第2話 事情説明

 約30年前、僕は別の世界から今いるこの世界に召喚された。色々な出来事を経て現在は、国一番の賢者なんて呼ばれる存在となっていた。


 まさか再び、元の世界の人間と出会う事になるとは思ってもいなかった。しかも、自分を知っている同郷の人間と再会するなんて予想していなかった。どうやら、この世界と異世界を比べると時間の流れる速度が違うようだし。過去の記憶については、ほとんど思い出すこともなく薄れているし。かつての世界で生活をしていた頃の記憶なんて残っている事は少ない。


 問題なのは相手に自分を見抜かれてしまった事。一応、人違いだと誤魔化して回避したけれど、まだ疑われているようだった。


 召喚の間から、召喚した者たちを城にある大広間へと移動している最中。引き連れて歩いていると、ヒソヒソと僕の事について話し合っている声が聞こえてきた。あれは”大村仁音おおむらじおんじゃないのか”という声。


 後ろから聞こえてくる話し声は一切無視して、召喚した彼らを先導して城の大広間に案内する。これから彼らに、詳しく状況についてを説明するために。



***



「あなた達には、魔王を倒していただきたいのです」


 大広間に案内してから、そこに設置しておいたテーブルに座ってもらった後。僕はこの国の、そして世界の状況について説明していく。大半の人間が素直に聞くような姿勢だったけれど、何人か反発する態度を示すように頭の後ろで腕を組んだり、膝を立てたりして行儀の悪い座り方をしているので、話を聞いているのかどうかは分からない。それでも、冷静に話をする。


 この世界は魔王の脅威に晒されている事。何度も魔王を倒そうと挑んでいった者達が、返り討ちにあい散っていった事。そして、魔王に対応できるのは勇者と呼ばれる称号を持っている者たちだけ、だという事。


 召喚で呼び出された貴方達は、言い伝えによれば勇者という称号を授けられた者達だという事。


 話を終えた後の彼ら彼女らは、二種類に分類されるような反応を見せた。一つは、ゲームや漫画みたいな展開だと言って召喚された事を喜ぶ者達。そしてもう1つは、召喚されただなんて今後どうなるのだろうかと不安がっている者達。


「ではこれより、王の御前に案内します。後ろについてきてください」


 大広間での説明を終えたら再び城の中を案内して、陛下の居る王座の前まで勇者達を連れて行く。移動が多いと文句を言う何人かの者たちに、申し訳ないと言って謝り宥めながら。


 ぞろぞろと城の中を連れ歩いて、謁見の間に到着する。部屋の中には近衛騎士団が何十名か武装して待機している。鉄の鎧に赤い大きな羽の装飾のついた兜、そして腰から下げたロングソード。


 近衛兵の武装に威圧されたのか、先ほどまでずっと雑談していた勇者達が黙り込んで待っていた。注意して黙らせる必要もなくなって、楽にはなった。


 その他にも、謁見の間には貴族の家臣が待機している。彼らは、国政を担う重鎮達だった。黙ったまま静かに、ジロジロと勇者たちを観察し続けている。


「フラヌツ王がいらっしゃいます」


 近衛兵の1人が、謁見の間に王が登場する事を知らせる声を上げる。奥の部屋からマントを翻して現れた1人の初老男性が玉座に座ると、謁見の間で静かに待っていた勇者達をじっくりと見回した。


 王は、勇者の数に驚いているようだった。本来ならば1人だけの予定だったのが、何十人も居たのだから驚くのも無理はないだろう。


「ジオン、勇者召喚の儀に成功したようだが”彼ら”が呼び出した勇者か?」

「はい、そう通りですフラヌツ王」


 王に対して片膝を立てて頭を低くしながら報告を行う。後ろに付いてきていた彼らは、どうするべきかオロオロと突っ立ったまま。


 本来ならば、謁見するときの作法では失礼に当たる。家臣の何人かも眉をひそめて勇者たちを見ているが、特に文句は言わない、というか言えないのだろう。王が何も言わないから。


「そうか。先ずは突然の召喚で呼び出してしまい本当に申し訳ない、勇者の皆様よ。しかし今、この場所に貴方達が居るという事、これは運命だろうと私は思う。だから勇者様、どうか我々の国を世界をお救い下さい」


 普段ならば、ありえない程の低姿勢で勇者と向き合うフラヌツ王。それだけ気を使って対応している、という勇者達へのアピールだろう。


 王との謁見によって、ようやく事態の深刻さを徐々に認識し始めたらしい勇者達。お互いに顔を見合わせたりして、皆がじんわりと不安な表情に変わっていく。


「私達、戦いなんてしたことありません!」

「魔王を倒せなんて、絶対に無理だと思います……」

「っ、今すぐ私たちを元の世界に戻して!」


 王の言葉に反発して、叫ぶように拒絶している勇者達。やはり、召喚なんて突然に過ぎる事に拒否されるだろうと、僕の予想していた通りとなった。


 これは説得が面倒そうだと、思っていた。すると僕の予想に反して非常に協力的であるような声を上げる1人の青年が居た。彼は確か、召喚されたすぐの時には黙ったまま注意深く周りを観察していた者だ。


「皆、ここで文句を言っても意味がないよ。この世界の人たちも困っているみたいだから、俺たちの勇者としての助けが必要なんだ。それに、魔王を倒すために俺たちは召喚されたのなら、倒し終えたら元の世界に帰してくれるかもしれない。そうでしょう? フラヌツ王」

「もちろん、魔王討伐を果たせば元の世界に帰すと約束しよう」


 使命を果たしたら元の世界に帰すと、召喚士の僕に確認もせずに勝手に約束をしてしまった王。不可能では無いけれど、準備が色々と面倒ではある。


 しかし、本物の勇者と言えるような正義感を振りかざす中心人物となってくれる人が居てくれたおかげで、一気に彼らの意見がまとまったようで助かった。交渉などで、余計な時間が取られる心配が減った。

 

「では後を任せたぞ、ジオン」

「了解しました」


 面倒なことは丸投げで、さっさと謁見の間から退場するフラヌツ王。世界が大混乱している中で、彼も忙しい人である事は知っているけれど、もう少し協力してくれたなら僕も助かるのに、と心の中で王に対して愚痴を言う。

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