第10話 帝国の魔女と白金の騎士

「はい、今回はスキルの変化はありませんでした」


何度目かの死亡を経験してここに戻ってくると、さすがに慣れたもので特に目新しいことは無かった。


「スキルの変化はなかったんですよ?」


何度死んでも心が落ち着くことは無いというのはいかがなものかと思っていたが、死ぬことに慣れてしまってはこれからもとの世界に戻った時に『死んでやり直せばいいや』という気持ちになってしまいそうで怖かった。


「あの? 私の声が聞こえていますか?」


今回の反省点は何だろう?

スキル選びは間違っていなかったとして、どの時点に戻ればもっといい結果になっていたのだろう?


「あれ? 私の姿も見えてないんですか?」


相変わらず見えない壁に囲まれている女が何か言っているようだけど、僕はこれからどうしたらいいのか先が見えなかったので、女の事は少しだけ放置してみることにしよう。


「えっと、私の声が聞こえていないようなのでちょっとだけ痛い事しちゃいますね。それでは、右手の小指の骨を砕いちゃいますよ」


そう言った女の指先から青白い光の塊が現れると、僕の指の方へとゆっくり進んできた。


僕は難なくそれを交わしていたのだけど、僕の横を通り過ぎた光の塊はそのまま大きな弧を描いて、再び僕の方へと向かってきた。


何となくあの光に触れるとよくない事が起きるような予感がしたので、一生懸命逃げることにしたのだけれど、しつこいくらいに僕の後を付け回していて、どうしても振り切ることが出来なかった。


どうにかこうにかして、光の塊と僕の間に女を入れることが出来た。


「これで僕を追いかけていた光の塊が君に当たってどうにかなるな」


「それはどうですかね」


この女は見えない壁に囲まれていて動くことが出来ないことは知っているし、あの光の塊は柱を透過していたのは確認済みなので、僕に当たる前に光の塊が女に当たるだろう。


僕はその瞬間を見逃さないようにしっかりと女の最後を見届けることにした。


「ありがとうございます」


女は負け惜しみを言っていたのだけれど、その顔は笑顔のままではあったけれど、視線の先には僕の指があるように感じた。


ゆっくりと進む光の塊が見えない壁の中に吸い込まれていくように消えると、なぜか僕の右手の小指に今まで感じだ事のないような衝撃が走った。


あまりの痛さに声を出すことも出来ず悶絶していると、女の目はいつか見たような冷たさの奥に憐れみを浮かべていた。


「どうですか? 私も意外と強かったりするんですよ」


そう言った女の目は依然として冷ややかではあるが、僕はそれに答えることが出来ないくらい痛みにのたうち回っていた。


「はい、冗談はそれくらいにして、お話の続きをしましょうか」


そう言って女がパンパンッっと二回手を叩くと、僕の痛みは消えていた。


あれほど痛かった右手が一瞬で痛みを忘れたことが不思議で、その右手をしばらく眺めていると一瞬女の指が青白く光ったような気がして、無意識のうちに女の方を向いて直立していた。


「お話の続きなんですけど、前回はスキルの変化がありませんでした。もう少しだけ努力が足りなかったのと、ちょっと引くようなことをしたのでマイナスです」


「そんなにダメでした?」


「ええ、それぞれのスキル自体は成長する余地もあったのですが、あなたの行動が人に誇れるものではなかったのでマイナスです」


「でも、人を殺したり痛めつけたりすることは決して褒められた行為じゃないと思いますけど、そんなときでもスキルは変化してましたよね?」


「あの世界では命を奪う事は絶対の悪ではないので大丈夫なんです。ある程度の犯罪行為も他の勢力に対しての場合は黙認されたりもしますよ。相手に被害を与えることはこちらの利益に繋がりますからね」


「そう言った意味では僕は今回だと何も貢献していないことになるんですか?」


「あの教団にとって利益になる事はたくさんしていましたし、帝国にとっても教団が無くなる事は利益に繋がっていたと思いますよ。場合にもよりますけど、我々の勢力は帝国に近いところもありますからね」


「僕はてっきり教団側に加勢した方がいいのかと思ってました。だって、あなたによく似た彫刻がありましたからね。てっきりあの教団はあなた方を神だと崇拝しているのだと思っていました」


女は大きくため息をつくと、僕に向かって先ほどとは違う嘲笑するような視線を送ってきていた。


「いいですか、あなたが転生した世界はあなた方の住んでいた世界とは根本的に異なるんです。

その一つが命の重さの価値観であったり、それが他の勢力なら相手の命は読むのをやめた本よりも軽いものとなってしまうのです。

そしてもう一つが、宗教観ですね。

あなた方の世界では何か奇跡が起こったり、奇跡を願うときは神に祈ったりしてたと思うのですが、あちらの世界ではそもそも神という存在を信じていないのです。

法王という名前も宗教の最高指導者という意味合いよりも、最高の魔法指導者との意味合いの方が強いと思います。

そもそも、あなたのいた世界では神の奇跡としか言いようのない現象だとしても、あの世界では日常的に起きていたりしますからね。

それに、あの人たちが信じているのは遠くにいる見えない存在ではなく、近くにいる他人よりも強い人でしかないのですから」


そう言うと女はなぜか恥ずかしそうに下を向いていた。


「それは理解したのですが、僕も結構スキルを使ったりして頑張ったと思うんですけど、どうしても今回は変化しないのですか?」


「もう、ダメったらダメです」


下を向いていた女はとうとうしゃがみ込んでしまって、僕の意見に耳を傾けることは無かった。


仕方がないので次のスキルを選ぼうと思っていたのだけれど、あの女が新しいスキルを選ばせてくれないと次の世界に転生することも出来なそうだ。


「だめだよ、自分の感情で成長を邪魔するのは良くない事だよ」


どこからかリンネの声が聞こえてきたのだけれど、僕にはその姿がどこにも見当たらなかった。


「あんたが私の姿を探そうとしてくれるのは嬉しいんだけど、そっちの世界には行けないんで声だけで我慢してね」


僕はその声にちゃんと従って女の方をしっかりと見据えた。


「な、なによ。そんなに私の事を見つめてどうしたいのよ」


「君の事を見てる事に意味なんてないよ。リンネの声が聞こえて何となく君を見ているだけだからさ」


「君たちは相変わらず仲が良いね。でも、あんまりセクハラばっかりするのは良くないと思うよ」


「え? 僕はセクハラなんてしてないし、された記憶もないんだけど?」


「ちょっと、なんで私があなたにセクハラすると思っているの? セクハラの加害者はあなたですよ、あなた!!」


身に覚えのない事でセクハラ加害者になってしまったようだけれど、こうして冤罪被害者が増えてしまっているのかと思うと、世の中の在り方を変えて欲しくなってしまう。


「でも、僕はセクハラなんて記憶にございません。第一、あなたに触れることも何かを言う事も出来なかったと思うんですけど」


「じゃあ、頭の悪いあんたにもわかるように私が説明してあげるわ。

こことあの世界は完ぺきにリンクしているわけじゃないので、行ったり来たり出来るのはあなたたち転生者と呼ばれる人たちだけなのね。

でも、私が今しているように体はこちらだけど意識はそちらに送る事も出来るのよ。

あんたみたいに才能のかけらもないような人には無理だと思うけれど、才能があって努力すればこうして話せるくらいの事は出来ちゃうのよね。

私が今見えているモノはものすごくぼんやりとしか認識できないんだけれど、本当の天才が同じことをやると、自分によく似た彫刻だったり、自画像になって現れるのよ。

ここまで言えばあんたがセクハラしたことを認めるよね?」


「ちょっと待ってくれ、もし、それが本当だとしたらセクハラになるかもしれないけれど、僕はあの彫刻がこの人と同一個体だと認識していなかった。つまり、僕が触っていたのはこの女の人ではなく、あちらの世界にたまたまあった彫刻でしかないはず」


「あなたがそう思うのは自由だけど、私もあんなに胸を触られたのは恥ずかしかったよ。それに、触られている感覚だけが襲ってきて、そこに誰もいないのは不思議な感覚だったわ」


「つまり、僕がセクハラをしたと認めればスキルの成長をさせてもらえるってことなのかな?」


「そ、それはそうだけど。私の胸ばっかり触っていたのはどう償うのよ?」


「えっと、僕に出来る事なら何でもします。だから、スキルの成長か次のスキルを選ばせてください」


そう言って頭を下げると、女は何か考えているのか返事はなかった。


しばらくの間頭を下げ続けていたのだけれど、沈黙を打ち破ってくれたのは女だった。


「何でもするって言ったわよね?」


「出来る事なら何でもだよ」


「そんなのは知っているわ。じゃあ、魔王をたくさん殺してきて。無理なら敵対勢力の人間か、その辺に居そうな怪物でもいいわ」


「そんな事でいいの?」


「いいに決まっているじゃない。というよりも、あなたはそれをやるためにあの世界に転生しているのよ。少しは自覚持ってもらわないと困るわ」


そう言いながらも僕の手元にスキルが書いてある紙を差し出してくれていた。


『移動スピードが速くなる』は『全体のスピードが速くなる』に変化し『死者と話せる』は『死者を呼び出す』に変化し『隠れているものを見つける』は『隠されている罠も見つける』に変化していた。


どれも使い勝手がよさそうだけど、使いどころが限られてしまうような気がする。


どちらにしろ今回は選ぶことが出来ないので、おいおい使って見て改善点があれば直していこうと思う。


さて、今回はどのスキルを選ぼうか。


魔王を倒すにしても、変化したスキルである『目の前の魔王を殺す』では魔王の前に行かなくてはいけないので、スキルの変化も一長一短がありそうだった。


結局、僕が選んだのは『武器の力を引き出す』と『体感速度が変わる』と『武器に追加効果を付ける』の三つにした。


「ま、今のあなたが選べるスキルで戦うとしたら、それが一番ましかもしれないわね」


そう言って僕の体を光で包み込もうとしているところを遮ってでも聞きたいことがあった。


「あの、スキルを変えないでやり直すとしたらどこに戻っていたの?」


「今回はやり直せないのよ。何度やりなおしたところで他の人の死を回避してあなたが死ぬ場面なんてないんだからね」


「クロハが、クロハが処刑されずに僕が処刑される可能性だってあったんじゃないのか?」


「残念だけど、あの人は転生者じゃないから助かる方法はないのよ。あの世界の人の運命はあなたが降り立った時点で決まってしまうのだから」


僕は光に包まれながら何か言おうと思っていたのだけれど、とっさに出た言葉は自分でも驚いてしまった。


「できれば町の外にしてください。でも、すぐ歩いてい行けるくらいの距離で」


言い終わる前に僕の意識は無くなっていたようだった。


柔らかな日差しを全身に感じていて、ほのかに温かい空気に包まれていた状態で僕は目が覚めた。


僕がいるのは小高い丘のようで、立って周りを見回すと、太陽のある方向に町が見えていた。


それなりに大きい町のようで、町の外周を高めの外壁に囲まれていて、その四つ角にはひときわ高い尖塔がそびえ立っていた。


僕は見える範囲に入り口が無いか確認していたのだけれど、ここから見える範囲に入り口のようなものは見えなかった。


見える範囲に入り口が無かったとしても、外壁沿いに歩いているといつか見つかるだろうと思い、今はあの町を目指すことにした。


とりあえず、武器になりそうな手ごろな物を探してみたのだけれど、ちょうど良さそうな物は石の一つも落ちていなかった。


落ちている葉っぱを拾って合成してみたのだけれど、落ちている葉っぱを全部集めたとしても、怪物を倒せるような武器になるとは思えなかった。


丘を降りて整備されている街道に出ると、宙に浮いている若い女の子がこちらを不思議そうな顔で見ていた。


おそらく、僕も不思議そうな顔で女の子を見ていたと思うのだけれど、女の子の瞳の中に僕の姿は映っていなかった。


「ねえ、あの丘に現れた男が目の前に来たよぉ」


「でも、敵対するような感じじゃないですよ」


「もう、それは私にもわかるよぉ。一緒に連れて行ってもいいかなぁ?」


「まずは相手の気持ちを確かめましょう」


「ライト君は結構真面目だよねぇ。さすがだよぉ」


宙に浮いている女にばかり気を取られてしまっていたが、僕と女の間に立っている鎧を着た男も僕では太刀打ちできなそうな雰囲気を漂わせていた。


日の光を浴びて前進が白く輝いている鎧の中央には、見たことのある紋章が刻まれていた。


その紋章は帝国軍を表すものだったと思うのだけれど、そうだとしたら、この二人は帝国軍関係者なのだろう。


「あなたは転生者の方とお見受けいたしますが、我々と同じ志を抱くものであれば、一緒に来ていただけないだろうか?」


同じ志と言われても、帝国がどのような考えで行動しているのかがわからない以上即答は出来ないだろう。


「あの、申し訳ないんですけど、帝国の方ですよね? 僕は帝国の考え方と言うか思想がよくわからないので、即答できないんですけど、とりあえずは怪物とか魔王を退治するのが目的なんで、協力出来るとしたらそれくらいだと思うんですが」


僕の答えがまずかったのか鎧の男は両手と肩をプルプルと震わせていた。


失敗してしまったのかと思っていると、鎧の男は僕の肩をがっちりと掴んで目を見つめてきた。


「素晴らしい。正に帝国軍人としてあるべき姿でしょう。我々も怪物を討伐していき、最終的には魔王を討つ事が最終目標であります。したがって、私達に同行していただきたい」


「そうだねぇ。私達と一緒に来るといいよぉ」


思いのほか好感触だったらしく、僕はこの二人ともにあの町へと向かうようだった。


「そうそう、まだ名乗っていませんでしたな。私の名はライトと申します。こちらの宙に浮いているお方は、帝国が誇る三大魔女の一人アイカ様であります。以後、よろしくお願いいたします」


「私は魔女って呼ばれるのはあんまり好きじゃないんだよねぇ。したっけ、転生者君は私の事をアイちゃんって呼んでもいいよぉ」

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