第2話 オッサン

オッサン。。。


懐かしい響きだ。


あのオッサンは今どこで何をしているのだろうか?


ん?オッサンって、どのオッサン?


オッサンといえば、オッサンだよ!あのオッサン!


って僕が言い張っても、分かるはずないか。


それでは、あの唯一無二のオッサンとの出逢いを振り返ってみよう。


そう、それは、ある秋の日の夜。午後八時を回っていただろうか。僕が塾の帰りに自動販売機でジュースを買おうとしたときのことだ。


自動販売機の隣の公園から、二人のヤンチャそうな少年達の声が聞こえてきた。


公園で寝ていたホームレースをからかっているようだ。


「おい、お前、臭えぞ!家に帰って風呂に入れよ!」

「何言ってんだよ、ヒトシ、こいつは家がないだよ。だって、ホームレスだからな、はははは」

「ガハハハハハハハ」


少年達は腹を抱えて笑っていたが、僕は嫌な気分になった。


だからと言って、助ける気にはなれない。そんなことしたら、僕が痛い目に遭うかもしれない。


いや、僕が無理をしなくても、他の誰かが警察に通報しているかもしれない。


僕は自動販売機から少しだけ顔を出し、公園を覗き込んだ。


黄色いジャージの上下を着た中年と見られる男がベンチに腰かけていた。男は長い髪をオールバックで後ろに流し、白い毛が混じった無精髭が顎全体を覆っていた。


「おい、なんだよその黄色いジャージは、ダッセーな。家に帰って着替えてこいよ、オッサン!」

リーダー格と見られる赤い髪の長身の少年が男を見下ろしながら言った。少年は十六歳前後だろうか。僕とほとんど変わらないはずだ。

「だからヒトシ、こいつは家がないんだって。だって、ホームレスだから」

「ハハハハハハッハ」

ヒトシと呼ばれた少年が再び大きな声で笑った。

黄色いジャージの男は全く反応しない。

「おい、オッサン、お前も笑えよ!」

ヒトシの連れの少年がオッサンの胸ぐらをつかんだ。しかし、男はぼーっと遠くの方を見ているだけだった。

「おい、ヒトシ、こいつやっちまおうぜ」

男の胸ぐらをつかみながら、ヒトシの連れがヒトシに提案した。

「いいね。今日はムシャクシャしてたんだ」

ヒトシは拳を作り、指の骨をボキボキと鳴らした。

「これでも喰らえ!」

ヒトシの連れが、男の鳩尾に思い切り膝蹴りを入れた。

「グフっ」

男から嗚咽が漏れ、膝から崩れ落ちた。


ゲホッゲホッ


男は四つん這いの態勢になり、激しく咳込んだ。


僕は内心焦っていた。


なんで警察は来ないんだ。まだ誰も通報していないのか?


なんでこんな場面に出くわしってしまったんだ?


僕は制服のジャケットのポケットから携帯電話を取り出した。


110番しなくちゃ。


僕は再び公園に目を向けた。


黄色いジャージの男が相変わらず二人の少年から暴言を浴び、暴行を受けている。

「おい、そのジャージはなんだ、ブルース・リーを意識してんのか?それなら立ち上がって戦えよ、この野郎!」


そのとき、男が顔を上げ、僕の方を見た。


僕は男と目が合った気がした。そして、とても奇妙なことなのだが、男がニヤリと笑った。


僕は慌てて自動販売機の陰に隠れた。


男は突然立ち上がり、野太い声で、

「やっと見つけたぞ!」

と叫んだ。


僕は思った。

やばい、逃げよう。


あの男の発言は意味不明だが、僕に助けを求めている可能性は高い。


勘弁してくれ。


警察を呼ぶぐらいなら構わないが、直接助ける気はない。


そんなこと、僕にできるはずがないだろ!


僕はすぐそばに止めていた自転車にまたがり、ペダルに足を乗せた。


その時、僕の目の前を何かが、いや、誰かが飛んでいった。


そして、次の瞬間、断末魔のような叫び声とともに、もう一人、僕の目の前を飛んでいった。


赤髪のヒトシだった。


二人の少年は、電柱の下に置かれたプラスチックゴミの山にダイブしていた。二人とも苦痛で顔を歪めている。


僕は混乱した。


そのとき、公園の花壇を軽やかに飛び越え、黄色いジャージの男がスキップしながらやって来た。


そして、男は僕の目の前で仁王立ちすると、

「探していたぞ」

と嬉しそうに言った。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る