4話2節
巨大な影はミカエルのすぐ真後ろに着地し、同時に巨大な腕を振り払った。
「ミカエル、後ろだ!」
俺の声に反応し即座に振り向いたが、巨腕の一撃に吹き飛ばされてしまう。
「きゃあああああああ!」
地面に転がり、倒れた彼女の体から、光の粒子が放出される。
彼女の纏う衣装が光となって弾け飛び、そこには普段着の明音の姿が現れた。
ダメージが許容限界を超え、変身が解除されてしまったようだ。
両手を付き、うつ伏せのまま動けない。
「……くっ!」
改めて、俺は襲撃者をにらみつける。
巨大な影は、黒ずくめの巨人・バッドドッグ。
丸太のような巨大な腕と足、巨大な黒玉子をひっくり返したような体に赤い目がついており、その体を粘土細工みたいにディフォルメされた脚部が支えている。
その頭頂部には銀髪をしたキザったらしい、外面だけ満点レベルの男が立つ。
ディフィスタン……新たにバッドキングに見出された使徒である。
その眼光はギラギラとした敵意に溢れ、口が裂けんばかりに吊り上がっていた。
「タキシード着た仮面野郎、面白ピエロ、珍妙な着ぐるみ……その中身があなただったとは。『黒騎士』ルースロット。……先輩とでも呼べばいいんですかね?」
「俺は敵とはいえ、女の子に触手プレイ強要する後輩は願い下げだがな」
「私を触手だけで満足するような、凡百早〇野郎みたいに言わないでくださいよ。お薬も略奪も複数も、相手が犬や虫になったって興奮出来ますよ」
「そういう意味でを言っているんじゃ――」
刹那、バッドドッグがこちらに対して横殴りに腕を振り回してきた。
消耗している現状、可能な限り体力を減らすのは避けなければならない。
敵の攻撃のリーチを見切り、ギリギリの間合いまで下がる。
だが――
「読みが外れましたね」
「何っ!?」
突如として、敵の腕部から、複数本の触手がニュルニュルと生えてきた。
伸びたリーチに対応出来ず、鞭のようにしなる触手に全身を滅多打ちにされる。
「ぐああああっ!」
俺はミカエルのすぐ近くの地面に豪快に叩きつけられた。
雨でぬかるむ地面から、なんとか立ち上がろうとする。
だが、直前までの戦いの消耗もあってか、四つん這いがやっとだ。
顔にはすでに黒茶けた泥がこびり付いている。
完全な失策だった。
一瞬とはいえ、こいつの性癖や戦い方を忘却してしまうなんて。
腕に生やした触手を用いた奇襲戦法はこいつの常套手段だったじゃないか。
それに――
「くそっ……今まで気配何てまるで感じなかったのに……」
「そりゃあ、バレないように慎重に気配を消していたからさ。何より、僕の目的は『可能な限りエンジェルスを各個撃破する事』だからね」
「なんだと……!」
「エンジェルスは複数集まる事でより力を高め強くなる。なら、一人の時を狙えば勝率が上がるというのが我らが王の考えさ」
だから、あいつらが一人になった時を狙って襲撃をかけてきたのか。
「尤も、どう倒すかは一任されているから、僕のやりたい事を全力で実行しようとしたら、悉く君が邪魔してきたんだよね」
「触手とあいつらを倒すことに何の関係がある!」
「この世界、情報伝達技術が恐ろしく高いからね。エンジェルスが触手によってあられもない姿を晒した動画でも流せば、あっという間に拡散する」
……こいつの考えてる事が少しわかってきた。
予想通りなら、相当やばい事になる。
「正体も合わせて晒せばマスコミは面白いように食いつくだろうねぇ。およそ二度と表舞台を歩けなくなるだろう?」
こいつは変態で、反吐が出るほどの下種に相違ない。
ディフィスタンは、彼女達エンジェルスをマケイヌオーラの苗床にするつもりなんだ。
「正義のヒロインは、一転して絶対的敗者に転落さ。どれほどのマケイヌオーラを供給してくれるか楽しみだよ」
「てめぇ……!」
「エンジェルス達の精神的支柱も無くなる。そこからは好き放題さ」
作戦のえげつなさもそうだが、こいつが明音に対してやろうとしている事は……俺が看過していいものでは決してない。
あいつが触手の餌食になるような事は決して――
「どうだい……先輩。またバッドキング様の元に来ないかい? 次はもっと効率よく……楽しみながらこの世界を私たち色に染めてみようよ」
「勧誘か……ずいぶんと仕事熱心だな。俺がそれに頷くと思っているのか?」
「強がってもダメさ。戦いで疲弊しているのは既に確認済み……そこで倒れているミカエルに気を配りながら戦える余裕があるとは思えないけど?」
目ざといな……確かにコイツの言うとおりだ。
正直、今の状態で勝てる見込みはないに等しい。
「その子を君専用の奴隷に仕立てたって構わないよ?好きな格好をさせて、欲望のまま汚しつくす事だって、バッドキング様の元なら許される……どうだい?」
……ああ、やっぱりコイツは俺とは相容れない。
こいつにとって、異性……人間は『支配する対象』なんだ。
鎖で縛り付け、地面に這いつくばらせて自らに媚びてくるような存在。
「お断りだ」
だが、俺が欲しいのはそんな関係じゃない。
「……へぇ?」
力を振り絞り、ゆっくりと、だが確実に立ち上がる。
「俺は……後ろからついてくるでもなく、前から引っ張ってくるでもない。たまに一緒に笑って、泣いて……間違っていたら止めてくれるような相手が欲しいんだ」
二本の足は震え、上半身はゆらゆらと揺れながらも、視線だけは敵を見据える。
「お前みたいに踏みつけて支配する事しか頭にない奴と一緒にするな」
はっきりと俺の意思を伝えると、ディフィスタンの表情は一気に冷たくなった。
「はぁ……言ってみただけだったけど、ここまできっぱりと断られるとは思わなかったよ。一度闇に染まった奴が光を求めるなんて、見ていて滑稽だな」
汚物を見るような目で見据える顔こそが、あいつの本性なのだろう。
こちらを敗者と決めつけたその眼……俺はその眼をする奴らが嫌いだ。
そうやって見下してきた奴らは実力で叩き潰す。
俺の生き方は、『黒騎士』になるまでそれだけだったんだ。
だが、今の俺の体にどれだけの力が残っている?
敵の攻撃を受け止める事も、避ける事もおそらく出来ないだろう。
精々、ミカエルの盾になってやることだろうか。
「もう君には退場してもらおっか。その後、ミカエルちゃんは僕がた~~~っぷり可愛がってあげるよ。もう表通りを一生歩けないくらいにねぇ~~」
ゲラゲラ気色悪く笑うディフィスタンが、ハンドサインで指示を飛ばす。
その指示を理解したバッドドッグは、腕の触手を束ねて鋭い槍状に変えた。
槍は高速で回転し、さながら掘削機を連想させる。
それを突き出しながらこちらに向かって突撃してきた。
あれで貫かれれば、体に風穴どころか上と下で真っ二つにされてしまうだろう。
「マケー!」
「ダメ……! 避けて、ルースロット!」
「さようなら、負け犬の騎士君」
(ああ……俺はまた死ぬのか?)
目の前に迫る『死』を前に、周囲の景色がスローモーションになっていく。
結局、思いを伝える事すら出来ないまま――
ふと、ミカエル……明音の方を見た。
「お願い、動いてよ! また届かないなんて嫌! 諦めたくないよ……!」
声が枯れそうなほど叫びながら、涙を流している。
(泣いてくれているのか……? 俺なんかのために?)
――ようやく分かり合えそうだったけど、届かなかったの。――
彼女はそう言っていた。
笑顔に僅かばかりの影を落として。
――今度は絶対に諦めない。どんなに遠くても、届かせて見せるんだ。――
それは、ミカエル自身の決意表明だったのだろう。
その決意を、呪いに変えたのは……俺だ。
ならば、俺に出来る事はなんだ?
ただ彼女の盾となって命を散らす事なのか?
俺の答えは――
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