第3話 様付けで呼ぶのは止めて
慰めてくれるティナに色々と不満をぶちまけた。ある程度、会話していたら気力 も回復してきたので、本日も冒険者としての仕事を開始することにした。クランから脱退するのを諦めた訳ではないが、仕事をしない訳にもいかないから。
ティナと別れて、自室前からクランメンバーの集まる談話室に移動する。そこで僕は、ある人物を探していた。
その場所には、武装をしてこれから狩場に向かうのか集合するメンバーがいたり、一箇所で集まり談笑しているメンバーがいたりした。その中には、女性なのに素肌を隠さず全裸に近いような薄着でいるメンバーもいるようだったので、そちらには極力視線を向けないように注意しながら室内を探した。
「ギル様、本日のクランに届けられた依頼はコチラです」
「あぁ。ありがとう、クラリス」
僕が探していたのはクラリスという名前の女性。透き通るように綺麗な白色の長髪に、メガネを掛けた知的な雰囲気を醸し出す美女。彼女のほうが、僕の姿を見つけたようで会いに来てくれた。
クラリスは、僕が冒険者としてスムーズに活動できるように事務関係でサポートをしてくれているパートナーだった。ギルドから送られてくる依頼内容を確認したり、スケジュールを管理などをしてくれている。
「ギルドから戦乙女に依頼があったものを緊急度順に並べ替えておきました。最初の方にある書類の依頼から先に処理するように、お願いします」
「ありがとう、わかったよ」
見た目からも分かるぐらいに、真面目な性格をしているクラシス。彼女は細かな所にまで気を配ってくれて、いつも僕が仕事をしやすいように環境を整えてくれた。
実は、第一線に立って戦うことも出来る実力が十分にあるのだけれど、本人が戦闘に出るのを嫌がっているので、普段は戦乙女クランの運営に関する仕事や、メンバーの活動サポートをする事務作業を務めていた。
「ところで、ギル様」
「んー、その前にちょっといい?」
何かを言いかけるクラリスに、僕は口を挟んだ。
「はい、なんでしょうか?」
珍しくキョトンとした表情を浮かべて、僕を見てくるクラリス。普段はあまり口を挟まないから驚いたのだろうか。背の高い彼女を僕は見上げながら、ずっと気になっている、ある事を指摘した。
「その、ね。いつも僕の名前を様付けで呼んでくれているんだけれど、それを止めてもらえないかなって思って。普通に、名前を呼び捨てにして呼んでくれないかな」
クラリスとは、戦乙女のクランを立ち上げ当初から今まで長い間ずっと一緒に過ごしてきた関係である。そんな彼女から、名前に様を付けて呼ばれるのは距離を感じてしまうから呼び捨てで名前を呼んでほしい。
それにクランマスターであり威厳たっぷりなレオノールとは違って、背は低めだし見た目も弱々しい僕には、様付けのような敬称での呼ばれ方は似合わないと思うんだけれど。
だから僕は何度もクラリスに、その呼び方は変えてくれないだろうか、と繰り返しお願いしてきた。けれども彼女の返事は決まってこうだった。
「それは出来ません、ギル様。貴女は戦乙女というクランのNo.2に位置するお方ですから。そして何よりも私は、ギル様をクランメンバーの中で一番に敬愛しております。そんなお方を、ちゃん付けで呼ぶなんて出来ません」
いや、ちゃん付けで呼ぶ必要は無くて普通に呼び捨てで良いんだけれど……。
それから序列で言えば、クラリスもクランメンバーの中では上位と言えるくらいの実力と評される位置に居るのだから、本来なら呼び捨てでも何の問題もないし、僕も構わない。実際に他のメンバーから僕は、名前を呼び捨てにされているし。
「ティナからは、何の敬称も付けずに呼ばれているけど」
「あの子は、ただ単に馬鹿で無遠慮なだけです。今度こそ、私がしっかりとギル様に対する相応しい態度について、ちゃんと出来るように彼女を教育しておきます」
ティナの話題を僕が口に出した瞬間、キリッと目尻が上がって鋭い表情に変わってしまったクラリス。
「いや、違うんだ。ごめん。様付けでも問題ないから、ティナは勘弁してあげて」
話しているうちにティナにまで影響が出そうだったので、僕は急いで引き下がって様付でも問題ないからとクラリスに許可を出してしまった。
クランを脱退したいという望みと同じ様に、クラリスから様付けを無くして呼んで欲しいという僕の願いは、やはり聞き入れてもらえなかった。
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