第112話 上級精霊ディーネの献策

「ディーネ……でも、どうしてここに?」


 だって本当ならディーネがこんな所にいるはずがない。そもそも彼女を含めたあの方……水の大精霊の眷属けんぞくに当たる、水の上級精霊達は皆国いるはずで、気軽に外に出て来れるものではないはずなのだ。

 仮に外に出るような事態があるとすれば、それはそれだけのことができる誰かが関わっているはずで……。


「あの……い、いえ、その話は後です!!」


 一瞬明らかに口ごもったディーネだったが、誤魔化すようにバッと大地の大精霊様のことを勢いよく指す。


「ほら、それよりも先にあちらをなんとかしましょう!?」


 まぁ、確かに今はそれどころじゃないし……うん、ディーネの件は一旦保留にしよう。


「でも、なんとかするにしても一体どうやって……」


 単純に魔力で力比べをしてしまえば、当然私が押し負けるだろうし……。

 戦わずに退避するにしても隙を突かなきゃいけないのに、私にカイくんにアルフォンス様と、散らばってしまっているのでだいぶ動きが取りづらい。


「おまかせください、このディーネに策がございますので!!」


 私の懸念けねんをよそに、ディーネは随分と自信ありげだ。

 大丈夫かな……いや、でもこの子性格はともかく、仕事は比較的できたような気がするから、聞くだけ聞こう。


「策って一体、どうするつもりなの?」


「その湖の水を使うのです」


「湖の水を……?」


 予想外の答えに私が思わず聞き返すと、ディーネは真剣な表情で頷く。


「はい、その水は他ならぬ我が主、水の大精霊様が精製した特別なもの……ご血縁であるリリアーナ様が使えば、十分に真価が発揮できるでしょう」


「しかし使うと言っても、どうやって……」


 実際聞いてみるとディーネの湖の水を使うという提案自体は、まぁ分からないでもない。しかし肝心な使い方の予想が付かないというか、なんというか……。


「その水で大地の大精霊様を包み、拘束して下さい! そうすれば、いかに大地の大精霊とはいえ、同格の大精霊に由来する力ゆえ、一時的に無力化が出来るはずです」


「は? え、拘束するの!?」


 またなんて物騒な……いや、こちらの方が先に殺すと言われてるわけだから、遥かに物騒ではあるけども。でも大精霊様を水で包み込むって……ねぇ。


「大丈夫ですよ、ひ弱な人間ならともかく、大精霊ならば数年単位でそうなっても死んだりはしませんから!!」


 するとディーネが私の気持ちを読み取ったかのように、即座にそう言う。

 うーん、うーん、そっか……。


「とは、言ってもやっぱり気が引けるような……」


 私たちが敬っている大精霊様とは違うとは言え、同じ大精霊にそんなことをするのは心苦しいというか……。

 あとさ、さっきの話の数年単位は私がキツいんだけど? さすがに死ぬよ?


 私がなんだかんだで悩んでいると、また先ほどと同じように木の根が襲い掛かってきて、ディーネがそれを魔術で弾き飛ばした。


「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!? ほら、早くしてください!!」


「わ、分かったよ……!!」


 そこで私は慌てて、魔力を使って湖の水の操作を始めた。そして操作した水を大地の大精霊様へ目掛けて飛ばすと、そのまま渦巻くように水を動かして、大精霊様を包み込んで閉じ込めた。

 あー、ごめんなさい、ごめんなさい!! でも、まずそっちが襲ってきたのが悪いと思うんですよね……!?


「さすがリリアーナ様です、バッチリですよー!!」


 一連の様子と、水に閉じ込められた大精霊様を見ていたディーネは、満面の笑みで私を褒めたたえる。

 ごめん、そういうのは要らないんだけど。


「それで、ここからはどうするの……?」


「うーん、うまく気絶させられませんか?」


「き、気絶させる!?」


 今現在、私が操作した水の中に閉じ込めている大精霊様は、その中でバタバタともがいている。お陰でさっきから散発的にあった攻撃は止んでいるけど……まだこれ以上やるの?


「今は一時的に何もしてきませんけど、またあのままでは、こちらに攻撃してきかねませんよ!?」


 た、確かに……その気になれば、拘束した今の状態のままでも術を使ってくる可能性はある。そうなると危険だし、やはり気は進まなくても気絶させるべきなのかな。


「ほら、思いっきり水圧を掛けるとか、あとは電撃を使うとか……あっ両方でもいいですよ!!」


「さ、流石にそれはどうなのかな!?」


「そちらこそ、大精霊を舐めないで下さい!! 手を抜いたら気絶なんてさせられませんし、今の拘束状態を抜け出されたら、それこそコチラが危ないですよ!? いいんですか!!」


「もうっ分かったよぉー!! 雷霆らいていよ彼の者を貫く刃と化せっ!!」


 ディーネに勢いよくまくしたてられた私は、なかばヤケになりながら、ディーネに言われたことを両方実行した。

 大精霊様を拘束する水で、思いっきり大精霊様に水圧をかけながら、同時に電撃の魔術を浴びせる。拘束する水の中に激しい電撃が走ると同時に、大精霊様がボコッと大きく空気を吐き出して動きを止めた。


「こ、これでどう……?」


「はい、やりましたね!! これは完全に気絶してると言っていいかとっ!!」


 キラキラした笑顔のディーネを見て私は漠然と『自分は一体何をしてるのだろうか……』と考えてやや眩暈めまいを感じてしまった。おっと、いけない、耐えるんだ。


「……それで次は?」


「はい、次はずっと一連の様子を見てた、そこの奴らに協力してもらいます」


「は?」


「出てきなさい、いることは分かってるので」


 ディーネが後方でそう声を掛けると同時に、複数の人影が森の中から姿を現した。


「彼らは……」


「大地の大精霊の眷属である、上級精霊たちですよ」


 先程までの上機嫌な様子とは打って変わって、不機嫌そうに目を細め、ディーネは冷たく言い放つ。


「明らかに異常な様子の自分の主に、敵視はされているものの、主を助けに来たと言う別の大精霊の血縁者……ハッキリどちらの味方もできないけど、無視も出来ないから隠れて見ていたという状況でしょう」


 なるほど、ディーネは最初から彼らの存在を知っていて、そのつもりで……。

 しかし出てきた大地の上級精霊たちは、まぁ今の立場上当然かも知れないけど、なんともバツが悪そうだ。


「大地の大精霊様は彼らに引き取って貰います。腐っても上級精霊が複数いるわけですから、ある程度の抑えも効くでしょう」


 サラッとこの上級精霊たちを、腐ってる扱いしたのは引っかかるものの、ディーネの案自体は悪くない。どうであれ一旦は、事態も落ち着くだろうし、だけど……。


「ねぇディーネ、私は出来たら彼らから話を聞きたいのだけど、そういう交渉は出来ないかな?」


「話を……ですか?」


「今回の件、私たちは立場上被害に遭ったわけだし、助けたいというのも事実だから……できれば現在の大地の大精霊様の詳しい事情を聞きたいんだ」


 確かに私自身、大精霊様のことを調べ回っていた部分もあるけど。今回、目をつけられた件や、この絡まれ方に関しては、正直言いがかりに近いと思う。だからこれを便宜上、被害に遭ったというのも問題ないだろう。


「ほら、きっと大精霊様に近しい上級精霊なら、色々分かることも多いだろうし、ディーネからお願いしてくれると助かるのだけれど」


「……分かりました、リリアーナ様がそう仰るのであれば」


 よし、これで交渉はディーネに任せて大丈夫かな。

 大地の大精霊様にあんな扱いをされた以上、彼らにとって私の存在は微妙なものだろうし。一応、同じ上級精霊であるディーネから話をするのが一番いいだろうという判断だ。

 うん、よかったよかった……。


「ねぇアンタ達、話を聞かせなさい」


 やや離れて成り行きを見守っていた上級精霊たちは、ディーネから鋭く呼びかけられたため、ビクッとして顔を見合わせた。

 あれ……?


「あの、話というのは……?」


「決まってるでしょ、アンタたちの所の大精霊様のおかしな行動のことよ」


 そんなことも分からないのかと言いたげに、ディーネは息をつく。

 ……なんだろう、物凄くディーネの態度が悪い。人間相手に割とアレなのは知ってたけど、同じ精霊相手にはもうちょっとマシだった気がするんだけどなぁ。気のせいかな。

 いや、まてまて、態度もそうだけど、このままの状況で話を聞く流れにするのはよくない!!

 だって話してる間に大精霊様が気が付いちゃったら、元も子もなくなるし。


「ディーネ……!! 今は大精霊様を引き取ってもらうことを優先したいから、後々そういう話を聞ける感じにしてくれない?」


「あ、はい分かりました」


 私が小声でお願いしたら、ディーネはすぐさま頷いてくれたけども……。


「後々話を聞きたいから、こちらが呼び出したら全員集まりなさいいいわねっ!?」


 そんな乱暴なディーネの言葉に、上級精霊たちはコクコクと頷いた。


 うん、やっぱり態度が悪いというか偉そうだなんだよな……。

 もっと穏便にお願いしたかったんだけどなぁ。


「じゃあ、この話は終わりだから、分かったならサッサといきなさい!!」


 その声に「は、はい」と合わせて返事をした大地の上級精霊たちは、私がすでに拘束を解いていた大精霊様を抱え、そろって空に飛び去って行った。


 …………よかったのだろうか、これで。

 不安しか残らないんだけど、反感とか買ってないよね?


 そんななんとも言えない気持ちのまま、私は精霊たちが消えていった空を見つめていた。

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