3──さても人は 第一話

「お姉様はこいをしたら姫宮ではなくなってしまうの?」

「なぁに、急に」

 お姉様が膝に座った私の髪をでた。ねこが甘えるようにうっとりとを閉じた。このまま眠ってしまえばとてもいい夢を見られそうだけれど、だめ。耐えなくては。

 胸に小さく宿る不安を打ち消す言葉をお姉様から聞いてからでないと、どんな幸せな夢もおとずれないもの。

「ねぇ、お姉様は私といつしよにずっとここにいるのよね。どこへもいかないのよね?」

 当たり前じゃない、真珠。

 そう笑うお姉様を期待していた私は、不意に髪から離れた体温にきつを感じた。り返ると、お姉様は泣きだしそうな顔でしようしていた。

「恋をすれば天狼の姫たる資格は失うわ。神にささげるための心をうばわれてしまうのだから。そしてそれはだれにも止めることができない、おそろしく、美しい病」

「お姉様は、その病にはかからないのよね? だって、お姉様は私と約束したもの。ずっと私とこの国を守っていくって。この宮で、ずっと、ずっとよ」

【画像】

「そうね、ずっとあなたとここにいると思っていた。でも、恋とはどうしようもなく我が身を奪われるもの。抗うすべなく、そして誰もあの方の代わりにはなれはしないわ」

 あの方?

 お姉様はもうしたう人がいるというの? 信じない。信じないわ!

 だって、お姉様のすべてはここに存在している。

 だから、そんなに迷っているのでしょう? 奪われてもなお、ここを捨てられずにいるから、まだ私のそばにいるのでしょう?

 迷わずにこうていして、私を。世界を。

 そう、お姉様は私を捨ててなんていけるはずがないもの!

 瞳の中に残るわずかな罪悪感にうつたえかけるように、私は見つめた。

「代わりになれないなんて、うそでしょう? 私でも? お姉様」

 案の定、少し困った顔をして、それでも私の望む答えはくれなかった。

「……真珠にも、きっと見つかるわ。あなただけの人が」

 ためらいながらもお姉様のれいくちびるからこぼれた言葉は、私にとっての死だった。

 本当の絶望はなみだも出ないことを、はじめて私は知った。心で叫ぶ。

 いいえ、お姉様。

 私はお姉様以外いらないの。

 この世でたった一人、私の心の一等綺麗な場所にいるお姉様!

 私は、愛されたかった。

 あなたの、たった一人になりたかったのに。

 どうして。



 まどろみをぬぐい去る指がじりれた時、涙を流していたことに気がついた。

 泣いていたのか、私が?

 涙を流すなど、永遠を生きる身になってから初めてのことだ。

 らしい目覚めとは、とてもじゃないが言えたものではない。

 恐ろしかった。

 人形のように生きることで永遠のどくえてきたはずなのに、ここにきて心を取りもどしつつある。

 ちがいなく、透輝に出会ってからだ。

 光さぬぬりごめの中で一人、身を起こした。

 だれもいない。悪夢の続きみたいじゃないか。

「……たすけて」

 思わずこぼれた泣きごとを拾うように、琥珀がすり寄ってくる。神のけんぞくたる琥珀にはこの世界のかべという壁は何の意味もなさない。神である天狼が真珠をいつくしむのと同様に、琥珀は真珠をでている。さびしさの匂いを嗅ぎとって、琥珀は音もなく現れたのだった。

 真珠は今さら、おどろくこともなかった。この小さくそしていびつな宮は、すべては真珠がただ姫宮として正常に機能するようにできている。温度のない柔らかな毛並みを抱いて、れたほおをうずめた。

「あの男はだめです、姫宮さま」

「……琥珀」

 誰かに透輝を否定してほしいと思いながらも、いざ言われると反発心がわくことに真珠自身、まどった。

 その戸惑いをなだめるように、琥珀は鼻先で真珠の耳元を撫でた。

「あの男は姫宮さまを不幸にします。ここにいればなにも変わらずに永遠に琥珀がお守りいたしますのに」

 きっと、その通りなのだろう。

 透輝は真珠の心を揺さぶりすぎる。姫宮として心を神以外の何かにとらわれることはあってはならない。

 姫宮としてあるおのれが最上の喜びであるのなら、確かに透輝は真珠を不幸にする男に違いない。

 けれども。

「しかし、それは幸せか」

「姫宮さま?」

 いぶかしげに名を呼ばれ、真珠ははじかれたように琥珀の毛並みから身を離した。

「どうしたのです」

「いや、私は」

 いま、何と言ったのだ。

 混乱のさなかで真珠はさけびだしたいような気持ちになった。

 このままを望んでいながら、心の奥底、人間である真珠自身はこの永遠をよしとしていない。人としての生を、望み始めている。

 あの男との、未来を?

鹿な」

「姫宮さま、やはりどこか痛むのでは」

「痛む? いや別にどこも悪くはないが」

「いいえ、やはりあのぞうが無体を働いたのですね」

 まことかんである、と顔面にでかでかと書いてあるかのようだ。琥珀はけんにしわを寄せて低くうなってみせる。

「ん?」

 思わずこうちよくする真珠に構わずに、琥珀はぐるぐると落ちつかぬ様子で室内を歩き回りはじめた。

「あのろうは、やはり姫宮さまには相応ふさわしくございません。口で言えぬほどの乱暴をおこなうなど! それゆえ、姫宮さまは混乱しておられるにちがいありません」

「んん?」

 乱暴? やはり、そういうことなのか。

 しかし、あの温かなうでに閉じ込められるのはいやではなかった……ってなにを思い出しているのだ!

 頭の中でぐるぐると言葉が回るが、さすがにそれをあけすけに言う気にはならなかった。

ふうちぎりをわすとあらばこそ、僕はえんりよいたしましたのに! やはり無理にでも乱入するべきでした」

 絶対に許さぬと燃える琥珀は、そうはいっても意味をよくわかっていなかった。

 琥珀は透輝の誰も立ち入るなという命をりちに守ったらしかった。

 こんいんは聖なるしきの一つだ。神の眷属としてそれを害することはできないのだろう。代わりに、一晩中戸の前でひかえていたらしかったが。

 それにしても、悪い方向に想像がたくましくなりすぎている。かといって、否定しようにもしきれない部分もある。

「姫宮さま、山城にあごで使われるのはこの琥珀、ごうはらではございますが、今まで以上に耐えてみせましょう」

「琥珀、何の話だ」

「姫宮さまの幸せへの話でございます」

「幸せ、しあわせ、か」

 どこかうつろな口調で、真珠は言葉をもてあそびながら琥珀の頭をなでた。

 そうだ、この永遠にざされた小さな世界こそが、真珠の幸せのすべてだ。そしてこれこそが、国のあんねいへとつながる。

 神と二人ぼっちの世界こそが、国を守るいしずえとなるのだ。

 わかっていたことではないか。

「少し、外に出る」

「あまりご無理をなさっては。連日、じようをしてつかれているところへ、昨日は山城の相手をしてさらにおつらいでしょうに」

 その言葉で再び透輝の体温を思い出した。

 強く、しかしやさしく閉じ込められた腕の中は、意外なほどここよかった。それゆえ、深いねむりにおちいってしまったのは不覚であった。

「姫宮さま。お顔が赤いですよ」

「いや、大事ない。気にするな」

 える。

 そう言い捨てて、琥珀を部屋から追い出した。

 そのくせ、しばらくぼうぜんとして何事も手につかない。どうにも、頰の熱さがたまらなかったからだ。


    ● ● ●


められたものだな」

 目の前に立つ男に、透輝は無論、見覚えはなかった。しかし、ほのかにかおる異国めいた花の香りは二度目だ。好みの香りでなかったからよく覚えている。

 そして、いつだったか、真珠の美しいくろかみから香ったものとこくしている。

「死んでいただく」

 そう言った見知らぬ男はうすんだ。透輝は無表情を少しもくずすことなく言い放った。

「悪いが今の俺はげんが悪い。お前ごときをばくするための骨折りなど、俺に期待するな」

 もはやもなくると決めている。

 もっとも、透輝はただ斬るよりももっとざんこくな手法なのだが。

 さすがに透輝がどういう男であるかという情報はもっているらしい。男の顔がはっきりわかるほどにけんゆがんだ。

きつな王めっ」

「言われ慣れている」

 大きくちようやくした男にき捨てたのと同時だった。

 き打ちに、透輝は男のかたからどうにかけてやいばを走らせた、はずだ。けれども血が飛び散るどころか、確かに肉をんだはずの刀傷さえない。

 うそのようにれいなものだった。

 反して、男は眠るように横たわっている。薄くあいたひとみには生も、感情もなにひとつ宿らない。人を人たらしめるもの、たましいが肉体から抜け落ちているようだった。

「……だから忠告したのだがな」

 たおれた男に透輝は言いながら、綺麗なままの刀身をった。

 がらんどうの肉のかたまりを見て、透輝はようやく少し冷静になった。そうしていてきたのは自己嫌悪だった。

 この男はどう考えてもらえたほうが得策だった。

 似たにおいがするという事実に、大いに頭に血が上っていたから、早々にその手段は捨ててしまったけれども。

 それもこれも、あの姫のせいだ、と内心でため息をついた。

 真珠のことに関してどうにも冷静になりきれない自分がいることを、透輝は自覚している。男は真珠と酷似した香りをまとっていた。最初にかんだ可能性は真珠こそが男を差し向けた張本人である、ということだ。けれども、その思いつきはすぐに捨てた。

 簡単だ。匂いは、限りなく似ているがその実まったくちがう。

 男の香りに混じり気はなく、しんから花の香りがしていた。けれども真珠は、薄く花の香りを纏わせた奥に、彼女本来であろうんだ緑の香りがしたのだ。であれば、真珠の場合はどこからか匂いがうつったと考えるのがとうだろう。人ならざるわざを使う者たちは、どこかにこんせきを残す。香りもその一つだ。しかし、彼女本来のものでないとすれば、何らかのかかわりがあったにせよ、彼女自身が男をあやつっているというわけではなさそうだ。

 いずれにしろ、この匂いは不快なものに違いないが。

 そういえば、昨夜いて眠った時は深い森にしずみこむような心地でみようによく眠れたなと思いだして、頭をかかえる。

 昨夜。

 ほんろうされた夜がのうをしっかりとよぎった。人並みに女を抱いたことのある透輝であるが、それがまさかあんなうっかりこけてしまうとは思わなかった。

 もちろん無体なことをするつもりはなかったが、あんなに美しい女を目の前にして色気のない話じゃないか。瑠璃あたりに知られれば不能じゃないかとちやされるのは目に見えているなとうんざりしつつ、それでも眠る真珠のじやをしないようにそっと自室にもどれば、かくがおむかえである。

 機嫌が悪いのも道理じゃないか。

「今日という今日はあきれましたよ」

 うわさをすればかげ

 とうとつに、今一番聞きたくない声が聞こえた。透輝はげんなりしつつ振り向く。

「瑠璃」

「はいはい、あんたの忠実で有能な臣下、槙島瑠璃ですよ。ったく、城の連中がきいたら目を丸くするでしょうね」

 瑠璃がおおに肩をすくめるのを見て、透輝はまゆを寄せた。

「あんた、姫さんを抱かなかったんですって? ぜん食わぬは男のはじですよ」

「どこからきいたんだ、というか、それ以外に何か言うことはあるだろう」

「前者ならあんたのしょっぱい顔みたらわかります。後者ならご苦労様でしたってとこですかね?」

「そのよく回る口をいつけてやる前に、いいわけを聞いてやる俺のかんだいさに感謝するべきなんじゃないか。あろうことかお前がちもらしたぞくの始末をあるじたる俺がしたわけだが?」

 男の頭をり飛ばして言う透輝に、瑠璃はまゆをひそめて「死者はていねいあつかわないとだめですよ」と説教してくるのが腹立たしい。

 山の中で同じことをした男が言えた義理ではない上に、そもそも男は死んでいないというのはさいすぎる問題なのだろうか。

 まったく悪びれた様子のない瑠璃はやれやれと肩を竦めた。

「討ちもらした、なんて人聞きが悪いですね。こいつらがだれねらっているのかを明らかにしようとわざと泳がせたんですよ」

「必要あるか、それ。この宮において首を狙われるのは俺以外ないだろう」

「でもほら、姫さんを狙う可能性も無きにしもあらずなわけですし。あの山犬にそう言われて、あんたならじようだし、まぁいっか~っていう。あ、姫さんの方は山犬とじよたちがしっかり守りを固めていたので問題ないですよ」

「お前は一度、誰が主かをしっかり頭にたたき込んだ方がいいようだな」

「それはともかく」

「全然ともかくじゃないんだが」

「あんた、ほんとのほんとに姫さんを抱かなかったんですねぇ。わりとかんで言ったんですけど」

 くそっ。

 思わず鹿正直に舌打ちをしてしまったことを、瑠璃にけらけらと笑われてしまう。

「とはいえ、俺は心配してるんですよ、あんたが思ったよりもひめさんにおぼれているから。いずれ手放すとき、困りもんでしょうに」

「まぁ、そうだな」

 瑠璃の言いざまをあいまいこうていしながらも、自分の返答にどこかなつとくできないで透輝は小首をかしげた。

 いずれ手放す、という言葉がしっくりこない。

 理性ではなく、感情で、だ。

 真珠とはなりゆきのこんいんだった。惟月をけんせいするための、そしてなによりも真珠に自由をあたえないためのものだ。妙なむすめだと思いはしたものの、特別な感情を抱いていたつもりはなかったし、この内乱の落とし前をつけてしまえば、真珠が望むようにその身を解放してやることにあの時点では何の異論もなかった。

 もとより天狼の姫とやらに特別なしゆうちやくはないのだから、それが道理だ。

 わかっていたはずなのに、瑠璃に言われるまで真珠が自身のそばからはなれる未来を考えなかった自分におどろく。

 変わってしまったのはいつだ。

 まさか、あの美しいあかそうぼうのぞきこまれた昨夜からか。

 俺の瞳を見つめて、美しいなどと!

 おくはんすうしたとたん、熱がせり上がってくるのがわかった。心臓から飛び出した熱さは一気に頭へ上り、思考がえてしまいそうだった。冷静さとはえんの境地だ。

 なんだ、これは。

「透輝、どうした」

 瑠璃に顔を覗きこまれ、透輝はようやく我にかえった。昨夜の甘いざんを振りはらうために、大きくせきばらいをする。

「惟月のことだが」

「なんだか急な話題てんかんのような気がしなくもないような」

「やかましい」

 不吉とののしられる銀の瞳でにらみつけたところで、心安いきようだいにはなにほどでもない。じようげんさながらに口のはしを上げさえした。

 あきらめの息を吐いて、透輝は事態へのかんを口にする。

「惟月は、本当にたった一人でさんだつたくらんでいると思うか」

「まだあのぼつちゃんを信じているんですか。それとも、あれだけごしゆうしんなくせに姫さんの疑いは晴れていないとか? そりゃなかなか意地が悪いと思うけど」

「混ぜっ返すな。お前ももうわかっているだろう。惟月は女を抱きこんであんやくする小悪党には向かない気質だ。真珠にいたっては惟月を転がして簒奪を企むなどというそくさを最もきらうだろうな。あの女が俺の首を本当に欲しければ、直接狙ってくるだろうさ。そういうとうがある」

「姫さんの方は確かに、あんたにけつとうでも申し込みそうなところはありますね。惟月の坊ちゃんは馬鹿がつくくらいのりち者ですが、人の心の底まではわからないものですよ、人間ってやつは奥が深いですからねぇ」

「心の底か、そうかもな。このやりようは、小悪党のそれじゃない。惟月は俺をよほどうらんでいるらしい」

 唐突にしゃがんだ透輝にいぶかしげな顔をした瑠璃だが、あっと息をむ。透輝がいだ男の首元に、みような文様があったからだ。

 それはまるで、こんじようかがやりゆううろこだった。

 瑠璃が小さく、そしてぼうぜんと正体を口にした。

「……荒雲」

「前に天狼の姫が欲しいとぬかしたことがあったな、あの男が」

「荒雲の王にしてじゆじゆつの頂点にたつ左海藍が一枚んでいるなら、確かに納得の、最悪の展開ですね」

 する口調でありながら、瑠璃の顔は苦り切っていた。そうして、一つの事実を明らかにした。

殿でんは、異能をほつしていた。それも異常ともいえる熱心さで」

「惟月が? 初耳だぞ」

「あんたに言えますか、んなこと。異能によって父君からのちようあいを失って、不当な扱いを受け続けたあんたに!」

「瑠璃、お前」

「俺があのぞうを嫌いぬいているのはそこだよ! 透輝ののうも知らないで、のうのうと過ぎた力を欲しがるなんて馬鹿のきわみだ。やれできた令息よとめそやす周りもおお鹿者だ! あいつはただの、欲しがるだけの我がままな子どもだ」

 わめいて、そうして瑠璃は大きく息をついた。うつむいてこちらを見ようともしない。

 意外だと思うのはいささか向けられた忠義に対してれいたん過ぎるか。いや、それでも透輝にはけいはく極まる目の前の男が、乳兄弟とはいえここまでやさしく真綿でくるむように自身の心を案じていたということが不思議な喜びであった。

 とはいえ、いまさらなおに礼を言うのもしやくさわる。

「そこまで俺にご執心だったとは知らなかったな、瑠璃?」

「うるせーですよ、ほんと」

 まったくの失言だと思っているのだろう。家臣とは思えぬ悪態とは裏腹に耳は赤く染まっていた。

 これ以上のからかいは武士の情けでかんべんしてやるべきなんだろうな、と笑いをかみ殺して、透輝はざんこくな現実に向き合った。

「ともあれ、これで一つはっきりしたな。惟月は簒奪者でばいこくだ」

「どういう経路で荒雲にわたりをつけたのかはなぞですね。そこに姫さんが嚙んでいるって説は?」

「ないな」

そくとうですか。こんきよはあるんでしょうね」

 根拠。

 言われて、透輝はめんらった。

 理路整然とした理由があるわけではない。どうにもこれは感情的なものらしいとわかった。

 感情、か。

 いつだって自儘にってきたように思えて、その実、透輝は心より何かを成したことはなかった。あるのは義務と、それにずいする野望だけだった。それらはすべて、この国のためであり、王としての責務だった。

 ただ一人の人間として、というのはとうの昔に捨て去っていたものと思っていたのだが、あの赤に見つめられたしゆんかんに、かつての捨てられた子どものような自分が目を覚ました。

 たった一人のだれかをこの手にしたいという、異形の自分が望むべくもない望み。

 あぁ、そうか。これがきっと、こいというものか。

 いさぎよく認めてしまえば笑えるほど世界は単純なものに思えた。しがらみも何もかも捨てて、あとはこの手にするだけだ。

 ためらう理由は、なにもない。

 自然、透輝は笑っていた。

 根拠なぞ、

「俺がみそめた女がそんなことをするわけがないからだ」

「げっ! ここにきてかくきまっちゃってんだもんなぁ!」

「付き合ってられないくらいのことは言ってもいいんだぞ?」

 王としてではない。

 ただ一人の男として言っていることだ。そこまで目の前の忠臣を道連れにしようとはさすがの透輝も思わない。

「今さら、あんたにそんなこと言うわけないでしょうが」

 金属のれるかんだかい音がひびく。瑠璃が頭をかいたひようれたみみかざりがかなでた音だが、まるでそうだそうだとはやしたてるように聞こえるのは気のせいか。

「それに、めんどくせぇですけど、あんたがそんなこと言うのはわりと悪くないと思ってるんですよ」

「ほぉ?」

だれを愛し愛されたっていいじゃないですか。人間ですよ、あんたも、ひめさんも、みんな」

 父にいとわれ、死んだ母を恋しいと泣いたころを透輝は思い出した。

 誰にも見つからないように城をけ出した夜のすみで、見つけてくれたのはこの乳兄弟だけだった。泣きもせず笑いもせず、ただ朝までそばにいた瑠璃はあのときから今もなにを考えているのか、透輝にはさっぱりわからない。

 だが、がたい友であることはちがいない。

「言ってくれる。では、悪いがごくまで付き合ってもらうぞ」

「かしこまりまして。あんたがそうと決めたのなら、俺はついていってただ好き勝手に暴れるだけですからね。ここまできたら、うるわしの姫さんも国も、総取りと参りましょうよ」

「総取りに異論はないが、お前にあんまり好き勝手されるのも困りものだな」

 あつとあだ名されるだけあって、瑠璃の暴れ方は堂に入ったものだ。いままでのぼうじやく無人ぶりが透輝ののうによぎるが、まぁいいかと思い直す。

 どうせ、これからめちゃくちゃにしてやるのだ。

 神も世界も、真珠をしばりつけるものはこわして、そうしてうばわねばならない。ことのついでに荒雲も、惟月も、すべて地にいつくばらせてやる。

「しかし、荒雲か。俺の国ではしゃいでくれるじゃないか」

 目にもの見せてくれる。

 笑う透輝のひとみが、たぎる血でするどい銀に光った。

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