元日本人の召喚士~勇者召喚したら、元クラスメートを呼び出してしまった~

キョウキョウ

第1話 勇者召喚

「では、これより勇者召喚の儀を執り行います」

(あぁ、本当に実行してしまうのか……)


 バイアトロル城の最奥にある過去の勇者を祀った聖堂、普段は絵画や彫刻品などが並べられて特別な祭事にのみ使われる部屋。


 しかし今は、装飾されていた調度品の全てが取り除かれていて、広々とした部屋となっている。


 床一面に魔法陣が描かれるという場所。これから行われようとしている儀式の準備が全て終わって、後は実行するのみとなっていた。


 僕の周りには12名の大人たちが立っていて、彼ら全員がローブを着込んで全身に魔術アクセサリーを装備していた。手には、国宝級の高性能な杖を持っていて魔法的な装備を完璧にして、召喚補助の準備を万端にして待機している状態だった。


 指示を出して後は実行するのみだと、待機している人間に向けて僕は宣言をする。しかし、口から出た言葉とは裏腹に心の中で考えている内容は矛盾していた。本当に儀式を執り行っても良いのだろうか、と。


 今から行われようとしているのは、異世界から勇者を召喚するという儀式。万が一にも失敗しないように一ヶ月前から準備が進められて、とうとう今日準備が完了して実行される。


 最終確認を行う傍らで本当に異世界から勇者を召喚して良いものなのか、という事を今更ながらに僕は思い悩んでいた。


 約一年前のある日、突如この世界に現れた魔王により、人類は滅亡の危機に晒されていた。数多くの戦士たちが魔王を討伐しようと挑んでいったが、未だに魔王は生き長らえていて魔物を指揮し、世界各地の村や街、そして国の破壊活動に勤しんで世界を混乱の渦に巻き込んでいた。


 いよいよ打つ手がなくなって、我々人類は窮地に追い込まれていた状況。そんな時に発見されたのが、勇者の召喚方法に関する言い伝えだった。


 その言い伝えによると、神によって定められた勇者の称号を持つ人間のみが、魔王に対抗できる存在だという事。そして、勇者は異世界から呼び出さなければならないという事。


 今まで魔王に挑んだ者たちは、勇者の称号を持たずに魔王へ挑んで事が原因で敗れてしまった。なぜ数多の戦士たちが命をかけて魔王を倒すことができなかったのか。実力が足りなかったという事ではなく、そもそも魔王を打ち倒すために必要なものを戦士たちが備えていなかったから、という事実が判明した。


 言い伝えが発見されてから、すぐさま神に定められし称号を持つ者を召喚するための儀式を執り行うことが決定した。


 そして、いま行われようとしている、目の前の儀式こそが勇者召喚のための儀式であり、実行者は僕に任されていた。


 情勢から考えるに、勇者を異世界から召喚するというのは世界を助けるために当然行うべき行動なのだろうと思う。けれど、僕は終始召喚という儀式に対して反対だという姿勢を取っていた。


 何故かと言えば、この儀式は勇者の称号を持つ誰かを本人の意思とは関係なく呼び出してしまうという召喚魔法だったから。


 そんな誰ともわからない人を強制的に呼び出して、魔王を打ち倒せと伝えなければならない。しかも、この魔法は異世界の人間をターゲットにして呼び出すという機能が設定されている。


 何も関係のない人間に、しかも別世界で生きている者に世界の命運を託す事に躊躇いを感じていた。だがしかし、今のところ勇者という存在だけしか魔王を打ち倒せるという希望がない、というのも事実だった。


 現時点で勇者召喚を実行する以外には、この世界から魔王の脅威を取り除く方法は無いと言えた。


 魔王を打ち倒せるのは勇者の称号を持つ者だけ、言い伝えにより認識された事実。けれども僕は、以前から魔王を倒す方法を色々と探っていた。


 ただ明日を諦めて、人類滅亡を待っているだけなのは嫌で、魔王を倒す対策方法を編み出そうと必死に色々と研究途中でもあった。研究の結果、幾つか魔王討伐のための方法を考え出して、そして実践で試してみたりもした。しかし残念ながら、今の所どの方法も魔王に致命傷を与えるには至らなかったけれど。


 一度だけ、多少ダメージを与えることに成功して魔王との戦闘で撤退に追い込んだ実績はあるものの、やはり存在を消し去るまでには至らなかった。


 それが今のところ僕の限界である。そして、魔王への対策方法を準備できなかった僕は勇者召喚という任務を国から命令されて、断ることも出来ず致し方なく実行するしか無かった、というのが今に至る経緯だった。



***



「では、儀式を執り行います」


 ぐるりと、部屋の中を見渡す。万が一の場合を考えて、儀式を執り行う部屋の中に衛兵が20数名も控えている。僕の召喚魔法を実行するための補助として、12名の召喚士が配置についたのを目で見て確認してから、勇者召喚の儀がバッチリと行える状況だと最終確認を終えた。


 嫌々ながら実行はするけれども、失敗するのはもっと嫌だと思っていた。なので、召喚の魔法をしくじらないよう発動させる為に精神を集中させていく。


 僕の身体の中から溢れ出てくる魔力を制御して、床に描かれた勇者召喚の魔法陣に流し込んでいく。すると、しっかりと動作したことを示すように床から白い光が溢れて、部屋の中全体を白い光が僕らの姿を覆うように広がっていった。


 召喚陣から溢れた白い光と僕の魔力が陣に流れ込んでいくとバチッバチッと鳴る音が響いて、周りにいる召喚士たちが固唾を呑んで儀式の結果が出るのを見守っているという視線を感じる状況の中で、集中を途切れさせないように儀式を続けた。


 ほとんど全ての意識を儀式を成功させるために深く召喚に集中していると、次第に周囲から聞こえる音が小さく小さく聞こえなくなっていき、視界も白の光から明度が落ちて灰色に変わっていくのが分かった。自分は今、しっかりと集中する事ができているという意識がある。


 数分間という一つの魔法を発動させるのには規格外に多い時間を消費して、召喚を問題なく発動させる為の工程を一つ一つ丁寧に消化していく。


 白い光で満たされた部屋の中に、新たな変化が現れた。陣の上で部屋中に広がった光が、徐々に縮小していき人の形になっていく。その時点で既に、僕は少しの違和感を感じていた。だが勇者召喚の儀式を失敗した訳ではない、けれど数秒後には予想もしていなかった結果が目の前に現れた。


「呼び出されたのは一人、じゃない……それに、まさか……。彼らは、今頃になってそんな……」


 無意識に僕の口から、ありえないという言葉が発せられていた。目の前で起こった出来事に驚いたから。勇者召喚は無事に成功したようだったが、想定外の事が2つも起こっていたのだ。


 一つは、召喚された人間が複数人居るという事。本来想定している結果は、勇者という称号を持った人が一人だけ現れるだけのはずだった。だが、いま僕の目の前には三十人程の人間が戸惑いながら立って。召喚で呼んでしまった人間の数が多すぎる。


 そして、もう一つの想定外な事態とは彼らの着ている服装に見覚えがあったという事。こちらの世界では、なかなか手に入らないだろうと思うような精密な布でできた服装。しかも、ほぼ全員が同じように統一された均一の制服を着ている。見ていると懐かしい気持ち、前世の記憶を思い出すような日本という国での古い記憶が蘇る。


「な、なんだぁココは!? どこなんだ?」


 勇者召喚で呼び出してしまった子供たちが、キョロキョロと辺りを見渡していた。集団の中から、1人の少年が叫ぶ。


「なんなのこれ」

「これってテレビ? 映画?」

「壁と床とかが石で出来てるよ!? 外国みたいだね」


 見知らぬ場所に突然連れてこられて、周りを観察しながら怯えたように会話をする少女達。


「……」


 警戒心をいっぱいにして、寡黙にして観察に徹している少年。


「ちょ、ちょっと待って皆、まずは落ち着いて! 勝手にどこかに行こうとしないで、皆と離れないで」


 三十数人の集団の中では、一番年上の女性と思われる彼女が慌てて少年少女たちを落ち着かせようと声を掛けて、勝手に行動するのを制している。


 数十人の子供たちの中にいて唯一の大人であるらしい女性は、慌てて子供たちを落ち着かせようと必死に注意しているが誰も聞いていない。


 他には、熱心に辺りをキョロキョロと見回して戸惑っている少年、女性同士が辺りを警戒して身を寄せ合い小声で話し合っている、警戒して口を閉じて注意深くこちらに居る人間を観察している切れ者そうな女性。


「あ! おい仁音じおん、なんでテメェだけそんな格好してんだよ」

「!?」


 せわしなく辺りを見回していた一人の少年が何かに気付いて、乱暴な口調の大声で喚き立てながら僕に早歩きで近寄ってきた。彼の言葉を聞いた瞬間に、心臓がドキッとした。何故、僕の名を知っているのか。


「落ち着いてください、勇者の皆さん。突然あなた達を呼び出したりして申し訳ありませんでした、まずは説明を」

「おいおいおい! 格好だけじゃなくて、なんだよその変な喋り方!」


 小馬鹿にしたような薄笑いの表情で近づいてきた粗忽な少年が胸ぐらをつかもうとしたのか僕に手を伸ばしてくる。そんな彼の腕を僕は無意識に掴み取ると、そのまま引っ張って地面へと体を倒して転がした。


「ぐぁっ!? ……お、おいテメェ! 何しやがるっ!」


 少年が地面に倒された時に潰れた声でうめいた。僕は少年の上に乗り、腕を極めて硬い地面に押し付ける体勢となった。


「ジオン様、コイツっ!」

「ってぇ!? おい、仁音ッ! 今すぐ手を離しやがれ!」


 少年は組み伏せられている状態。大声で激しく怒りながら肩をグッグッと動かして逃げようとするが、彼の肩と腕を僕はしっかり固定しているので、びくともしないし彼は抜け出せないでいた。


「衛兵! 見ての通り、僕は大丈夫だから。持ち場を離れないで」


 一応、この場での最高責任者である俺を守ろうと待機していた衛兵たちが近づいてくるのに先んじて、声を掛けて彼らを止める。


 衛兵を止めないと、この少年は切り捨てられた可能性があったから。それは、いま召喚した少年少女達に不信感を抱かせる事になるだろうから止めておきたい。今から頼み事をするのに当然不利になるだろうから、出来る限り穏便に済ませたいと考えている。けれど既に、今の状況からは難しそうだと感じていた。


 しかし、まさかいきなり召喚した者が掴みかかってくるとは思わなかった。無意識に防御しようと、少年の攻撃に対して返り討ちにしてしまった。


 そして問題なのは、彼が僕の名前を呼んでいたという事。それを聞いた瞬間、僕は遠い記憶の彼方で、かつて異世界で暮らしていたときの事を思い出していた。学校に通って、一緒に遊んで勉強した人たちの事を。


 僕と少年のやり取り。何が起こったのか理解していないらしい、召喚された勇者の称号を持っているはずの少年少女が、ざわついていた。


「落ち着いてください、勇者様」

「だから何なんだよ、その喋り方はよぉ! 手ぇ離せよな、仁音!?」


 なんだか厄介事になりそうだったので、知らないふりで押し通そうと芝居をする事に決めた。地面に倒した、かつてのクラスメートらしい少年の言葉を無視して、話を続ける。


「僕の名前はジオンですけれど、貴方の知っている人物とは違う人だと思いますよ。私と貴方が出会ったのは初めて、ですから」

「あ、あの。隼人君を離してください仁音君、……いえ、ジオンさん」


 涙目で恐怖を感じているのか小刻みに震えながらも、拘束を辞めるようにと訴えかけてくる大人の女性。そういえば集団の中に居た唯一の大人である彼女は担任の先生だった、ような気がする。


「申し訳ありません、不用意に近づいてきたので思わず。私が手を離した瞬間に攻撃をしないと誓ってくれるのなら、掴んでいる腕から手を離します」

「くそっ、わかった! 殴りはしねぇからよ、早く手を離せよッ!」


 僕は、彼の腕と肩から手を離して距離を取る。地面に倒れていた彼は、キッと僕の方を睨みつけながらイテぇイテぇと呟きつつ立ち上がると、痛みを主張するかのように腕を擦っていた。そんな彼の様子を再び無視して、話を進めることにする。


「突然こんな場所に呼び出したりしてすみません、私の名はジオン。貴方達に救いを求めて召喚を行った者です」


 早速トラブルが起こって前途多難の様子だったが、僕はようやく話し合いができる状況になった。そして、この世界の事情を彼らに説明し始める。

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