第111話 ヒリつく空気と大精霊と2

 なんか大精霊様を助ける助けないじゃなくて、その前にコッチが殺されそうじゃない?

 待って、こういう時こそ冷静に、冷静に……イヤァー、向けられた殺気が凄くて落ち着かないぃぃ!!


「お待ち下さい……失礼ですが貴方様は、今のご自分の言動がおかしいとお思いになりませんか?」


 か……カイくん!?

 そこで再び私の前に立ったのは、今まで私の後ろに控えていたカイくんだった。


「おかしいですって?」


「ええ、明らかに今の貴方様は冷静さを欠いています、ハッキリ言って異常なくらいに」


「違う、おかしいのは大精霊との混じり物であるソレの存在よ……!!」


「そう思う理由は?」


 カイくんのその声は平静を装っているものの、僅かだが怒りを含んでいるような感じがした。

 あと、私サラッとソレ扱いされたね……悲しい。


「理由もなにも、ソレは不自然でおかしくて、許されないものだから……」


「いいえ、先程ご自身でも仰っていたとおり、精霊と人間が結ばれること自体は珍しくとも昔からあります。それが大精霊だったとは言え、そこまで激しく嫌悪するからには、相応の理由がないと不自然ではありませんか」


「……そんなもの……」


 そこで大精霊は、一度長く沈黙した。

 その直後……。


「あ……あ゙あ゙あ゙!!」


 突然、大精霊様は苦しそうな叫び声を上げて、身体から大量の魔力を放出した。その煽りで湖の水は勢いよく大きな波紋を広げ、森の木々は大きくしなりをあげた。

 うっ、魔力の圧が凄い……!! じゃなくて大精霊様は一体どうしちゃったの!?


 もはや大精霊様はこちらを見ておらず、苦しそうに身をよじっている……苦しんでる、けど、これは。

 私が悩んでいると、そっとカイくんがこちらを振り返り、小さな声でこう言った。


「……なぁ、これってマズイよな?」


「かなりマズイよ……!?」


 そもそも、たぶん原因作ったのカイくんだよね!? なんでちょっと、他人事なの……!!

 ああ、もうどうしたら……。


「リア、ここにいるのか!?」


「あ、アルフォンス様!?」


 突如聞こえてきた声につられて顔を向けると、なんと森の中からアルフォンス様が、飛び出してきたではないか。

 いや、待って、よりによってこんなタイミングで……!!


「変な風が吹いてきたが無事か……!!」


「いや、あの、アルフォンス様!! とにかく今、メチャクチャ危ないんで木の陰に隠れるとかして……」


 私がわたわたと手を振りながら、とりあえずコチラに来てはいけないと伝えようとしたのだが、ちょうど目があったアルフォンス様は、何を思ったのかこう叫んだ。


「今、そちらに行くぞ!!」


 いやぁぁ、来ないでぇぇぇ!!

 あれ、全く何一つ伝わってない!? やめて、まず今の周りの状況を見て!!


 あっ、もしかして私と大精霊様とは、ちょっと距離があるから、気づいてないとか……そうなると、もはや絶望しかないんだけど?


「大精霊をどうにかする前に、あっちを始末するか……」


 そんな一方で、カイくんが不穏なことを呟いてるし!?

 ああ、もうメチャクチャだよぉ……!!


 どうしよう、どうしよう、大精霊様か、それともアルフォンス様か……あ、れ?


 ふと、気が付くと大精霊様が、さっきまでの動きを止めて、アルフォンス様の方を見つめていた。


 あっ……もしかして、さっきの声で目を付けられた?

 だ、だとするとマズい……!!


 なんの対処も出来なさそうなアルフォンス様を狙うならば、まだ私の方を狙ってくれた方がずっとマシだ。


「アルフォンス様、お願いだから逃げてくださいっっっ!!」


 とにかく私は、アルフォンス様に気付いてもらおうと全力で叫んだ。ただしアルフォンス様の方は向かず、大精霊様を見たままで。これは、もし大精霊様に動きがあれば、どうにか食い止めるためだ。こうなったら気は進まないものの、私から仕掛けて大精霊様の注意をコチラに……。


「アルフォンス……だれ、それ……」


「え……?」


 しかし大精霊様のそんな声が聞こえてきたため、私は思わず、それまでの考えを中断してしまった。

 大精霊様が、アルフォンス様を知らない……?


「いや、大精霊様が呪いを掛けたんですよね?」


 まともな返事があるとは思えなかったが、私は聞かずにはいられなかった。


「呪い……」


 意外にも反応はあった。でもその言葉は返事と言うには、あまりにふわふわと曖昧あいまいで……なんというか、まるで寝ぼけてるみたいな。

 よくみるとさっきまでと、まるで様子が違っている。もしかして今なら、危険はない?

 ……本当なら今のうちに、退避などの対策を講じるべきなのかもしれない……でも多少なりとも反応があるのなら、今だからこそ得られる情報もあるのでは……。

 私はそんな考えのすえ、意を決して口を開いた。


「貴方様が十年前に、森の古城で呪いを掛けたことは覚えておりませんか?」


「…………知らない」


「……いえ、そんなはずは」


「知らない……知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない」


 今度は壊れたように、何度も同じ言葉の繰り返し。

 あれ、これはまたマズいのでは……? 私、うっかりやっちゃいました?


「何も知らない、分からない、だって、全部忘れたかったから……」


 あ、まだ平気だった、よかったぁ。

 しかし、全部忘れたかったというのは……一体どういうことだろう。大精霊様の今の状態の原因がそれ……なのかな。


 あっそう言えば、今は私だけじゃなくて、カイくんもいた。助けてカイくん……!!


 私は勢いよく、カイくんがいるはずの方を見たが、何故かそこには誰もいなかった。


「あれれ……」


 慌てて辺りを見回すと、少し離れた場所に立つカイくんと、その付近の地面に倒れているアルフォンス様を見つけた。


 は……さっきのカイくんの言葉通り、始末されてる!?

 いや、たぶん気絶させただけだろうけど……カイくんこの状況で、一体何してるのっ!!


 そこでパチッと、私と目があったカイくんは、爽やかな笑顔を浮かべグッと親指を立てた。


 待って、なにその、ひと仕事してやったぜ的な笑顔は、それ絶対違うよね!?


「もう、全部嫌いよ……!」


 思わずカイくんに気を取られよそ見をしていると、大精霊様が小声だが急に強い口調で言った。


 っ!! しまった、ほんの少し目を離してる間に、大精霊様の状態が変わった!?


 そこで私は弾かれたように大精霊様の方を向いた、直後大精霊様の周囲から無数の植物の根が出現して、全方位へと無秩序に伸びて襲いかかってきた。


 何もない空間から根っこが!? こういうのって普通何かしらの触媒を使った上で出現させるのに、量も多くて無茶苦茶すぎる……!!


 しかも術へ気付くのに遅れたうえ、スピードが速いから、今からじゃ完全には防ぎきれない……!!

 せめて少しでも起動を逸らして、威力を軽減しないと……。


「まったくあの男、騎士だとか言うくせに、肝心なところで遊んでて役に立たないじゃないの……!!」


「え……?」


 そんな台詞の直後、私と攻撃の間に割って入った人物が一人。それは側頭部そくとうぶの片側で、ひとまとめにした藍色の髪をなびかせ、大精霊様と同様に空中に浮んだ女性で。彼女は魔術の障壁しょうへきを作り、見事その攻撃を防ぎきっていた。


「お怪我はありませんか、リリアーナ様。上級精霊ディーネ、御身の危機にさんじました」


 そのようにこちらを振り返ったのは、確かに私も知っている顔で、頼もしくこちらへ笑いかけてきたのだった。

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