第二章 ヒロインと皇子⑤
次の日も一緒にお昼を作り、エカテリーナとフローラはバスケットを
のみならず、二人とも美少女だから、その点でも注目される。まあ一人は
「……ノヴァ公爵令嬢とは名ばかりの
そんな声がふと耳に入り込んできて、エカテリーナは思わず顔をしかめた。
誰じゃ今の。
が、すぐそれどころではなくなった。
「やあ」
ひょこっ、と横の教室の、廊下側の窓から、夏空色の頭が現れたんである。
(ぎゃーっ! 皇子が出たー!)
思わずエカテリーナはドン引きする。あやうく後ずさりしかけたほどだ。いつの間にか皇子イコール
「で、
「エカテリーナ・ユールノヴァ
本来、スカートをちょっと上げて
その言葉に甘えて、エカテリーナはただ頭を下げ、フローラもそれを
しかし皇子、今フルネームで呼んだよね?
「
……お兄様、皇子と
でも考えてみれば当然か、身分が近くて
そして皇子、けっこう目ざといな!
しかしウラジーミルって誰。
と思ったら、ミハイルがちらりと廊下の先に目をやった。
その視線をたどると、
……になりそうな、高校生。
長めの前髪からのぞく
〝Green-eyed Monster〟
というフレーズがなぜか
とりあえず直感でわかる。さっき恥知らずとか言ったの、コイツだ。
「ウラジーミル、エカテリーナ嬢に用があるのか?」
ミハイルが声をかけると、ウラジーミルは「いえ」とだけ言って、
少しだけその背を見送り、ミハイルはあらためてエカテリーナに笑いかけた。
「昨日もバスケットを持って通って行ったから、気になっていたんだ。どこへ行くの?」
ん?
「はい……その……」
言葉に
(これ! ゲームのイベントだ!)
(なんだから、こっちじゃなくてヒロインに話しかけなきゃ! くそうさっきの変な奴、あんたのせいでゲームの流れがおかしなことに!)
と思った
身分の異なる二人の人間がいる場合、皇子であるミハイルは、身分が高いほうに話しかけるのがマナーなのだ。その二人との親しさやさまざまな条件で
ああああ、自分の
いじめから守るためとはいえ、悪役令嬢がくっついてたらこのイベント、
ええいしゃーない、とエカテリーナは腹をくくった。ここでヒロインの好感度を上げることは重要なのだ。
「兄が、学園の一室をお借りして執務をおこなっておりますの。そこへ、お昼を届けに参ります。……殿下、ご
エカテリーナは
「こちらはフローラ・チェルニー男爵令嬢。お
どや、皇子! この子、かわええやろ!
思わずドヤ顔になるエカテリーナであった。
「君がチェルニー嬢か、
そつなくミハイルは
思えば皇子、いい人だなあ。声をかけてきたのはさっきの変な奴を
「殿下、よろしければおひとつ召し上がりませんこと?」
「それは
「フローラ様、殿下に差し上げてくださいまし。フローラ様がお作りになったもののほうがお上手ですもの」
「そんな、ユールノヴァ様もとてもお上手です……」
と言いつつ、フローラはおずおずとバスケットを開けて差し出す。
今日は焼きパン。パン
バスケットからふわっと
「ありがとう。いただくよ」
ひとつ取って、ぱくりと食べる。
「これは美味しい。チーズが入ってるね、いい焼き加減だ」
「お口に合って何よりです」
フローラがにっこり笑う。ミハイルは少し眩しそうな顔をした。
よし!
「そっちはまた別の味?」
「え?」
ミハイルがエカテリーナのバスケットに視線を移してきたので、少し驚く。この後、
そういえば皇子もお兄様と同じく、乗馬やら
「ベリーのジャムを入れて、甘くしたものがございましてよ」
「食べてみたい」
甘い笑顔で言われて
「どうぞ、これですわ」
「ありがとう」
バスケットを開けると、さっそくひとつ取って食べ、嬉しそうな顔をした。甘党だろうか。
「これも美味しい。僕は好きだ」
「お気に召したなら光栄ですわ」
甘い物が嬉しいなんてお子様だねえ、とお姉さん気分で微笑むエカテリーナであった。
「呼び止めて済まなかった」
「お
フローラと共に一礼し、エカテリーナは歩き出す。
なんとか、イベントクリア! ……だよね?
フローラが、ほうっ……と
「ああ……びっくりしました。まさか私なんかが、皇子様とお話しできるなんて」
胸を押さえて、
いらない
そしてこの後、イベントでヒロインに危険が
「気さくなお方でございましたわね」
ああいうところも、お兄様よりモテるというか女子にウケるんだろうな。フローラちゃんも感激してるし、正直自分だって、前世の記憶がなかったらコロッといっちゃったかも、と思うくらいだ。そしてこじらせて悪役
まあ、好みにどストライクなのはやっぱりお兄様なんだけどね!
元祖型ツンデレ最高!
それにしても、教室の窓から「
エカテリーナの
なのに、やっぱりゲームの法則みたいなものは強力に存在してるんだなあ。
だから、
この世界で悪役令嬢の運命を背負って生きるからには、あらためて全力でフラグを折らねば!
思わず心でこぶしを
だってお兄様に
ゲームの断罪の後って、ユールノヴァ
「ユールノヴァ様はさすがですね、堂々とお話しされていて」
「あら、わたくしも
なんせうっかり後ずさりしそうになったくらいだからね……。
皇子は全然悪くないんだけど、自分を破滅させる(かもしれない)人と対面て心臓に悪いわ。早くこの子とラブモードになってくれたら、安心できると思うけど。……安心していいんだよね?
な、なんにせよ、フローラちゃんとミハイル皇子、お似合いだよ。フラグのことがなくたって、幸せになってくれたらこっちも嬉しいよ。
ベタな学園ラブコメ少女漫画とか言っちゃったけど、こーんな美少女と美少年なら目の保養。今のポジションて、映画みたいな
……あれ、でも、つい昨日、ヒロインと仲良くなる代わりに皇子には近づかない会話しない、とか心に決めたような。
応援するならそうもいかないぞ……。
なんか破滅フラグ対策が、グダグダになりつつあるような……。
だ、だってしょうがないし!
皇子のほうから来ちゃったんだから、シカトしてたら不敬罪とかで逆にヤバいやん!
対策
「フローラ様は、きっとこれからも殿下とお話しする機会がありますわ。だって、学園で一番愛らしいご令嬢でいらっしゃるのですもの。殿下もさぞ関心を持たれたに
「え、いえ、そんなことは。皇子様はきっと」
フローラは目を丸くして言いかける。が、エカテリーナにさえぎられた。
「ごめんなさいまし、ひとつだけ申し上げますわ。皇子様、とおっしゃると
「そうなんですね、気をつけます。ありがとうございます」
それでフローラはもう何も言えなかったのだが、ひそかに思わずにはいられなかった。
(でも殿下が関心をお持ちなのは、
この世界は
逆に言えば、
本人以外のすべての人間にとって、エカテリーナ・ユールノヴァは目を
フラグ折りと、不慣れな学園生活と、お兄様の健康管理、その他もろもろでいっぱいいっぱいのエカテリーナが、そのギャップに気付く日は来るのだろうか。
その日は当分、来そうにない。
悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします 浜 千鳥/角川ビーンズ文庫 @beans
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