第5話 泰然自若

「勇者数名が、黙って城から出て行った?」

「はい、昨晩遅くに3名の勇者が一緒になって城から抜け出したようです。その後、城下町に行って宿で一泊をして、朝になってから旅の準備として食料と道具を幾つか購入した後に、旅立っていったようです」


 目覚めて朝一番に聞かされたのは、昨夜に起こったらしい出来事の報告。僕が目を覚ますのを待ってくれていたらしい。報告してくれている兵士は、昨夜から寝てないのだろうか少し疲れ気味の表情を浮かべていた。


 そんな彼から、更に詳細について知りたいと僕は質問を重ねる。


「城から出ていった3名というのは誰だ? 名前は?」

「オガタ、ヤマザキ、ヨシオカの3名です」

「なるほど、訓練を拒否していた者達か」


 もしかしたらと予想していたメンバーでは有ったけれど、本当に城から抜け出すとは思わなかった。


 一応、勇者には高待遇で気を使って過ごせるようにしてきた。訓練を拒否した勇者であっても、普通に生活する分には苦労をかけないよう配慮したつもりだったのに。一体、何が不満だと思って城を抜け出したのだろうか。


 しかも、念の為にと勇者達に支給しておいた金もちゃっかりと持ち出して、それを活用して旅の準備を整えてから、外に行ったらしい。準備をしっかりと整えたという事は、事前に入念に計画を立ててから出て行ったのか。戻ってくるつもりも無いのだろうか。


「出ていったという勇者3名には、監視を付けているのだろう?」

「はい、それぞれに常時4名ずつの監視員と交代要員を付けています。彼らを、すぐに連れ戻すようにと指示を出しますか?」


 どうやら、動向はちゃんと監視をつけて把握できているようだった。今すぐ連れて戻ってくる事も可能なのか。少し考えてから、結論を出す。


「……いや、そのまま出ていった者たちの自由にさせよう。彼らが死にそうになった場合にだけ、監視員達に手助けをするように。死なないようにする事だけ注意しろと命じておけ。後は、常に居場所の把握だけ出来るようにしておけば、彼らの事は放置して問題ない」

「了解しました」


 わざわざ黙って出ていったのだから、彼らの意志に任せて魔王討伐を果たすまでは自由に行動させておくのが良いだろう。そう判断をして、3名の城から出ていったという勇者を連れ戻すことはせずに、暫くの間は放置することに決めた。


 居場所の把握だけしておいて、魔王討伐を果たした後に元の世界へ彼らを送還する時に連れ戻せれば、それで良いのだから。


 報告をしてくれた兵士に休むように言って下がらせると、僕は朝食に向かいながら考え込む。


 彼らは何を目的にして城から出ていったのだろう。訓練は強制参加ではなく、続けられる者たちだけ参加してくれれば良いと言っていた。だから、訓練が嫌だから出ていった訳でもないだろうし。


 生活する部屋や食事に何かしらの不満や文句があったのなら、言ってくれれば改善するという対応も出来たのに。


 全てが終わった後、元の世界に彼らを送還するという約束もしている。魔王討伐を果たすまでと期限も決まっているので、暫くの間を待っていれさえすれば無事に元の世界にも戻れる。


 何の不自由もなく過ごせる場で、しばらく待っていてくれれば元通りの生活に戻れるというのに。城を出ていった彼らの気持ちが何も理解できない。


 それとも、異世界という未知。外の世界に憧れを持って、出ていったのだろうか。そうだとしたら危機感が無さすぎると言わざるを得ない。せめて、戦闘訓練を受けてから城を出てくれれば、と思ったけれど勇者の称号があるから戦闘力は普通の人間に比べれば高いだろう。暫くは、大丈夫かもしれない。


 結局の所、彼らの本意はどうなのか理解できなかったけれど、正直言って死ななければ後はどうでもいい、と思うだけだった。



***


 一応、念のために報告はしておいたほうが良いだろうと思って、勇者召喚された中で唯一の大人であった為に、勇者達の引率者という立ち位置となった彼女に知らせておく。3人の勇者が昨夜、城から抜け出していったという情報を。


「なぜ……、なぜ生徒が抜け出すのを止めてくれなかったのですか!?」

「城から出ていったのは彼らの意志です」


 昨夜のうちに、緒方、山崎、そして吉岡という3名の男子達が一緒になって黙って城から出ていった、という事を嘘偽り無く伝える。話を聞いた彼女は、居なくなった3人の事について驚き、責めるような口調になって何故止めなかったのかと僕に問いかけてきた。


 彼女の問いかけに対して、淡々と答える。そして、出ていったのは彼ら自身で選択した振る舞いであることを強調しておいた。僕らには一切悪意はなく、勝手に城から出ていった彼らに責任があるのだと言う。


「貴方は、目的を果たした後に私達を元の世界に戻してくれる、っていう約束をしてくれたんじゃないんですか?」

「そうですね。だから、魔王討伐が終われば城から出ていった彼らを連れ戻してきてから、約束通り皆さんを元の世界に帰還させます」


 王様に命じられた面倒な課題があった。そうだった、勇者達の帰還の準備も進めておかないと。そんな煩わしい仕事が有った事を思い出す。


「!? それなら今、緒方くん達が何処にいるのか知っていると言う事ですよね? 今すぐ、彼らを城に連れ戻して下さい!」

「彼らが自主的に城を出ていったのなら、我々が彼らをココに連れ戻したとしても、またすぐに城から抜け出すでしょうよ。だから、全てが終わるまで放っておいた方が効率的です」


「そんな……」


 連れ戻す気なんてさらさら無いという僕のハッキリとした答えを聞いて、力が抜け座り込んでしまった彼女。


 そんな女性を目の前にしても一切気にせず僕は、どうやって仕事を早く片付けたら良いのか頭を悩ませるだけだった。

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