4話 殴り愛地球(テラ) 1節

 その日は、今にも降り出しそうな灰色の曇り空だった。


 俺は先日送られてきた『果たし状』を元に、指定された場所にたどり着く。


 希みが丘公園……この町一番の大きさを誇る大きな公園。


 天気が天気なためか、人はいない。


 そこは、明音と……ミカエルと初めて出会った場所だ。


 ここで俺と彼女は出会い、今日まで戦い続けてきた。




「……逃げなかったんだ」


 そこには明音が……すでにリア・ミカエルに変身した状態で仁王立ちしていた。


 覚悟を決めたかのような表情で、こちらを真っ直ぐ見据えている。


「逆に聞くが、俺が尻尾を巻いて逃げ去ると思ってたのか?」


「ううん、ちっとも」


 俺の皮肉めいた言い方に、彼女は真っ直ぐかつ笑顔で答えた。




「相変わらず、どこまでもブレねぇなぁ……」


 俺はそう言いながら眼鏡を外した。


 全身が黒い炎に包まれ、俺の体を駆け巡っていく。


 炎を吹き飛ばすように両手を払う。


 一瞬にして火は消え、あとに残ったのは俺だけだ。


 だが、以前までのふざけた格好ではなかった。


 兜のない、黒鉄色のフルプレート……彼女達と戦っていた時に着ていたものだ。


 そこは、さすがに女神様も空気を読んだらしい。


「『あの時の決着をつけよう』……だったか」


 指定場所以外はそれしか書いていなかった。


「私、難しい事とか苦手でさ。拳を通して、相手の事がわかるのかもしれない……お互いに分かり合えるんじゃないかって、今でも思うんだ」




 それは、まぎれもない彼女の本心なのだろう。


 何度となく戦ってきたのだ、わからないわけがない。


 その言葉通りの事を信じて、ひたすら貫き通してきた。


 だからこそ、バッドキングを打倒すことが出来たのだ。




「私は、あなたの事が知りたい。なんで今まで黙って私たちを助けてくれたのか。上辺じゃない気持ちを」


 そういって、ミカエルは構える。


「……一応聞いておくが、止める気はないんだな?」


 無駄なのはわかってるが、俺は構えながら聞いてみた。




「うん。照美ちゃんからだいたいは聞いた。……だからこれは、私のわがまま。


――それと、ちょっとした八つ当たり」


「八つ当たり?」






「なんで生きてるってすぐに言ってくれなかったのーーーーーーーーーー!っ!」






 猛烈な叫びと共に突撃してきたミカエルは、俺に全力の拳を叩きつけてきた。


 両腕で全力で受け止めなければ、紙屑のように吹き飛ばされていただろう。


 衝撃で周囲の地面がえぐれ、土塊が吹き飛んでいく。




「私、悲しかったんだよ! もう少しで分かり合えたかもしれない相手が、目の前で私をかばって死ぬなんて!」


「あの時体が勝手に動いたんだ! 仕方ねぇだろ!」


 受け止めた拳を払い、こちらも拳を振るう。


「勝手に動いたって何! あんな勝ち方して私が喜ぶとでも思ったの!?」


「避けられなかったら、お前が死んでいた! それを黙って見過ごせってのか!」


 受け答えをしている間に、一瞬のうちに数十もの拳打の応酬が繰り広げられる。


 お互いに弾き、逸らし、避けるがそれでもいくつかは貰ってしまう。




「はああっ!」


「だりゃあっ!」


 互いの拳と拳がぶつかり合い、その衝撃でどちらも吹き飛ぶ。


 だが、即座に体制を整えて必殺の構えをとる。


「ミカエルサンライザー!」「バロン・ダイト!」


 ミカエルの両手から、俺の拳から、それぞれ桃色と漆黒の光線が放たれる。


 鬩ぎ合う力と力の衝突点で爆発が起き、それに合わせ俺は再度突撃した。


 噴煙を掻きわけながら拳を突き出せば、そこにあいつはいた。


 攻撃の衝撃により、一瞬にして視界が晴れる。


 目の前には、幾度となく戦いを繰り広げてきた桃色の天使がいた。


 相変わらず、キラキラしてまぶしい奴だ。




「……何笑ってやがる」


「……そっちこそ!」




 再び、乱撃の嵐が巻き起こる。


 言葉と拳を交わしながら、言葉ではない思いをぶつけ合った。


 お互いが必殺の一撃を加えんと、右に左に拳撃を叩き込む。


「いっつもそうだった! 自分だけ何もかも分かったみたいに澄ました顔で!」


「わからないならとりあえず突撃してくるお前に言われたくねぇよ!」




 時に受け、時に躱し、時にぶつけ合う。


 自分のありったけを、あらん限りの全力を。


 今までだってそうだったのだ、出来ない筈がない。


 かすかに相手を上回れても、次の瞬間に相手はその上を言っている。


 ひたすらにその繰り返しで、極限じぶんを超える極限あいてをぶち破っていった。




「遠回しにバカだって言いたいの!?」


「自分でバカだっていつものたまうくせに言われるのは嫌かよ!」


「バカじゃないですぅ~~! バカって言った方がバカなんですぅ~~」


「語彙力小学生か!」




 そんな死力をぶつけ合う戦いの中で、子供の喧嘩のようなやり取りを交わす。


 渦中の俺とミカエルは笑顔だった。


 端から見たら死闘を繰り広げているように見えるのだろう。


 だが俺は、荒々しいペアダンスを踊っているような錯覚すら覚えていた。


 少しでも止まれば、瞬く間に相手は自分を追い越していく。


 それだけは絶対に嫌だと身体が……魂が叫び続けているのだ。


 戦いが終わらなければいいのに……そんなことすら考えてしまうほどに。


 それほどまでに、この時間が愛おしくてたまらなかった。




 だが、その時間が続くことはない。


 自分たちが何よりそれをよくわかっている。


 俺も、彼女も、どれだけ戦い続けたかもわからない程消耗した。


 曇天の空からは、すでに無数の雨粒が降り注いてる。


 周囲の地面はかわいそうになるほどに抉れ、穴だらけになっていた。




「はあ……はあ……」


「ああ……ぐはぁ……」


 俺もミカエルも、膝に手を付き、肩で息をしている。


 それでも膝は地に付かないし、相手から絶対に目は逸らさない。


 勝つのは自分だ。


 その一点だけは絶対に譲らない。


 戦いの中で生まれた共通の決意表明である。




「なんでかばったのかって理由……思い出した」


「どういう……こと?」


 呼吸を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をする。


 これからやる事は、さすがにしっかり立ち上がってやらなければならない。


 たとえヘロヘロだとしても、男のなけなしのプライドというやつだ。




「お前が……お前たちが見せてくれた輝きを、消したくなかったからだ」


「輝き……?」


「お前たちは、どれだけ絶望を突き付けても、諦める事はしなかった。俺やバッドキングも知らないような、暖かでまぶしい力をその身に纏って勝利してきた」


 不思議だ……今までどう言うべきか悩んでいたのに。


 最初から決めていたみたいにすらすらと言葉が浮かんでくる。




「いつからだろうな……その輝きにいつの間にか惹かれていた。もしかしたら……初めてその輝きを見た、お前と出会った日からかもしれない」


「えっ、ちょっと、まって……何を言っているの?」


「この気持ちに気づいたのだって、お前に看取られる直前だ。それが心残りで……こうして転生できたのはまさに渡りに船だったわけだ」


 だが、止められない……止めてたまるか。


 ……どのような結果でも、俺はすべて受け止めてやる。






「リア・ミカエル……いや、桃花明音!」


「は、はい!」


 ミカエルは俺の呼びかけに答えるように、背筋を伸ばして直立する。


 そんなに畏まるなよ……これからする事は別に厳かな儀式でも何でもないぞ?


 ずっと昔から繰り返されてきた、男女の交わりの一歩でしかないのだから。


「俺は、お前が――」








「言わせると思うのかい?」「マケェーーーー!」


 突如として割り込んできた下品な声と、巨大な影に遮られた。


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