ゴミ拾い~住宅街のゴミ箱に僕が捨てられていた~

オノボリ・リー

ゴミを拾おうと決めた男の話(読み切り・短編)

住宅街のゴミ置き場に、僕が捨てられていた。


スーツの裾から見える、男の割には細い足首。

やけに節くれ立った指の先に張り付く、くすんだ色をした爪。

日に焼けていない白い腕に、這うように伸びる青みどり色の血管。

頭はゴミ袋の山に埋もれてしまって見えないが、

弱々しい街灯に照らされ、じっと動かないそれは、間違いなく僕だった。


「ああ、またか」と、僕はつぶやいた。

本格的な冬はまだ先だというのに、今夜は酷く風が冷たい。

僕は真新しいコートの胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

白い煙が、細い一本の線になって、気怠そうに空へと延びてく。


満月が、じっとこちらを見ている。


ゴミ置き場に捨てられた僕は微動だにせず、

ほぼ逆さまの状態でゴミの山に突き刺さっている。



始めて僕が捨てられていたのは、恐らく半年ほど前だ。


残業で終電を逃し、タクシーも捕まらず、

人影のない商店街を、当てもなく歩いていた日のことだ。

細い路地裏に置いてあるラーメン屋の大きなゴミ箱のすぐ隣で、

右手をゴミ箱につっこみ、もう一本の手でそれにしがみ付くようにして、

地面に倒れ込んでいる男を見つけた。


「大丈夫…ですか…?」

ありきたりなをかけてみるが、返事はない。

一歩、また一歩と、男の側へと近づく。

男は何も言わず、ただじっとゴミ箱にしがみ付いている。

うなだれた男の表情は、髪に邪魔されて確認することができない。


鼓動が、頭上で点滅する切れかけの街灯に呼応するように、早まっていく。

「もしかしたら、死体かもしれない」

恐怖と期待にも似た興奮に突き動かされ、僕はその人のすぐ側にしゃがみ込んだ。

意を決し、そっと顔を覗き込むと、

それは僕だった。


「うわぁあ!!!」

僕は思わず大声を上げ、その場に尻もちをついた。

乾いた風が汗ばんだ首筋を撫でるように吹きぬけてゆく。

「他人の空似だ」そう自分に言い聞かせながら、

もう一度その顔を覗き込んでみる。

しかしそこにあるのは、紛れもなく自分の顔そのものだった。

その表情は怒りに醜く歪み、ゴミ箱の中の手は硬く握りしめられ、

まるで蝋人形のように、人としての柔らかさを失っていた。


僕は恐ろしくなって、逃げるようにその場から立ち去った。



それから毎日のように、僕は捨てられていた。


駅前の高架下や電信柱の側、垣根の中や、家の近所の河川敷。

会社のゴミ箱、公園の砂場、公衆トイレに、ショッピングモールの回収ボックス。

ありとあらゆる場所に僕は捨てられていた。

しかし誰もそれを気に留めようとしない。

街を行き来する人も、鋭い目をした野良猫も、何事もないように捨てられた僕の側を通り過ぎていく。

最初のうちは、僕は町のどこかに僕が捨てられているのを見つけるたびに恐怖におののき、逃げるようにその場から立ち去った。

「あれが見えないのか!?」と、通行人に詰め寄り、気味悪がられたりもした。


そんなことを繰り返すうち、僕は、今起こっている現象が酷くどうでもいいことことように感じるようになった。

なぜ『僕が捨てられている』という、ただそれだけのことのせいで、いちいち恐怖したり混乱しなければならないのか。

どこにいくつ自分が捨てられていようと、そんなことはどうでもいいのだ。

そんな風に考えるようになった。


慣れというのは恐ろしいものだ。

今ではもう、どこに自分が捨てられていようと、全く気にも留めなくなった。



人生は簡単だ。

朝起きて、飯を食い、クソをして、仕事に出かけ、

帰ってきたらまた飯を食い、そして眠る。

それらをただ繰り返していくだけで、人生は必然的に前へと進んでいく。

そこに発生する異物は、見なかったことにすればいい。


満月がじっとこちらを見ている。


「お前も吸うか?」

飽きもせずゴミの山に頭を突っ込んでいる僕にタバコを差し出してみたが、

案の定、返事はなかった。

僕はタバコを口にくわえたまま立ち上がり、ゴミ捨て場に近づいた。

ゴミ袋をかき分け、その顔を覗いてみる。

ゴミの奥底から出てきた僕の顔は、子どものような屈託のない笑顔だった。


僕はさっき火をつけたばかりのタバコを踏んで消して、家に向かって歩き出した。


僕が捨てられている。街のいたるところに。

様々な表情の僕が、捨てられている。


「今からでも、間に合うかな」

月を見上げてそうつぶやいた。

捨ててしまった自分を拾い集めるのに、

一体どれくらいの時間が必要だろう。


おわり

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ゴミ拾い~住宅街のゴミ箱に僕が捨てられていた~ オノボリ・リー @onobori3

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