第102話 それは暮れゆく頃に-別視点-
荷物から時計を取り出し、時刻を確認する。
もうそろそろ夕暮れ時だな……。
そう思いつつ、俺は時計からベッドの上にいるアイツに視線を移し、椅子に座ったままで声を掛ける。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
「うん、すっかり良くなったよ。ありがとうカイくん」
ベッドの上で体を起こし微笑むリア……その姿に、俺は昔のアイツの姿が重なって見えてしまい、思わず固まってしまった。
『またベッドから出られなくてごめんね……でも、来てくれて嬉しいな』
そういって俺のことを迎える彼女は、いつもどこか切なげに笑っていた。
始めてその姿を目にしたのは、もう十年以上前で、当時はまだ十歳にもならない子が、あんな表情をすることが苦しくて……同時に何もできない自分が悔しかったことをよく覚えている。
幼い頃のリアは身体が弱く、体調を崩すことが多かった。特に酷かったと聞くのが、六歳で母親を亡くしてからだったらしい。
その頃は、俺がまだリアと会う前だったため、これは聞いた話だが、幼かった彼女にとって母親の死は特に耐え難いものだったのだろう……今までの身体の弱さに輪を掛けて寝込むことが増えてしまい、そのまま幼い彼女まで死ぬのではないかと、心配される状況だったらしい。
今でこそ、それが嘘みたいに元気で、実際にここ数年体調を崩すこともなかったが……。
チッ……どうしてこんなことを思い出してしまったんだ、不快だ。
ああ、そうだ……それもこれも全部、あのケモ王子のせいだ。クソがっ……あの毛、全部
「……カイくん、どうしたの?」
俺が急に黙り込んだせいで、リアが不自然に思ったのだろう。そう言いながら、心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。
……コイツのこういう行動、たぶん無意識にやってるんだろうが、それが妙に可愛いから他でやったりしないか、こちらの方がむしろ心配なんだよな……やってないよな?
特にケモ王子周りとか、嫌な予感がするんだが…………ま、今は流石に言わないでおくがな。
「別になんでもない……それよりもこんなことになったんだし、今日はもう何もせず休むように、いいな?」
俺の言葉にリアは、あからさまにショックを受けたような顔で「えっ、そんな」と呟いた。
……その反応はなんなんだ、その反応は。
「いや、なんでだよ」
「だって……これから湖に行こうと思ってたのに……」
それを聞いた俺は反射的に「バカか」と言ったが、対してリアはお決まりのように「バカじゃないもん」と返してきた。
いや、バカだろ……間違いなくバカだ……。
「これから日も落ちるし、暗くなったらどうするつもりだ?」
「そこはほら、湖の周りに火とかを
「んなの、効率が悪すぎるし、何より非現実的だろうが……休むついでに、大人しく明日まで待て」
俺がそう言うとリアは「ぶぅ」とほっぺたを膨らました。
「ふくれてもダメだ、今日はもうおとなしくしてろ」
「むむむっ!!」
それでも納得がいってない様子のリアは、不機嫌そうに俺のことを睨んでくる。しかしコイツが睨んできても一切怖くないので、俺はそれを逆に受け止めて、ジッと見つめ返した。
そうして無言の時間が続いた後に、ようやく諦めたのか、リアは溜め息を付きながら「はぁー、分かったよ……」と目を閉じたのだった。
今回はリアが、あまり無理を言わないでくれて助かったな……まだ多少弱ってるからか?
このまま当分、おとなしくしてくれれば助かるのだが……それは流石に、期待し過ぎか。
「……じゃあさ、代わりにそこにある私の荷物の中から包みに入った青い表紙の本を取ってよ」
は? リアの唐突で不可解な言葉に、俺は思わず眉を寄せる。
でも即座に、それくらいなら別に構わないか……と思い直し、リアの言う通りにすることにした。
えーっと、アイツはいつもこの辺にアレを入れてるから……お、これか?
包みを手に取ると、すぐにリアが「そうそう、それ!!」と手を伸ばして来たので、そのままそれを手渡した。
「で、それは一体何なんだ?」
「あ、やっぱり気になる……!?」
「いや、別にそこまでではないが……」
「ふふーん、それじゃあ教えてあげましょう!!」
あ、コイツ、今俺が言った台詞をサラッと無視したな……無駄に得意げだし、相当話したいのか? なら聞くだけ聞いてやるか……面倒だが。
「実はこれは、この国の書店で買った本なんだけど……」
「けど?」
「なんと、うちの国のことっぽいことが書かれてるんですよー!!」
「ぽい……」
「中身はお
なるほど、コイツは自分が見つけた、とっておきのお土産を自慢をしたかったわけだな?
俺としては、さっきのアレがあるのだから、なるべく静かにして欲しいのに、目をキラキラさせてすっかり興奮してやがる……落ち着け。
しかし内容が内容だけに、本自体が気になるのも事実だな……。
「ちょっと貸せ……」
「うん、いいよー!」
俺が自分の自慢してた本へ、興味を持ったことが嬉しいのか。リアは満面の笑みで、その本を手渡してくれた。
あっ、これは対応を間違うと、しつこく本の感想を聞かれて面倒なやつだ……気を付けないとな。
そんなことを思いつつ俺は、受け取った本をパラパラとめくって内容を確認する。
ふーん、なるほどな……リアが『ぽい』と微妙な表現をしてただけあって、要素的には似てるものの断定はできないし、扱いは完全に架空の存在になっている。
それは、そうだろう。うちの国は対外的に、存在しないはずの国なんだからな……。
少なくとも、このカストリヤでの扱いは間違いなくそうだ。
むしろ公に出回っている情報で、存在を断定されることになれば大問題だ。
リア自身もそこは分かってるはずだが、あの調子だから色々不安なんだよな……。
今回も万が一を考えて目を通して見たが、これなら別に問題はないだろう。
それにしても、お伽噺の国扱いとはな……。
ある程度納得できる一方で、あのケモ王子の存在のほうが、お伽噺じゃないかとツッコまずにはいられない。
だってただ呪われてるだけじゃない、もふもふでぴゅあぴゅあな、ハッピー恋愛脳ケモ王子だぞ? そこらのお伽噺より、よほどお伽噺じゃねぇか……。
「もういいわ、返す」
確認を終えた俺は、わざと投げるようにリアへ本を渡すと「もうちょっと丁寧に扱ってよ」と、ぶーぶー文句を言われることになった。
しかし、ここでちゃんと返したりすると絶対に何かしら聞かれたりするので、この対応で間違いではない。本を投げるのは少し良くないかも知れないが、普段はそんな扱いしてないので問題ないだろう。
それよりも実はさっきから思っていたのだが、リアはだいぶ元気になってるよな? ひそかに心配して気を張ってたが、それがバカバカしくなるくらい、もうリアはいつも通りに見える。
…………よかった。
しかし安心した途端、急に疲れを感じるようになった気が……。
いや、体力的には問題ないんだが精神的な方が……主にリアの体調不良やら、テンションの高低差のせいで……な。
よく考えると、もう少しくらいなら一人にしても大丈夫そうだし、気分転換で外に出ることにするか。
「悪い、今から少し外の風に当たってくるわ」
「あ、それじゃあ私も一緒に……」
「お前はダメに決まってるだろう……!!」
「えぇ……」
立ち上がりかけたのに動きを止め、俺は思わずツッコミを入れた。
コイツ一体何を考えているんだ……。
「今さっきまで寝込んでた奴が、冷たい風に当たってどうするんだよ。おとなしく寝とけ」
「むぅ……」
あ、またコイツ、不服そうな顔してるな……くっ、仕方ない動き回られるよりマシだし、こうしよう。
「じゃあ、本なら読んでても構わないから」
「やったぁー」
先程の不満顔から一変して、たちまち笑顔になったリアはパチパチと手を叩いていた。
いや、一瞬で態度が変わりすぎだろ。
とはいってもこれ以上、絡んでも面倒なだけだからわざわざツッコまないけどな……。
「じゃあ、本当におとなしくしてろよ?」
「うん、分かった! いってらっしゃーい」
本当に分かってるのかと思わずに居られないリアの声を背に、俺はどうにか部屋を出たのだが。
…………気配を感じる。
そう思い足を止めたのは、部屋を出て扉を閉めた直後。ようするに、リアのいる部屋の前のわけで、ほぼ移動などしていない時だった。
今出てきた斜め向かいの部屋に何かがいて、こちらの様子をうかがっているように感じる。というか、実際にうかがってる。
ほら、よく見るとあの部屋の扉がちょっとだけ開いてて、猫科っぽい目が光ってるのも分かるし…………って馬鹿なのか? うん、馬鹿だろ。
あのケモ王子、こんなところで何やってんだよ!? と言いつつ、まっ理由もおおかた見当が付く。
間違いなく、リアが目当てだろう。きっとどこかしらで、リアの調子が悪くなったとか聞きつけて、ここまで来たに違いない。
でも部屋の前まで来て気付いたわけだ……。
普通に訪ねると先に俺とかち合って、当然門前払いされるのではと。だから、あそこで隠れて、様子をうかがってると言うところだろうな。
全てに置いて馬鹿っぽいが、行動の分かりやすさだけは、加点しよう。なぜなら、扱いやすくて便利だからな。
しかし細かく見ると、目のせいで隠れてるのが一発で分かるし、扉の開き方も論外。そもそもそうじゃなくても、気配の消し方がなってないんだよな……ケモの癖に。なんというか、見かけ以上に野生が足らない。
俺を出し抜きたいなら、一回鍛えて出直してきた方がいいと思うぞ……?
いやー、しっかし、コイツどうするかねぇ。
追い払うために、相手するのも正直面倒くさいし…………あ、もう放置でいいか。
どうせ、部屋まで行っても魔術のせいで扉は開かないし、防音効果がある魔術結界があるから音も中に伝わらない。放っておいても問題ないだろう。
よし、それじゃあ俺は何も見てないということで無視だ、無視。
せいぜい無駄足を踏むこったな、王子サマ。
口には出さず、心の中だけでそう言い捨てると、俺は今度こそ、その場を後にしたのだった。
・~・~・~・~・~・~・~
どうやら私のことはバレなかったようだな?
自分でいうのもなんだが、今回は上手く隠れられたからな……ふふっ。
さて、あの男が出て行ったのも確認したところで、安心してリアに声を掛けるか。
ああ、ようやく二人っきりだ。彼女の体調も心配だし、話したいことも山ほどある……。
私はウキウキしながら扉をノックした。が、返事がない……。
「あー、リア、私だ」
今度はノックしながら、声を掛けてみるが、こちらにも反応がない……。
うむ……寝ているのだろうか……。
仕方ない。
あまりこんなことはしたくはないが、この部屋には幸い鍵などないから、少しだけ扉を開いて様子を伺ってみることに…………ん、扉の取手を引いてもビクともしない?
な、なぜだ!? これはおかしいだろう……!!
い、一体どうして……。
その時、ふと思い出したのは、貧民街でのリアの行動だった。
アレは確か、生意気な子供の家にいた時、彼女が一人で飛び出した時のこと……入り口に魔術的な何かがありそうな紙を貼り付けていたな。
もしかして今回も、それと似たような魔術的な仕組みで、この扉を開かないようにしているのか……?
そ、それではどうしようもないではないか……!?
せっかくリアと会話が出来ると思ったのに、もう諦めるしかないのか……。
思わず呆然として、扉の前で立ち尽くしていると、何故か扉が私の頭にゴッと音を立ててぶつかった。
っっ……まさか気付かない内にふらついて、頭をぶつけたか!?
いや、でも、そんなはずは……。
私が予想外の出来事に混乱しながら後退ると、なんと扉が開いて人影が覗いた。
「えっ、あ、ごめんなさい!! 扉の目の前に人がいるとは思っていなくて……あれ、そこにいるのはアルフォンス様ですか?」
開いた扉の陰には、目を丸くしてこちらを見つめるリアの姿がそこにあった。
驚いたせいだろうか、口をぱくぱくしている彼女の姿が少しおかしかったものの、それ以上に安堵した私はほっと息をついてこう言った。
「ああ、私だ……キミとどうしても話しがしたくて、ここまで来たんだ」
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