第109話 湖底の建物探索 3

「あー、本のページが崩れたな……表紙は革張りで無事だったから気づかなかったが、よく考えると千年前の紙なら、劣化してても不思議じゃないわけか……なるほどな」


「カイくん、冷静過ぎない!?」


「でも慌てても仕方ないだろう」


 うっ正論……ぐうの音も出ないくらい正論……。


「じゃあさ、開くと崩れ出す本なんてどうやって読めば……」


「まっ、そんなもの読めるわけないよな」


「待って、それは困るの……!!」


「と、言われても、どうしようもないしな……」


 困り顔で眉をひそめるカイくん。

 こ、これは……今の発言といい、そこには『まぁ、仕方ないんじゃね』的な割と諦めの色がにじんでいる。

 諦めるのが早いって……!!

 どうせ『よく分からない本だし、まぁなかったらなかったでいいか』程度に、思ってるんでしょう!? カイくんってそういうところあるもんっ!!


 ああ、もう、なにかないかな…………あ、そうだ!!


「そう言えばカイくんって、なんか色々と魔術道具預かって来てるよね!?」


「いや、まぁ、預かってはいるが……」


「ほら、その中にさ……壊れたものや古い物を修復する魔術道具ってないかな!?」


 私の記憶が確かなら、モノ自体は存在してたはずなんだよね……今あるかどうかは分からないけどもっ!!


「はっ?そんな都合のいいものが…………あっ、あるわ」


「あったぁぁぁ!?」


 やったっ、割となんか軽い感じであった!! いやー、言ってみるものだね!!


「あ、いや、でも、その魔術道具はグレイオス様から預かったんだけど、かなり強めに念押しされてることがあってな」


「え、強めの念押し?」


 なにそれ、気を付けないと爆発でもするものなの……?


「いや、なんというか、これが結構高価なものだって話でさ……」




 ================

 ~出発前のとある会話~


『今回は大精霊が関わっている非常事態であるため、特別にこの魔術道具の持ち出しを許可する』

『あのグレイオス様、一体この箱はなんでしょうか?』

『箱形の魔術道具だ……時間に干渉する特殊なもので、扱いに注意が必要だが、古代の遺物や、破損した古文書なんかを良好な状態に戻すのに使える』

『なるほど、それは凄いですね』

『ああ、ちなみにこの魔術道具へつぎ込まれている予算も凄いぞ』

『へ、へぇ……?』

『お前の実家、グラディウス侯爵領の結構だだっ広い屋敷があるだろう? アレが余裕で三つは建つ』

『屋敷……三つ……』

『ちなみに素敵な乗馬コースまである、庭園と敷地まで諸々含めたうえでのお値段だ。一応、持ち運びできるお手軽版で、まだ同種の魔術道具の中では安いほうだが……くれぐれも壊すなよ?』

『はい』

『何かあったら、分かってるな?』

『……はい』



 ================



「……と、いうやり取りがあったから、本当は出すのは気が進まないんだが……本当に使うか?」


「いやいや、いくら高価なものでも必要な時に使わないと意味ないからね。当然使うよ」


「くっ、お前にしては珍しく正論だな……」


「珍しくってなに!?」


「仕方ない、ほら使え」


 私の言葉は華麗に無視されたうえで、カイくんは苦々しげに、箱形の魔術道具……が、入ってるらしき箱を手渡してきた。

 えぇ……そんなに嫌なの? まぁ使うけども……。


 しかし箱型の魔術道具をわざわざ、もう一回り大きい箱に入れてるなんて厳重だなぁ……それだけ扱いに注意が必要なのか。そうそう壊れないとは思うけど、気を付けよっと。


「あっ、あとさっきの話で、カイくんに一応言っておきたいんだけどさ」


「なんだよ」


「お父様ってカイくんの反応を楽しむために、あえて色々と言ってるフシがあるから、そこまで真に受けなくて大丈夫だとは思うよ」


「……じゃあ、金額のこととかは嘘なのか?」


「それはたぶん本当」


「…………」


「いや、待ってカイくん。お父様は予算って言ってたんだよね?それって今までに注ぎ込んだ研究費諸々まとめてる額だから、仮に壊して弁償するにしてももっと安いはずだよ……ね?」


「あ……あ、あぁ!」


 そこまで説明するとカイくんは、思いっきり頭を抱えだした。

 まず普段のカイくんなら気付かないはずないと思うんだけど、仕事終わりの呼び出しと、他の諸々の重たい内容を聞いていた疲れや緊張で、見事に騙されたんだろうな……しばらく、そっとしておいてあげよう。


 さてと、そして私はその間に魔術道具を確認しておこうっと。

 本を直すのもそうだけど、一緒に鍵にも使っちゃおうかな?

 きっと同じ時代のモノだから、戻す時間の設定とかは同じで大丈夫だろうし……。


 箱から取り出した魔術道具は、つるっとした吸い込まれそうな漆黒の立方体の箱型で、横板の部分を上下にスライドさせてモノをいれる構造になっていた。

 取り出し口とは反対の横部分に着いた、レバーとメモリで修復する時間を調整する仕組み……うん、とても使いやすい設計だ。

 魔術師や一部の人のみが使う専門的な魔術道具って、分かる人が分かればいいみたいな感じの作りになってることもあるんだけど、これは結構親切だな。

 ふむふむ……。


「…………壊すなよ?」


「あ、カイくん元気になったんだ、よかったぁ」


「いや、別に……俺はずっと元気だから」


「そっかそっか〜」


 まぁ、本人がそう言うならそういうことにしておこう……。


「あ、この魔術道具のことを確認したところ、大体原理や、術式も心当たりがある魔術道具だから壊す心配はないよ〜」


「……そうなのか?」


「うん、魔術師団の研究棟に似たようなのがあるんだよね。あっちは大きすぎて持ち運びなんてできるものじゃないけど」


 あれは魔術道具っていうか、部屋そのものが術式になってるんだよね……一度も使ったことはないけど。


「研究棟……確かにお前、よくあの建物にいるもんな。詳しいはずだ」


「うん、ほぼ住んでるからね。実家の自室より、研究室の持ち部屋の方が長くいる自信があるよ」


「いや、そこは部屋に帰れよ……!」


「だってあそこ、研究棟から20分以上は歩くし、不便だから……」


「王宮を不便っていうなよ……!!」


「不便なものは不便なんだもん……あそこは人が住む場所じゃないよ、私が言うんだから間違いない」


「間違いないって、それはお前が……っと、待てまて、いつの間にか話しが逸れまくってるぞ!」


「あっホントだ、誰のせいだろうね~」


 まぁ私のせいではないので……そういうことだね。

 まったく、カイくんったらしょうがないんだから~。


「その顔、なんとなくムカつくなぁ……で? 結局、その魔術道具は問題なく使えるって話だよな」


「うん、使えるよー」


「じゃあ、さっさと使ってくれ」


「はーい、それじゃあちょっと待ってね……」


 ダイヤルは約千年前の最大上限までにして、本と鍵を入れて蓋をカチッと閉める。

 そして最後に起動装置になっているボタンを押して、装置を起動するっと。


「終わったよー! これで箱に入れたうえでカイくんの荷物に戻しちゃえば、魔術道具の構造上、中で重力の影響も受けないし、問題なく持ち運びながら修復が終わるはずだよ」


「なんか、あまり大したことはしなかったな……」


「まぁ、そういう誰にでも使いやすい道具みたいだからね。ということで、はい閉まっておいてね〜」


「はいはい」


 私はカイくんが魔術道具を受け取って、無事に閉まったのを確認すると、少し考えてからこう声をかけた。


「じゃあ、ここにはもう見るモノも無いし、調査も終わりにして湖のうえに上がろうか?」


「ああ、そうだな」


 しかし、自分でそう言っておきながら、調査がこれで終わりだと思うと、急に寂しくなってきてしまった……。

 あー、もっと冒険したかったなぁ……欲を言えば、次回はもうちょっと派手な感じがいいかな~。


 そうして今度は、事前にしっかりカイくんに声をかけた上で湖に飛び込み、慎重に水流を操りながら、湖の中を移動して湖のほとりまで戻ってきたわけだけど……。


 湖から上がった途端、なぜか急にゾワッと嫌な感じがした。

 …………えっ気のせい、いや……違うっ!



「あれから随分と探したのよ……」


 そんな聞き覚えの声とともに、さっきまで潜っていた湖の上の空に姿を表したのは、人間離れした神秘的な雰囲気の美しい女性。


「ああ、会いたかったわ……」


 まるで燃えるような鮮やかな緑色の髪に、きらきらと輝くような木漏れ日を思わせる黄金の瞳……。

 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめ、妖艶に微笑んだ。


「ねぇ、今度は急に逃げ出したりしないわよね?」


 それは私が一度対峙して、どうにか逃げ延びた相手、他でもない大地の大精霊が再び私の目の前に現れたのだった。

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