第8話 死者と礼拝

どこからともなく聞こえてきたのは先ほど亡くなったはずのクロハの声だった。


「俺も最初は自分が誰なのかわかっていなかったんだけど、流れの中で転生者ってことになってたんだよね。でも、途中で自分が誰なのか思い出しちゃってさ、それでマズイって思ってあんたに任せることにしたんだよ」


僕の頭の中に聞こえてくるクロハの声が近付いてきたり、遠のいてみたりしていたのだけれど、姿はどこにも見えなかった。


「あれ? 俺の声って聞こえてないのかな? でも、俺の声には反応しているみたいだし、なんか言ってくれよ」


僕はどうしたらいいのかわからなくて悩んでいたが、近くにあった水を声の聞こえる方向へ撒いてみた。


すると、水を浴びた姿のクロハがそこに浮かんでいた。


「おいおい、いきなり水をかけるのは良くないと思うぞ。って、さっきから目が合ってるような気がしているけど、もしかして見えるようになったのか?」


「うん、さっきまでは声だけ聞こえていたけど、今はその姿も見えるよ」


「何で見えるようになったのかはわからないけれど、声が聞こえていたのは何となくわかっていたよ。だって、あんたのスキルってそう言うやつだろ?」


「どうしてそう思うの?」


「俺もよくわからないんだけどさ、この姿になると転生者のスキルってやつがぼんやりとだけど、わかる気がするんだよね。お前ってスキル一つだけじゃないだろ?」


僕は動揺を隠しきれているかわからなかったけれど、自分の中では出来るだけ冷静に物事を進めようと努めていた。


「死んだ後に俺みたいになるやつばっかりなのかなって思ってたんだけど、この辺りをさまよっても似たような奴は一人もいなかったんだよね。俺は自分でも死んでるってのは理解してるんだけど、死んだ後に何すればいいかわからないんだよね」


「こっちの世界じゃどうなのかわからないけれど、僕のいた世界では無くなってから四十九日経つと成仏できるって話があるよ」


「よくわからんけど、あんたがそう言うんなら間違いないんだろうね。でも、俺のせいで大変なことになりそうでごめんな」


「大変なことにはならないと思うけど、なんか先の事がわかったりするの?」


「それがわかったら俺は苦労しなそうだけど、何となく話せそうなやつとか、何か出来そうなやつは感覚でわかるよ」


僕のスキルの事が何となくわかるのはプラスの要因ではないような気がしているけれど、クロハが他の人と話せないならば問題はなさそうだった。


「君って僕以外の人とも話せたりするのかな?」


クロハは腕組をしながら考えているようだったが、答えは出てこなかった。


「他の人にも色々話しかけてみたりしたんだけど、何か反応を返してくれたのはお前だけだよ」


「もしかしたら僕以外にもいるかもしれないよ。ここは宗教団体の本部なんだし、そう言う能力がある人もいるんじゃないかな?」


「ああ、そいつは期待できないと思うよ。ここは神秘的な体験をしている人達の集まりなんじゃなくて、伝説があった場所にたまたま集まった人達がやっているだけだからね」


「てっきりこっちの世界は剣と魔法で戦っているのかと思っていたんだけれど、魔法を使っている人ってほとんど見たことないかも」


「そりゃそうさ、魔法を使える人間なんて転生者を覗いたら極僅かした存在してないんだぜ。それも、小さい時に魔法の才能があったとしても、それを発揮するのに気の遠くなるような修行をして、それを乗り越えてやっと使えるかどうかって話なんだからね」


「でも、そんな中でも魔法を使える人っているんでしょ?」


「いるにはいるんだけど、そんな貴重な人間を野放しにしておくことは無いんだよね。この世界は大きく分けて三つの国が覇権を争っているんだけれど、その三大国がこの世界にいる魔法使いのほとんどを囲んでるんだよ。今はどの国も防衛戦力として魔法使いを配置しているんだけれど、普通の兵士とかちょっと強いくらいの転生者だと、その防衛網は突破出来ないみたいだね」


「つまり、この世界では魔法使いはとても貴重な存在で、その貴重な魔法使いのほとんどが三大国のどこかに所属しているってことなのか。でも、魔法使いだけの国とかってありそうだけど、そういう国って作ろうと思わないのかな?」


「俺も授業で習っただけ何で詳しい事はわからないんだけど、魔法を使うには触媒があった方が体に負担が少なくなるらしいんだよね。で、その触媒ってのがどこにでもあるものではなくて、その三大国がほぼ全ての触媒を独占し合っているらしい」


「その触媒が無かったらどうなっちゃうの?」


「俺も実際に見たわけじゃないんだけど、触媒が無い状態で魔法を使うと、規模にもよるんだろうけど、俺みたいに体がバラバラになっちゃうんじゃないかな」


クロハは笑いながらそう言っていたけれど、僕は笑えなかった。


「俺たちが魔法を使う事なんて出来ないだろうし、お互いに魔法使いに出会う事も無さそうなんだから、そんなことは気にしなくたっていいんじゃないかな」


僕が全ての魔王を倒すにしても、三大国と関わらずに済ませるのは難しそうだ。


魔王がどのような存在なのかはっきりとはわからないけれど、サクラの例をとってみても、ある程度戦闘能力が高い転生者は魔王と呼ばれる存在になっているのかもしれない。


僕が最初に聞いてイメージした魔王は圧倒的な力で人民を支配している悪の総大将と言った感じだったけれど、僕のスキルで殺してしまったサクラに関してはそのような姿は微塵も感じさせることが無かった。


単純に戦闘力が高いものが敵対勢力にいたのならば、それが自分たちにとっての魔王となっているのかもしれない。


逆の立場に立つと、相手の英雄が自分にとっての魔王であるのだろうか。


「ま、お前は転生者なんだし、いつかは魔法使いと戦う事があるかもしれないけれど、明らかに戦闘に向いてなさそうな感じだよな」


僕の周りをクルクルと回りながらクロハがそう言っていたけれど、僕は死ぬたびにスキルを入れ替えたり強化していったり出来るので、対策さえばっちり取っておけばどうとでもなりそうだ。


「でもよ、お前の持っているスキルってあんまり役に立たなそうなのばっかりだよな。俺みたいな死んだ奴と話したって闘いの役に立つわけじゃないし、みんなが俺みたいに友好的とも限らないんだよな。それに、他のスキルだって速く走ったり物を探す能力だろ?」


僕がスキルについて何も言っていないのに、クロハは僕のスキルを当てていた。


「いや、お前と話しているうちになんだけどさ。話せば話すほどお前の情報が見えてくるんだよね。他の奴と話してないんでどういう原理なのかはわからないけれど、他の転生者に関わってみたらどうなるか興味はあるかも」


と言われても、自分以外の転生者が近くにいるとは思えなかった。


少なくとも、この町で転生者とバレてしまった時には僕と同じように教団関係者に連れられていた事だろう。


運が悪ければクロハのようになっているかもしれない。


「なあ、その早く走れるってスキルは足でしか出来ないのか?」


「早く走るだから足じゃないかな?」


「早く走るってことは足を早く動かすって事だろ? その動きを手とかに変えたら早く殴れるんじゃないかな?」


「そんな発想はなかったけれど、ちょっと試してみようかな」


僕は習ったことは無いけれど、何となくボクシングのジャブをイメージしてパンチを繰り出した。


自分が思っている通りの速さで、何度繰り返しても早くなることは無かった。


「いや、あんたはスキル使わないでやってただけじゃん」


「使ってたと思うけど、やり方違うのかな?」


「俺が話しかけてる時は耳のあたりがぼんやり光ってるし、俺に話しかけてる時は口元がぼんやり光っているんだよね。でも、パンチしてた時はどこも光ってなかったよ。たぶん、スキルを使うと光ったりするんじゃないかな?」


「それは意識してなかったんだけど、意識して使うのはどうしたらいいんだろ?」


「俺もわからないけれど、早く走るイメージを足じゃなくて手に変えたらいいんじゃないかな?」


「あ、ダメだよ。僕はこの世界じゃ成長できないんだった」


「どういうこと?」


僕は自分がこっちの世界では成長することが無く、死んだ後に行く世界に行ってから初めて成長できることを説明した。


「そんな事ってあるんだ。それならここで一杯練習しておけば戻った時に強くなれるんじゃない?」


僕は早く動くイメージをしながら何度も何度も空中にパンチを叩き込んでいた。


クロハが手を空中に浮かべていたので、それを目標に何度も何度もパンチを叩き込んでいたのだけれど、空を切るばかりで感触は全くなかった。


手だけではなく体全体を早く動かすイメージで行動もしてみたのだけれど、特に変化はなかった。


一心不乱に体を動かしていると、いつの間にか空が白んできて夜明けが間近に迫っていた。


外の変化に気付いた僕は急に疲労が襲ってきて、軽く睡魔に襲われていた。


「すまん、ちょっと夢中になりすぎていつの間にか朝が近付いてきたみたいだ。俺はどうやら太陽の光を浴びると消えてしまうみたいだよ」


窓から差し込んでいる柔らかい日差しの中にクロハが手を入れると、光に包まれている手だけが見えなくなっていた。


光から影の部分に手を戻すと徐々に見えてきたので、完全に消えてしまうわけではないらしい。


「お前の言う通りなら四十九日間はこの世界に残れるようだし、それまでは一緒に行動していこうぜ。もっとも、俺は夜の間だけしか活動できないみたいだけどな」


クロハは笑いながらそう言うと、全身で太陽の光を浴びていた。


いつの間にか完全に朝日が昇っていたようで、クロハの体が消えるまでそう時間はかからなかった。


僕も疲れてきたのでそろそろ寝ようと思っていたのだけれど、ベッドも布団もない部屋の中ではどこで寝たらいいのかわからなかった。


部屋の中を意味もなくウロウロしていたのだけれど、落ち着ける場所が見当たらずにいた。


そんな時に扉をノックする音が聞こえて一瞬たじろいでしまったが、ノックの主は返事を待たずに扉を開けて中に入ってきた。


「おや、起きていらっしゃったんですね。朝の礼拝の時間なのお迎えに上がりました。では、一緒についてきてくださいませ」


僕が答える間を与えてもらえず、いつの間にか部屋に入ってきた屈強な男たちに挟まれる形で礼拝堂へと移動していた。


途中に何度か他の部屋の中を見ることがあったのだけれど、どの部屋も中に人がおらず、みんな礼拝堂に集まっているような感じだった。


階段を降りて長い廊下を抜けた先の扉を開けると、中にいた人達の視線が僕に集中した。


そのまま立ち止まっていたのだけれど、老人が先を促してきたので先へと歩みを進めることにした。


どこまで言っていいのかわからなかったので、とりあえず壁の方まで歩いて行こうと思っていると、部屋の中央をやや越えたあたりの床から何かが隠れているような感覚を覚えた。


僕は何となく気になってしまい、その何かを取ってみようと思って立ち止まって見てみることにした。


周りの視線も気になってしまうが、この場所から感じる何かが気になって仕方がなかった。


床に敷かれているレンガを触っていると、少しだけ引っかかる部分があったので、それにコインをひっかけて持ち上げてみた。


レンガの下から出てきたのは見たこともないようなコインで、そのコインを手に取ってみていると、集まっていた人達がそのコインを驚いた表情で凝視していた。


老人がコインを手に取ると、涙を浮かべて天に掲げていた。


「素晴らしい。やはりあなた様は私達を導くお方ですな」


言葉の意味は分からなかったけれど、あのコインはここの人達にとって意味のある物なのだろう。


老人がコインを集まった人に手渡すと、それを受け取った人が涙を浮かべていた。


そのコインを次々と手渡していったのだけれど、その場にいたほとんどの人が涙を浮かべてコインを見つめていた。


「あのコインって何か意味があるんですか?」


僕が老人に尋ねると、老人はこちらを見ることなくそれに答えてくれた。


「あれはあなた様の前に来られた指導者様が残してくれたコインの最後の一枚なんです。

全部で百枚のコインをこの建物内のどこかに隠していたそうなんですが、どうしても最後の一枚だけが見つかりませんでした。

中には九十九枚だけ隠していて、最後の一枚が存在しないと言っている者もいたのですが、そんなことは無いと諦めないものがほとんどでした。

しかし、どうしても見つからなかった最後の一枚でしたが、あなた様はいとも簡単に見つけてくださいました。

私らは前の指導者様のお姿を存じ上げない故、あなた様が前の指導者様と同じ型だとしても驚きは致しません。

それ以前に、あなた様が私に見せてくださったことは奇跡か本当は知っていた事なのか、そんなことはどうでもいいのです。

私達に見せてくれた事に意味があるのだと思います。

皆の顔を見て下され。

どの者もみな救われたようないい表情をしていますぞ」


そう言っている老人の頬にも涙が流れた痕が残っていた。


僕が起こしたのは奇跡ではなくスキルを使った結果なのだけれど、この人達が幸せに感じてくれるならそれでもいいかと思っていた。


それでも僕は横になりたいなと思っていた。


老人にそれを伝えると、横にいた男の人が僕を寝室へと案内してくれた。


先ほどまでいた部屋とは違い、窓もなく完全に閉鎖されている部屋ではあったけれど、これから昼になる事を思うと寝やすいかなと思っていた。


僕がベッドに横になって寝ようとしていると、案内してくれていた男はそのまま来た道を戻って行ったようだった。


男と入れ替わるように二人の女が部屋の中に入ってきて、ベッドの横の椅子に腰を落としてこちらをそっと覗いているようだった。


僕にはその行動の意味が分からなかったけれど、今は少しでも早く眠りにつきたかったので、気にせずに目を閉じることにした。


このまま寝て夢を見られるかはわからないけれど、ほのかに良い匂いがしているのでいい夢が見られそうな気がしていた。


起きたらどんなことが待っているかわからないけれど、また美味しいものが食べられるといいなと思いながら深い眠りに落ちていった。


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