3話3節

「さて……私がここにいる理由はわかるよね?」


「……っ!」


 深琴がとっさに懐から何かを取り出そうとする。


だが、ハッとした表情を浮かべて動かなくなってしまった。


「おやおや~~? どうしたんだ~~い?」


 わざとらしく間延びした言い方で、深琴を煽っていく。


 彼女が動けない理由は、火を見るより明らかだ。


 原因は……俺だ。


 予想はしていたが確証はなかった。


 だが、彼女の反応を見るに事実なのだろう。


(目金翔は、エンジェルスの正体が明音たちである事を知らない……)


 正体を知れば、帝国の敵から狙われる可能性を危惧したのだろう。


 今回は、それが裏目に出てしまったわけだ。


 簀巻きにされてる状態では、眼鏡を外して力を解放することも出来ない。


 仮に出来たとしても、正体を明かせない以上どうしようもなかっただろうが。




「おい! 一体何の真似だ! こんな一般人捕まえてどうしようってんだ!」


 相手に問いかけつつも空を見ると、既に闇色に染まっていた。


 こうして現れた以上、結界も既に展開済みか……。


「口答えしない方がいいよ~~。君を締め上げて半分こするのは容易いから」


 相変わらずねっとりとした声質だが、語気は恐ろしく冷たい。


 おそらく、やろうと思えば顔色一つ変えずに有言実行を果たすだろう。


「何が目的か知らないが、あの子に手を出すなら許さんぞ!」


「自分が死ぬかもわからない状況で、他人の心配が出来るってすごいね~~。胆が据わっているのかただの馬鹿なのか……もしくは――」


 そう呟いて指を鳴らすと、バッドドッグが俺を締め付ける力を強め始める。


「ぐっ……がっ……!」


 堪らず、体から空気が抜けていくような声が出てしまう。


 力を解放できない以上、この体は一般人と大差ない。


 このまま力を強められれば、文字通り体が引き千切られるだろう。


 その前に体中の骨が砕けるのが先かもしれない。


「やめて! その人は関係ないでしょ!」


「それが、大いにあるんだよね」


 こちらを少し見つめたあと、深琴の方を再度見る。




「君も会った事があるだろう? 『コスプレ野郎』」


(……っ!?)


 話し始めた影響なのか、締め上げる力が弱まる。


 だが、未だに拘束が解かれる様子もない。


 とはいえ、無視できないワードが飛び出してきた。


 もしかすると、奴は俺の正体を掴み始めているのかもしれない。


「どこからともなく現れて邪魔をしてくる謎の男……私はそいつが気になってね。奴のいる所に必ずこの眼鏡小僧がいる事に気づいたのさ」


「あの人が翔さんだって言うんですか!? そんなわけないです!」


「なら、結界内でこうして平然と動けている事実はどう説明する?」


「それは……」


「まあ、私にとっては邪魔者がこいつでなくても別に構わないさ。それに、君は彼を見捨てる選択肢は取れないだろう? それこそ、この世界を守る戦士として」


「……っ!」


 それを聞いた深琴は、一度顔を俯かせ、すぐにディフィスタンへ刺すような視線を向ける。




「……ごめんなさい、翔さん。今から見る事は秘密にしてください」


 そう言って、彼女は懐からエンジェルスへの変身アイテム、エンジェルブレスを取り出し、右腕に装着する。




「私は、世界平和とか正直どうでも良いんです」


 開いた手を前にかざす。




「私は、私を支えてくれる大事な人たちを守りたいからこの力を求めたんです!」


 一気に握りしめると同時に、ブレスから強い輝きが放たれる。




「アウェイクニング・ラファエル!」


 叫びと同時に、天からの落雷が深琴を襲う。


 だが、それは彼女を天使へと変える福音に過ぎない。


 稲光が晴れると同時に、そこには黄色のドレスを纏った少女が立っていた。


 髪型はツインテールで、もとより金色だったそれが輪をかけて鮮やかに輝く。


 さながら、稲妻を想起させた。




(……リア・ラファエル)


 やはり、彼女もまたこの世界を守る戦士なのだ。


 普段の気弱さからは想像もつかない意思の強さに、俺も何度も圧されたものだ。




「あ、あんまり驚いてないですね?」


「……へ?」


「……ひょっとして、実はもう知っていたとか!?」


 俺が喋らず、ただこちらを見ていたのをそう捉えたらしい。


 驚くも何も何度となく戦ってたしなぁ……。


 少しは驚いたそぶりを見せた方が良かっただろうか。




「あ、ああ~~、いや違うぞ! あまりの事に言葉を失ってたんだ~~(棒)」


「そ、そうですよね! そんなわけないですよね!」


 我ながら苦しい言い訳だが……信じてくれた、のか?


 まあ、彼女の頼みもあるからこの事は秘密、という事になるのだろう。


「とにかく、今は耐えてください! 必ず助け出します!」


 彼女が両手を前にかざして握りしめると、光と共に雷そのものが槍の形をとる。




 文字通りの雷槍を構え、ラファエルはバッドドッグに躍りかかった。


「マケーッ!」


 俺を捕まえていない方の触腕を振り上げ、彼女に向けて叩きつける。


 だが、ラファエルは怯まない。


 躊躇なく触手を肘ごと切り裂き、追い打ちとばかりに雷槍を突き立てる。


 その瞬間、炸裂音と共に右触腕が瞬く間に炭化し、塵へと変わった。




「流石の攻撃力。直撃なら一瞬でバッドドッグは戦闘不能になるだろうね」


 先程の光景を見てなお、不快な笑みを崩さない。


 奴が指を鳴らすと、バッドドッグの炭化した部位が変化を始めた。


 根元から無数の触手が生え、それらが折り重なって形を成していく。


 そして、瞬く間に先程ラファエルを襲った触腕へと姿を変えた。




(今までに比べて、再生がかなり早い……!)


「今回は再生能力を大幅にチューンさせてもらった。並大抵の攻撃では、簡単には倒れない。だが、君が全力で攻撃を叩き込めば倒せるだろうね」


 不快な笑みがさらに歪み、勝ち誇ったように自らの相棒を見やる。


「でも、君は全力を出せない。そうだろう?」


 バッドドッグは、奴の視線に答えるように、俺を掴む左触腕を前に出した。


 さながら、子供が捕まえた虫を見せびらかすようである。




(くそっ……こんな形で邪魔になっちまうとは)


 ラファエルの雷槍はガブリエルの氷剣同様、彼女を象徴する強力な武器だ。


 単純な火力という意味でなら、エンジェルス最大と言える。


 だが、今回はそれが仇となった。


 全力を叩き込まなければ倒せない。


 それは人物問わず被害を考慮しないうえでの全力だ。


 だが、怪物の一部さえ一瞬で消し炭にするような火力を一般人が喰らえば?


 考えるまでもなく、先程の触腕と同じ運命をたどるだろう。


 すぐには援軍が見込めず……ラファエルが俺を見捨てる選択肢を取れない以上、相手の土俵に立って戦わなければならないのだ。


「ヘロヘロになるまで付き合ってもらうよ♪ 尤も、拒否権はないけど」




 そこからのラファエルは防戦一方だった。


 攻撃してくるのは胸部触手と右触腕だけ。


 だが、矢継ぎ早に攻撃してくる上にラファエルが攻撃しようとすれば、左触腕――正確にはそこに捕まえられた俺だが――を盾に攻撃を躊躇させる。


 避けるだけでも忙しない上、エンジェルスに変身しているとはいえ、ラファエルの体力は元々そこまで高くない。


 徐々に反応が遅れだし、直撃こそなくてもダメージが嵩んでいく。




 だが、打開策が無い訳じゃない。


 奴が俺を盾にしている以上、左触腕さえ切り離せば、俺を逃がす時間を稼げる。


「捕まっている方の腕を切り離せば……!」


 即座に攻撃場所を決め、ラファエルはバッドドッグの左触腕の根元に駆けだす。


 意図を察したバッドドッグが、懐に入れさせまいと触手を伸ばす。


 だが、紙一重で攻撃を躱していき、絶好のポイントに到達した。




「はあああああああっ!!」


 渾身の力で雷槍を振るうと、肩口からあっけなく腕が切り裂かれる。


「やった……!」


 解決の糸口が見え、ラファエルは一瞬顔を明るくする。


 これなら腕の力が確実に緩むはず。


 せめて両手を動かせるようになれば――




「――っ!? ダメだ! 避けろ!」


「えっ……!?」


 警告虚しく、次の瞬間、彼女の真横へ束ねられた触手が襲う。


 さながら巨人の拳のようであった。


「きゃああああああっ!」


 そのまま地面に倒れたラファエルだったが、ふらつきながらも立ち上がる。


「なんで……っ!?」


「これは……!?」


 少し大きく首をひねり、斬りつけたはずの肩口を見た。


 胴体部の断面から、細い触手が腕部の断面に向けて伸び、繋ぎとめていたのだ。


 さながら、ぬいぐるみの腕が取れてしまった時に糸で縫い留めるように。


 俺が彼女に警告した理由はちゃんとある。


 根本から切り裂かれたにも関わらず、触手の力がまるで落ちなかったからだ。


「左右の腕の再生能力にも違いを付けたのさ。再生能力に目星をつけたら、すぐに腕を切り落としにかかると思っていたからね」


 くそっ、どこまでも嫌らしい攻め方をしてくるやつだ。


「あうっ……」


 ラファエルは決死の攻撃が捌かれた精神的ショックもあり、両膝をつき項垂れてしまう。


 手元にあった雷槍が、力を失ったように掻き消える。


 彼女の戦意が十分に満ちていないと、雷槍は形を保てないのだ。


「結構効いたかな? 肉体だけでなく、精神にも」


 計ったようにディフィスタンが下種な笑みを浮かべて指を鳴らす。


 すると、バッドドッグが右手の触手を伸ばし、ラファエルの体に巻き付いた。


「あぐっ……!」


 俺と同じように簀巻きのような状態にされ、身動きが取れなくなってしまう。




「さて、リア・ラファエル。君に問題をだそう。うら若き乙女と、君に巻き付く触手、そしてすぐ近くには一般人……そこから君は何を連想する?」


「あの、それってどういう……!!!!????」


 彼女は少しだけ思考を巡らせると、急激に顔を赤くし、そしてすぐに青くした。




「ま、まさか……!?」


「そのまさかさ! 君にはいわゆる「エロ同人みたいな」目に遭ってもらう!」


 至極嬉しそうに、かつ興奮で頬を紅潮させながらアホみたいな事を言い出した。


 次の瞬間、ラファエルに巻き付いていた触手は形を変え、両手足に一本ずつ巻き付き、空中で大の字型に磔にされてしまう。


「いやはや絶景じゃないか。触手と女戦士は実に相性が良い」


「イヤーー!たまに構図考える事あるけど身を以て体験するのはイヤーー!」


「考えたことあるのか……」


 いや、偏見持っちゃいかんとは思うがなかなか想像つかんだろ。


 年頃の女の子がエロ絵の構図について考えていたりとか。


「この国では、触手ものや性転換ものなんて200年前から存在しているんだ。当人すら女体化して登場している作品もある。今更気にするのも遅いだろう?」


「マジかよ日本のエロへの探求心怖い」


 そして、ディフィスタン……絶対日本人じゃないのになんで詳しいんだよ。




 ……って、意外な発言に面食らっている場合じゃない。


 とにかく拘束を解くか眼鏡を外さないと。


 戦闘で相当振り回されたにも関わらず、眼鏡は張り付いたみたいに取れない。


 ひょっとしたら、自らの意思で外さないといけないのかもしれない。


 となると、何かしら油断させて片手だけでも自由を取り戻さないと。






 ……やむを得ない。


 正直、心証は相当悪くなるだろうが今はこうするしかない。




「さーて、まずはどこから責めようかな~~? いきなりメインは私のポリシー的にバツだな。尻か……頬……足……いや、脇もありかなぁ――」


 ラファエルの周囲にバッドドッグから生えた多くの触手が触れるか触れないかの距離でうねうね蠢いていた。


 それを見てディフィスタンは涎をたらしながら吟味している。


 ぶっちゃけ相当キモイ。


 だが、今はそれに乗ってやる。






「なあ、そろそろ縛るのやめてくれないか。 窮屈で仕方ない」


「はあ? 君は人質だよ? なんでそんなことしなきゃならないのさ」


「無意味だからだ。俺とこいつは端から『仲間じゃない』」


「……え?」


 俺の言葉を聞いたラファエルの表情が凍り付く。


「頭の回るお前なら、もう気づいているんだろ? 『俺』が使う力は闇の……皇帝バッドキング様の力だって」


「その言い方……という事は、やっぱり君が『コスプレ野郎』って訳か」


「ご明察。潜入任務の一環でな……エンジェルスに近しい生徒に取り憑いたのさ」


 まあ、嘘は言ってない……それっぽくぼかして言っているだけで。


「味方だったなら、私に接触して情報提供してくれても良かったんじゃないか?」


「敵を騙すならまず味方からって言うだろ? あと、女神の巫女さんに周囲を監視されてるからな。下手に動けば勘繰られちまう」


 ディフィスタンは少し考えた素振りを見せるが、改めてこちらを見返してきた。


「……まあいいだろう。なら、君はどうして欲しいんだい?」


「とりあえず、俺の拘束を解いてくれ。んでもって――」


 俺は、拘束されたラファエルの方を見る。




「あいつの『相手』は俺にさせてくれ。そういうの、お前は好きそうだろ?」


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