1──神のまにまに 第二話
「くそが。
悪態をついて刀身を
それもそのはずで、彼は何者も
実に、
「相変わらず、見事なお手前で」
「
「いやいや、尊敬申しあげてるんですよ、我が君。血を流さずに戦力を無効化できるのならこんなに便利なこともないでしょうに。この局面においては」
そう
透輝は舌打ちを何とかこらえた。
通常はおよそ人が
山城に代々仕える一族のなかでももっとも古いと言われる槙島家の
右耳につけた耳飾りもさることながら、着物はおよそ武を行使する者とは思われないほどに派手だ。透輝は一度
単なるお前の
その変わり者は、透輝の
透輝が山城の当主、つまり不岐の王として立ったのは一年前であり、瑠璃が臣従を表明する間、それこそ幼いころからずっと透輝のやりようを主君足るかどうか見定めていたというのだから、常人とは違う神経のありようなのであろう。
人格的にどうなのかと思うことはあれど、こと
「殺していないだけで、もはや人としてあるかどうかも
「血で汚さないのだから、神様とやらもそれ以上の文句は
「どういう
これ以上は
軽口の
宮をぐるりと囲むように弟の
できるなら、
なにせ、今の不岐はそれどころではない。
「右から
国境を山々に囲まれたこの不岐は、きれいな水と豊かな土地に
「荒雲は
「荒雲はねぇ、今の王がどうにもあんたと
「そうだったか?」
透輝はその昔
黒曜石のように輝く瞳の、美しい男だった。男に
当時、まだ父が存命で
だというのに、相性が悪いとは身に覚えがなさすぎる。
「まじでか。あんたほんとに自覚がないんですね。あんなに
「煽る? なんだそれは」
「うっそ、まさかの無自覚!
言ったか、そんなこと?
透輝はしばし脳内を
「くだらないとは言っていない。俺には必要ないし、神とやらに
「それを要約すりゃあ世間
「そういうつもりじゃなかったんだがな。俺は言葉が足らんらしい」
ぜんぜんそうじゃないと思うとかなんとか
荒雲の王は不岐と
天狼の
「ま、なんにしても事実として今の三国は、はちゃめちゃにやばいって感じですね」
「だからだ。国の外がこんな状態であるなら、あの
簒奪を企むのなら、国の外が
この
ひたすら真面目で、国のために自身が存在していると信じて疑わない男である。仮に王位を望んだとしても国を
だからわからない。
兵どもは確かに惟月の手の者たちで、そしてみな
「あんたがそう思いたがるのは勝手ですが、状況見る限り
「……惟月」
今度こそ、透輝ははっきりと舌打ちをした。
「神なんぞにすがってまで玉座が欲しいか」
「欲しいでしょうね、もとはといえば弟殿のものだった」
あっさりと
父の一存によって
なのに、なぜ今さら。
「弟殿がなにを考えているにしろ、探るのはあとですよ。言えるのは天狼の姫と弟殿が本当に通じていたら王位を得る正当な理由になりかねないというわけで、とにかくこの状況を治めることです。ごちゃごちゃ考えるのは後回し、ですね」
瑠璃が
それがひどく
「あとどれくらいいる」
「それが妙な話なんですがね」
瑠璃が声を落とす。
「山にいるのはせいぜい五十人かそこらのはずですが、俺たちが倒したのは今の一人」
それもこの一人は何かから
「残りは俺のが何人かやっていますが、それにしたって半数もない」
「逃げられた、と?」
「逃げられてはいないです。死んでいるんですよ」
死体がころがっているのだ、と瑠璃はこともなげにいった。
瑠璃がここへ連れてきた
「どうやったんだか知りませんがね、血の
「そうかよ。その死体はいくつだ」
「ざっと二十名弱」
「ほぼ半数だな」
「あんたと同じ、あやかしの
その能力ゆえに透輝が周りから人でないと恐れられていることを知っていて、瑠璃は時々わざとこういうことを言う。
「
鼻を鳴らした途端、
「山城殿とお見受けいたします」
「ほら、やっぱりあやかしですよ」
こわいこわい。そう
「我ら宮の者にございます」
「このような姿をさらすことをお許しください」
一人の黒装束の女であった。
深い傷を負い、息が
「
瑠璃が透輝の前に立って油断なく
「本来であれば我らすべての存在を明らかにし、お願い申しあげるところですが、お許しください。我らはあなた方とは交わることのない者ゆえ」
名も、姿も
「言っている意味がわからないんだけど、あんたさぁ」
「もういい、瑠璃。よくわからんが事情があるのだろう。それに、時間がなさそうだ」
目の前の女は
そして場合によってはこちらに殺されることもやむを得ないという
「お
ちらりと見上げた手の隙間からのぞく瞳が透輝を射る。何の疑いもなく、命のすべてを
こういう目をするやつは、危ない。そして、これを
「いきなり現れて退けと言うか」
「我ら、不岐の王を傷つけることはいたしませぬ。そういうふうにできておりますゆえ。けれども、あなた様が土足で神域を
なるほど、天狼の姫の手の者か。
「俺は、ここの
「姫宮さまが山城
「そちらが俺に用あるのではない。俺が姫君に用があるといっている」
透輝の
「ならば僕が相手になろうか?」
「女ときて今度は子ども? 次から次へと現れるね。というか、どういう仕組みなの、ここは」
やれやれと瑠璃が
「……山犬?」
「退いてくれる? 昼の者ども」
そうして
瑠璃は目の前の光景を
「透輝、俺の目と耳がどうかしてなければ、えらく達者にしゃべる犬っころが存在してるんだけど?」
「安心しろ、俺にも見えているし聞こえている」
さすがの透輝もしゃべる山犬を目の前にして
わけのわからない現実を前に瑠璃は
「なんでもありか! この不思議山は!!」
「もう、静かにしてよね」
「お前が俺を
「だから退いてってば。こちらは
「犬、同じことを何度も言わせるな。俺は姫に用がある」
山犬ごときにたしなめられ、透輝は
「そちらこそ何度も言わせないで。退いてもらえなかったら、不届きな兵ども同様に
眠ってもらうとはずいぶん上品な言い方をしたものだ。瑠璃のいう奇妙な死体の出どころは、この美しい獣に
透輝が確信を得たことが分かったのだろう。琥珀は
「
なにを言っても退けと
「透輝、やるぞ」
「任せた」
言うや
「あ! 待て!」
「犬っころの相手は俺だ」
背後で瑠璃が
天狼の姫とやらを
その
あれほど
やつらはこちらを傷つけることはできないと言った。その意図はよくわからないが、
自分の命が
いままで
今さら神を恐れるようなことはない。
ならば神の
「
山奥にひっそりと
人は人によって裁かれるものだ。
それが、この人の世の間違いのない道理である。
「夜に引導を
惟月の心を
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