【書籍ver】銀狼の姫神子 天にあらがえ、ひとたびの恋
西嶋ひかり/角川ビーンズ文庫
1──神のまにまに 第一話
はじめに、神より分かたれし三
獣は神の
これは、神と人が正しく混じりあひし世の物語なり。
『
「私を
「許してなどと
姫宮様がこんなふうに人間らしく感情をあらわにしたところを
氷でできた人形にたとえられるほどの人だ。
切れ長の
かくいう私もその一人だった。
「私を世界の果てまで
憎めだなんて、ひどいお姉様。
それどころか、今なお
この
たった一人の私を、たった一人のあなたが愛して。
「孤独なんて
声が
あぁ、そうだった。
私のなかで、もう一つの意識が
これはすべて過去の話。
景色は
なにもない。ただ、
いやだ。一人はいや。
「おいていかないで、お姉様」
白い
たった一人の、私だけしか知らぬはずの
それなのに。
「いいや、全部おいていけ」
とたんに世界は
「だれ」
童女のように問う私を男の美しい銀眼が見下ろす。どんな感情を宿せばそんなに美しく
瞬間、私にとって男の瞳だけが手に入れるべき星なのだと、
ばかな。
未知の感情にたじろぎ浅い息を
冷たいお姉様の手とはまるでちがう。
心臓が一つ、大きく
「神も使命もすべて捨てて俺と共に来い、真珠」
「じょおぉぉぉだんじゃないっ」
真珠は叫んで飛び起きた。
勢いで
今のは私の声、か?
叫ぶなど何年ぶりのことだろう。
視界の
実に恐ろしい夢だった。
孤独への
「
が、この宮に、真珠に仕える者にとっては聞き
「姫宮さま、そのような!」
「世にまたとない身分でございますのに、
そう言った視線は
世にまたとない身分、とは言い
緑豊かな
この国では神──天狼に
神と
身分ばかりではない。
真珠に宿る天狼とそろいの
「確かにお前の言うとおり、こんななりでは人というより化け物の類に違いないね、私は」
「なんという
さめざめと泣き始める侍女をまったくの
わざと侍女をなじるような言葉を吐いて泣かせても、か弱き
やはり、私はもう人には
そう胸中で呟いた言葉に、
『俺と共に来い』
夢の男の声が、
いいえ、とうに置いていったのだ、人の
否定して、そうじゃないと真珠の感情が叫ぶ。
まるで、今日を限りに世界が変わってしまうような。
思うように
息を
「すまない、なんだかとても
ようようと
縮こまった侍女から水差しを受け取り、真珠は中身をたらいに
本来はここに水を張って金魚でも放して眺めるものらしいが、まったく実用的でないので真珠は顔を洗うのに使っている。
いつか侍女の
「これがどんないわくのあるものか、知っているか」
「確か、三代目様の秘蔵品であったと」
「そう、三代目は美しいものがお好きでね。王から
「銀狼、とは」
「絶えて久しい我が夫となるものの位、神宿す姫の承認を得た地上の王だ。彼らはいつも天からのお
真珠が神の
つまり、姫宮が銀狼を選ぶときはおのずと自らの力の終わりを意味している。
それは、この宮にいるものにとって不吉以外の何物でもなかった。
「
「そうだろうな。だからこそ、三代目はありもしない
だが、それだけではあるまいと真珠は思っている。
後に
命あるものとは
運命に対し、私を
そういう種類の勝ち気さは、どこか自分と似ていると真珠は
「ねぇ、外はもう雨はやんだだろうか」
「はい、明けがたまでは降っておりましたが、いまはもうすっかり」
「けっこう。なら今日も務めを果たそうじゃないか」
「
「私は化け物の類だからね。なにほどでもない」
混ぜっ返すような言い方をした真珠に、侍女は
「先ほどは何という無礼を」
真珠から
「いや、我が身を化け物などと言った私の意地が悪かったのだ。どうにも、夢見が悪くて」
「……姫宮さま」
真珠が肩を
温かい両手が真珠の白い手をそっと
そうして侍女は、まるで秘密を告白するかのように言った。
「私はどこまでも姫宮さまのお味方でございます。私だけでなく、宮の者すべてです。宮の者はみな姫宮さまに救われた者たちですもの。この命を差し出しても
宮に住む者たちはほとんどが真珠に拾われた、あるいは真珠を
彼女たちはみな真珠をたった一人の
思いつめた
彼女の手は
変わった
どこかでかいだことのあるような、いや気のせいか。
夢見が悪かったせいで、いつもより何もかもが判然としなかった。ともあれ、すべてはどうでもいいことだ。日々をただ生き続けるだけの自分には、波風など
ゆっくりと、
なにも変わらない、真珠の世界。そうだ、変えてはならない。
姉への愛に
それを奪おうというのなら。
「……やってみるがいい、銀狼め」
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