1話5節

「せっかくのお楽しみをよくも邪魔してくれたな! タキシードの変態野郎!」


「お前にだけは絶対に言われたくないわーー!」


 高校生の女の子にくっころ触手プレイを敢行しようとした奴に言われたくない。


 そんな思いをこめて、俺はバッドドッグに渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。


「マケーー!?」


 予想外の一撃だったのか、相手はもろに直撃を喰らって吹き飛ばされる。


 周囲に土ぼこりをまき散らしながら目を回していた。




 有効打だったとはいえ、俺の力は所詮、闇の力だ。


 物理的なダメージを与えて弱らせることは出来ても、決定打には成り得ない。


 バッドドッグを倒す……浄化するには、光の力が必要なのだ。




「リア・ミカエル! お前の力はそんなものか?」


「えっ……?」


 俺はミカエルの方に向き直り、一喝する。


「世界を救った貴様が触手相手にその体たらく! 恥ずかしくないのか!」


 さすがに腹が立ったのか、彼女はむっとした表情でこちらを見る。


「なんで私の事……って、いきなり出てきてその言い草はひどくない!?」


「そう思うのなら、行動で示して見ろ。世界を救った者としての確かな力をな!」


 煽りとしては三流だが、直情傾向の強い彼女にはこれくらいが良いだろう。


「そこまで言うなら見せてあげる! 腰抜かしても知らないから!」


「ふん、良い目だ」


 直前まで萎縮気味だったが、どうやら奮い立ってくれたようだ。




「よそ見している余裕があるのかな!?」


「マケーーッ!」


 背を向けた方向から、バッドドッグが襲い掛かってくる。


 だが、俺は避けようとはしなかった。




「「たあああああーーーーっ」」


 エンジェルスは一人ではないのだ。


 俺を通り過ぎるように突撃する二つの影が、掛け声と共に敵を蹴り飛ばした。


 またも、バッドドッグは態勢を崩され、倒れる。


 それと同時に、俺のすぐ近くに二人の少女が着地した。


 一人は、青を基調にしたドレスを身に纏った凛々しき天使、リア・ガブリエル。


 もう一人は、黄色のドレスに包まれた穏やかな天使、リア・ラファエル。


 ミカエルと共に、この世界を守ってきた者たちだ。




「ミカエル、大丈夫?」


「う、うん、大丈夫!」


「た、タ〇シード仮面……?」


 ガブリエルはミカエルに声をかけ、ラファエルは俺を見て目を丸くしていた。


 やっぱり、俺の格好はそういう風に見えているらしい。


 という事は、二人には確実に怪しまれていることだろう。


 傍から見れば粘液塗れの少女に近づく珍妙なコスプレイヤーだろうし。




「……で、あんたは何者? 敵っていうのなら相手になるけど」


「ま、待って、ガブリエル。その人は私を助けてくれたの」


「え、そうなの? この怪しさ満点のタキシードおじさんが?」


「おじさん言うな! まだ二十歳いってないつーの!」


 怪しい格好しているのは認めるが俺はまだ18(享年)だ。


 お前らと大して変わらんぞ。


 さっき敵と一緒に蹴られなかったのは運が良かっただけか。




「あの、なんでそんな恰好しているんですか? 美少女戦士のファンとか?」


「いや、これを着ているのは俺の意思では……ああもぅ!」


 ラファエルはラファエルでコスプレイヤーか何かと思っているのだろうか。


 心なしか目が輝いているように見える。


 ……って、今はそんなこと考えている場合じゃない。




「下らぬ事を詮索している場合ではない! 敵であるバッドドッグを倒す方が先決だろう! 奴は態勢を崩している。今がチャンスだ!」




 俺の言葉にハッとしたのか、三人はバッドドッグに向き直り、構えた。


 そして、三人の力を一つにするため、手を繋いで集中する。


 すると、彼女たちの周りに虹色の光が集まっていく。


「天使の光!」


「栄光の誓い!」


「勝利の凱歌!」


 ミカエル、ガブリエル、ラファエルの順に祝詞を唱えると、それぞれの背中に、神々しい虹色の翼が現れる。




「「「闇を切り裂く、力となれ!」」」


 三人の掛け声と共に、虹色の光がバッドドッグを包み、拘束する。




「「「エンジェルブレイザーーーーーーーーーーッ!」」」


 三人が同時に手を前に突き出すと、そこから特大の光の槍が打ち出される。


 圧倒的な光の奔流に、敵は一瞬にして飲み込まれていく。


「マイリマシター!」


 そして、断末魔に似た叫びと共に、敵は虹色の粒子となって消えていった。




「くっそー。あの変なタキシードが来なかったらなぁ……」


 そんな捨て台詞と共に、ディフィスタンと名乗る男は煙のように姿を消した。


 それに合わせて、闇色に染まった空が、夕焼けの姿を取り戻す。


 同時に、破壊された周囲の物質が修復されていく。


 女神の持つ力の一つだ。


 どれだけ周囲が破壊されても、戦いの痕跡は残らない。


 何とも便利な能力である。




「……さて、俺の役目は終わったな」


 使徒には逃げられたが、一応目的は達成した。


 とりあえず、これ以上ボロが出る前に退散しないと。


「あ、待って! 貴方は一体……」


「名乗るほどのものじゃない。さらばだ!」


 ミカエルに呼び止められたが、軽く返事をしたらさっさとその場を後にした。






 近くに人のいないトイレがあったので、そこの個室に入る。


 周囲を確認したのち、眼鏡を掛けなおす。


 すると、先程まであふれていた力が瞬く間に静まっていく。


 洗面台に付いた鏡を見れば、そこには出っ歯の眼鏡小僧の顔があった。


「交戦地点とはそう離れてないが……合流できるか?」


 対外的には記憶喪失である以上、放って帰るという事はなさそうだが……。


「……とりあえず、さっきの場所に向かうか」






「あ、翔くん! 大丈夫だった?」


 行き違いにならないか心配だったが、杞憂だったようだ。


 公園に戻ると、明音がこちらを見つけて手を振り出した。


「あ、ああ……。明音は大丈夫だったか?」


「ちょっと危なかったけど、大丈夫!」


「平気そうな顔しない。私たちが来なかったらどうなってたと思っているの?」


「ご、ごめんなさい……」


 明音を窘たしなめる龍姫も、そこまで怒っている感じはない。


 突撃思考な明音に小言を言うのも、彼女にとってはいつもの事なのだろう。


「あのタ〇シード仮面の人、誰なんだろう? ゆ、有名なレイヤーさんとか?」


「タキシードがどうかしたか?」


「う、ううん! なんでもないよーー……ふへへ」


 そんな二人をよそに、深琴はニヤニヤしていた。


 そっかー有名なレイヤーになったら、化け物を蹴り飛ばせるようになるのか。




 そんなわけあるかい。




「それにしても、あんたいつの間に明音の事呼び捨てにするようになったの?」


「私が明音で良いって言ったの」


「なら、私も龍姫でいいわ。あんたに他人行儀で畏まられるのは虫唾が走るし」


「虫唾って……そこまで嫌か。逆に今後も龍姫さんって呼んでやろうか?」


「脳天かち割られたくないなら呼んでみなさい?」


「こ、怖いですよ龍姫さん……。わ、私も深琴で構いません……」


「いいのか? 俺は構わないが」


「……むしろ、そう呼んで欲しいというか…………な、何でもないです!」


「……ん?」






 そんな会話をしている内に、すっかり日も落ちてしまった。


 さすがにこれ以上外を出歩くのも難しいだろう。


 という事で、今日は解散となった。


 深琴を自宅に送り届けたあと、俺たちは自宅であるマンションまで到着する。


 明音の自宅の隣が龍姫の家だ。


 さらにその隣が俺の……正確には目金翔の自宅となっている。




「それじゃあ、また明日~~」


「ええ、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 互いに挨拶を交わしたあと、明音は自宅に入っていった。


 だが、龍姫はドアの前で立ち止まり、こちらに視線だけ向けている。


 何か言いたい事がありそうな雰囲気だ。




「……色々手間をかけさせたわね」


「割と無責任な事言っちまったけど、良かったのか?」


「別に構わない」


 何となく龍姫が俺に望んでいた事は察しがついていた。


「私たちが言っても中々聞かないからね。何も知らないあんたが適任だったの」


「明音自身に『無理している』って自覚させる事か?」


 声に出さず、彼女は黙ってうなずく。




 それから、龍姫からも明音の事を教えてもらった。


「元々困っている人を放っておけない性格だった」


 だが時が経つ毎に、その行動に少し熱が入りすぎていったらしい。


「身近な人のちょっとした失敗や不幸でも、ものすごく不安そうにしていた」


「俺の見舞いの時のオーバーアクションはそういう事か……」


「まあ、きっかけなのは確かね。事故の事を聞いた時、あの子こういったの」




 ――私がその場にいれば、翔君は無事だったんじゃないかな……――




「そんなことを……」


 本当にその場にいれば、己を犠牲にしてでも助けようとしただろう。


 思った以上に深刻な状態だったのかもしれない。


「あんたは忘れてるけど、明音と私と深琴、以前病院で話したお姫様は……まあ、ちょっとした便利屋みたいな事しててね。色々大変だったけどうまくいってた」


 ここで言う便利屋とは、エンジェルスとして帝国と戦っていた事だろう。


 今は異世界の存在が認知されている。


 だが、記憶喪失の人間には眉唾すぎると判断してぼかしたのだろう。


「ちょうど中二の終わりごろか……明音に何かあったみたいで、あの子が言うには『失敗』したらしいの。それからね、あの子が人助けに頑なになったのは」


「本人からは何て……?」


「具体的には何も。無理に聞くとかえって傷つくと思って深く追求しなかった。お姫様なら事情を知ってそうだけど、立場が立場だからなかなか連絡付かないし」


 まあ、こいつらはやらんだろうな。


 俺が敵だった時期なら、それを餌に追いつめようとするかもしれないが。


「多少は傷も癒えたかなって時ね。あんたが子供をかばって事故に遭ったのは」




 それは、後悔から来る代償行動だったのかもしれない。


 生来のお人よしな性格もあって周囲は気づかなかったのだろう。


 身内も察する事は出来ても、自分から言い出さない以上深くは聞けない。


 明音も事情を明かせない以上、気づけたのは同じ立場の龍姫や深琴だけだ。


「そういうわけだから、あんたにも人を散々心配させた責任を取らせたって訳」


「……それ、記憶無くしてる俺に言って意味あるのか?」


「さあ? でも、知らないよりはマシでしょ」


 さらっと言ってのけるあたり、こいつは大物かもしれない。


(まあ、心配してたのは明音だけじゃないけどね……)


「ん? 何か言ったか?」


「なんでもない。……退院はいつ頃になる?」


 何か言っていたような気もするが、話題を変えてきたし、触れないようにした。


「もう少し……五月中旬くらいって主治医の人が言っていた」


「そう……早く戻れるといいわね。同じクラスみたいだし」


 退院して、高校に通うようになったら、こいつらとの日常が始まるのか。


 どこか不安だが、同時に楽しみになってきた。


「ああ、そのときはよろしくな」


「おやすみなさい」


 最後の挨拶を短く済ませ、それぞれの家に帰っていった。






 俺は、目金翔の自宅に足を踏み入れた。


 病院には外泊許可も併せて貰っている。


 今日は自宅に泊まり、翌日にはまた病院に戻る事になっている。


 鍵は翔の御両親が渡してくれたため、問題なく入れた。


 家の情報は女神からもらっているので、自室の場所はすぐに分かる。


 玄関から入ってすぐ左の個室だ。


 部屋の中は整頓されており、小さな本棚の中には参考書が詰まっている。


 勉強机には真新しいノートパソコンが鎮座していた。


 ベッドは綺麗に整えられており、部屋主の几帳面さが伺える。


 俺はおもむろにベッドに飛び込み、呼吸を整えた。




 病院で聞いた目金家の話をまとめるとしよう。


 目金翔の両親は仕事の都合で家を空けている事が多いようだ。


 心配していた様子を見るに、親子関係は悪くないのだろう。


 両親には悪いが、家を空けているのは都合がいい。


 一応、記憶喪失という事になってはいるが、もしもの可能性もある。


 そして、エンジェルスをサポートするという任務……依頼か?


 正体がバレるわけにはいかない以上、うまく立ち回らないといけない。


 とはいえ、一人では限界がある。


 フォローに回ってくれる協力者でもいてくれればいいんだが……。


 一応、協力者が欲しいという気持ちは嘘ではないのである。




 思案に耽っていると、腹の虫が騒ぎ出した。


「何か食うか……」


 俺は部屋を出て、リビングに向かう。


 キッチンはいわゆるダイニングキッチンというやつだ。


 奥にあった冷蔵庫の扉を空け、中を確認する。


 冷凍食品の他に、そこそこ生鮮品もある。


 十分に使い込まれた調理器具を見るに、翔は自炊もしているのだろう。


 調味料も十分に残っているし、今日の献立は――




 玄関の方から、来客を伝えるインターホンが響く。


「……ん?」


 こんな夜中に誰だろうか?


 明音や龍姫あたりがおすそ分けでも持ってきてくれたのだろうか。


 リビングから玄関に繋がるドアの隣を見る。


 そこには、玄関前のカメラ映像を移すモニターが備え付けられている。


 モニターに付いたボタンを押せば、そこから玄関前の人物と話が出来るタイプのものだ。


「……っ!」


 モニターから見えたのは、明音でも龍姫でもなかった。


 だが、俺はその人物をよく知っている。


 俺はモニターの会話ボタンを押すのも忘れ、玄関へ駆け出した。




 俺は、黙ってドアを空け、客人を中に入れる。


「お前、どうしてここに! 王国に戻ったんじゃ――」


 そいつに質問しようとしたら、いきなり眼鏡を引っぺがされた。


 奪った当人は眼鏡を珍しそうにつまみ、ぷらぷらと振っていた。




 薄紫の長髪を靡かせ、薄い緑の瞳でこちらを見据えている。


 この世界にとって異質な雰囲気を漂わせる少女が今、俺の目の前にいる。


 ヴィクトリアス王国元王女にしてバッドドッグ帝国元皇女。


 その名は、ルシフィリア・テルミドール・ヴィクトリアス。


 この世界での名前は、夕日照美だったか。


 そして、グロリア・エンジェルス最後の一人、リア・ルシフェルである。




「眼鏡は外しなさい。『あなた』には似合わないわ、ルースロット」


「……ルシフィリア皇女」


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