3話5節
「ミカエル、あの変な着ぐるみは?」
ようやく、思考停止していた私の頭が動き出す。
「ガブリエル……」
「だ、大丈夫ですか……? なんだか、元気がないですけど……」
呆然としていた私に呼びかけてくれたのは、ガブリエルだ。
すぐ隣にいたラファエルも心配そうな声をかけてきた。
ルシフェルもいたが、彼女はこちらを怪訝な表情で見つめている。
「……それで、追いかけていた奴の正体はわかったの?」
「そ、それは……」
ガブリエルの質問に、すぐに答える事が出来なかった。
正直、色々ありすぎて混乱しているのだ。
「その様子だと、あいつの正体はバレたみたいね」
「ルシフェル……その言い方だと、あなたは初めから知ってたみたいね?」
ガブリエルの質問に、ルシフェルは黙って頷く。
「私がこの世界に戻ってきたのは、交換留学生として見分を広めるため。でも……それとは別にあいつの、女神によって転生したルースロットの監視もあるの」
「ルースロットって、私たちの敵だった奴じゃない! それも『黒騎士』! 女神が生き返らせたって……」
「そういえば……ミカエルさんから具体的にあの人がどうなったか教えてもらっていませんでしたね。最後の戦いは大変すぎて聞く暇もなかったですけど」
そう、私は彼との戦いの結末をほとんど話していなかった。
みんな必死に戦って、ようやく終わった後だったから。
水を差してしまうんじゃないかと、あまり良くない頭で考えたのだ。
伝えたのは、同郷であるルシフェルにだけだ。
彼女とルースロットは、かつての皇女とその近衛という関係だけじゃない。
そんな気がしたから。
伝えた時、彼女は声を殺して泣いていた。
「あいつは、バッドキングの攻撃からミカエルをかばって死んだの。そうした理由は本人も分かってなかったけど……」
言い出せない私を見かねて、ルシフェルが詳細を説明してくれた。
「バッドキングの脅威に対抗し、サポートする人員として、女神様はルースロットの魂を……交通事故に遭って意識不明だった目金翔に融合させた。彼自身の肉体を復活させるのを交換条件としてね」
「ちょっと待って! ルースロットが翔と融合してるって……あいつは――」
「か、翔さんはどうなっているんですか! 翔さんの、魂は無事なんですか!?」
私自身も初耳な情報が飛び込んできて、思わずルシフェルを見てしまう。
ガブリエルも驚きを隠せない様子だった。
だが、それ以上に動揺していたのはラファエルだ。
ルシフェルの肩を強く掴み、恐怖に怯えた表情で彼女を凝視している。
ここまで慌てる彼女を見るのは珍しい。
「……大丈夫。今は事故の影響で意識は眠っているけど、あいつと融合することで傷を治癒している状態だから、じきに目を覚ますはず」
「そ、そっか……よかったぁ~~」
ラファエルは膝から崩れるほど力が抜けて座り込んでしまう。
目からはうっすらと涙が浮かんでいた
彼女ほどではないが、ガブリエルもどこか安堵しているようだ。
「色々情報が多すぎて混乱しているんだけど……」
ガブリエルがルシフェルに話を切り出す。
「結局あいつ、ルースロットは敵なの?」
「……少なくと、私は敵じゃない……と思う」
そう思いたいだけなのかもしれないけど、と、あとに言葉を濁していたが。
ルシフェルの言い方にも、どこか迷いがあった。
彼女にとっては兄同然の人だし、監視を通して多く接しているはずだ。
でも、バッドキングの配下であったという事実は変わらない。
信じたいのは当然だろう……だが、それでも。
「それでも私は――」「あ、あの……私も彼は敵じゃないと思います」
私が言い出す前に、ラファエルがルシフェルの方に賛同した。
「私……今日、翔さんの家にお邪魔しました。記憶を取り戻して欲しくて……」
「ラファエル……あなた結構大胆な事するわね?」
「色々話しました。翔さんの事、たくさん。そしたら、あの人こう言ったんです」
――もし記憶が戻ったら、『翔』をデートにでも誘ってやれ。きっと喜ぶぞ――
「あいつ、そんなことを……」
「もし、そういう事を画策してるのなら……私に取り入ってくると思うんです」
「まあ……そんだけぶっちゃけてれば、あんたの気持ちに気づいてるわよね。
……気づいていないのはたぶん明音だけよ」
「え? 何の事?」
何故だかわからないが、盛大に馬鹿にされた気がする。
「まあ、私も言ってみただけよ。その気なら機会はいくらでもあったし」
ため息をつきながら気の抜けた様子のガブリエルを見て、私も安堵した。
それでも、わからない事がある。
「肉体の復活っていうメリットがあっても、それだけが理由なのかな?」
それを確かめるためにも、私にはやりたい事があった。
「ルシフェル、ルースロットは女神の頼みで私たちを助けてくれてたの?」
「それも一応あるとは思うけど……たぶんそれだけじゃないわね」
質問に答えてくれたルシフェルは、どこか複雑な表情で私を見ていた。
「……なら、それは私が聞きに行ってもいい?」
「いいわよ。何やるかは何となく解るから。ガブリエル程じゃないけど」
ルシフェル同様にどこか呆れた様子のガブリエルと心配そうにオロオロしたラファエル。
みんながいるから、私は全力で前に進める。
だから確かめるんだ、彼の真意を。
「私らしいやり方で、聞きに行ってくる!」
『あらあら、やはりバレてしまいましたか』
あの後、見逃がしてくれたからよかったものの、そのまま家のベッドで突っ伏し眠った俺の夢の中で、女神サマはやれやれと言った感じのポーズで現れやがった。
相変わらずの釈迦の掌にいる孫悟空状態なのが癪に障る。
だが、そうも言ってられない。
「悪かったな……逃げるの下手で」
エンジェルスに正体がバレてしまった。
バレないように手助けして欲しいという、女神との誓約を破ったことになる。
「……それで、俺をどうするんだ?」
『は? どうする……とは?』
「惚けるなよ、結果的に約束を破っちまったんだ。覚悟はしている。……俺の魂を使って目金翔を治すのか? それとも、このままコイツと一緒に消されるのか?」
『何もしませんけど?』
「ふむふむ……何もしないのか、そうかそうか……ってはぁっ!?」
思わずノリツッコミみたいなことをしてしまった。
「正体ばれたらわかっているよな? みたいな事言ったじゃねぇか! 含みのある言い方を散々やっといてバレてもなにもしないってどういうこった!」
『なんで私があなたを粛正する必要が? バッドキングじゃあるまいし』
「じゃああの時の思わせぶりな言い方はなんだ!」
『あれくらい言っておけば、悪い事も躊躇ってくれるかと思いまして』
「見事に騙されたよチクショウが!」
まさに今の自分の状況と夢の状況がガッチリ噛み合ってしまった。
文字通り掌で踊らされていた事にがっくり項垂れる。
『まあ、さすがに悪事を働く気だったなら、先程あなたが言っていた事はやろうと思えばできますが……目金翔との分離とか色々と手間がかかるので、ねぇ?』
「そんなちょっと手の込んだ料理するのめんどいみたいな扱いか俺の魂!」
こいつと接してると色々悲しくなってくるよ。
でも実際、この女神はやろうと思えば出来るのだ。
たとえハッタリと気づいていても、端から悪事を働く気はなかったが。
こいつは根本的には善性の神だが、敵対者に容赦はしない。
協力している限りは、こうして存在することが出来るし、軽いノリで魂を消されたりする事も……おそらくないだろう。たぶん、きっと。
それに、少し気になる事も出来たし。
『とはいえ、バレた以上はちゃんと彼女たちに事情を説明しないといけないでしょうね』
「……なぁ、目金翔は何時になったら目を覚ますんだ?」
俺が今、融合している少年にも、両親がいて、ライバルがいる。
そして、思われている人がいるのだ。
いつまでも欺き続けるのは、やはり忍びない。
『そうですね。予め言っておくと、彼はあなたが融合することがなくても、いずれ目を覚ましていたでしょう。……来年には』
「丸一年昏睡状態になってたはずなのか……それがどれくらいになったんだ?」
『おおよそ二ヶ月から三ヶ月。夏休みが始まるまでには目覚めると思います』
「そうか……目が覚めた時、何かお礼をしてやらねぇとな」
こうして体を借りている、いわば命の恩人のようなもんだ。
深琴とのデートを取り持ってやるのはどうだろう?
彼女自身、翔に気持ちが向いているみたいだし、喜んでくれるといいが。
何となくだが、こいつも深琴への気持ちはファンとしてだけではない気がする。
「あ、そう言えば俺の肉体の再構成が終わるのっていつなんだ?」
『目金翔が目を覚ますのとほぼ同時期くらいでしょうか』
なるほど……その時すぐに復活出来るとは限らないが、悪くないタイミングだ。
もし俺が明音に告白して、叶ったのなら、ダブルデートするのはどうだろう?
『……フフッ』
女神がこちらを見て微笑んでいる。
どこか幸せなものを見ているような、暖かなものだった。
「……どうした? 別に面白いもんを見せた覚えはないぞ」
『いえ、あなたを見出し、転生させた私の判断は間違っていなかった』
「なんだ藪から棒に。お前は俺を戦力として取り込みたかったんじゃないのか?」
『それもあります。ですが、私は信じたかった。たとえ闇に堕ちた者でも、光と共に歩むことが出来るのだと。バッドキングに与していたとはいえ、元は私の世界の住人でしたから』
「……」
『ルシフェルはその可能性を示し、あなたはそれを確信へと変えてくれたのです。胸を張りなさい、騎士ルースロットよ。あなたは、紛れもなく闇と光の軛を払う者となるでしょう』
よくこいつは恥ずかしげもなくそんなセリフをペラペラ喋れるもんだ。
聞いているこっちが恥ずかしくなる。
……とはいえ、悪い気はしない。
こいつの言うような存在になれるかはわからない。
「まあ、俺なりに頑張ってみるさ」
『今はそれで充分です』
女神がそう告げると同時に、視界が光に包まれていった。
目が覚めた時、窓から見える空は、すっかり暗くなっていた。
「……ずいぶんと時間が過ぎたな」
ベッドから体を起こし、今後の事を考える。
正体がバレた以上、あまり悠長なことは出来ないだろう。
次会って早々仕留めにかかるようなことはさすがにしてこないとは思うが。
それが出来るなら眠っている間に寝首を掻くぐらいされるかもしれないし。
何より、一番大事な目的が果たせないまま終わるのは嫌だ。
「だが……告白ってどうやればいいんだ?」
今回の敵が空気読まないのか、二人になれる状況には恵まれない。
間が悪いのかもしれないが。
誰の邪魔も入らないシチュエーションなんてそうそうないし……。
「まずは冷静にエンジェルス達に経緯の説明を……ん?」
思案に耽っているときに、玄関の方から物音がした。
玄関に取り付けられたポストがあり、屋外から屋内へ手紙等を入れられる。
今の音は、ちょうどポストに何か入れられる音だ。
部屋から出て、ポストの蓋を開ける。
開いたポストから、一枚の封筒が地面滑り落ちてきた。
それを手に取った俺は、一瞬にしてこれから起きるであろう事を理解する。
「……ああ、小難しい事は嫌いだったよな、お前は」
封筒の表には、妙に仰々しい書体でデカデカと文字が書かれていた。
『果たし状』と。
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