第101話 王子様の肖像画-別視点-
なんやかんやあって、あのやかましい三人に案内されたのは、古城のとある一室。例の肖像画自体は別の場所にあるからと、俺とリアはソファに座らされて待たされていた。
この古城って、無駄に部屋数が多いよな。絶対に管理が行き届いてないだろう……。
と、どうでもいいことも考えつつ、俺はずっと抱いてた疑問をリアにぶつけた。
「お前、なんでケモ王子の肖像画なんて探してもらってたんだよ……」
今は俺ら以外はいないが、いつあの三人が帰ってきてもおかしくないので、一応小声で言う。
いや、本当に何してんだよコイツ……。
「ち、違うよ? 私が頼んだんじゃなくて、なんか話しの流れ的にそうなっただけで……あれで……」
おおぅ? なんかいつもの言い訳と比べて違和感がある気が……声が弱気というか、オドオドしてるというか。
その違和感のせいか、今回はそれ以上追及する気にはなれず、俺はそこで「そうか」と頷いてしまった。
「そうなんだよ……」
対してリアは、またやけに重々しく頷く。
やっぱり、どうもしおらしいような……?
いや、それはそれとして、俺にはまだ、出来ればスグに言わなければならないことがあるから、一旦置いておこう。
ああ、あるんだよ。ぶっちゃけ、こっちを先に言いたかったくらい、気になって仕方ない重要案件がな……。
「あのな……さっきから俺の服の袖を掴むのは、やめてくれないか?」
そう、それは先程からリアが俺の服の袖を、ぎゅっと掴んで離さないということだ……。
正直めちゃくちゃ気になるし、物凄く邪魔なんだよな……!!
「あ、あれぇ〜 私、袖掴んでた? 気づかなかったなぁ……」
「と、いいながらなぜ手を離さない」
「いや、だって……ねぇカイくん、どこにも行かない? 側にいてくれる……?」
「むしろ、なぜこの状況でどこかにいくと思ってるんだ……って、おい? ますます握る力が強くなってるぞ、落ち着け」
「落ち着いてる落ち着いてる、私は冷静、私は大丈夫、ダイジョウブ」
「それ一切、大丈夫そうじゃない反応なんだが……!?」
伏し目がちで、どこかぎこちなく大丈夫と繰り返すリア。
待て、これは思った以上に深刻なやつでは……。
「おい、リア……」
「「「お待たせ致しました!!」」」
もっと詳しく話を聞こうと、俺がそう言いかけたところ。そんなに待ってもいなかった声と共に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
ちっ、よりによってこのタイミングで戻ってきたか……。
そんな俺の内心とは裏腹に、意気揚々と戻ってきた三人は、俺たちの目の前にあるテーブルに赤い布の掛かった物体……まぁ、間違いなく肖像画であろうものを置き、俺たちの方を向いて言った。
「ついにお披露目ですよー!!」
「わぁー、楽しみだなぁー」
そうして即座に、三人へそんな反応したリアは、もはや俺には目を向けておらず。笑顔で正面を向いている。
これじゃあ、今もうコイツと話すのは無理そうだな……。
なら注意が逸れているうちに、せめて袖を握ってる手くらいは外して置くか……って、あ?
…………ダメだ、異常に強く握られているというか、ガッシリ指を引っ掛けられてるせいで、無理に引っ張ると破れそうな気配がするぞ……!!
くっ、なんで色々とこんなに面倒なんだ、コイツは!?
「ではでは、布を取りますよ~」
俺がリアの手に気を取られている間に、肖像画の布が取られたらしく、横から「わぁー、スゴーイー」という間抜けな声が聞こえてきた。
…………いや、なんか今日のリアは妙に演技が下手じゃないか?
何かしら言うにしてもスゴーイじゃねぇだろ、さすがに。さっき様子がおかしかったのも気になるし……。
「そうでしょう、そうでしょう!!もはや、存在自体が奇跡と思えますよね!?」
「ご覧ください、この美しいご尊顔!!宝石の様な瞳に、輝かんばかりの
「ああ、しかし残念なことに、この肖像画をもってしても殿下の魅力の半分程しか伝わりませんっっ!!何故ならば、実際の殿下は更に魅力的で、とても肖像画にはそれを描き切れないからです!!」
だが、そんなことには気付いてない様子の侍女たちは、自分達の王子がいかに素晴らしい容姿で、どれほど魅力的かをまくしたてるように語っていた。そしてそんな語りは、三人でローテーションを組んで次々に引き継がれるため、延々と言葉が止まらない。
そう言えば、前に話した時にも、美形に餓えてるとか言ってたもんな……そんなに好きなんだな……王子の顔が。
やや褒め方が過剰な気もするが、他はともかく、あの王子顔だけはいいらしいからな……顔だけは。
………この状況では、他に何かするのも不自然だし、俺も見ておくか。
見たくもないが、一応、仕方なく、念の為、渋々な……。
言い訳交じりに心を決めると、俺はゆっくりと顔を動かして、肖像画に目をやった。
そこに描かれていたのは、アーク様と大体同じくらいの年齢にみえる青年の姿だった。
大国の王子に相応しく、金糸や飾り紐などで豪奢に装飾された正装に身を包み、カストリヤ王族の特徴である金髪に、エメラルドグリーンの瞳……確かに美形といって差し支えない容姿だ。
同じ美形でも、冷たく人を遠ざけるような印象を抱かせるアーク様とは違い、なんというかもっと万民受けしそうなタイプの美形。
言うなれば、おとぎ話に出てくる王子様とでもいうべき容姿だろうか。
ふーん……確かに、三人があれだけ言うだけはあるか。
確かにこの容姿に加えて、あの身分なら、いくらでも女は寄ってくるだろうな……。
今のガッシリとした骨格のケモケモしい姿とは似ても似つかない。普通に正統派の美形。
個人的に、面白みは一切感じない。
ただ今のケモ状態と違って、俺よりも体重が軽そうな感じがするので、戦う上で投げ技を使いやすそうな部分だけは評価しよう。
まぁ、今のままでも素手で圧勝してやるが、色々と技を掛けるなら体の構造が把握できている、人間の方がやりやすそうでは…………ん?
そんなことを考えていると、俺の腕が急にぐいと引っ張られた。
つられてそちらへ目を向けると、リアが顔をうつむけた状態で、俺の腕にガッシリとしがみついていたのだった。
「……お前、一体何してるんだよ」
無視するわけにもいかないので、三人には聞こえないように、顔を近づけて小声でそういう。と、そこで俺は気付いてしまった。
……なんかコイツ、顔色が悪くないか?
「か……カイくん……」
待て、声もかなり弱々しいぞ!?
もしかして、さっきのアレが本当に放っておいたらダメなやつだったんじゃ……!!
「お、おい、大丈夫か……!?」
「ごめん……ムリっぽい……」
ムリっぽい!? な、なんで急にどうして……!!
こんなに元気がないなんて、まるでアーク様と一緒にいる時みたいな……あ。
え、いや、まさか、原因は……。
「肖像画がね、想像以上に……王子様でムリ……」
や、やっぱりそこかぁぁ!?
……そう、リアは実の兄で王子である、アークスティード様が物凄く苦手だ。
それはもう、普通の苦手というレベルではなく、もはやトラウマレベルで苦手意識を持っている。
まずアーク様の側に居るだけで、目に見えて顔色が悪くなるし、なんなら長時間一緒に居ると、分かりやすく体調を崩すほどである。
あまり公の場には顔を出さないリアであるが、どうしても必要で、何かしらの式典やら行事に参加するときには、もれなく隣にアーク様が張り付いているため、その時のリアの顔色は終始悪い。
そのお陰で、公にはそうなっている彼女の病弱設定が、ますます強化する結果になっていたりするわけだが……。
と、まぁそんな具合の兄への拒否反応から派生して、リアは王子という存在自体が苦手なわけだ。
最近はアーク様ばかりにやたら過剰反応してる印象があって、俺もうっかり忘れていたがな……。
そうだ……よくよく考えると、もう何年も前だが、アレだけ本好きなアイツが、わざわざ王子が出てくる本だけを燃やそうとした事件もあったんだった……。
『お前、一体何をしてるんだ……』
『あ、カイくんいらっしゃい〜』
『いや、いらっしゃいじゃなくて……その、積んだ本に、手の炎はなんだ……?』
『なにって、燃やすんだよ……?』
『なんで燃やすんだよ!?』
『だって……王子様が出てるから』
『は……?』
『最近、悪夢を見るんだ……お兄様に追いかけ回される……』
『あ……うん、そうか……』
『でも本人は燃やせないでしょ、だから代わりに本を燃やそうと思って……』
『いや、それは一体なんの呪術だよ!?』
『うふふ、呪術じゃないよ、ただよく眠るためのおまじないだよ~』
『おまじないにしては、業が深すぎないか!?』
『え〜、そんなことないよー?』
『そもそも燃やしたところで、なんの解決にもならないだろうが……』
『大丈夫、これを燃やせば私の心は救われるから……燃やさなきゃ燃やさなきゃ燃やさなきゃ』
『お前の精神状態が明らかに大丈夫じゃねぇよ!?落ち着けっっ!!』
あの時はどうにか止めたが、暗く思い詰めた表情で、片手に魔術の炎を灯し、積み重ねた本を見つめるアイツは、それはもう異様な雰囲気だった。
その後も何となく、アーク様を含めた王子というくくりそのものを嫌っているような節があったが…………まさか、絵だけでこうなるとは。
いや、でも燃やすとか言い出さない分、あの時よりはだいぶマシなのか……?
そんなことを考えていると、リアが弱々しい力で俺の腕を引いた。
「ねぇ……あれさ、燃やしたらダメかな……」
言いようのない闇を感じさせる暗い目と声で、リアはそんなことを言った。
あ……ダメだ、あれからそんなに変わってない!!
なんかもう思考回路が根本的にマズイっ!!
顔の角度と声の大きさ的に、今のリアの状態は俺にしかバレてないだろうけど、うっかりコイツが変なことをしないうちに、サッサとここから引き離さなければ……!!
「すみませんっ!! どうやら彼女体調が悪いみたいなので、すぐ部屋に連れて行って休ませたいと思います……!! お手数お掛けしたのに申し訳ありません」
そう言いながら俺は、自分の腕に引っ付いていたリアをはがし、そして両手で抱き上げる。
その瞬間、例の三人から「きゃー」と悲鳴のような声が上がったのと、その声にかき消されたもののリアが小声で「燃やす……燃やす……」と呟いていたのは聞かなかったことにして、その部屋を立ち去った。
まったく……ただでさえ色々面倒なのに……。
ケモ王子め、本人だけじゃなく、絵のみでも厄介だとは……どこまでも迷惑な野郎だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます