第3話 逃亡
ブルース・リーのような黄色い上下のジャージを着た、いかにも怪しい雰囲気のオッサンが僕を嬉しそうに見つめている。
僕は怖くなった。
『やばい変態に目をつけられたかも。逃げなきゃ』
下手したら、このオッサンはヒトシ君達よりも危ない類の人間かもしれない。実際に不良少年二人を一瞬のうちにやっつけてしまったではないか。
僕は一旦自転車を降りると、サドルを右手でつかみ、持ち上げながら強引に反対方向に自転車を向けた。
足を勢いよく上げ、自転車にまたがる。ペダルに足を置き、全体重をかけてペダルを踏んだ。
しかし、自転車は進まない。
僕は顔を上げた。
そこにはオッサンがいた。オッサンは満面の笑みを浮かべ、片手で自転車のハンドルを抑えていた。
パニックになった僕は自転車を捨て、反対方向に全力疾走した。
うめき声を上げて倒れていたヒトシ君とその友人はようやく立ち上がり、二人とも腹部や背中を手で抑えていた。
二人の横を僕が駆け抜ける。
すると、なぜか二人も僕と同じ方向に慌てて走り始めた。悲鳴をあげながら。
「勘弁してぇぇぇぇ」
「助けてぇぇぇ」
二人が鈍足の僕を追い越していく。
振り返るのが怖かった僕は夢中で走り続けた。
50メートルほど走ったところで息が上がり始める。
ハァ、ハァ、ハァ
僕の右横で同じリズムで呼吸が聞こえてくる。
ハァ、ハァ、ハァ
嫌な予感がした。
僕は勇気を振り絞って右を向いた。
恐れた通り、黄色いジャージのオッサンが並走していた。
僕は最後の力を振り絞ってペースを上げた。僕はまだ十六歳だ。このオッサンは間違いなく五十歳は超えているはずだ。スタミナなら負けない自信があった。
しかし、オッサンは僕と全く同じペースで並走を続けた。
さらに、
「いいぞ、その調子だ!」
「ほら、もっと腕を大きく振って!」
と、僕に声援を送り始めた。
外見からは想像がつかない、二枚目の良い声だったことが癪に触った。
僕はオッサンとの埋めようのない走力の差を認め、足を止めた。
僕は膝に腕を突いて肩を揺らしながら呼吸を整えようとした。
急に体を酷使したためか、僕の呼吸器官は激怒して激しい咳と嗚咽を召喚した。額から汗が顎を伝い、滴となってアスファルトの道路に落ちていく。
多少落ち着きを取り戻し始めた僕は、顔を上げた。
そこには、肩にかかる長い黒髪を耳にかけたオッサンがやはり笑顔で僕を見ていた。
僕とは違って、オッサンの呼吸は全く乱れていない。
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