第7話 教団ともう一人の転生者
もともとこの辺りは人が住むような安全な場所ではなかったらしい。
様々な理由で町を追われた者たちが流れ着いていたらしいのだが、生活するのに必要な資源などもそれほど多くなく、湿地帯も多かったため作物などを育てることも一苦労だったそうだ。
それでも、季節によっては近くの町から狩猟をするために人がやってくることはあったようで、ある時に猟師が怪物と戦っていると目の前に光の柱が降りてきて、中から一人の男が出てきたらしい。
教団に伝わる伝説では、その男は猟師に同行して猟師たちが普段は避けているような大型の怪物を駆除していき、猟の障害になるような大型の怪物を一掃したとの事だ。
その男は農業の知識もあったらしく、湿地帯を改良して穀物を育てる事にも成功して、生活基盤も安定してくると、身分の低い他の町の人々がやってくるようになっていった。
その頃には転生者は魔王討伐のために町を去っていたのだけれど、その男が村の守り神として一本の剣を残していった。
それからしばらく経つと、いつの間にか小さな町が出来上がってはいたのだけれど、やってきた者の中に人をまとめて指導することが出来る人間がいなかったので、しばらくの間は無法地帯と化していたようだった。
生活は安定していたのだけれど、平和になってくると欲が出てきてしまい、気が付くといたるところで争いが巻き起こっていた。
他の町から視察に来た者も多くいたのだけれど、そのような現状を見てしまうと、この町は統治するに値しないとの判断が下されていた。
最初の転生者が去って数年経って町人も疲弊しきっていた頃に、二人目の転生者が突然現れた。
その男は戦う力は持っていなかったのだけれど、人々を導くことには長けていた。
それぞれの派閥の代表を集めて、話し合いの末にそれぞれの役割を決めて、不平不満が出ないように少しずつメンバーを入れ替えたりもして、徐々に町に秩序を取り戻すのであった。
男は様々な改革を行って争いのない町を作っていったのだけれど、たまたま視察に来ていた兵士と言い争いになってしまい、結果としてこの町と地域一帯を支配していた領主との戦いへと発展してしまった。
戦う手段を持たない男ではあったけれど、戦闘では最前線に立って町人たちの士気を高めて、常に鼓舞し続けていた。
戦いは三年ほど続いたそうではあるが、それだけ長く続いていると他にも領主に反旗を翻す町が現れてしまい、当時の領主はこの町の独立と自治を認めるに至った。
他の町は中心部に遠い町を覗いてほとんどが失敗に終わったようではあったが、領主に与えたダメージは予想外に大きかったようで、その後も小さい反乱が何度か起きていたようである。
事件が起こったのは領主からの独立開放を記念する式典での事だった。
独立宣言を行って壇上から降りようとした指導者は何者かの手によって命を落としてしまった。
指導者を殺した男はその場で自害したのだけれど、不思議なことに二人の遺体は残らなかったらしい。
この町を救った二人の転生者の偉業を伝える者が多く集まり、やがて他の町々へも噂が広まると、この町へ訪れる者も増えていった。
いつからか指導者が殺害された場所が神聖な空間となり、その空間を守るために集まった人々が指導者の教えを伝えていき、いつの間にか巨大な礼拝堂が完成していた。
二人の転生者がいなければこの町はここまで発展していなかったと思うけれど、この町が発展していなければ領主はもっと力を持っていたのかもしれない。
そんなことがあってからなのか、他のどの町とも違い兵士と自警団が協力して町を守る事はなかった。
訓練されている兵士よりも士気と練度の高い自警団は多くの怪物だけでなく、領主の差し向ける兵士も撃退していったそうだ。
独立から百二十年ほどたった今年に現れた転生者が僕と目の前にいる男だった。
「初めまして、俺の名前はクロハ。見たところあんたは攻撃が得意な感じじゃなさそうなんで安心したよ。俺も戦闘向きじゃないんだけど、あんたよりは強い自信があるよ」
「僕は転生者同士で争うようなことはしたくないんで、出来れば穏便に済ませてもらいたいんですけど」
「それはいいけど、あんたもここの奴らに拉致された感じなのか?」
「まあ、拉致されたと言えばそうだと思いますよ」
僕をここに連れてきた男たちは兵士たちとの戦いで相手に何もさせず一方的に蹂躙していた。
命を奪うことは無かったようではあるが、追いかけることを諦める程度には痛めつけていたようだった。
「あんたもここに連れてこられるまでは色々な話を聞かされたと思うんだけど、どう思った?」
「最初の転生者の話はよくある話だと思ったんですけど、二人目の転生者の話はよくできている作り話のように感じました」
「どの辺がそう思った?」
クロハは少しだけ眉を動かすと、僕にそう尋ねてきた。
「一人目の転生者は明らかに魔王を討伐するためにこの世界にやってきたと思うんですけど、二人目の転生者の目的がさっぱりわからなかったです。
それに、スキルや武具なんかも持っていなかったようですし、この町を救うために現れたとしか思えません。
転生者だとしてもこの町を救って発展させることに何の意味があったのでしょう?
僕が気になったのはそんなところです」
「やっぱりな、俺もそこは気になってはいたんだけど、その転生者ってお前と同じ状況じゃないか?」
僕はクロハの発言に驚いてしまったが、確かにそう言われればそうだと思う。
「なあ、お前が何の目的でこの町に来たのかは知れないけれど、俺はこんなところで足止めを食らいたくないんだよ。そんなわけで、この町の新しい伝説にあんたがなってくれよ」
「そう言われても、何をすればいいかわからないですよ」
「大丈夫、二人目の転生者みたいに人をまとめとけば大丈夫だろ。どうやってまとめるかはわからないけれど、あんたなら何とかなりそうな気がしているよ」
僕はこの世界に来てからこのような役割が増えてきているような気がしているけれど、上手くいけば今回は怪物と戦わずにスキルを強化できそうだと思った。
「じゃあ、俺が大まかに事情を説明してあんたが救世主だって教え込むんで、あんたはそれに乗っかってくれ。心配しなくても上手くいくと思うから大丈夫なはずだよ」
この部屋の扉が開いたのはそんなやり取りが終わった直後だった。
いかにも教団の幹部ですと言った風貌の老人が僕達を交互に見返すと、少し籠った低い声で僕達に尋ねてきた。
「この町を再び導いてくださるのはどちらの方でしょうか?」
クロハはその問いかけを聞くと同時に僕を指差していた。
「そうでしたか、それはそれは申し訳ない事をいたしました。あなた様がこの町にやって来た時にもしやと思っていたのですが、人違いでしたな。せめてもの償いに食事を用意させてもらえませんでしょうか?」
「俺はここから出してもらえるだけでいいんだけど、食事の用意をしてもらっているなら無駄にするのも悪いし、遠慮なくいただくことにするよ」
老人の後ろにいた男がクロハを部家から連れて行くと、老人は僕に近づいてきてまじまじと顔を覗き込んできた。
「よくよく拝見いたしますと、あなた様は伝説の御方に似ているような気がいたします。粗末な物しか用意できませんが、よろしければ我々と一緒に食事でもいかがでしょうか?」
粗末な物との発言が気になってしまったけれど、ここに来てから何も食べていなかったので、一緒に食事をいただくことにした。
クロハが出ていった扉とは別の扉を通ると、そこは中庭になっていて、その中央にある円卓の上には体に良さそうな食べ物が並んでいた。
指定された席に座ると次々と料理を進められた。
見た目はヘルシーな感じなのだけれど、食べてみると意外としっかりした味付けで、少し食べると他の物も食べたくなってしまうくらい美味だった。
進められるがままに食べていると、老人の目に涙が浮かんでいて、僕の手は止まってしまった。
「すいません。いくら進めれたからと言って食べすぎですよね」
「いえいえ、お気になさらないでください。この味付けを気に入っていただけたのならこれ以上にない幸せでございます。と言いますのも、この味付けを教えてくださったのは指導者様でございますので」
「へえ、そうなんですね。僕は今まで食べたこと無いものばかりだと思うんですけど、何だか食べているうちに懐かしい感じになって、ついつい食べ過ぎてしまいました」
「そう言っていただけると我々も作り甲斐があります。しかし、この味付けは我々には少々クセが強いのであなた様のように大量に食べることが出来ないのですよ。それゆえ、気に入っていただけたのでしたら、すべて召し上がっていただいても結構でございます」
「さすがに全部は食べられませんよ。でも、美味しいので出来るだけ残さないように頂きますね」
その後も老人から指導者が残していったものの話を聞いたりしていたのだが、いつの間にか食事が全て無くなっていた。
もちろん、僕一人で食べたのではなく、僕の食いっぷりを見ていた周りの人達も手を伸ばしていたからだった。
「そう言えば、クロハさんも同じもの食べているんですか?」
「あの方は別の物を食べていると思いますよ。我々は食べないこれとは違う料理を用意してありますので」
そう言うと老人は席を立って別の部屋へと入っていった。
僕も後に続こうと思って席を立とうとしたのだけれど、隣にいた大男に制止されてしまい、その場にとどまるしかなかった。
しばらく待ってみたけれど、誰も動こうとしなかったので、僕は今回選んだスキルを試してみようと思っていたけれど、座っている状態で早く動くことは出来ないし、死者と話そうにもどうやって死者と話すのかもわからなかった。
何となく円卓の上を探ってみると、飾りだと思って見ていた植物の中に違和感を感じた。
その植物を手に取って観察していると、不自然につけられているような幹を発見してしまった。
その幹を触っていると、少しだけ動いたので、思い切って引っ張ってみると、中から小さな鍵が出てきた。
その鍵を眺めていると一人の男が老人の入った部屋の中へと消えていった。
その部屋の中から老人が出て来たのだけれど、その瞳からは大粒の涙が零れ落ち続けていた。
「あなた様を疑っていたわけではございませんが、その鍵を見つけることが出来るのは真の指導者様でしかありません。試すような真似をしてしまい、謝罪の使用もございませんが、この老いぼれの命を町人のために少しだけ生かしておいていただけないでしょうか」
老人がそう言って膝まづくと、部屋の中にいた男たちも老人の後ろに並んで膝まづいていた。
「ちょっと待ってください、僕はあなたたちの指導者なんですか? それに、命を奪う真似なんてしませんよ」
「何たる慈悲深いお方だ。我々の指導者様は神のようなお方だ」
一人の男がそう言うと、それに釣られたように歓声が上がった。
十人にも満たない男たちの歓声ではあったが、僕の心の奥まで届くような歓声だった。
なぜかその場にいた全員と握手を交わしてから別の部屋に案内されたのだけれど、その部屋には大きな窓があって、そこから見下ろす広場には多くの人が集まっていた。
広場の中央に設置されている大の字型の柱の前に立っている老人が僕のいる窓を指差すと、その指先を視線で追った観衆は先ほどとは比べ物にならない大きさの歓声を上げていた。
老人は観衆に向かって何かを話しているようだけれど、鳴りやまない歓声にかき消されて僕のところにまで届くことは無かった。
老人が何かを言い終わると歓声は一段と大きくなっていき、老人が僕とは違う方向を指差すと、その方向にいた人垣が左右に割れて道を作っていた。
道の先にある扉が開くと三人の男が台車を引いていた。
荷台には布がかけられてあって様子はわからないのだけれど、何だか嫌な予感がしていた。
僕はその台車から目を逸らすことが出来なかったのだけれど、布が取られた瞬間に目をそらしてしまった。
両目を潰されていて、両手足の指を切断されているクロハの姿が布の下から出てきたのだった。
その姿を見た観衆は静寂に包まれていたのだが、その観衆を諭すように老人は言葉を発していた。
「この者は我々の指導者様ではなかった。
この者を生かして町から出してしまうことは、この町に災いをもたらしてしまう恐れがあるのは諸君も承知のはずだ。
よって、この者はこの場で処刑致す。
各地区の代表者は槍を持って前へと歩みを進めたまえ」
老人がそう話している間にクロハは大の字型の柱に磔にされていた。
クロハを取り囲むように槍を持った男が整列すると、一斉に槍をクロハの体へと突き刺していた。
槍が刺さるたびにクロハのうめき声が聞こえ、その声をかき消すように大歓声が上がっていた。
転生者のクロハが死ぬと体は消えるはずなのに、手足が落ちてもクロハの体が消えることは無かった。
柱に固定された頭だけが残った状態になっても、クロハの体が消えることは無かった。
柱に残された頭を除いて片付けられた肉片が無くなると、集まっていた観衆は方々へと散っていった。
僕は誰もいなくなった広場に降りて顔を見てみたのだけれど、先ほど話していたクロハ本人で間違いなさそうだった。
転生者でも消えないことがあるのかと思っていると、どこからかクロハの声が聞こえてきた。
「こんなことになるんだったら、転生者だって騙るんじゃなかった」
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