第31話 男性であるということ

 僕の魔法研究所へ戻る気はないという発言を聞いてショックを受けていたフィーネはやがて、何やら考えこむような表情になった。僕を研究所へ戻すための方法を考えているのか、それとも旅に出ると言っている僕を王国に引き止めるためには何が必要か考えているのか。


 そこに今まで黙って聞いていたフレデリカさんが口をはさむ。


「あのよ、疑問というか確認なんだけどよ」

「……何でしょう?」

 フレデリカさんは、僕ではなくフィーネに向かって言葉を発する。フレデリカさんから声をかけられたフィーネは無視することもなく、先程の非友好的な態度に比べて幾分か落ち着いた様子で聞き返した。


 


「エリオットは、なんでそんな簡単に辞めさせられたんだ? と言うか追い出されたって言ったっけか。 とにかくそんなことよりも、エリオットは私達が出会った中で一番の魔法使いだったし、ダンジョンでも色々な魔法を使えていた。そこから考えると、かなり優秀な職員なんだろうと思うんだが、そんな彼を上司の1人が独断で辞めさせられるのか?」


「それは……、貴方の言うとおり、普通ならば誰かが止めるなり、優秀な人間を独断で追い出した人は大きな罰が待っているでしょう。けれど、エリオット様を追い出した人間を研究員達は責めようとしませんでした。それは、エリオット様が男性であるという一点だけで自分たちの下に居る者だと認識していたからだと思います」


 男性の人口が極端に少ないこの世界で、もうほとんど消えかけの思想である女尊男卑の考えが魔法研究所の魔法使いたちには未だにあった。ソレは、世の男性のほとんど全ての人達が魔法を使えない、もしくは使えても実用レベルでは使えないから、魔法とは女性の特有の才能という意識がある。



 そして、たまに男性の魔法使いが国に1人か2人所属させられることもあるが、所属させる目当ては男性魔法使いとしての能力ではなくて、国のシンボルというかマスコットする事。他国へ向けて“我が国には男性の魔法使いが居る”というアピールや見栄を張るために所属させる。

 つまり、僕は性別が男性というだけで能力は低いという先入観があって、そんな先入観で魔法研究所の人達に僕は下に見られていたということ。


 


「ですが、エリオット様の実力は本物。今まで王国で生まれた何百もの研究の成果はエリオット様の持つ知恵と力のおかげです。今まで彼女たちは恥知らずにもエリオット様の知恵をお借りしていたのに、今更になってエリオット様の実力を恐れて研究所から追い出したのでしょう。自分たちの立場が脅かされる前に」

 たしかに僕は今まで色々な研究員達を助けたと言うか、手伝いを依頼されたと言うのかで研究をしていた。



 だけどそれは善意でも何でも無くて、ただ僕が研究員達が持ってきた問題に対して挑戦してみたい、研究してみたいという興味を持って続けていたこと。それが、結果的に助けた形になったかもしれないために不服はなかった。

 しかし、フィーネは僕の待遇に不満を持っていたのか段々と怒るようにして、魔法研究所について文句を言い始めた。


「そもそも、 研究所はエリオット様の扱いが酷すぎます! 本当なら、王国の発展に尽力してくれていたエリオット様には、もっと然るべき待遇を保証するべきです!」


 また白熱しだすフィーネ。しかし待遇が悪いことに関して、僕は承知の上であった。そもそも僕は王国の民ではないし、エルフと人間という種族の違いも有る。差別待遇されるのは理解して分かった上で、魔法研究所の所属を決めたし、毎日を研究に没頭して結構楽しく過ごさせてもらっていた。


 


 更には、僕が魔法研究所に所属した当時は魔法の最先端を行く王国の技術に興味があって、研究施設も充実していたのが非常に魅力的だった。だから、多少差別的に扱われても気にはならなかったし、ソレ以上に魔法研究所に所属するメリットがあったので問題無かった。



 そして、現在では王国にある技術のほとんどを習得させてもらったし、研究施設は数回ぐらいしか使わせてもらうことはなかったが、仕組みを観察して自分の力で再現できるぐらいに実物を見て学ばせてもらったので、魔法研究所に所属したことで多くのメリットを受けていた。


 


 今はもう魔法研究所に所属する意味も薄れてしまったので、今回突然辞めさせられるという事態に特には異議を唱えず、ひっそりと王国を出ようと考えていたが。コレは今までの待遇が不満だった事では決して無いし、むしろ恩すら感じていた。

 なぜなら優遇されて無駄に偉くなってしまったら、その立場に見合った仕事をしなくてはならなくなるし、上の立場に進んでもメリットと感じることが少ない。地位にも金にも執着をあまり持てない僕は研究が一番だった。



 その研究を続けさせてもらうには、下の立場の方が好条件だったので、上の立場に進み名誉を得たいと思う研究員の彼女たちと、下の立場で研究を続けたいと思う僕。お互いの利益が一致している状況だった。


 僕は自分の気持を整理しながら、フィーネに理解してもらえるようにじっくりと説明していった。研究の日々に不満はなかったが、もう魔法研究所に戻るつもりはないということ。



 フィーネの顔は不機嫌な表情ではあったが理解はしているようで、もう研究所に戻ってきて、と僕には言わないようになっていた。

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