第4話 男だからって言えない

「それでクラリスは、僕に何を聞きたかったの?」


 さっき彼女が何か話そうとする前に、呼び方についてを聞くために僕が話を遮ってしまった。途中で遮って止めてしまったあの時に何を話そうとしていたのだろうか、クラリスに確認する。


「はい。ギル様がまたクランを脱退したいとレオノール様に訴えた、と耳にしたのですが本当の事なのですか?」

「あー、うん。さっきレオノールと話して、また却下されてきたよ」


 ほんの少し前の出来事の筈なのに、クラリスにはもう知られていたようだ。そして僕は思わず、生気の無いような声で適当に返事をしていた。そんな僕を、ジッと見つめて真剣な表情を浮かべるクラリス。


「なぜ、ギル様は戦乙女クランから脱退しようとしているのでしょうか? 何か不満があるのでしたら仰って下さい。私で力になれるかどうか分かりませんが、クランを抜けたいと思うギル様の意思を変える為に、お手伝いさせて下さい」

「うーん、それはねぇ……何と言ったらいいか」


 本気で僕の事を心配してくれている様子のクラリス。原因を聞いて問題を解決してくれようと手助けを申し出てくれた。ただ、この問題に関してはサポートは無理だ。


「(クランを辞めたがってる理由は、僕が男だから、とは言えないよなぁ……)」


 僕が戦乙女クランから離れたがっている原因は、残念なことに彼女には解決不可能であった。解決するためには、僕が男であることを明かさないといけないのに彼女は知らない。


 クラリスには、僕が男だという事は知られていない。長年付き合ってきたが、最初からずっと女性だと偽って接してきたから。真実を知った時、一番激怒しそうな人物でもあった。


 彼女のように真面目な性格をした女性にバレでもしたら、とんでもない事になってしまうだろう。女の格好をして男子禁制のクランに侵入していた変態男として、衛兵に突き出されて処罰されるだろうし、絶対に許してはくれないだろうな。


 そうならないために、全力で真実を隠し続けている。


 まさか、こんな事態になるとは予想していなかった。レオノールの夢だったらしい女性だけのクラン立ち上げに手伝うことになって、適当な時期になったら抜け出せばいいだろうなと考えていた。というか抜け出そうとしたのに、その度にレオノールに引き戻されて僕は戦乙女クランに所属し続けることになってしまった。


 彼女は僕を辞めさせようとはしなかったし、隠れて抜け出そうとしても絶対に見つかって連れ戻される。


 戦乙女クランは今では、王国にある冒険者クランの中で三本指に入る実力派クランとして言われるぐらいに有名な巨大組織として成長していた。僕の素性がバレた時の危険度合いも年々増加している。


 一刻も早く、クランマスターであるレオノールから戦乙女クランを抜け出す許可を貰って姿を消さないといけないのに。その許可を貰えない。


 そういう訳でクラリスには絶対に本当のことは話せないし、申し訳ないけれど事実を誤魔化すしかない。


「はぁ……」

「大丈夫ですか?」


 ため息をつく僕を気遣ってくれる優しい彼女、それなのに騙さないといけない事に申し訳ない気持ちになる。


「僕のような古顔は、そろそろ退いて後の子たちに任せたほうが良いんじゃないか、って思って」

「そんなこと、あり得ません! ギル様はずっと、戦乙女クランで皆と一緒に戦ってきました。今や貴女は戦乙女クランのシンボルとなっているのです! だから絶対にクランには残るべきなんです!」

「し、しんぼる?」


 僕の語った言葉の内容は辞める理由としては嘘だけれど、本音も少し混じっていたからクラリスが納得してくれたらいいな、と思って語った。あわよくば、後輩たちに後を任せて戦乙女クランを抜けられないか、と。


 そんな僕の考えに対して、カッと目を見開いて辞めるべきでないと熱弁してくれるクラリス。ただ、男である僕が戦乙女クランの”シンボル”になっていて大丈夫なのだろうか。


 僕が男であるという事実を、世間には知られないよう注意しないといけない理由がまた増えた。


「と、とりあえずレオノールにはクラン脱退は却下されたから、しばらくまた戦乙女クランに残ることになりそうだよ」

「それがよろしいと、思います」


 クラリスの熱量と勢いに圧倒された僕は、まだしばらくの間は戦乙女クランに残留する事実を彼女に伝えた。それを聞いて安心したのか、クラリスがいつもの物静かな雰囲気に戻った。

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