは、まるで俺に恋愛感情を抱いてほしいかのようだ。もし本当にそうなのだとしたら、それはつまり、花乃が俺のことを? ……というのはさすがに勘違いだろう。ご都合主義にもほどがある。
でも万が一そんな現実があったら、俺は一体どうするだろう。
疑似恋愛を、恋愛に変えることは出来るのだろうか。
単純に考えれば難しくはないように思える。恋愛に似ているからこそ疑似恋愛なのだ。
だがしかしその反面では、恋愛と疑似恋愛はやはり別物であるということも確かな事実としてある。
別物じゃなければ、別の名称はいらない。
そもそも、花乃がどういう意図でそれを言っているのかが分からなければ俺には何も判断が出来ない。
俺が花乃の気持ちを推測したところで、それが100%的中することなんてまずないだろう。
だから確かめる意味で、俺は花乃に質問をすることにした。
「じゃあ、もし俺が今君に告白したら、君は俺と付き合ってくれるの?」
もちろん、恋人という意味でだ。
さすがにそこを明確に告げなくても、花乃には伝わるだろう。
しかし、自分で質問しておいてなんだが、言葉にしても一向に現実味の湧かない空想だった。
そう、アイドルと付き合うなんてそんなのは空想というか、妄想の類いだろう。
痛々しいだけで、それでも誰もが叶わないと知りながらも抱いてしまう幻想だ。叶わなくていい願いだ。
「それは分からないよ。今私に、君に対しての恋愛感情はない、と思う。でも、今私にとって、恋愛対象になるのは君だけだって、気付いてる?」
一瞬、思考が止まった。
そして直後、愕然とする。
花乃の口から放たれて俺の脳に届いた言葉は、俺がまったく予想していなかったことで、確率なんてほとんどないような事態で、それが現実だということを、俺の心も脳みそも信じることが出来ないでいる。
それでも、花乃の言うことが正しいことは分かる。
現時点では、花乃を認識できる人間は俺だけで、花乃にとって意思を疎通出来る人間は俺だけなわけで、なら必然的に、花乃の言った通りになってしまう。
花乃の恋愛対象が、俺だけという恐るべき事態に。
「それに、恋愛対象としてじゃなかったとしても、私にとって君はもう大切な存在になっちゃってる。だって君が居なかったら、私はまた一人になっちゃうから。こんな理由で君を必要とするのは失礼かもしれないけど、これは本心だよ」
純粋に噛み砕いて飲み込むのであれば、それは本当にそうなのだとしたら、嬉しいことだ。
どんな理由であれ、俺は花乃の力になりたいと思ってる。花乃に、必要とされたいと思ってる。
それでも俺はやっぱり、簡単に気持ちを切り替えて花乃を純粋な恋愛対象として見ることは出来そうにない。少なくとも、今はまだ。
今出来ることは、素直な気持ちで花乃に向き合うことだ。
「とりあえず、君が俺を必要としてくれていることは分かった。それは嬉しく思うよ。昨日も言ったけど
俺は君のことをあらゆる意味で好きで、だから恋愛感情だってないわけじゃない。でも、決して恋愛感情だけじゃないから、君に対しての接し方を簡単には決められないんだ。多分少しずつ、変わっていくと思うけど」
花乃は真っ直ぐに俺の目を見て頷いた。その瞳の透明度が高過ぎて、思わず見惚れる。
「うん、分かった。とりあえず今はそれでいいよ。あと一応言っておくけど、別に私は君に恋愛感情を抱いてほしいわけじゃないからね? ただ私にとって君が恋愛対象になるように、君にとって私も恋愛対象になるんだよって、そういう話だよ」
難しい話だ。
それを花乃から言われるということは、こちらからすれば好きになってくれと言われているようなものだと誤解してしまいそうだ。いや普通ならもうしててもおかしくない。
俺が花乃に対して特別の中でも特別な感情を抱いていなければ、時すでに遅し、だろう。
結局俺は、花乃に対してどういう感情で接すればいいのだろうか。
それとも悩まずとも、やはり少しずつ変わっていくのだろうか。
思考の袋小路に入り込んでしまったところで、店員さんがひとまず俺の注文したカフェオレを持ってきた。
どうやらおかしな目では見られていないようだ。さっきの俺の奇声は店の奥までは届かなかったらしい。
或いは、接客のプロなので訝しみながらも表面上は誠心誠意対応してくれているということなのかもしれないが、確かめようのない俺にとってはどちらでも同じことだ。
店員がまた奥に姿を消したのを見計らって、俺は付いてきたストロー突き刺したグラスを花乃に差し出した。
「飲んでくれ」
「君が頼んだのだよ?」
花乃は不思議そうな顔をしながら俺を見ていた。
「いいんだ。俺は水を飲むよ」
店員さんがオーダーを取りに来たときに置いていった水のグラスを手に取りながら言うが、花乃はどこか不服そうだった。少し頬が膨れている気がする。可愛い。
「なら私が水を飲むよ。君が飲まないのなら私もカフェオレは飲まない」
「どうして遠慮するの?」
「君こそ、どうして気を使うの?」
「俺が花乃に気を使わないわけがない。だって俺は花乃のファンなんだから」
「そこでそれを理由に使うのはずるいよ」
「ずるいって言われても……」
困る。
どうすれば花乃は納得してくれるのだろうか。
「私は、もっと普通に接してほしいよ」
普通って、なんだ?
俺は普通に接しているつもりだったのだが。
俺が秋月花乃に接するのに、これ以上の普通があるだろうか。
花乃の目は真剣だ。
なら俺は、ちゃんと考えてこの子に答えるべきだ。
そう思ってしばらく考え込むが、結局思考が堂々巡りするだけで、これという答えが見つからない。
その内、諦めたように溜めを息吐いた。
「じゃあさ、一緒に飲もう? それならいいでしょ?」
妥協案なのだろう。
花乃はそう提案してきた。
まったく問題のない結論だ。
ただ一つ、俺の精神衛生上の問題を除いては。
「お、俺が花乃と、ドリンクをシェアするの?」
「だって、そうでもしないと君はこれに口を付けなそうだもん」
そう言いながら、花乃の右手が結露したグラスに伸びて、細い指がそれを持ち上げる。
花乃の小さな口が開き、濃いピンク色のリップが塗られた可愛い唇が、俺の突き刺したストローの先を挟み込む。
花乃は鼻で呼吸をしながら、喉を動かす。
グラスの中のカフェオレが、少しだけ水位を減らした。
「はい、飲んで」
そう言って花乃は、自分の口から外したばかりのストローをこちらに向けてグラスを突き出してくる。
ストローの先端は、薄紅に染まっていた。
これは、間接キス、だよな?
いいのか? いやだって俺達付き合ってるわけでもないし。それくらいは今時普通なのか?
いやいや、恋人じゃない男女が間接キスをする、というのが普通かどうかは今重要ではない。
秋月花乃と間接キスする、というのが普通じゃないんだ。
でも、花乃は飲めと言っている。
そして、俺の正直な気持ちでは、飲みたいと思っている。
なら……飲まないという選択肢はないだろう。
俺は覚悟を決めた。
これはもしかしたら、ファンという立場を逸脱する行為なのかもしれない。だがしかし、据え膳食わぬは男の恥だ。
俺は、カフェオレを飲む。
いや……花乃と、間接キスをする!
花乃のレーザーのような熱視線が注がれる中、俺はグラスを持ち上げた。
中の氷がカラカラと音を立てる。なんてことだ。どうやら俺の手はガクブル状態だった。
だがしかし、ここまで来て引き下がれない。
命を大事になんてしない、ガンガンいこうぜ、だ。
左手の人差し指と親指でストローを掴む。
薄紅に染まった先端を目印にして、そこを口に含んだ。
特別な感じは何もしない。
だが実際に、俺は今花乃と。
あの秋月花乃と、間接キスをしている。
「あ」
俺がカフェオレを吸い上げ始めたとき、花乃が一文字だけ口から溢した。
「間接キスだ……」
え!
気付いてなかったの!?
知ってて言ったんじゃないのか!?
え、大丈夫か、俺やらかしてないか?
俺はてっきり、花乃の承諾を得たものと思って行為に及んだのだが、まさか早合点だったというのか?
だがしかし、冷や汗をかきながらも俺はカフェオレ吸い上げる。
氷の温度に影響された冷たさと、甘さとほろ苦さが、同時に舌に広がる。
きっとこれは、今の俺の心境を溶かした味だ。
一口だけを口に含んで、俺はストローから口を離してグラスをテーブルに置いた。
「間接キス、嫌だった?」
聞かずにはいられなかった。
花乃の答えで傷つくのは怖かったが、でも花乃に不快感を与えた可能性の方がそれよりもよっぽど怖かった。
緊張を隠さずに答えを待つ。
俺の表情は固まってるはずだ。
だが、花乃はすぐに首を横に振ってくれた。
「あ、ううん。ただその、男の人と間接キスとか初めてだったから、ちょっとびっくりしただけ。大丈夫、嫌じゃないよ」
そう言って笑いかけてくれる花乃が可愛すぎて、俺はテーブルに額を打ち付けた。
「だ、大丈夫ですかお客様?」
それは花乃の声ではなかった。
というかその声は背後から聞こえた。
テーブルに打ち付けたままだった頭を咄嗟に持ち上げ背後を振り返ると、そこには心配そうな顔の店員がいた。
右手にパンケーキの皿を乗せたお盆と、左手にピザの皿を持っていた。丁度配膳に来たタイミングで俺は額を打ち付けたらしい。
まずい、おかしなところを見られた!
「す、すみません! ちょっと寝不足で頭がガクガクしちゃって! テーブル傷つけちゃってたらすみません!」
慌てて謝罪する。自分でも何を口走っているのかよく分からない。
「あ、いえ……テーブルは大丈夫だと思いますけど。お客様の頭が大丈夫ですか?」
「酷いことを言いますね……」
言われても仕方のないことだが、普通に傷つく。
「あ! いえすみません! そういう意味ではなくって! お怪我とかされたんじゃないかと思いまして!」
今度は店員さんが慌てていた。
どうやら悪気はなかったらしく、単に俺のことを心配してくれたようだ。
なんて良い店員さんなんだ!
俺が逆の立場だったら絶対俺に引いてるのに!
「すみません、ありがとうございます心配してくれて。お姉さんいい人ですね」
「お姉さんなんてそんな! お兄さんの方がお兄さんですよ! あ、これピザとパンケーキです! お待たせしました!」
誉められてるのかなんだかよく分からない評価を受けながら、慌ただしく置かれた皿たちを見守る。
マルゲリータは薄目の生地に溢れんばかりのトロトロチーズが乗り、そのシンプルさが逆に味への期待感を増幅させる。
日替わりパンケーキは生クリームでデコレーションされた上に蜜柑が敷き詰められていて青春のような味がしそうだった。
と、店員さんがガラスで出来た手榴弾のようなものを手にとってお盆を小脇に抱えた。
「それでは、パンケーキの方にメープルシロップをおかけしますので、良いところでストップと言ってくださいね」
なるほど、そのガラス瓶に入っている茶色っぽい液体はメープルシロップか。
どうやら好きなだけかけてくれるというシステムらしい。
「春樹、ストップストップ!」
「え?」
店員さんがメープルシロップの容器を傾けるより先に、花乃が声を出した。もちろん店員さんには聞こえないので、つまりそれは俺への指示だ。
「あ、ストップで!」
花乃の意思を察した俺は条件反射的に、店員さんに掌を向けた。
「おや、お兄さんはメープルシロップがお嫌いですか?」
「いや、そうじゃないけど……とりあえず今日はこのまま食べようかなって!」
思いつきの嘘だ。
俺には花乃の意図がよく分からない。花乃はメープルシロップが嫌いなのだろうか。
「なるほど! うんうん、お兄さんはパンケーキを分かってますね! そうです、パンケーキは最初シロップとか無しで食べるのが通なんですよ! だから本当はこの生クリームも乗せたくなかったくらいなんですけど、でも今日は乗せないと店長に怒られるので泣く泣く乗せたんです……! まあ、乗ってたら乗ってたで美味しいんですけどね!」
急に饒舌な店員さんだった。
どうやらこの子はパンケーキが好きらしい。
見た目も可愛らしい感じなので、違和感は特にない。
「あ、私、
「あ、ああ別に良いけど……。俺は高園春樹、高い低いの高いに、花園の園、春に樹木の樹で、高園春樹」
「へー、普通ですね!」
「悪かったな!」
反射的に怒鳴ってしまった。
なんかデジャヴを感じるやりとりだ。
「あはは! 冗談ですよ。素敵なお名前だと思います!」
「今更お世辞言われてもなぁ」
「お世辞じゃないですって! あ、なんかすみません、話し込んじゃって。冷めない内に召し上がってくださいね♪」
「ああ、ありがとう」
「はい、ごゆっくりどうぞ♪」
きらびやかな笑顔を残して、雪島胡桃音さんはまた店の奥へと去っていった。
「春樹、気に入られたね」
ただでさえ存在が消えかけているというのに存在感を自ら消していた花乃がぼそっと呟く。
その顔が少しつまらなそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。
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