3話4節
俺はディフィスタンのにやけ面を参考に、それっぽく表情を歪ませた。
ラファエルも、俺の言った意味がわかったのか、再び表情を強張らせる。
ディフィスタンの方はどうにも納得がいっていないようだ。
「悪くないけど、なんかパンチが足りないなぁ。個人的にはやっぱり触手で――」
「この『肉体』の持ち主は、ラファエルの思い人だ」
それだけ聞けば、こいつは動く気がする。
ある種確信に似た期待を以て俺は告げた。
「…………くひ、くひひひ、くひひひひひひ! イイ、イイよあんた最高だよ! 思い人と同じ顔をした別人に身も心も穢される!心とは裏腹に好きな相手に染まる喜びに打ち震える肉体! 寝取られるような背徳的な感情壊れていく心!」
想像以上の反応を返してくれた。
口からは涎を吐き散らし、顔はドラッグでも決めたかのように紅潮し、目玉をひん剥かせながら上半身を捻って笑いだす。
思った以上に、奴の『ツボ』に嵌ったらしい。
「ああ、やろう! すぐやろう! 今ヤろう!」
「ラファエルの拘束は解くなよ? こっちとしても反撃されるのは嫌だしな」
ディフィスタンは、バッドドッグに指示を飛ばし俺の拘束を解き地面に下した。
そして、ラファエルを拘束したまま俺が近づける位置まで下す。
「……」
「おいおいそんな怖い顔するなよ。これから少しは面白くなるんだからな」
涙目でこちらを睨むラファエルの視線が痛い。
とはいえ、表情には出さないように極力気を張らなければ。
ディフィスタンに気取られる可能性もある。
「一体何時から翔さんに取り憑いていたんですか……」
「事故の直後、かな。まあ事故に関しては完全に偶然だ。幸運にもエンジェルスと近しい立場の人間を器に出来た。関係構築の手間が省けて大助かりだったよ」
「そんな言い方……っ!?」
言葉を遮るように、彼女の顎を人差し指と親指で持ち上げ、目線を合わせる。
「気丈に振舞うじゃないか。これからどうなるか、わからんわけじゃないだろ?」
「だ、大丈夫です! ミカエルさんたちが来るまで絶対に耐えて見せます!」
「まあ、口では何とでも言える。友達の事も忘れるくらい俺色に染めてやるさ」
「うう……」
さすがに声に震えが出ている。
仕方がない事ではあるが、やはり心が痛む。
とはいえ、あのまま放っておいたら待っているのは触手による蹂躙だ。
トラウマどころの話ではない。
「やれーーっ! 剥けーーっ! 〇せーーっ!」
何とも下卑た声でヤジを飛ばすディフィスタンの声が響く。
「ああ、それじゃあ始めるか」
そして、俺は眼鏡を外した。
放り投げたそれが地面に落ちると同時に、俺は瞬時に周囲の触手を切り刻んだ。
「……は?」
「反撃の時間を……な」
あたり一面に触手の残骸が転がり落ちる。
少し間をおいて、周囲に雷撃が降り注ぎ、触手屑は一つ残らず塵と消えた。
隣には、雷槍を構えたラファエルが立っていた。
「な、なんだとぉ……!?」
「有利な状況を作るのは上手いが……ここ一番で自分の欲を優先させるのは以前の戦闘でもわかっていた。悪癖は直さないといつまでもついて回るぞ?」
「うぎぎぎぎぎ……!」
相当悔しいのかディフィスタンは忌々し気に歯ぎしりをしている。
「き、着ぐるみ……?」
「ああ、今回はそれなのか……急に視界が悪くなったから何事かと思った」
手を見ると、デフォルメされた肉球と爪が付いた掌が見える。
猫っぽい感じでもないし、これは熊か?
それとなく聞いてみると、黙って首を縦に振った。
視界的に、口の部分が穴になって視界を確保してくれているようだ。
「よく俺が演技しているってわかったな? 結構キツイ事言ったと思うが」
こちらの疑念に対して、ラファエルは笑顔で返す。
「あなたの目からは、私にそんなことする気はないって何となくわかりました」
でも、と一旦言葉を切ると、恥ずかし気にもじもじしだした。
「か、翔さんの顔であんな風に迫られたせいか、すごくドキドキしました……」
「お前実はとんでもないドMなんじゃないか……。あと、もう忘れてくれ自分でもこっぱずかしい事言った自覚はあるんだから」
そんなやり取りの間に、バッドドッグは触腕をあっという間に再生させた。
「さっきはああいったが、たとえラファエルの攻撃力でもこのバッドドッグを倒しきるのは簡単じゃない! コスプレ野郎は決定打になり得ない! 増えたところで無意味さ!」
「なら、三人ならいけるのかしら?」
俺でも、ラファエルでも、ディフィスタンでもない女性の声が響く。
刹那、無数の風切り音、遅れて破裂音が木霊する。
「……へっ?」
間抜けな声を上げたディフィスタンが、バッドドッグの方を見る。
「マ、マケェ……」
そこには、様々な箇所に大小多様な文字通りの風穴が開いた黒い怪物がいた。
「……っ!? ……!」
奴は声が出ない程狼狽えている。
ディフィスタンの視線の先には、俺も良く知る少女がそこにいた。
照美だ。
両手には、照美の髪と同じ薄紫色を基調にした二挺の拳銃が握られていた。
着弾と同時に真空の刃で周囲を刻む空気の弾丸を放つ、中々えぐい彼女の武器だ。
それは同時に、彼女の変身アイテムでもあった。
「アウェイクニング・ルシフェル!」
掛け声と共に、照美は天に向けて銃の引き金を引く。
呼応するように、彼女を中心に竜巻が巻き起こり、彼女を包み込む。
吹き荒れる風音を撃ち抜くような銃声と共に竜巻が晴れた。
先程まで照美がいた場所に、紫色のドレスを身に纏った新たな天使が姿を現す。
元から特異な薄紫色の髪はポニーテールでまとめ上げられている。
彼女こそ四人目のエンジェルス、リア・ルシフェルだった。
「ルシフェルさん!」
俺は、自宅から出る前に、照美にメールをしていた。
出かける前にメールに書いた内容は大雑把に言えばこうだ。
『今から深琴を家まで送るから、俺たち二人を影で護衛してくれ。
もしディフィスタンが現れても、俺が力を解放するまで加勢しないでくれ。
正体がバレる時は何とか言いくるめるのに協力してくれ』
ちゃんとメールを確認してくれるかは正直賭けだったが、上手くいったようだ。
「まったく、あんたは厄介事に巻き込まれないと気が済まないの?」
「そう言うなよ。俺だって好きで巻き込まれたわけじゃ――」
パァン!
「あら、よく避けたわね? しっかり命中するように狙ったのに」
「おまっ……! いきなり撃ってくるとか何考えてんだ!」
何故かこっちを標的にしてクイックドロー決めてきやがったよこの天使さん。
ラファエルも状況が飲み込めなくて目が点になっているし。
よく見たらディフィスタンもさっきとは違う形で呆気に取られている。
「私は敵を撃ちに来たの……女の敵を。そしてそれは……二人いる」
「あの下り見てたのかよ! あんな芝居する羽目になる前に助けろよ!」
「手を出すなって言ったのはあんたでしょ。あんなの撃ちたくなるじゃない」
「そんな軽いノリで体に穴増やされたらたまったもんじゃねぇよ!」
「反省も後悔も、私はするつもりはないわ」
「いっそ清々しいなコンチクショウ!」
「……はっ!? なに漫才やってるんだ! いけ、バッドドッグ!」
「マケーーッ!」
混乱していたディフィスタンが我に返り、バッドドッグに指示を飛ばす。
すでに再生を完了していたバッドドッグが、指示を受けて触腕を振るいだした。
「……っ!」
即座に態勢を立て直し、迫る触手をエネルギーを纏わせた手刀で切り裂く。
ルシフェルも的確に空気弾をを打ち込み、切り刻む。
何はともあれ、今は目の前の敵だ。
「俺が敵に隙を作る。そこにお前とラファエルの必殺技で一気に畳み掛けろ」
「あなたが体を張って敵を止めるから、あなた諸共木っ端微塵にすればいいのね」
「さっきから俺に対するアタリが妙に強い気がするの気のせいじゃないよな?」
「………………さあ、何故かしらね?」
「ル、ルシフェルさん落ち着いて……」
なんでそっぽを向いているんですかね?
あんな極端にへそ曲げられるような事したか?
あとで何とかして機嫌取らないと、俺の正体をポロっと喋られる可能性がある。
確か、この世界に来てからはハンバーグが好物だったよな……材料買っとくか。
まあメールって形で頼み事してしまったし、礼なら素直に受け取るだろう。
そんな事を考えつつ、バッドドッグの振るう触手を一束二束と切り裂いていく。
先程までの余裕が消えた所為か、攻撃の仕方が大雑把になっている。
この状況で冷静さを失うのは致命的だ。
俺は再生の若干遅い右触腕を先に切断し、続けて左触腕を根元から断ち切った。
「マ、マケッ……! マケーーーッ!」
一瞬、態勢を崩したが、即座に左触腕の切断面が再生を始める。
だが、それが狙い目だ。
俺は、再生していく触腕をおもむろに掴み無理やり引っ張った。
ブチブチと千切れる音と共に、完全に触腕と胴体が引き離される。
俺は引き千切った勢いを乗せハンマー投げの要領で回転する。
「うおりゃああああああっ!」
そして、あらん限りの力で触腕を敵に投げつけた。
切り離された触腕は巨大な質量となって相手の胴体にロケットパンチを決める。
踏ん張る事すら許さず、バッドドッグは大きく吹き飛んで倒れていった。
「よし、今だ!」
「はいっ!」
「一気にいくわよ!」
俺の声を合図にルシフェルとラファエルはそれぞれの獲物を構える。
まずはルシフェルがバッドドッグの直上高くへと飛び上がる。
そして、敵に銃口を向け、一気呵成に引き金を引く。
「ルシフェル・テンペスト!」
吸い込まれるように不可視の銃弾がバッドドッグの体に叩き込まれる。
着弾と同時に吹き荒れる風が敵の体を刻んでいく。
だが、それだけではない。
三発、四発と命中していくごとに、風はその勢いを増していく。
ついには、一つの巨大な竜巻がバッドドッグを飲み込んでいった。
オーバーキルに見えるかもしれないが、まだ終わりではない。
地上には、雷槍を構えたラファエルがまだいるのである。
呼吸を整え、手に力を込めると、雷槍の輝きがさらに強まっていく。
「はああああぁぁぁ……」
そして投げ槍の要領で上に構え、竜巻へと照準を定めた。
「ラファエル・トライデントぉぉぉぉ!」
ラファエルは、裂帛の気合と共に雷槍を竜巻に向けて投げ入れる。
雷槍を吸い込んだ竜巻は、瞬く間に雷を纏っていき、稲光と共に収束していく。
そして、まるで龍のごとく、天へ向かって雷撃が昇って行った。
「マイリマシター!」
どれだけの技であっても、奴らの断末魔は変わらない。
最後には虹色の粒子となって消えていった。
「くそっ……くそっ! なんで貴様なんかに邪魔されないといけないんだ!」
女神の恩恵により、周囲の破損物が修復され、少し雲の残る夜空が広がる。
そんな場所で膝をつき、地面を拳で殴りながら、ディフィスタンは悪態をつく。
「お前こそ色々いかがわしい手段でアイツらを襲ってるが、何がしたいんだよ」
「私の欲望を全力で叶えるためさ! それはバッドキング様のためにもなる!」
……どういう事だ?
「今に見てろ!」
捨て台詞を残し、ディフィスタンは煙のように消えていった。
「こういう時、転移能力っていうのは厄介だな……」
使徒には、主の元へと即座に戻る事が出来る能力が与えられている。
場所に関係なく使用出来る反面、帰還先は絶対に王の元だ。
今の俺には使用できない能力だ。
転生の際に女神に能力を封印されたのか、死んだことでバッドキングとの繋がりが切れたのかは不明だが。
今更帰る気はない。
帰ったところで裏切り者として粛清されるのが関の山だろう。
「あ、あの……ありがとうございます!」
後ろからラファエルが頭を下げてお礼を述べる。
「気にするな。頼まれたことやっているだけだしな」
「その割には随分肩入れしていたみたいじゃない。情でも湧いたの?」
「そんなんじゃない。普通にコイツを応援しているだけだ」
ルシフェルに茶化されたが、俺の正直な気持ちだ
誰かを好きになって、そいつのために必死になれる。
そんな相手を嗤う事は出来ない。
同じように誰かを好きになった自分をも嗤う事になるからだ。
まあ、俺ほど深琴の恋は遠くなさそうだが。
いずれ俺が役目を終えた時、目金翔はこの肉体の主として目を覚ますだろう。
あれだけの勇気が出せる彼女なら、すぐに関係は進展していくかもしれない。
俺は元の肉体を復元してもらってミカエル……明音に気持ちを伝える。
それが出来るのがいつになるかはわからないが。
「今回の事は、お互いの胸に秘めておく……それでいいな?」
「あ、はい。わかりました。……やっぱり正体がバレたらまずいんですか?」
「具体的に何をしてくるのかはっきり言われてないから余計にな……」
「一応、私は知ってるけど……聞かないでくれると嬉しいわね」
「うう~~……気になります」
気持ちはわかるが、出来れば抑えてくれ。
こっちとしても自分の元の肉体っていうのは欲しいものなんだよ。
「さて、それじゃあ俺はいったん……あっ」
改めて、ラファエル達に向き合うために視線を正面に向けると、ある意味今会うのはまずい相手が見えた。
「はあっ……はあっ……!」
「ミカエル! そんなに急がないでよ! 結界も解けているんだし!」
ミカエルとガブリエルだ。
「まずいわね……。ミカエル、あなたを地の果てまでも追いかけて捕まえる気よ」
「マジかよ……なんでそんな事わかるんだ?」
「チャットツールで会話している時に言っていました……正体を掴むんだって」
その辺の一般人が言ったなら冗談で通るかもしれない。
だが、ことミカエル……明音が言った場合洒落では済まないのだ。
決めた事は意地でも貫き通す鋼の如き意志力。
彼女の持つその力に、俺は幾度となく敗れてきたのだから。
「悪い、俺行くわ」
短く言葉を切って俺はその場を急いで離れた。
真っ直ぐ距離を離すのでは足りない。
右に左に、時には上にと飛んで跳ねて駆け抜けてる。
「ふぅ……とりあえずここで良いか」
そして、人気のない裏通りを見つけ、周囲を見渡す。
とりあえず、他人に変身を見られる心配はなさそうだ。
「よし、変身解――」「見つけたーーーーっ!」
いきなりの大声に驚き、声がした方向を振り向く。
そこには、険しい表情のミカエルが立っていた。
「なっ……なんで!」
「格好は違うけど、私たちを助けてくれた人だよね? 聞きたい事があるの」
ミカエルは悠然とこちらに歩み寄ってくる。
その眼は真剣そのものだ。
嘘や誤魔化しなど一切認めないと言わんばかりの。
(まずい……! 正体がバレるわけにはいかない)
――正体がバレた時は……どうなるかは想像がつきますよね?――
ぼかしてはいたし、具体的な事は何も言わなかったが、絶対に碌な事にならない。
取れる選択肢はほぼ一つ。
(何とかして振り切る!)
瞬時に判断を下し、俺は即座に飛び上がった。
そして、近くにあった建物を屋根伝いに駆け始める。
「待って!」
即座に反応し、ミカエルが俺の後を追いかけてきた。
家屋から始まり、電柱や煙突にビル群と、上へ下へと振り回すように動く。
大通りだけでなく、細道や裏路地へフェイントを交えながら走り抜ける。
だが、ミカエルはその悉くを看破し、フェイントをかけてもまるで通用しない。
天性の勘なのか、動きを予測しているのか、とにかく追いすがってくる。
「なんで逃げるのーーーー!」
「お前こそなんで追ってくるーーーー!」
「気になるからーーーー!」
そして、とうとう限界がきた。
戦闘後、さらに着ぐるみというただでさえ動きにくく蒸す格好で延々追いかけっこを続けていた所為で、体力の大半を使い果たしたのだ。
「とりゃあーーーーっ!」
「ぐへぁ!?」
ヘロヘロになりながらも、最後の力を振り絞ったミカエルが背中に飛びつく。
もはや避ける体力など残っておらず、そのままぶつかって諸共に倒れ伏す。
「はあっ……はあっ……、つか、まえた……」
「ぜぇっ……ぜぇっ……」
まだ辛うじて体力が残っていたのか、彼女はうつ伏せになっていた俺を仰向けにし、逃がさないように馬乗りになる。
状況的には美味しい筈だが、ヘトヘトでそんな事考える余裕もない。
この心臓のドキドキは酸素補給のための生理現象以外の何物でもなかった。
そして、ミカエルは着ぐるみの繋ぎ目に手をかけ、思い切り頭部を引っこ抜く。
「……え?」
そうやって見た俺の顔を見て、彼女の表情は凍り付いていた。
……当然か、死んだと思った敵が生きていた。
あまつさえ自分たちを助けていたのだから。
着ぐるみの腕でミカエルを払ってどかせる。
彼女はそのまま地面にへたりこんで呆然としていた。
「どうして……」
「……正体がわかってスッキリしたか?」
俺はそれだけ言い残し、この場を後にする。
「まっ……!」
彼女は追ってこなかった。
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