2話 ライバルとは競い合うもの 1節
退院してから少しして、俺は希が丘高校という学校に通学することになった。
そこは、本来なら目金翔が入学し、通う筈であった高校である。
一か月遅れての通学となったため、色々言われる事になると思っていた。
だが、結論から言えば、俺の復学は大した話題にはならなかった。
正確に言えば、それ以上の話題で上書きされる事になったのである。
「ヴィクトリアス共和国から留学生として来ました、夕日照美と申します。皆様、今日からよろしくお願いします」
同じ日に照美が同じ学校・同じクラスに留学生として転校してきたのである。
ネット等で話題の異世界からの留学生、それも極上の美少女と来たもんだ。
ただの出っ歯モブ眼鏡でしかない俺の復学の事など一瞬にして霞んでしまった。
まあ、こちらとしても変に目立たなくなるのはありがたい事だ。
彼女達のサポートをするという点において、今の状況はかなり動きやすい。
もう一つ幸運と言えたのは、エンジェルス全員が同じクラスに集まった事だ。
明音たちも、照美とまた同じクラスになった事はとても喜んでいた。
「今日は抜き打ちでテストやるぞー。お前ら真面目にやれよー」
そんな矢先に横っ面を殴られるような出来事が起きた。
どよめき出すクラスメイトを尻目に、俺の背中には嫌な汗が流れだしていた。
なんと言っても、今の時間の科目は――。
「……どうしたもんか」
昼休みの教室で俺は、苦々しい気分で、目の前の二枚の紙を見つめていた。
日本史 30点
世界史 39点
名前を書く欄の横に書かれた数字、赤色で色々な所が添削された問題用紙。
朝に行われた小テストの答案が返ってきたのだ。
見紛うことなく赤点である。
答案用紙を逆さにしても63点にはならないし、日本史は3点になってしまう。
数少ない幸運だったのは、これに関する追試等は特にないことくらいだ。
(とはいえ、これは由々しき事態だな)
俺、ルースロットは普通の高校生目金翔の肉体と融合し、一体となっている事でこの世界に存在できている状態だ。
そして、
一介の高校生として生活する以上、妙な目立ち方をするのは得策ではない。
今後追試を喰らってサポートできませんでした、なんて笑い話にもならない。
だが、今回厄介なのは赤点となった科目だ。
歴史……言ってしまえばこの世界の成り立ちである。
元々は異世界の人間である俺にとって、それは完全に未知の世界なのだ。
仮にこの国で起きた出来事であっても、大なり小なり見聞きしたであろう出来事を欠片も知らないのである。
ある程度、事前に単語単位で出来事の名前を暗記していたものの、そこから関連する出来事に関してはまるで紐付けが出来ておらずお手上げ状態であった。
今回の点数も、〇×問題や選択肢式の問題を運よく正解できたからに過ぎない。
「珍しいな。ガリ勉魔神な目金がこんな点数取るなんて」
「仕方ねぇさ、車に撥ねられて記憶喪失なんだろ?」
クラスメイトからは、そんな同情の言葉をもらってしまった。
中学時代の同級生だったのだろうか?
今は記憶喪失という形である程度誤魔化せるかもしれない。
だが、これがいつまでも続いてはまずい。
この肉体はあくまで借り物なのだ。
妙な噂や悪評を貰おうものなら後が怖い。
素行が悪いから肉体の復元は無し、なんて女神に言われれば致命的だ。
せめて、「本調子ではないから多少は仕方ないよね?」程度の点数は欲しい。
早急の対策が必要であった。
「だが……どうしたものか」
「ずいぶん悩んでるみたいね?」
答案用紙を睨む俺に声をかけてきたのは、薄紫の髪をした少女であった。
俺はこの娘をよく知っている。
「皇女様……」
「今は皇女じゃないし、私の名前は夕日照美よ。結構気に入っているんだから」
「……はいよ」
不敵に笑う少女は、自分の同郷……ヴィクトリアス王国の元王女であった。
休み時間には、男女問わず質問攻めを喰らっていたはずだが……。
どうやら上手い事捌いて自由を得ていたようである。
帝国時代の俺は、彼女の世話係兼ボディーガードとして務めていた。
そこからおおよそ五年の付き合いになる……死後2年間の空白はあるが。
彼女も今やエンジェルスの一人、リア・ルシフェルとなっている。
「いったい何の用だ?」
「勉強に関して少し悩んでいたみたいだから声をかけたのだけど、違った?」
「いや、違わないが……」
「ちょっと助け船を、と思ってね。まあ見てなさい」
そう言い、照美は別の座席……正確に言えば明音達の席に向かっていった。
エンジェルスの面々は、偶然なのか比較的近い席に集まっているのだ。
「……ん?」
よく見たら、明音は答案用紙を頭に被りながら机に突っ伏している。
深琴がそれを見てオロオロしており、龍姫は呆れ顔でため息をついていた。
そこに照美が入り込み、何やら話しているようだ。
ただ、昼休みという事もあり教室は慌ただしく、何を喋っているのかは聞き取れなかった。
何やら照美の腕に明音が縋り付いてへこへこしている。
そして、龍姫がこちらを見て少し頭を掻いていた。
深琴は少しこちらを見てすぐ別の方を向いてしまう。
最後に、照美がこちらに小さくサムズアップしているのはだけはわかった。
「……なんなんだ?」
結局、話を聞きだす前に昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。
放課後、照美に引っ張られる形で明音・美琴・龍姫と共に連れていかれたのは、学校からさほど遠くない距離にある図書館だった。
「……で、そもそもここに何しに来たんだ?」
「決まっているでしょ? 勉強会よ」
さも当然のように言ってのけるが、何も教えられずに連れてこられた身としてはそんな返答の仕方は癇に障るのだが。
「ここには、保健体育以外惨憺たる成績の明音がいます」
「ぐふぅっ!」
照美の容赦ない言葉に明音が仰け反る。
明音……そんな状態だったのか。
「そして、美術以外は赤点じゃないけどどこかパッとしない深琴がいます」
「照美さん……微妙にヒドイ」
深琴は少し落ち込んでいる。
「翔くんは記憶喪失……そう、記憶喪失のせいで、歴史で赤点をとってしまった」
「反論は出来ないが、なんか言い方にトゲがないか?」
「そして、この私は英語がまるで出来ない!」
「お前あれだけ言っといて自分もダメなとこあんじゃねーか!」
「そんな私たちが、中学時代成績トップクラスの龍姫に勉強を教えてもらう。 それが今回ここでやろうとしている事よ」
とりあえず、やりたい事はわかった。
そういう事なら、色々とありがたい提案だ。
「よかったのか? お前ら四人一緒にいるけど、そこに俺が入っても」
「今更あんたが聞くような事でもないでしょ? 明音たちも了承済み。あんたの記憶を取り戻すって目的も、図書館の情報量があればいい刺激になるはずだし」
龍姫は特に気にした様子もなく言い放つ。
やはり目金翔という人物は、相当彼女達と近しい場所にいたようだ。
ただ、エンジェルスであるという事は隠しているのだろう。
敵の襲撃を受けた時、明音が即座に変身せず、俺を逃がしたことから予測できる。
「それじゃ、行きましょうか」
照美に促される形で、俺たちは図書館の中に足を踏み入れた。
「おおー、結構広いな」
見渡す限りの本・本・本。
カテゴリ別に整頓された様々な蔵書が棚に並んでいる。
近くには机と椅子が複数置かれており、五人全員が座っても余裕だろう。
「一階に入ってすぐは中高生や学生向けの問題集とか学術書が主に並んでるの」
「なるほど、それならすぐに勉強を始められるってわけか」
「それじゃあ、いくつか問題集をピックアップして解いていきましょうか」
龍姫の指示の元、直前の授業内容を中心に各教科の問題集を棚から引き出していった。
「うああああ~~~~……」
適当な席に座り、いざ問題集を開いたはいいものの、数分としないうちに明音の頭からはブスブスと煙が吹いて顔を突っ伏し始めた。
いや、いくら何でも早すぎるだろ。
今やってる問題それこそ授業内容の初歩の初歩だぞ。
「龍姫~~これどうやって解くの~~」
「教えた公式忘れたの? ここは――で、――に――を当て嵌めて……」
明音は保健体育以外散々と照美に言われていただけあって色々ボロボロである。
龍姫に勉強を教えてもらうはずだったが、明音の世話にかかりっきりであった。
「あれ……この時代の幕府が出来たのっていつだっけ?」
「鎌倉幕府なら1185年……イイハコよ。昔は1192年だったらしいわ。」
「7年もズレたのか!? なんだかややこしいな……」
「歴史って、時代によって認識や解釈がコロコロ変わるからね……。ネロ帝が迫害していたとされるキリスト教だって、当時の人から見たら少数派だったし」
「いわゆる勝者が歴史を作るってやつか……難しいもんだ」
俺はというと、照美と日本史と世界史の問題集と格闘していた。
ふと、もしバッドドッグ帝国がこの世界の侵略に成功していたら、と考える。
『この世界の住人は有無を言わさず帝国に襲い掛かってきた蛮族だ』
なんて事が教科書に書かれていたのだろうか?
こうしてこの世界の文化に触れてきた身としては、釈然としない気分だ。
まあ、侵略された世界がどうなったか知っている身としては無用な心配だが。
そして、一応は同郷なはずの照美がこの世界の歴史に詳しいのは予想外だった。
「歴史を紐解いていくと、その国の成功や失敗が学べるからね。禁酒法なんて最たる失敗例の一つでしょう? 失敗から学んで、成功からもいくらか頂戴して国の治世に生かしていきたいと思っているの。王政じゃなくなっても、私の故郷だから」
こいつはこいつで考えがあるって事か……立派なもんだ。
「あ、翔さん……ここの化学式なんですが」
「塩酸と水酸化ナトリウムのやつか。出来るのは塩化ナトリウム、食塩だな」
「不思議ですね……危ないものなのに混ぜたら無毒化しちゃうなんて」
「実際にそれやった液体をどうこうしたくはないけどな……」
「も、もう無理……暴走熱しちゃう……」
三十分は経っただろうか。
明音のショート具合が尋常じゃなくなってきていた。
あと、言いたいことはわかるが正しくは熱暴走だぞ。
「普段の根気はどこにいった。……とはいえ、あまり根を詰めても良くはないか。龍姫、一旦休憩にしないか?」
人の集中力は思ったほど持続しない。
集中が途切れてきているのは事実である。
勉強が苦手な明音がここまでやったのは頑張った方だと言えるだろう。
……惚れた弱み(?)と言われればそれまでだが。
「はぁ……仕方ないわね。ちょっと休憩。多少は息抜きした方が身も入るでしょ」
「わーい、龍姫は話がわかるぅ~~」
「ただし、図書館にいるって事忘れないでよ? 静かにね」
「「「はーーい」」」
待ってましたと言わんばかりに、明音は両手を上げて喜んだ。
言っちゃなんだが、明音がそこまで喜びそうなものが図書館にあるのか?
「この図書館、貸出禁止だけど発売直後の漫画とかすぐ入荷してくれるんだ!」
ああ、なるほど納得した。
勉強が得意でない彼女が、ある意味対極に位置する図書館という場所に踏み入るに足る理由はそこにあったわけだ。
割かし好きな人は入り浸りそうだな。
「翔は机で待ってる?」
「お前らと一緒に行く。一人は居心地が悪いし、ここの書籍には興味がある」
「決まりですね。それじゃあ行きましょうか」
こうして休憩を挟むことにした俺たちは、まずは明音の向かう漫画コーナーに足を運ぶことにしたのである。
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