第103話 夕暗闇での会話

『二人きりで、話したいことがあるから付き合ってくれないか?』


 と、アルフォンス様に言われてしまったので、ついうっかり付いてきてしまっているけども。

 わざわざ私と話したいことって一体なんだろう……。


 ちなみに私がさっき部屋の扉を開けたのは、別に外に出ようと思ったわけじゃない。

 ただ、なんとなく廊下を覗きたい気分になったので、なんとなく扉を開けたら、たまたまアルフォンス様がいて……そして、そのまま扉をぶつけてしまったというわけだ。

 いや、本当に……ただの気まぐれだったんですよ……。


 ほら、カイくんが居なくなったから、部屋を歩き回ったり、ちょっと扉を開けるくらいなら、いいよね! って思っちゃったんですよ……もう外へ出ちゃったし、バレたら怒られるだろうなぁ。

 はぁ……。


 そんな風にちょっぴり憂鬱な気持ちになりつつも、私はアルフォンス様に付いて行く。

 彼は私の体調不良のことも知っていたようで、それも気に掛けてくれたが……原因が原因だけにやや居心地が悪かった。

 いや、ある意味彼が原因だけど、彼自身は一切悪くないわけであって……なんか、申し訳ない。


「ついたぞ」


 そうこうしているうちにどうやら、目的の場所に着いていたらしい。到着したのは、周辺の森が一望できる見晴らしのいいバルコニーだった。

 柔らかく頬を撫でる風と、目に飛び込んできた鮮やかな風景に、私は思わず目を細めて息をもらした。


「わぁ……」


 今はちょうど夕暮れ時で、まだギリギリ日が落ちきってないくらいの時間帯。

 夕焼けに照らされた森は赤く色づき、森の上を覆う空は、夕暮れのオレンジ色と夜空の青色が混じりあい、美しいグラデーションを作り上げている。その光景はまるで、ちょうど昼と夜の境目に自分がいるような、不思議な感覚にさせられた。


「とても綺麗ですね……」


 こうして見ると、眼下にある森もとても綺麗で、呪われているという話が嘘みたい……。


「ああ、ここから見える景色が、この城で一番眺めが良いんだ……だから君にも見せたくて」


 確かにこの美しさなら、わざわざ人に見せたくなる気持ちも頷ける。

 今は時間帯的に夕焼けが綺麗にみえるが、もし別の時間だったとしても、それはそれで綺麗な景色が見られたに違いない。そう思えるほど、ここの景色は素晴らしかった。


「でも、そのために私をここに連れてきたのですか……?」


 しかしそうするとアルフォンス様の言動に、やや疑問が生じる。

 まさか話したいことが、景色が綺麗に見える場所を教えたかっただけとか……いやいや、それならそれで別にいいんですけどね?


「いや、これはあくまでついでで、本当に話したいことは別にある……」


 まぁ、やっぱりそうですよね……。

 私的には『はい、夕焼け綺麗だったね、解散』でも全然構わなかったんですけど…………あっ、それはともかくとして話自体は聞きますからね。当然。

 そうして私はやや緊張を覚えつつも、アルフォンス様の次の言葉を待った。



「……リア、何か不安なことでもあるんじゃないか?」


 え、不安なこと……? 彼の言葉はあまりに想定外で、私は思わず首をかしげそうになったが、どうにか思いとどまった。

 いやー、個人的に今一番不安なのは、私が居ない間にカイくんが戻ってきて部屋を抜け出したことがバレることなのですが……。


「これはあくまで、私が勝手に感じたことだが……食事の後から君はどこかぼんやりしてて、元気もなさそうに感じたから」


 あ……それは、確かにあったかもしれない……。

 カイくんから、アルフォンス様とあまり接触しないようにって言われてショックだったから……。

 今回は本人に来て欲しいって言われたから、思わずついて来ちゃったけども……それでも早く切り上げなきゃいけないよなぁと思っている。

 しかし、そんなことまで気に掛けてくれるなんて、やっぱりアルフォンス様は優しい人なのだろう。


「これも私が勝手に思ったことなのだが、もしかしたら君はあの男……カイアスから私ことについて何かしら言われたのではないか?」


 え…………す、凄い、そんなことにまで気付くなんて!? 流石、カストリヤの王族……侮れない。

 しかし、そこまで分かってるとなると、ここでシラを切るよりハッキリ言って、ちゃんと距離を取るようにする方がいいのかも知れない。


 だって、そうした方が、きっと優しいアルフォンス様も、変に気に病むこともないだろうからね……うん。

 そう思い至った私は、意を決してアルフォンス様にことのあらましを話すことにした。


「あのですね……私のこの性格って、どちらかというと騒がしいし鬱陶しいじゃないですか?」


「いや、急になんの話をし出すのだ、君は」


「アルフォンス様が今質問された内容に関係することです。とりあえず分からなくても、一旦聞いて頂ければと思います」


「分かった……」


 アルフォンス様は明らかに困惑している様子ではあるものの、一応頷いてくださったので、私は話を続けた。


「だからそこを把握してるカイくん……カイアスから注意されたんです。私のせいでアルフォンス様に、不快な気持ちやわずらわしさを感じさせてる可能性があるので、そういう行動は控えろと」


「は……?」


「あと接すること自体も控えた方がいいとも言われました……アルフォンス様側からすると、本当はそう思ってても言いづらいかも知れないので、実は気を回してこっそりと距離を取ろうとしておりました」


「はぁぁあ!?」


 なんとなく状況に気付いてたアルフォンス様でも、さすがにそこまでは分からなかったらしくだいぶ驚いた様子だった。


「嘘だろう……あの男、なんてことを……」


 やはり、この話を聞いてアルフォンス様にも何かしら思うことがあったのだろう、彼は頭を抱えて小声で何か呟いていた。

 ああ、もしかしたら優しすぎて、ショックなのかも知れない……だからこそ、ちゃんと言わなければならないんだ。


「アルフォンス様。もし本当に嫌だったり、不快だったりするなら、この機会にハッキリ言って頂いて構いません。それで皆さんの不利益になるようなことはしないと、約束しますから」


「待ってくれ、そもそもそのような話は……」


「あと負担になるのが嫌だったものそうなんですが……それ以上に嫌われたくなかったんですよね」


「きらっ……そ、それはどういうことだ!?」


 なぜだろう……声の大きさはともかく、何気にこれが今回の話の中で、一番反応というかリアクションが大きいような気がするのは……。


「いえ、ただ個人的に嫌われたら嫌だなぁと思ったというだけで……」


「私が君のことを嫌うはずないだろう……!?」


 グッと拳を握りしめ、言葉にも随分と力を込めて、アルフォンス様はそう言う。


「そうなんですか……?」


「ああ、むしろ私は君のことを好ましく思っているし、なんならもっと親しくなりたいくらいで……」


 その言葉は最初こそ勢いがあったものの、段々と小さくなっていき、最後にはゴニョゴニョとしか聞こえないくらいの大きさになった。

 だが聞き取れなかった内容を、私が聞き返すことは出来なかった。そうするより先にアルフォンス様が、バッと勢いよく顔を私の方に向けて、こんなことを口にしたからだ。


「いや、それよりその……嫌われたくないということは、つまり君はどちらかというと……私に好意を持ってくれている、という解釈でいいのだろうか?」


「ええ、まぁ、そう受け取って頂いて問題ありませんが…………なぜ胸を抑えていらっしゃるんですか?」


「いや、なんでもない……」


 その行動は明らかに何でもないことはないんじゃ……とは思うものの、本人がそう言ってる以上、私はそこを追及することは出来なかった。

 病気とかじゃなければいいんだけど……。


「それよりも君は、何も気にせず今まで通り接して欲しい……いや、むしろ今までより、もっと親密に接してもらっても構わないくらいだと言えよう。そうだ、是非そうして欲しい!!」


 アルフォンス様は自分の言葉にうんうんと頷き、とっても満足気だ。

 ……色々気になる点はあるものの、この様子を見るに、私が迷惑じゃないのも、仲良くしたいというのも本当に思える。

 そっか、よかった…………ん、でも待て……。


「あの、お言葉は嬉しいのですが……もっと親密にというのは、一体どうすればいいか分からなくて……」


 そう、アルフォンス様は今まで通りではなく、もっと仲良くなりたいらしい 。一瞬見逃しそうになったけど、これはなかなかの難問では?


「なら、呼び方を変えるのはどうだろうか?」


「呼び方ですか……?」


「そもそも例の男……カイアスのことは、随分親しげな呼び方をしているのに、私のことは街から戻ってきてから『アルフォンス様』に戻っているではないか」


 え……あれってあの時限定じゃなったの?

 なんか、そういう気分的なアレで……。

 一応、知ってる方がいる場所でそういうのはよくないかと思って、そっと自己判断で戻してたんですが、まさか気にしてたなんて。


「えーっと、それではどうされたいのですか……」


「最低限、あの男と同じくらいには仲良くなりたい」


 さ、最低限のハードルが高い……!!

 だってカイくんは、十年来の付き合いがある幼馴染ですよ!? そこまでを望まれるとは……いや、流石に本気ではありませんよね。これはきっと、場を和ませようとしてくれただけに違いない……うん、そうだ。


「えー、じゃあもういっそ、アルフォンス様のこともアルくんって呼びますか?」


 だから、私のこれもちょっとした冗談のつもりで言った。

 だから『もちろん冗談ですけどね!』と続けて言うつもりだったのに……いつの間にか、アルフォンス様が顔を伏せてぷるぷる震えだしてしまって、何も言えなくなってしまった。

 あ、まずい……調子に乗って怒らせたやつでは?


 と、とりあえず、次の言葉があったらすぐに謝ろう。


「いいのか……?」


「はい、今のは本当に申し訳ございませっ……」


 って、あれ?

 なんか予想してたのと違う台詞が聞こえてきた気が……。


「あの、君さえよければ、是非そうしてくれると嬉しい……」


 なん……ですって……。

 あれ、もしかしてアルフォンス様は何か勘違いをされていらっしゃるのではなかろうか。

 いや、だってアルくんは……さすがに、ねぇ?


「すみません、私は『アルくん』と言ったのですが大丈夫ですか?」


「ああ、だから是非、そうしてくれ」


 アルフォンス様は一体なんで、あんなに何度もコクコク頷いているのだろうか……。

 確かにもっと仲良くなりたいとは言ってたけども、正気なの……本当に大丈夫かな……不安しかないんだけど……。

 あっでも、なんかやたら期待した目で見られてるような……どうしよう。


「あ、あ、アル……アル様の方がやっぱりいいんじゃないですかね?」


 口に出しそうになったギリギリで、私の理性は咎めた。この呼び方を確定させるのはマズいと。

 曲がりなりにも他国の……それも大国の王子をアルくん呼びするのは、舐めている……冷静に考えると、名前に様付けの呼び方も大国の王子に対する扱いにしては、割と踏み込んだものだし、くんは流石に……ね?


「…………」


 しかし対して、アルフォンス様は無表情で無言だった。


「ダメですかね、アル様は……では、やっぱりアルフォンス様に戻しましょうか?」


 サラっと元に戻すことも提案した私だったが、それには即座に首を横に振られた。

 あ、そっちはすぐに反応するんですね……。


「……分かった、その方が君が呼びやすいのならば、私はそちらで構わない」


「では、これからはアル様とお呼びしますね」


 わぁー、なんとアルフォンス様の呼び方が、アル様に変わったよ!!

 どうにかアルくんは回避できたけど、今後は『うちの王族に馴れ馴れしいぞ』とか言われて、誰かに刺されないように注意しなきゃね……!!


「うむ……これはこれで悪くないか……」


「そうだ! せっかくですし、うちのカイアスにもアル様と呼んで貰うようにするのは……」


「必要ない、絶対にやめてくれ」


「あ……そうですか?」


 何故か分からないが、カイくんからのアル様呼びは嫌だそうだ。

 個人的にリスクの分散をしたかったのと、仲間外れみたいになって可哀想だから、カイくんも巻き込もうとしたのに……非常に残念だなぁ。


「あー、それで……よければもう一度、私のことを呼んでくれないか?」


「はい?」


「あの……さっきのように」


「あ……アル様?」


「疑問符が付きそうな語尾ではなく」


「アル様」


 っっ!? え、アルフォンス様が顔を抑えている……!!

 これは一体、どういう感情なのだろうか……全然分からない、こ、困った。


「…………好きだ」


 ああ!? 今、めちゃくちゃ小さい声で何か言った気がっ!!

 でも聞き取れなかった、くっ。


「申し訳ありません、聞こえませんでしたのでもう一度!!」


「いや、いい……これについては、またの機会にしておく」


 またの機会とは一体……!?

 今の小声の小さな呟きに、どんな秘密があったんだろう……むむ、気になる。


「まぁ、そういうわけで、これからはそのように呼んでくれ……そして是非とも、もっともっと親密な関係にっ!!」


 グッと手を握りしめ、声にも全身にもやたら力が入ってそうな感じで、アルフォンス様はそう言う。

 私、割と頑張って考えて見たけど、もうどういうノリだか分からないよ……その手を握りしめるやつ、なんなんだろう、流行ってるのかなぁ……。


「はい、努力します……」


 色々考えつつも、私がそんな風に返事をすると、アルフォンス様はハッとした表情を浮かべた後、気を取り直すように咳払いして私に向き直った。


「それでは私が連れ出してしまったし、部屋まで送っていこう」


「あ、はい、ありがとうございます、アル……様」


 あっ危ない、約束してそうそう言い間違えるところだった……。

 これからアル様と呼ぶんだから気を付けないと……んん?


 それを見たのはちょうど、私がアルフォンス様の手を取ろうとした時だった。自分の視界の端に、何か動くものを捕らえたのは……。


 そして次の瞬間、アルフォンス様の脇腹に見事な蹴りが入って、彼はそのままぐらりと体勢を崩して、床に倒れたのだった。


「あ、アルフォンス様ぁぁ!?」


 私がそう叫ぶと同時に、アルフォンス様に蹴りを入れた犯人が「悪い悪い」と彼のすぐそばに立った。


「手……いや、足が滑った」


「な、なんてことをしてるの、カイくん……!?」


 そう、たった今アルフォンス様に蹴りを入れたのは、他でもない私の幼馴染のカイくんことカイアスだった。


「はっ? 部屋に戻ったらもぬけの空だったんで、お前を探しに来たんだよ」


「そ、それは申し訳ないけども!! でも、いきなり蹴りを入れるのは……」


「お前が不審者に襲われてるように見えたので、つい」


「嘘でしょ!?」


「いやー、本当に気付かなかったんだってマジで-」


 なんというか全体的に発言が白々しい……!!

 カイくんに限って相手を見誤るなんてするはずがないし、つまり今のは……いや、それよりも今はアルフォンス様を優先するべきだろう。


「大丈夫ですか!? アルフォ……アル様!!」


「ど、どうにか大丈夫……」


「あれっ、リアの呼び方が違うな、どうしたんだ?」


 カイくんっ!? なんでわざわざ間に割り込んだうえで、アルフォンス様の言葉に被せてくるのかな!! いや、もうわざとだよね……!?


「そこ!! 加害者なんだから、せめて悪びれろ!!」


 さすがのアルフォンス様もイラッとしたのか、カイくんに向かって怒鳴っていた。


「んー……でもそんなに元気そうなら、心配なんて必要ないのでは?」


「貴様なぁぁ!?」


 うん、これは流石に怒って当然だ、私もそう思う。

 しかしアルフォンス様がどんなに怒っても、カイくんはどこ吹く風といった様子で、平然としている。


「ん、じゃまぁ、多少はすみませんでしたー。とりあえずリアは回収していくんで、殿下はお好きな場所で、お好きなように寝転ぶなり転がるなり、ごゆっくりどうぞ」


 そうして極めつけにあんまりな言い草を並べるなど、散々好き放題やったカイくんは、私の手を掴み、なんとそのまま退場する気満々だった……えぇ。

 そこにすかさずアルフォンス様が鋭く「待て」と声を掛けながら立ち上がる。


「今しがたリアは私が部屋まで送っていくと約束した、だから貴様には渡さんぞ!?」


 あ、さっきのって約束扱いなんだ……まぁ、確かに約束って言えないこともなさそうだけど。


 対してカイくんは、私ですら一瞬ビクッとするような。恐ろしく低く底冷えした声で「は?」とアルフォンス様のことを振り返ったのだった。

 顔だけは一応笑っているのが、余計に怖い。

 ……でも、カイくんはなんでそんなに怒ってるの? むしろ蹴った側じゃないの……。


「……凄んだところで無駄だ、今回こそはハッキリ言ってやる」


 しかし、そこは強い、流石アルフォンス様、一切動じずにカイくんのことをにらみ返した。


 いや、待って冷静に考えるとこの状況マズくない……?

 一体どうなるのか……考えたくもないけど、今ちょうど自分が二人の真ん中にいるから、もう嫌な想像しか出来ないんだよね……!!

 やめて、争わないで、ほらっ私の荷物に入ってる何か要らない物あげるから……ねっ?

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