第2話 朝は茜色

 

「うがぁー」

 目がまだ、この朝の日差しに慣れない。俺は、昨日の花火で溢れかえっていた茜色の空を思い出す。俺と結月は誓った。夏帆の分までも生きると。だが、俺はこの部屋に少しの違和感を覚える。

「何してんのー伊織! 早く起きなさい! 今日は、入学式でしょー。早く準備しなさーい。」

 下の方から、母親の和佳が声を掛ける。その声で俺の少しの違和感がかき消される。

「は?」

 俺は、そんな言葉に耳を疑い、さっきの少しの違和感と今の大きな違和感が合わさり俺は、頭を整理する。

 俺は昨日、結月と二人で花火の分まで生きると誓い、その後結月を家まで送って行ってあげた。その後、結月と俺は庭で花火をした。その後の記憶は、全くない。目が覚めたらコレだ。もう、訳が分からない。周りを見回してみたがこれは、昔の俺の部屋だ。同時に最初の少しの違和感の正体が分かる。俺は高校一年に戻っていた。

「なんで?」

 ふと、疑問が声に出る。俺もしかしたら時を遡ってきたのかもしれない。

「夢か?」

 これを現実だと受け止めきれる方が逆におかしい。俺は試しに思いっきり頰をつねってみる。いてぇ。現実だ。逆にこれを夢だと思う方がおかしい。

 とりあえずおれは、じっとしていても進展が無いと思い、俺はベッドからだらしなく立ち上がり、リビングへ向かう。もしかしたら、初心に帰れって事で親達からの大掛かりなドッキリかも知れない。それほどに俺はこの現実を受け止めきれていない。だが少し、どこかでもう一度夏帆に合わせてくれるならと微かな希望を胸に期待していた。だが、知っている。俺は現実がそんなに優しくないことを。だから時間が経つにつれそんな期待はどこにも無くなっていた。

「ほら、伊織早く食べないと遅れるわよ。」

 そう言うと皿を俺の前に置き他の事をし始める。つくづく主婦というものは、大変だと思う。それを難なくこなす母を俺は尊敬している。

        ・

「いってきまーす」

 俺はやる気のない声をリビングへと投げドアノブを捻る。

「おはよ」

「おまえ…」

 ドアを開けそこにいたのは松葉夏帆、ずっと俺と結月が惜しんで止まない一人の少女が立っていた。

「おまえ…」

 俺は涙を堪え切れなくなって涙を溢れ出させる。

「えっ、ちょっとどうしたの伊織? 大丈夫? って! 急に抱きついてきてどうしたの。」

 夏穂は、心配するような眼差しで俺を見つめる。だが、俺はそんなの御構い無しに赤子の様に夏穂に抱きつきながら泣きじゃくった。世界は、優しくない。まだ夏帆を忘れさせるどころか、鮮明に夏帆との記憶を刻んでいくのだから。

「夏帆… 夏帆… 夏帆…会いたかった。もうッどごにもいがないでぐれぇぇぇ」

 俺は堪え切れなくなり何度も夏穂の名前を呼んだ。もうどこにも行ってしまわないように。

「伊織。分かったよ。どこにも行かないよ? 私はずっと伊織の側に居るからさ、とりあえず泣くのやめなよ」

 そう言うと夏穂は、抱きつかれている伊織の頭を撫でてポケットの中からハンカチを出し、伊織の手に握らせる。

「ぐすっ、ぐすっ。ごめん。悪かった。急になんだよって話だよな。俺はどうしたんだろうな」

 俺は夏穂に渡されたハンカチで涙を拭き取り、夏穂を心配させないように言葉を繋ぎ合せていく。夏穂は、優しい。それが故に自分の事より人の事を心配する。俺は、それだけはさせたくないと思ったがそれは無理だ。朝から泣きじゃくってしまう奴をほっとくような奴ではない。いつも、横で見てきた俺は分かる。分かっているつもりだった。だがそれ以上に夏穂は、優しかった。

「ほら、行くよ。今日入学式なんだから」

 夏穂は、顔を上げ言う。夏穂は、一言もさっきの事について触れなかった。人を問いたださないそれが夏穂の良いところの一つだ。

「あぁ、そうだな。あの、大丈夫か制服? 新品だろ。何なら買い替える。遠慮は、やめてくれ」

 俺は、夏穂のそういう面を知っている。夏穂自身ではきっとそういうのは、言ってこないだろう。だから俺はあえて自分から切り込んだ。まだ胸の高鳴りは止められない。止まらない。涙が自然に溢れそうになる。だが、それじゃあまた夏帆を心配させると思い俺は涙を堪えて、平然を装った。

「ん? これ? 大丈夫だよ。こんなの学校に着く頃には、乾いてるよ。しかも乾かなかったら乾かなかったで伊織が私に甘えてくれたって事で記念にとっておくよ」

 こういう時の夏穂は、絶対に何と言おうが意見を変えない。だから、俺はあえて夏穂に従っておく事にした。

「あぁ、ごめんな。今度なんか奢るよ。」

「うん、大丈夫だよ!じゃ何奢って貰おうかなー」

 夏穂は、そう言うと学校に向かい歩き始めた。

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花火が散る丘で @tamagokara325

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