第4話 初志貫徹

「あなた、仁音君でしょ? 私達と同じクラスメートの」


 7日目の訓練が終わった、夜の日の事。


 仕事と生活を兼ねた僕の部屋に、一人の勇者が訪れた。彼女は、部屋に入ってくるなり確信した様子で僕の正体が仁音であると言ってきた。


 しかも、彼女は間違いないと確信している様子であるにも関わらず、僕の口から”そうだ”と言わせようとしているのだろう、質問するようにして聞いてくる。事実としては、勇者である彼女の言う通り。なんだけれど、召喚の儀式の時には言い逃れるように別人であると、僕は彼らに言い放っていた。だから今更になって本人でしたと言う必要もないだろう。


「いいえ、違いますよ。僕の名前は確かにジオンですし、あなた達が知っている仁音さんと言葉は似ているのかもしれません。けれども、私と仁音という方は完全に別人ですよ」


 彼女の質問に対して、しらばっくれた返事をする。けれど僕の答えを聞いた彼女は納得いっていない、という表情をしている。


「嘘。どこからどう見たって仁音君だもの。写真だって持ってるわ、見てみて」


 自分が正しいことを証明しようと少女は、スカートのポケットから携帯を取り出してきて操作した後、僕の目の前に取り出した携帯を突き出してきた。


 少女に見てと言われたので、目の前にある携帯の画面を覗き込んでみる。そういえば、携帯なんて久しぶりに見たなと思いつつ確認をした。


 その画面には集合写真が表示されていた。その中に学生服の姿でいる1人の男性、確かに僕の顔が表示されていた。


「確かにコレは、僕と顔が似ていますね。ところで、この道具は何ですか?」

「え? これ? 携帯だけど」


 僕の存在について追求を逃れる為に彼女が手に持っている物が携帯だと知りつつ、何なのかと問いかける。僕のとぼけた質問に、驚きながら答えてくれる少女。


「携帯ですか、絵を写す道具なんですか?」

「いや、コレは電話をする機械だけど。……あれ? 本当に仁音君じゃないの?」


 自分の演技はあからさまに過ぎるか、と思っていたけれどやってみれば案外うまく事が運んだようだ。しばらく、この世界の住人だと振る舞って質問攻めにする。本当に僕が彼女の知る仁音とは別人だと信じてくれたのだろうか、途端に不安げな表情を浮かべる勇者の少女。


「確かに、名前が似ていて顔も驚くほど似ているようですが。僕は、この世界の住人ですよ。20年も前からこの世界を旅していましたし、10年ぐらい前からはこの国でも働いてもいます。だから、貴方の言う仁音君とやらとは別の存在なんでしょう」

「……そうだったのね。ごめんなさい、私の勘違いだったわ」


 20年もこの世界で生きていると言った僕。その言葉は本当だった。20年以上も前から、彼女の言っている仁音という人物とは別人として生きてきた。


 そんな僕の説明を聞いて、完全に別人であるという事をやむを得ず、という感じで認めたらしい。そのまま、失礼しますと言って慌てた様子で部屋を出て行った。再び部屋の中に1人となった、と思ったらそうではなかった。


「ジオン様、彼女を抹殺しましょうか?」

「必要ないよ」


 部屋の隅にあった暗闇から突然現れた少女。彼女は、いきなり僕の目の前に立って物騒な提案してきた。彼女は僕の身辺警護の為についてくれている、国から任命された暗殺者兼護衛という立ち位置の女性だった。


 歳はまだ若いけれど、能力は非常に優秀であり容姿も美しい。敵を油断させる為にという目的と、僕が海外に出ないように国に縛り付けるため色欲に溺れさせる目的も有るハニートラップという任務もあるそうだ。彼女から直接話しを聞いていた。だが今は、僕の仲間として支えてくれている。


「あの女は、ジオン様の話を信じていませんでした。あの絵を元にして、虚偽情報をばら撒くかもしれません」

「あの話を広められたとして、支障はないから大丈夫だよ」


 僕が勇者たちの知っている仁音であるかどうかなんて、結局はどうでも良い事でもある。その話を広められたとしても問題になることは無い。


 それよりも、勇者が1人暗殺によって死んでしまう事で勇者達に不信感を与える方が問題だろう。最悪の場合は協力を拒否される可能性もある。だから、彼女の行動を制止する。


「心配してくれてありがとう、でも問題はないさ」

「了解しました」


 僕は彼女に気を使ってくれた事に対して感謝を伝えつつ、何もしなくていいと指示を出して暗殺者の少女を後ろに下がらせた。


 そういえば、あの勇者の少女の名前は高橋玲奈たかなしれいなという名前だっただろうか。


 たしか寡黙にいつも読書をしていたイメージのある少女で、学校での成績がとても優秀だったような記憶がある。もう僕の記憶はおぼろげであり、彼女に対する情報が正しいかどうかは分からないけれど。むしろ20年以上も前の事なので覚えていた事のほうが、奇跡的でさえあると思う。


 それぐらいに記憶が薄れてしまう程、僕は今の世界に適応していた。この20年で色々と経験をして変わっていったのだから。それならばもう、僕は勇者達が知る仁音とは別人であると言うのは正しいだろう。


 僕は最初に言った、ジオンと仁音は別だという事が本当だと今後も主張を変えずに過ごすことを決めた。

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