第二章 ヒロインと皇子②

 初登校から数日が経った。

 授業については、付け焼きの学力では歯が立たなかったらどうしようと心配していたのはゆうに終わり、家庭教師の先生たちから学んでいた知識のおかげで、ゆうを持って受けられている。

 特に力を入れてきたりよくせいぎよにいたっては、今のところ座学で理論や歴史を学んでいるのだが、家庭教師から学んだ内容のほうがよほどくわしくて高度だったくらいだ。

 とはいえ、魔力制御の授業で息を吞んで聞き入った時がある。

「この魔法学園につどみなさんは全員、入学前の魔力測定によって基準を満たす魔力を保有していると認められた方です。ですから当然、その魔力を自在に制御できる技術を学ぶこの魔力制御は非常に重要です。おわかりですね」

 ここはまあ、いい。エカテリーナが反応したのは、この後。

「毎年、魔力制御は実技が重要であって座学はあまり必要ない、といった誤解をしている方がしばしば現れますが、決してそうではありません。理論や歴史を知った上で実技にのぞむことで、より深く自分の魔力を理解し的確に制御することが可能になるのです。つきましては、実技に入る前に小テストをじつします。

 皆さんの知識や理解に問題がなければ、今月じゆんに校庭の実習場で、実技の授業を実施します」

 これを聞いた時エカテリーナは「今月下旬」とノートに羽根ペンで書いて丸を付けた。

 魔力制御の、実技の授業。

 皇国滅亡フラグ。

 ここで発生するイベントをヒロイン、フローラがクリアできなかった場合、いずれラスボスが現れて皇国はほろびるだろう。


 まあそんなわけで、学園生活のうち学業のほうは順調なすべり出しとなったわけだが。

 人間関係については……予想通り、エカテリーナは今もぼっちである。

 ま、しょーがない。

 いや実は、声をけてくれたグループはいた。登校初日の昼休みに、ランチをごいつしよしませんか、とさそわれた時にはほっとしたのだが。

 これが災難の始まりだった。

 女子の三人組に加わって、食堂で食事をとった。

 で、すぐに思った。

だこりゃ)

 最初のうち、三人組はとにかくエカテリーナをちやほやした。歯がくようなお世辞を並べたてられて、しようするしかなかったが、エカテリーナがあまり応じないでいると彼女たちはすぐ自分たちの会話に夢中になった。

 その内容は、はっきり言ってかげぐち悪口。クラスの女子のうち、平民出身(でありながら美少女)のフローラと、キラキラした(スクールカースト上位って感じ?)はくしやくれいじようを中心としたグループが気にくわないらしい。

 あとゴシップ。それも、根も葉もなさそうなしゆうぶんをねつ造して、そうに決まってますわ! そうよそうよ! と決めつけるというもの。

 この辺でもう、うわあ……という感じだったが、そうよそうよ! で思い出した。

(あー! この子たち、ソイヤトリオだ!)

 なんとこの三人、ゲームでの悪役令嬢エカテリーナの取り巻きだったのである。

 名前も出てこない、顔もあまりとくちようがない、いつもエカテリーナの後ろで『そうよそうよ』しか言わないキャラだったから、気が付かなかった。ちなみにソイヤトリオとは、前世でゲームをプレイしている時、そうよそうよで『ソイヤソイヤソイヤソイヤ』という合いの手が入る昔の歌が頭に浮かんだため、勝手に付けた呼び名である。

 これはいかん。この子たちと一緒にいたら、破滅フラグ一直線だ。

 それにこの話、これ以上聞くにえんわ。

 という内心をかくして食事を終え、公爵令嬢らしくゆうにナプキンで口をぬぐうと、エカテリーナはすっくと立ち上がった。

「ごめんあそばせ。お兄様にお会いしなければなりませんので、これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」

 ミナありがとう。アドバイスの通り、お兄様をたてげるわ!

 そして実際、とっとと逃げた。


 しかーし! ソイヤトリオはしぶとかった。

 エカテリーナが一人でいると、すぐ近付いてくる。何度逃げてもめげずに来る。こんだけ逃げてんだからいやがってるってわかれよ! と思うが、解らないらしい。

 どうやら、ユールノヴァ家の財産やエカテリーナの特権のおこぼれにあずかりたくて必死なようだ。思い返せば最初に食事した時から、タカる気マンマンな発言まんさいだった。

 ……ゲームのエカテリーナって、こいつらに食い物にされてたんじゃないだろうか。

 授業の合間のしようきゆうけいは、まだまだ学力が油断できないエカテリーナが危機感をただよわせて予習復習にはげみつつ『お話しする時間がございませんの、ごめんあそばせ』をり返したら寄ってこなくなった。小休憩では何かおこぼれなんてあるはずがないからかもしれない。

 で、三人で固まって、エカテリーナの隣の席で同じように予習復習に励むフローラに聞こえよがしないやを言っていることが多い。フローラは全く無反応だが、エカテリーナのほうがイラッとする。

 そして一番困るのは昼休み、昼食だ。ソイヤトリオが寄ってくるので、食堂では食事ができない。

 それではとりようの食堂でサンドイッチを作ってもらい、持参したが、校庭のベンチで食べていると、

「ユールノヴァ様~」

 ソイヤトリオが走ってくるのが見えて、あやうくサンドイッチを口からきそうになった。

「こんなところで一人で食事だなんて、いけませんわ。笑われてしまいます」

 と言いつつ、三人組自身がニヤニヤ笑っている。

 えー加減にせえやあ!

 だれのせいだと思ってんだ。あと、アラサーしやちくはぼっち飯ぐらい余裕じゃ! つるまないと生きていけないなんてヤワなこんじようだったら、死ぬまで働き続けられんかったわ!

 とかさけぶ訳にはいかないので、だまって逃げるしかなかった。


 めいわくをかけたくはなかったけれど、あのようかいみたいなトリオをけるには、アレクセイにくっついているしかないかもしれない。

 そう腹をくくって最上級生の教室へ行ってみて、エカテリーナは驚いた。

こうしやくかい。しつ室にいるよ」

 アレクセイのクラスメイトに言われたのだ。

 なおそのクラスメイト、マッチョなスポーツマンタイプの兄貴系イケメンである。燃えるような赤毛に金色のひとみ、気さくで包容力高そうな感じで好感度高い。

 あれ? こんなタイプこうりやく対象にいたような。皇子ルートしかやったことなくて、ほかおくがあやふやなのだけど。

「執務室……とおっしゃいまして?」

「ああ、領地の仕事用に学園の会議室をひとつ借り受けてるそうでな。入学したころから、昼休みと放課後は、ほとんどそこにいる」

 お兄様、学園でも仕事しているんですか!

 てか入学した頃から!? 爵位ぐ前からってこと!?

 さらにきっと寮に帰るとおそくまで勉強して……うわーん、過労死フラグがシャレにならない!

 そして、クラスメイトに公爵と呼ばれているんですか。なんか爵位というよりあだ名っぽい感じのひびきでしたけど。

 親切なマッチョイケメンに場所を教えてもらって執務室に行ってみると、そこはまさに執務室だった。

 アレクセイが書類を積んだ大きな机に向かい、部下というか領地のえらい人々が彼を囲んで報告したり室内の別の机に向かって何やら書き物をしたりしている。オフィスか重役の役員室みたいなふんで、前世が思い出された。

 ほんっとにがっつり仕事してた!

「エカテリーナ。どうした?」

「あの……お兄様と、お昼をご一緒したかったんですの」

 と言ったら、アレクセイは微笑ほほえんで食堂に付き合ってくれた。

 しかし、時間を取らせてしまった分、アレクセイは放課後いつもより長く働くにちがいない。部下の人たちも迷惑だろう。罪悪感はんない。

 くそう、ソイヤトリオめ!

 だんの昼食はどうしているのか聞いてみたら、食堂からその日のメニューと同じものを持って来させているそうだ。冷めてしまうだろうし、仕事しながら食べるなら食べやすいものを作ってもらってはどうかと言ってみたが、アレクセイはかたをすくめただけだった。食べ盛りのとしごろなのに、あまり食に興味がないらしい。

 うーん。


 おそろしいことに、ソイヤトリオは寮でもエカテリーナの部屋に押しかけてきた。一年生寮は十むねあるのに、なぜアレが三人そろって同じ寮なのか。不運すぎる。

 でもそういえば、ゲームでもエカテリーナとソイヤトリオ、そしてヒロインのフローラは同じ寮だった……し、仕方ないか。

 そして三人は、ミナがさっくり追い返してくれた。きっとゴネると思ったからびっくりだ。

「ありがとう、ミナ。あの方たちに何て言いましたの?」

「おじようさまは勉強中ですって言っただけです。あとは首のあたりをじっと見て、どれくらいめたら息しなくなるか想像しながら黙ってました」

「………………そう」

 うちの美人メイドにサイコ入ってる件。

 ま、ありがたいからいいけど。いいのか自分。

「お嬢様、あの三人、じやですか」

 ミナにたんたんかれて、エカテリーナは返事に困った。

 すらっと『邪魔』と言ってしまったら、何かがヤバいかもしれない。いやまさかだけど。

「邪魔というほどの方たちではありませんことよ。うっとうしいだけ。邪魔と思ってはこちらが負けのような気がするくらいですわ」

「わかりました。うっとうしいんですね」

 みようにヤバいままな気が……まあいいか。

「いろいろ考え合わせて、わたくし、自分で対策を取ろうと思っていますの。ですから、ミナは気にしないで」

 小休憩と寮はなんとかなりそうだから、問題は昼食。

 そしてアレクセイの食事も改善したい。

 そう! ソイヤトリオなんか気にするより、お兄様のことを考えているほうが万倍楽しい。お兄様のお昼に食の楽しみを届けたい!

 昼休みなしで仕事って、まるっきり前世の社畜ですから!

 よし。トリオ対策ではなくお兄様のために、チャレンジしてみよう。

 もしかしたら、めつフラグ対策のへんこうになるかもだけど。

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