第110話 ヒリつく空気と大精霊と1

 ………………マズいなぁ。

 とてもマズい。


 なぜなら、次に大精霊様にあった時の対策なんて、今まで全然考えてなかったからである!!


 だってだってぇ、そもそも思い出したくなかったんだもんっ!?


 今目の前にいる大精霊様も、とてもじゃないけど友好的な雰囲気に見えないし……うぇーん!!


 私が心の中で大号泣していると、カイくんが大精霊様の視線をさえぎるように、すっと私の前に立った。

 か……カイくん……?


「あら、どうやら今回はオトモダチもいるのね」


「…………」


 カイくんの表情は私からは見えないが、剣に手を掛けている後ろ姿からは、その心情が見て取れた。


 …………ああ、カイくんは私のことを守ろうとしてくれている。何よりも優先して、すぐにそうしてくれた。

 なのに自分はロクに何も考えもせずに、嘆くばかりで……情けない。


 私は一歩前に踏み出して、剣に掛けられているカイくんの手に、そっと自分の手を重ねた。

 その瞬間、カイくんの目がこちらに向く。私は彼と目が合うと、強い決意を込めて頷いてみせた。


『私に任せて』


 それを受けたカイくんは、固くなった表情をやや和らげて頷くと、場所を譲るように下がって私の斜め後ろに立った。


 そうだ、私にはやるべきことがある、だから彼の後ろにいるわけにはいかないんだ……!!


「大精霊様」


「何かしら?」


「我々は、貴方様を助けたいと思っております」


「は? 一体何を言ってるの……」


 大精霊様は、理解できないと不快そうに顔をしかめる。


「そもそも、顔もまともに見せず、正体も明かさない者が、そんなことを言うなんてバカバカしい……」


「ええ、ですからもちろん、今から顔は見せますし正体も明かさせて頂きます」


「……急にどうしたのよ?」


「まぁ、こちらも色々と事情が変わりましたので」


 そう、前は正体を明かすわけにはいかなかったけど、今回は状況が違う。

 こちらにはもう正式な許可があるからね。


 そうじゃなくても、今使ってる正体隠しの術は、以前大精霊様に会った時のものよりも、ランクが低めのものだからね……相手がその気になれば、指先一つで術を解除されかれない。

 いや、遺跡探索するのにそんな警戒する必要ないかなぁって思って、つい。


 そんなわけで、相手にどうこうされる前に自分から術を解除して、改めて正式に話し合いを持ちかける作戦でいきます。


 ただ、また前回のように話の途中で、様子がおかしくならないかだけは不安だけど……どうか何も起きませんように。


「では改めまして、事情があったとはいえ、自らの身分を明かさなかったことをお許しください。私の名はリリアーナ……」


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」


 術を解いた後、続けて説明をしようとした私の言葉は、他でもない大精霊様によって遮られた。

 あれれ、さっそく雲行きが怪しいぞ……大丈夫かな。


「なんなの、それは……?」


 それ? えぇっと、やっぱり髪色のことかな……あ、それとも魔力の質のこと?


「全部……アナタの全部がおかしいじゃない」


 んー、そっか全部かぁ。

 それは流石に分からなかったなぁ。というか、サラッと自分のこと全否定されるのツラくない?


「普通の人間じゃ、絶対に有り得ない……!!」


 一応、私は自分のこと普通だと思ってるんだけどな……一応。


「いったい何者なの!?」


 あ、ここは答えた方がいいかな?


「えー、はい、私はアナタのご友人でもある、水の大精霊様の使者でして……」


「あの子の関係者だってことは、わざわざ言わなくても分かるわよ!!」


 あ、はい、そうですか……言わなくても分かるのかぁ。


「私が聞きたいのは、もっと根本的な問題よ!! アナタは人間、精霊、それとも……」


 ああ、なるほどそこね? いや、もちろん、それについても順を追って説明する気はありましたよ……ええ。


「私は人間ですよ、約千年前の祖先が精霊と交わって、今でもその特徴を強く受け継いでおりますが」


「精霊と……ええ、そういうことが稀にあることは私も知ってるわ。でも普通はそんなに強く、更にそれほどの長期間その性質を受け継ぐことは有り得ない、例え上級精霊だったとしてもね……」


 まるで独り言のように喋った大精霊は、鋭い目付きでギロリと私のことを見る。


「何より私はそのマナ、魔力の質や髪色を持つ精霊を一人しか知らない……でも、それは」


 先程からの大精霊様の反応を見るに『この話題は彼女にとって、あまりよくないものだったのではないか?』という気がビンビンしているのだけど……。

 しかしアチラももう色々察してるだろうし、ここまで来たら誤魔化しも効かない気がするので、私はその正直に答えを口にした。


「はい、貴方様もご推察の通り、私は水の大精霊様の子孫に当たる存在です」


「…………」


 水の大精霊の血を引き、千年経った今でも、その強い影響を受け継ぐ一族。それが私を含めた、我が国の王族だ。珍しい髪色も、常人とは比べ物にならない強い魔力も、全て他でもない、あの御方から受け継いだものである。

 まぁ子孫といっても、水の大精霊様自体は今もご健在で、我が国にいらっしゃるわけだけれど。


 しかし、これで大地の大精霊様は、一体どんな反応を見せるのやら。

 ピリピリしながら、私は相手の出方を待った……。


「ねぇ……相手は誰……?」


「はい?」


「水の……彼女が選んだ人間よ……」


「ああ」


 そうか、大地の大精霊様は、ずっと眠っていたから知らないのか……いや、でも、それって今わざわざ聞くほど重要なことなのだろうか?

 疑問は残るものの、あまり待たせてはいけないと、私は大精霊様の問いに答えた。


「それなら、貴方様もご存じであるかとは思いますが……四代英雄の一人でもある、大魔術師のクロード様があのお方の伴侶でした」


 そう、私の祖先は一応、四大英雄の一人で、クリスハルト様とも同格の存在であるクロード様なのだ。だから四大英雄を直接知ってる大精霊様が、知らないはずがない。


「クロード……そう……クロード」


 私の答えに大精霊様は、コクコクと首を振った。

 ほーら、やっぱり知ってた!! ……って、それにしてもずっと首をコクコクしてるのは、おかしくない?


「ああ、なんていうか、その話……心底気に食わないわね」


「え……」


 き、気に食わない……唐突に気に食わないって…… そんなのどうしろと。


「よりによって私と同じ大精霊が、人間と結ばれるなんて許せないわ」


 淡々とした口調で、彼女は続ける。

 え、え、えぇ……。


「そして人間のくせに、大精霊の力を部分的にでも持ってるところも、目障り、許せない、許さない、たとえ世界が許しても私が断じて認めない!!」


 その言葉には段々と熱がこもっていき、最後には怒ってるようにしか聞こえないものになった。


 …………あ、あれぇ? なんか、嫌な感じに、話し合い……とかそういう空気じゃないね!! さっきから不安はあったけど、これは凄い、今までで一番の殺意と敵意を感じる、もうダメかも知れない。


「ああ、そうだ……先に聞かなきゃいけないことがあったわ」


「な、なんでしょう?」


 ここで向こうから話を振ってくれたのは有り難い、今は少しでも時間が欲しいし。


「アナタと同じ子孫っていうのは、何人くらいいるのかしら? ほら、魔力がかなり強いみたいだし、隠れられたら分からなくなりそうだから、人数くらいは把握して置きたくて」


 …………この人、うちの一族全員殺るつもりだぁ!? こ、こ、これ相当マズいのでは?

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