第6話 文化祭

 文化祭当日。

 日高は。

 パンフレットと。

 はるが出演する舞台の台本を手にしていた。

(行くって、言っちゃったけど)

 午前の部は、もう一回目は終わっていた。

 そのとき。

 -ピンポーン-

 インターフォンが鳴った。

「はい」

「日高ー!」

「あっお姉ちゃん」

 と。

「こんにちは」

 そこに立っていたのは。

「あなた、はるのお友達の」

「一条連音です」

 連ちゃんだった。

「日高、これ」

 貴子が紙袋を手渡す。

「実家の、物置きの中にあった。絶対あるからって、連ちゃんが」

「ずっと探してもらっていたんです」

 それは。

 日高がサヨナラ公演で着た、皇子の衣装だった。

「これだけは絶対捨ててないって思ってて」

「…………。」

 受け取って。

 紙袋の上から。

 日高は衣装を抱きしめた。

 それから。

「お姉さん、日高先輩と声がそっくりです。だから」

 連ちゃんが笑った。

「えっ」

 驚く日高に。

「ごめんね、日高にばっかり。安心して文化祭、行って来て」

 姉は、妹をぎゅっと抱きしめた。

 連ちゃんは。

 家電に、日高の結婚相手から、日に何度か掛かってくる電話に気づいていた。そして、それに出ないと、相手が日高に激昂するということも。

「先輩、行きましょう。今なら、午後の部に間に合います」

「でも」

「大丈夫、日高」

 貴子が、日高を見つめて、大きく頷いてみせた。

「わかった。ありがとう」



 三回目の公演が始まった。

 はるは、皇子に、

「紅茶をお持ちしました」

 コトリ、と、テーブルにカップを置いた。

 メイドの衣装で。

 侍女役の、はるの出番はこれで終わりだ。

 でも。

 三回目の、ほとんどアドリブで進んでいく舞台では。

「はる」

 皇子は、去ろうとする、はるの腕を摑んだ。

(なーちゃん?!)

 部長で、主役の武田奈々は。

「私が本当に愛しているのは、そなただ」

 真っすぐな瞳で、はるを見つめた。

 その時。

 二階席中央の扉が開いた。

「その手を離してもらおうか」

 現れたのは。

 皇子の衣装を着た、日高だった。

(えっ)

「はるは、私の恋人だ」

 ゆっくりと、日高は階段を下りてきた。

「何だと」

 皇子が手をゆるめた瞬間、

「ごめんなさい」

 はるは、日高のもとへ、駆け出した。

「待て!」

 背後で皇子が叫ぶ声がした。

「はる」

「日高……」

 はるは、差し出した日高の手を取った。

 その時、追いかけてきた皇子が、

「おのれ!異国の者に、そなたを渡すものか!」

 剣を抜いた。

 日高は、はるの手を引いて体を入れ替えると。

 自らの刀を抜いて、二度、三度と皇子の剣を受けた。

 舞台上の演者も。

 観客も。

 水を打ったように静まりかえっている。

 やがて。

 日高の刀が、皇子の剣を跳ね上げた。

(あっ)

 皇子が日高に目をやると。

 ふっ。

 日高は、目を細めて微笑わらった。

 二人は。

 駆け去って行った。

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