1話6節
リビングに招いた少女が、ソファに腰かけ凛然とした態度でこちらを見据える。
ルシフィリア・テルミドール・ヴィクトリアス。
彼女はヴィクトリアス王国侵攻の際、国王と共にバッドキングの力により洗脳を受け、バッドドッグ帝国皇女として君臨していた。
だが、この世界へとやってきた時に、明音達と接触し交流を深めていく。
結果、洗脳が解けあまつさえ王国に代々伝わる女神の力の欠片に見いだされた。
そしてついにはエンジェルスとして覚醒し、帝国を離反したのである。
「……で、皇女様」
「皇女はやめなさい。もちろん姫様も禁止。今の私は
「俺の事を知っているってことは……」
姫様……照美は黙って頷く。
王家の人間は代々女神の言葉を伝える預言者の役目を務めている。
彼女は特に強い力を持って生まれ、巫女として育てられた。
あの薄紫の髪色は、その力の表れらしい。
皇女時代はその能力をバッドキングに利用されていた。
「女神様から話は聞いている。……こんな形でまた会うとは思わなかった」
俺もこんな形とはいえ蘇るなんて予想外にも程がある。
「正直、バッドキングがまだ生きているなんて話、信じたくなかった。……でも、あなたがこうして転生した事を考えると、真実と考えた方が良いでしょうね」
どこかうんざりした表情で溜息をつく照美だったが、すぐに表情が軟化した。
「……それじゃ、とりあえず何か飲み物でも用意してくれる?」
「そういうのって多少は遠慮すると思うんだが?」
「もう五年来の付き合いに今更気づかいもないでしょ。いいからだしなさい」
彼女が帝国を離反して久しいが、こいつは皇女時代はこんな奴だったな。
こっちの事情などどこ吹く風、自分のやりたい事最優先で周囲を振り回す。
俺にとっては生前から……といえばいいか、我儘を聞くのはいつもの事だ。
ただ、帝国を離反してからは、かなり大人しくなったように見えた。
なので、今の彼女の態度は少しだけ違和感を感じるが。
色々文句をたれながらも、俺は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。
コップに注いだお茶を特に文句もなく、照美は一気に飲み干す。
「……ふぅ。このやり取りもずいぶん久しぶりな気がする。私が我儘を言って、それをあなたが文句言いながらなんだかんだ聞いて動く……なんだか懐かしい」
「……そうだな。もう戻らないと思っていたよ」
それは、俺が『黒騎士』に任命され少し経ったくらいの事だ。
バッドキングの器として利用されていたヴィクトリアス王国国王。
彼の勅命で、皇女時代の彼女の近衛兼世話係に任命されたのである。
バッドキングの気まぐれなのか、そうでないかは今でもはっきりしていない。
当時のルシフィリアは我儘放題で、その尻拭いに奔走させられていた。
並の使徒では相手にもならない力も持っていたため、宥め役も兼ねる。
彼女も言ったが、その関係は5年ほど続いていた。
侵略部隊としてこの世界に来る時、任を解かれるかと思ったのだが……。
何を思ったのか、何故か皇女もこの世界についてきたのである。
そこからの顛末は、先程語った通りだ。
「私は、諦めてなかったわよ。帝国を離反してからも、またこうしてあなたと他愛のないやり取りが出来るようになりたい、そう思っていたから。もう叶わないって聞いた時は、柄にもなく泣いちゃったんだから」
「……そうか」
俺は、皇女……照美が帝国を離反した時、裏切った事を責めはしなかった。
戦いはしたもののトドメは躊躇い、何度も取り逃がしてしまう。
当時は何故かはわからなかったが、やはり情が湧いたのかもしれない。
「事の顛末は明音から聞いた。あの子、私と同じくらい悲しんでいたんだから」
「本人の口から、そこはかとなく教えてもらったよ……色々悔しかったってさ」
改めて考えると、色々と気恥ずかしいな。
敵である自分の死をそこまで悼んでくれる明音の優しさが身に染みた。
こうして他愛ない会話をするのは、照美なりの照れ隠しなのかもしれない。
「積もる話もあるし、これから夕飯でも作ろうと思うんだが……食っていくか?」
「わ、私は別に――」
照美が断りを入れるよりも早く、彼女の腹の虫は雄弁に語りだした。
「……ちょっと時間がかかるが、待てるか?」
「……お願いするわ」
彼女はうつむいてこちらを見なかったが、耳は真っ赤になっていた。
「まあ、結論から言えば、私はあなたの監視とフォローを任されたの」
照美は自らの来訪理由をそう説明した。
あり合わせの食材を使ったただのチャーハンを食べながら、だが。
冷凍ごはんとかを常備しているあたり所帯じみているな、目金翔。
「いざ協力者を用意したはいいけど、フォローする人を追加で用意できなかったみたいでね。エンジェルスである私に白羽の矢が立ったのよ」
「お前、国の方はどうすんだ? 議会制になったとはいえ、まだ間もないだろ?」
「ええ、退位したお父様と共に、議会の御意見番みたいな事をしていたわ。でも、今回の件でエンジェルスとしての役割が必要になったし、国をより良くするために見分を広めて来いってお父様が背中を押してくれたの」
「えっ、てことはお前、またこの町で過ごすの?」
「以前は明音の家に居候していたけど、今度は一人暮らし。あなたの家の隣にね」
「よりによってそこかよ……もうちょっと何とかならなかったのか?」
正直、照美が一人暮らしとかイメージがまるで湧かない。
俺が知っている彼女は、わがまま放題する迷惑皇女のイメージしかないのだ。
「監視も兼ねてるって言ったでしょ? わざわざ遠くにいたら意味ないじゃない」
どの道、俺が文句言ったところで状況が変わる事はないのだろうが。
ここにいる以上引っ越しの準備はとっくに済ませてるだろうし……。
「チャーハンのおかわりある?」
「よく食うなお前……多めに作ったから自分でよそえ」
そう教えたら、照美は皿を持っていそいそとキッチンに向かっていった。
……さすがに引っ越しが終わるまでの寝泊まりの場所は用意しているよな?
一杯目とほぼ同量のチャーハンを持ってきた照美にそれとなく聞いてみた。
「明日に業者の人が来るから、今日と明日くらいを凌げれば大丈夫でしょ」
「いや、それまで寝泊まり出来る場所あんのかって聞いたんだが……」
「この家、両親あんまり帰ってこないでしょ? 部屋は余ってると思うけど?」
とんでもない事言ってのけやがった。
「意味わかってんのか! 付き合ってもいない年若い男女が一つ屋根の下ってだけでも問題なのに、お前元とはいえお姫様だろうが! 国際問題になるわ!」
「寝室はさすがに別にするわよ。それなら問題ないでしょ?」
「そこじゃねぇよ! 俺が元陛下に殺されるんだよ! 明音の家に泊まれ!」
「以前お世話になったから、また頼るのは気が引けるというか……」
「俺の家に泊まる方が普通は気が引けるもんだろうが! 明音なら一週間だろうが快諾してくれるだろ少なくともこっちよりは角が立たんわ!」
まくし立てるように説得……というべきかは微妙なツッコミの応酬を経て、照美はようやく納得してくれたのか溜息をついた。
「わかったわよ。なんでそんなに嫌がるのかしら……」
そういうお前はなんでそんな渋々感MAXなんだ。
「別に明音の家が居心地悪いってわけじゃないんだろ? お前と年だって近いんだから話も合うだろうし、わざわざ男の家に泊まらなくてもいいだろうが」
間違ったことは言ってない筈なんだが、照美は何故かへそを曲げだした。
無言でチャーハンを平らげたら手荷物をまとめだす。
……とりあえず、玄関前までは見送ってやるか。
「…………バカ」
送り出す直前、何か呟いていたようだが、何を言ったのかはわからなかった。
さっきのやり取り、聞こえなかっただろうな?
なるべく声は抑えたつもりだったが……。
「ああ~~……どっと疲れた」
戦いのそれとはまた違うベクトルの疲労感が一挙に襲ってくる。
今日は色々あった……ありすぎた。
退院からの町巡り。
新たなバッドキングの使徒、ディフィスタンの襲来。
さらには、ヴィクトリアス元王女……照美の訪問と来たもんだ。
もともと、この肉体は体力に恵まれない。
元の姿に戻れば多少は大丈夫だが、それでも疲労は蓄積するようだ。
明日以降は一体どうなるのだろうか……?
(少なくとも、退屈することはなさそうだ……)
一抹の不安を抱えながら、俺は自室のベッドで眠りについた。
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