2話4節
「一時はどうなる事かと思ったよ……」
「こっちも上手く逃げたら、エンジェルスが倒してくれたわ」
目金翔の姿へと戻り、改めて龍姫と合流して帰路に付いた。
「そうなのか? てっきり、龍姫がエンジェルスの一人だから俺に逃げろって言ったのかと思ったよ。指示飛ばした時はかなりマジな目をしていたし」
「……気のせいじゃないかしら?」
思いっきりこちらから目を逸らしている事にはツッコミが必要か?
「そ、そうだよ! 龍姫がガブ……エンジェルスな訳ないじゃん!」
「は、はい! 龍姫さんがピンチに颯爽と駆け付けたんですよ! きっと!」
「……何はともあれ、無事でよかったわ」
言っちゃなんだが、よく身内とかに正体バレないなこいつら。
変身してる最中は見た目がかなり変わるから案外わからないのかも?
俺がいない間に、龍姫は明音達と一緒にいた。
龍姫は駆け付けた他のエンジェルス達と合流したらしい。
結局全員で帰る事になったのだ。
帰り道的にも、深琴の自宅を通るためちょうどよかった、というのもある。
そして、俺たちは深琴の自宅に到着した。
……改めて見るとやっぱデカいな。
深琴の自宅は、いうなれば日本屋敷だ。
大きな玄関の先は、典型的な母屋が建っており、すぐ近くには蔵もあった。
住人曰く、ネット回線は通っているらしくそこは現代的である。
「それじゃあ、また明日。龍姫さんも気を付けてね」
深琴はそう言って丁寧にお辞儀をし、母屋に向かう。
「ゔっ……!?」
不意に脇腹に肘打ちを喰らい、変な声を出してしまう。
攻撃された方向を向くと、龍姫がジト目で睨んでいた。
何しやがる、と言い返そうとしたが、ここでふと少し前の事を思い出す。
――ところであんた、深琴へのフォローとかちゃんとした?――
フォローと言われても具体的に何すりゃいいんだ?
変な事言っても相手が混乱するだろ……。
とはいえ、言わないと後が怖いしなぁ……。
「……深琴!」
とりあえず、このまま帰らないように呼び掛けてみた。
「はっ、はい!」
一瞬だけビクッとしたが、瞬時に180度ターンでこちらに向き直る。
「な、なんですか……?」
「あー……その~~……」
やっぱ何言えばいいのかわからん。
だが、少し考えて龍姫の言っていた事の続きから、答えを導き出した。
「病院にいた時のお見舞いの事なんだが……その、ありがとうな」
感謝の言葉というのは、どことなく気恥ずかしいものだ。
「龍姫から聞いた。お見舞いを最初に提案したの、お前だって……」
「た、たったたた龍姫さん!?」
信じられないくらい顔を赤くして狼狽している。
古臭いが、茹蛸のようだ。
「今更だが、改めて礼を言っとこうと思ってな……迷惑だったか?」
「そ、そんなことは決して! お礼を言われるとは思ってなくて……」
慌てすぎて頭と両手をブンブン振り回している。
「まだ記憶は戻ったわけじゃないが、戻るように頑張るよ」
あまり笑顔は得意じゃないが、精いっぱい作ってみた。
とはいえ、感謝しているのは本当だ。
ちゃんとした意味で『目金翔』が返ってくるのには時間がかかる。
それまで彼女達を陰ながら守り抜いていこう……そんな決意が新たに生まれた。
「……はい!」
喜んでくれたようで、満天の笑顔を返してくれた。
「30点。もちろん100点満点で」
「低っ!?」
「自分で気づきましたとか気の利いた事言え!」
「言われるまで知らんかったのにんな理不尽な……」
「でも、深琴すごく嬉しそうだったよ!」
「はあ……記憶取り戻してから後悔しないでよ……」
その後の帰り道で、先程までのやり取りを盛大にダメ出しされていた。
明音がフォローしてくれるのが非常にありがたい。
結局、ディフィスタンの襲撃で告白は有耶無耶になってしまっている。
そもそも伝えようと決めた段階で奴が襲ってきたのだが。
いつかちゃんと彼女へ思いを伝えられる日が来ることを祈ろう。
(……照美、さっきから視線が痛いんだが?)
(あら、そう。……一応、深琴なら心配はいらないんだけど)
(何の話だ?)
(いいえ、あなたの不器用さを今更再確認しただけよ)
その傍らで、小声でディスられる状況は如何ともしがたかったが。
その日は、それ以上特別な事もなく、自宅に帰ることが出来た。
自室のベッドで横になり、今日の事を反芻する。
勉強会、ディフィスタンの襲撃など色々あった。
だが、今俺が気になっているのは一人の人物だ。
「目金翔……か」
俺ことルースロットは、高校生・目金翔の肉体に自身の魂を融合している。
だが実のところは彼の肉体を借りているというのが正しいだろう。
ただ最近になって、この高校生が普通とは違う、と感じる事が多い。
ある程度目金翔の一般的な評価は耳にしている。
「学年トップのガリ勉眼鏡」
「出っ歯だけど、雰囲気的にはどこにでもいそう」
「語尾にヤンスがついてるのがちょっと小物臭い」
色々ヒドイ事も言われていたが、ざっくり言えばクラスで率先して目立つタイプでもない、いたって普通の勉強家である。
だが、彼はエンジェルスとの関係が少なからず存在している。
特に関係が深いと踏んでいるのは、現状だと龍姫だろうか。
彼女とは、勉強を通してライバルに等しい関係を築いていると言えるだろう。
病院内で両親から得た情報から、この町に来たのは中学1年生の頃だ。
ちょうどエンジェルスが誕生する一年前である。
ここに関しては偶然と考えてもいいだろう。
とはいえ、明音たちがエンジェルスとなってから、この少年は彼女達との交流が増えていったのは間違いないだろう。
彼は彼女達にとって日常の象徴とも呼べる存在だったのかもしれない。
記憶喪失とは、普通は赤の他人に容易く自らの心情を話さないだろう。
……となると、気になる人物があと一人いる。
「……月夜深琴」
唯一、このマンションに暮らしていないエンジェルスのメンバー。
彼女が見る『目金翔』とはどういう人物なのだろうか?
今後エンジェルスのサポートをするにあたって重要な要素になるかもしれない。
「龍姫はたしか、PCを見ればわかるって言っていたな……」
目金翔と月夜深琴の関係……そのヒントがあるのだろうか。
「……ん?」
ふと、俺はある事に気づく。
「なんで龍姫が翔のPCの事を知ってるんだ?」
本来、自分のパソコンの事について他人が詳しく知っているのはおかしい。
会社共有の仕事用のものであればありえなくもないが……。
自室においてあるそれはどう考えても個人用のものだ。
……深く考えたら負けな気がしたので、その日は大人しく眠る事にした。
その日の夜、明音は自室で手に持ったスマートフォンをいじっている。
とあるSNSアプリを使い、エンジェルスでグループを作って交流していた。
あかね『ねぇねぇ、龍姫を助けてくれた人ってどんな人だった?』
たつき『ピエロみたいなやつだったわね。〇ックのド〇ルドって言えばわかる?』
みこと『またコスプレしていたの? 見てみたかったなぁ』
てるみ『コスプレに興味があるならやってみれば?』
みこと『恥ずかしい……』
たつき『それ言ったら私たちの天使としての姿も似たようなものじゃない?』
あかね『そう? 私は可愛くて好きだけどなー』
たつき『話がそれたけど、何者? 私たちのサポートを頼まれたって話だけど』
みこと『そんなことを頼む人っているのかな……? 女神様とか?』
たつき『それなら女神の巫女である照美が聞かされてないってのも変でしょ』
てるみ『そうね、今回の事は私も聞いてないわ』
あかね『気になるな~~。よし! 次会った時は正体掴んで見せる!』
たつき『いや、どうやってよ?』
あかね『地の果てまででも追いかける!』
てるみ『脳筋の極みみたいな答えはやめなさい!』
たつき『明音の場合、本気でやりそうだから困るわ』
てるみ『深琴はなにかいい案はある?』
てるみ『………………深琴?』
みこと『ごめん……考え事してた』
たつき『どうしたの? 何かいい案があったりする?』
みこと『そういうわけじゃないですけど……気になる事があって』
あかね『気になる事?』
みこと『翔さんの事』
てるみ『彼がどうかしたの?』
みこと『あの、変な事言っているって思われるかもしれませんけど……』
みこと『翔さん、本当に記憶喪失なのかな?』
どことも知れぬ林の中で立ち尽くす男がいた。
彼の名はディフィスタン、バッドキングに見出された新たな使徒である
「あのコスプレ野郎……何故バッドドッグの容量キャパシティの事まで知っている……」
銀髪の美男子の表情は歪み、憎々し気な歯ぎしりを繰り返す。
ここまで彼の感情を狂わせる者は、今はたった一人である。
作戦に悉く横槍を入れてくるイレギュラー、彼曰く『コスプレ野郎』の事だ。
「奴の力は、確かに闇の力……。この世界で使徒はまだ私だけのはず」
この世界に来てからの自身の戦闘経験を元に、敵の情報を分析していく。
彼は自らの欲望に正直な変態だが、馬鹿ではないのだ。
エンジェルスを各個撃破出来る状況を作る事には一応成功している。
ただの一般人にバッドドッグの相手など出来はしない。
いようがいまいがその辺の石ころと大差はない。
そして、エンジェルスが一人になったところを見計らって結界を張り、彼女らがすぐには救援できないフィールドを作り出す。
彼が張った結界は、自身を中心に一定範囲内の存在を隔離するもの。
生物からマケイヌオーラを吸収し、王の元に届ける効果がある。
並の人間ならオーラ吸収中は負の感情に心を支配されてしまう。
脱力感が全身を襲い、動く事など不可能なはず。
バッドドッグのチューンアップも念入りに行った。
打撃格闘中心のミカエルには粘液で打撃効果を弱め、触手でフィールド内を粘液塗れにして絡めとり、動きを封じた。
頭が回り、こちらの事を分析しているであろう氷使いのガブリエルには、前回と同じ個体に見せかけ、高圧電流を用いて不意打ちを狙った。
触手を用いるのは、単純に彼の性癖に過ぎないが。
作戦自体は成功していた。
そのままならば、彼は文字通り彼女達を欲望の糧に出来たはずだ。
だが、結果は失敗。
その悉くが第三者からの横槍であった。
「奴が現れた時点では、結界外部からの攻撃は受けていなかった。攻撃を受ければ位置くらいは把握できるはずなのに……」
そこで、ディフィスタンは発想を逆転させる。
外部から結界を破ってやってきたのではないのなら、『コスプレ野郎』は結界の内部に既にいたという事になるのではないか?
もしそうなら、『コスプレ野郎』の出現には何か共通項があるのでは――
「ああ、そうか。いたじゃないか! 私が襲ったエンジェルスの近くに……」
そして、ディフィスタンは下卑た笑みで顔を歪ませる。
確証があるわけではないが、試す価値は十分だ。
「外れだとしても、人質を盾に色々要求するシチュエーションも悪くない」
きひひひひ……といった感じの笑い声が、林の中へ消えていった。
彼は馬鹿ではない。
ただひたすらに、自分の欲望に正直な男なのである。
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