第32話 別れの手料理

「大分遅くなってしまったけれど、エリオット君は今日の夜どうするの? この時間から宿を探すつもり?」

 僕を引き止めたいフィーネに対して、僕は戻らないと宣言。暗くなった雰囲気の中で、シモーネさんが声を発する。先ほど話していた話題とは全然関係のない話だった。


 




 「そうですね、コレから宿を探すとなると、ちょっと大変そうですけど何とかします」

 部屋の窓から外を見ると大分暗くなっていて、結構長い時間を話し合っていたということが分かる。この時間から探すとなると、泊めてくれる宿は少なそうだ。

 最悪、街の外に出て行って野宿で過ごせばいい。明日の買い物を終えたら王国を出て、旅に出ている間は野宿が続きそうだから1日早く野宿生活に突入するのも悪くはない。しかし、僕の出した答えに思案顔のシモーネさん。


 


「よければ今日は家に泊まっていってはどう? 部屋はいくつか空いているし、こんな時間から宿を探しても見つからないわ。見つかっても碌な宿はないだろうし、男性1人でなんて危険よ」

 僕のことを心配そうな顔で見つめるシモーネさん。すぐに断ろうと思ったが彼女の顔を見て、ここで断ってしまうとあんな心配そうな顔をさせたまま別れることになってしまう。もしかしたら、別れた後もずっと心配させたままになるなんて思うと、申し訳ないと思うと同時に気になってしまうだろうと考えて、シモーネさんの提案を受けることにした。


 


「……そうですね、今日はお部屋を借りてお邪魔させてもらいます。ただ、せめてものお返しに夕飯をごちそうさせて下さい」

 ダンジョンから帰ってきて今まで、フィーネとの話し合いをしていたのでかなりの時間何も食べていないことになる。せっかく地上へと帰ってきたのだから、ダンジョンで食べていたような栄養だけ取れればいいという味気ない食事とはオサラバしたかった。

その事に気づいて、家に泊めてもらう代わりにお礼として手料理を作って振る舞おうと考えた。


 ダンジョン内部では、残念ながら火を使った料理はできなかったので腕を振るえず、調理済みの保存食品を魔空間から取り出して、そのまま食べるだけと言うように非常に簡単に済ませていた。


 


 しかし今なら、火を起こして調理ができる。エルフに転生してからの幼少期には父や父の仲間の男性たちから教わった料理の数々。そして、エルフの村から飛び出し旅を続けている間に磨いた調理方法、集めたり作ったりした調理道具。更には魔法研究所内で篭っていた時に編み出した、得意の料理の数々を今日は振る舞えるということだ。


 


「エリオット様、私も一緒に頂いても……?」

 僕が料理をするということを聞いたフィーネが、控えめに手を上げて質問してくる。彼女には研究室に篭っている時や、一緒に研究を進めていた時に僕の作った食事を時々だが振舞っていたので僕の実力を知っている。


 


 僕の作った料理をフィーネは非常に気に入ってくれて、食べてくれた時にはいつも、毎晩食べたい味と絶賛してくていた。少々大げさすぎる彼女の評価には恥ずかしさを感じたが、本当に美味しそうに食べてくれるので、僕は自信を付けることになった。


 今日は、フレデリカさんとシモーネさんの2人に対してのお礼だと思って提案したのだけれど、ぜひフィーネにも食べてもらいたい。フィーネも一緒に卓を囲んで良いかとクロッコ姉妹に聞いてみると、快く了承してくれた。


 


 台所を借りて食事の準備をする。食料と料理道具は例のごとく、魔空間から取り出して使う。本当に便利だなぁと思いながら、次々に使う物を魔空間から取り出していく。


 使う予定の食材と道具を取り出してから、次に包丁を手にとって出した食材を全部先に切っていく。


 食材を全て切り終えたら、普段の家ならば炉に火を起こして料理を進めるんだけれど、今日は素早く簡単に仕上げるために魔空間から携帯用コンロと名付けた火の魔法を駆使して料理に使えるようにした魔法道具を取り出す。


 前世の記憶を頼りに作った、火を手間なく簡単に使えるようにする魔法道具。火の調整が簡単にできて、名前の通り持ち運びも可能なので何処ででも使えるようにしてあるコレを使って、食材に火を通してく。その他にも、前世の知識を使って作った色々な調理道具を駆使して調理を進めていく。


 


 僕の作った料理は、前世では“ポトフ”とも呼ばれる野菜や肉を鍋にたっぷり入れてじっくりコトコト煮込んだもの。食塩や香辛料にも非常に気を使って、世界各地で集めた調味料をふんだんに使い、かつ香辛料の使いすぎで味が壊れないように注意しながら作り、会心の出来となった。


 中身とスープを別々の皿へと盛りつけて、側に美味しいパンを付けあわせる。一時間弱程かけて全料理を作り上げて、出来上がったものを食卓へと運び並べていく。

 途中から、食事を作っている様子が気になったのか女性たち3人の視線を受けながら調理を進めることになったのだけれど、終盤に向かうにつれて皆のお腹の音が鳴って、3人は無言だけれど僕は非常に急かされた気分で料理を完成させた。


 


 料理が終わって、皆が先ほど話しをしていたテーブルに座る。目の前には僕の作った料理が並べてある。


「だいぶお待たせしましたが、頂きましょうか」

 皆が待ち焦がれているのが分かるので、食べましょうと僕が合図を出して食事が始まった。


 


「う、美味い!」

 フレデリカが一口目を食べて、驚愕したという顔をしながら感想を言う。その後も美味しい美味しいと連呼して食べ続けてくれた。


 


「あぁ、美味しい」

 しみじみと噛みしめながら、いつもの様にフィーネが感想を言ってくれる。


 


「……」

 シモーネさんは最初から無言のまま、スプーンを何度も口へと運び食べ続けてくれている。


 


 皆が手を止める様子もなく食べ続けてくれているので、料理が成功したことを確信した。3人ともが喜んでくれているようで、僕は非常に嬉しく思っていた。


 


 僕も自分用に取り分けた、肉だけよけて野菜だけ盛りつけたものを食べ始める。どうも、エルフの体になった時から牛肉や豚肉などが苦手になってしまった。


 どうやら、エルフという種族の特性らしくて肉を食べると身体が反応して調子が悪くなってしまうという。だから、肉を食べるというエルフを今まで見たことはなかった。だけど、僕は転生による影響なのか時々肉を食べたいと思う時があって、食べてみるけれど一口だけで満足してしまうという、もどかしい感じになってしまう。


 


 そんな事を考えながら、ダンジョンから帰ってきてから最初の食事を終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る