2──花さそう 第一話
上を下への
真珠が婚姻を宣言したとたん、
宮中の
天狼の姫に仕える女たちは、いずれもただの人間である。天狼の加護を受け永遠の肉体を得ている真珠以外は、
そんなわけで、宮は
無感動にもなろうというものだ。かれこれ一刻ほど、琥珀は真珠がどう言おうと姿勢を
「もういい」
何度言ったかしれない許しの言葉を、一定
「これ以上は傷に
「いいえ、このような望まぬ
「そうではない。これは私の選んだことだ。それよりも、一つ聞きたいことがある。この最近の世の動きを教えてくれ。私は
「そうおっしゃると思い、調べてまいりました!」
そうして琥珀が語りはじめた言葉は、暗く冷たい一族の話だった。
「先代の王、
「
「左様でございます。嫡男であれば」
「まさか」
「実際にはそうはなりませんでしたが、
「それほど無能な男に見えなかったがな」
「僕も先ほどまで、なぜ廃嫡の沙汰が下ったのか疑問に思っておりましたが、合点がいきました。有能すぎたのでしょう。山城透輝は銀眼と異能を有しております」
銀の
「
正嘉公がかつて熱心に宮を訪ねてきたことは真珠の
彼はなによりも銀狼になりたがっていたものだ。
しかし、その素質は
「それだけではないでしょう。単純に
「人はちがうものを恐れるからな」
「ともあれ、正嘉公と透輝殿に
「なるほど。つまらん内輪もめに巻き込まれたわけだな」
考えれば考えるほど馬鹿らしい。ため息交じりに真珠は言った。
「おまけに、なぜかその内輪もめの原因が私だと思われているということか。
「やはり、殺しましょう。この琥珀にお任せくださいませ!」
「
「しかし、よりにもよってあの恐ろしい男」
山城透輝。
名前を、あの姿を思い
その事実は
「散々な呼び名があるそうだな。世にも
「姫宮さまと同じ力、ですよね」
「正確には
真珠は立てた指をふらふらと左右に
「私の力は
「神の
琥珀が山に
それゆえ、
真珠は高らかに笑ってみせた。
「それが銀狼の御業なのだろうが」
そして、それが人の限界とも言える。
人はなにがしかを失わずには
「しかし、銀狼ねぇ」
そうとしか説明のつかぬ力ではあるが、順番がちがう。
姫宮が婚姻し、力の移行がなされてこその銀狼だ。もちろん、適性はある。それを示す力の発現はあるが、こうもはっきりとした
ゆえに
人は
並の人間とは違う。
その一点でのみ、簡単にわけ隔てをしてしまう生き物なのだ。
だとすれば、それにこそ茶番をたやすく終わらせる糸口がある。
一つの
「なぁに、いけすかない男だと思ってはいたが、
「なにをなさるおつもりですか?」
「昼の世界の者に
小さな胸の痛みに素知らぬふりをして、真珠はそう
● ● ●
「ずいぶんな
透輝がそう言ってようやっと息をついたのは、案内された宮の一室であった。
まるで
本当にここに
後ろで舌打ちが止まらない瑠璃をなだめ、透輝は色あせた
ここまで
存外
「あんたが言うんじゃなきゃ、俺は今すぐここを飛び出して火をつけているね」
本当にやりそうだなと透輝はぼんやり思ったが、それにこたえることなく
「どういう女だ、あれは」
疑問の
大した女だ、と感心するにはただ者ではなさ過ぎる、と透輝は思っている。
なによりも透輝をぎょっとさせたのは、
彼女がいったいどういう道を歩んでかの地位についたかは知らない。それにしてもあのような静かな瞳でいられるはずがないのだ。
後者であろう。
同じ場にいた侍女たちはある者は悲鳴を上げ、ある者は声を発することなく気を失っていた。
胆力に加えて、あのこちらを
「まぁ並の女ではありませんね」
そんなことは承知している。
毒にも薬にもならんような感想をききたいわけじゃない。もっとも、姫については瑠璃とて神話程度にしか話をしらないのだから他に言いようもないのではあるが。
透輝の父である先代の王はずいぶんと熱心に寄進していた。それをくだらぬと取りやめてしまったのは他でもない透輝である。天狼の姫を知ろうともしていなかったわけであるが、それがまさかこんなところで
「よくわかりませんが、女であることには違いありませんから通り
「姫に対する評価が正しいのであれば、そこいらの女と同じことをして機嫌を取ってやれば俺の命がとられかねんぞ」
「姫さんを
「獣どころか、だな」
「へぇ。んじゃ、あんたの見立ては?」
「俺の見立てが確かであれば」
確かであれば。
そういう言い方はしたが、実のところ、透輝は疑っていない。
あの十五になろうかという風変わりな少女は自分と同じ種類の人間、いやそれどころか、もっと
少し目を合わせて話しただけで
負けないためにどうすべきかではなく、勝とうとしていたのだ。あの
「俺の見立てが確かなら、あれは一種の化け物というべきやつだろうな。自分の目的のために、自分すら
真珠とわずかばかりの言葉を
こういう判断の下し方は、自分にも覚えがあった。
「あんたと同じく?」
「そう、俺と同じくだ」
「買いかぶりすぎじゃないですか。というか、あんた
どういう立場の女かわかっているのかと、こめかみを押さえる瑠璃である。一方、透輝はそんな瑠璃の心配を笑い飛ばした。
「あれが天狼の姫でなければ無理やり俺のそばにおくんだがな。
「その言い様だと今のところは深入りしない、と?」
「今のところは。人として
「そのへんを飲みこんでこその政治なんでしょうが、俺はどうも苦手ですね。あとこういう
刀で解決できぬことは自分の領分を越えているとばかりに瑠璃は
「政治、ねぇ」
天狼の姫との婚姻で透輝の地位が
いまだ、それがさほど重要なものとも思えないが。
しかし、自らの正当性を示すために天狼の姫などという伝説をひっぱりだしてきたのは向こうだ。今にして思えば、その埃をかぶった伝説を示してやったのはあの父かもしれないな、とあたりをつける。
だとしたら、
透輝は内心でうんざりと舌を出した。
「これで惟月が打って出てくると思うか」
「どうだか。ここまで弟
からからと笑う瑠璃の瞳はちっとも笑っていない。
戦場をかけることを
「ま、なんにしてもこんな場所はごめんなんですがね。命がいくらあっても足りないってわかってます?
後半は
それにしても鬼とは、ずいぶん言葉がすぎるものだが。
「
「なんでそんなことわかるんですか」
「堂々と、真昼間に俺の首を狙いに来るだろうというタマだからだ」
「ってちょっとまってよ。それって結局ここが
「ま、そうだな」
とうとう瑠璃はがっくりと
透輝は笑いながら、あの姫と一戦交えるのもおもしろいと心の
自分であるなら、相手を油断させ
あの少女は必要であればそうできる部類の人間だ。
悪くない。そういう人間は大好きだ。
自然、口角が上がる自分を
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