第6話 リトライ リプレイ リスタート

「はい、今回は自分で終わらせなかったので、やり直すことが出来ますよ」


「じゃあ、アリスが飛び込んでくる前に戻してくれ」


「えっと、それは出来ないですね」


「どうして? やり直せるんじゃないのか?」


「やり直せることはやり直せるんですけど、あなたの選択によって大きく展開が変わってしまう場面からになってしまうんですよね」


「それならアリスを助ける事だって出来るじゃないか」


「アリスさんなんですけど、すでに二回あなたに助けられているんで、これ以上は無理ですね」


「そんな決まりがあるなんて聞いてないぞ。だいたい、アリスを助けることで俺の何が変わるんだよ」


「そうですね、体験してもらうのが一番早いとは思うんですけど、あの時間に戻ったとしても、今の状態で戻るのではなく、その時の状態で戻る事になるんです」


「つまり、どういうことだ?」


「今のあなたの記憶とスキルを引き継いで戻れる場所は二か所なんですけど、それ以外の場所に戻ったとしても、さっきまで体験していたことを全く同じように繰り返してしまうんです。イレギュラーはありません」


「じゃあ、他のところに戻ればアリスを助けられるんだよね?」


「どうでしょう、あなたが戻るところなんですけど、怪物を見過ごしてアリスさんを見殺しにするか、宿場から街に向かう途中で馬車に乗らないかってとこですね。さあ、どっちにします?」


「ちょっとまってくれ、アリスを見殺しにしたらアリスは死んじゃうんじゃないのか?」


「そうですね、その場合はアリスさんは死んじゃいますけど、結局あなたもすぐに死ぬと思いますよ」


アリスを助けた後に宿場までかかった時間を考えると、とても一人でたどり着けるような距離ではないだろう。


仮に、一睡もしなかったとしても、スキルを使いながらでは二日と持たないだろうし、スキルを使わなければ、一日も持たないのは自分自身がよくわかっている。


「でも、宿場で馬車に乗らないことがそんな影響ある事なのか?」


「そこで馬車に乗らなかった場合なんですけど、あなたは死にますがアリスさんは助かると思いますよ」


「それはいったいどういう事なんだ?」


「かいつまんで言いますと、あそこで馬車に乗らずに歩いていると、街に着くのが遅くなるんです。

街に着くのが遅くなることによって、転生者二人の力を求める巨大な怪物が出現するんです。

その怪物は宿場に集まっていた人達がやってきて討伐するんですけど、今のあなたでは倒すどころか気を引くことすら出来ないと思います。

でも、怪物は転生者のエネルギーを奪いたいのであなたかアリスさんは犠牲になるのです。

そこで、あなたは自分の身を犠牲にしてアリスさんを逃がすようですね」


「その時に戻ってもどちらかしか助からないってことじゃないか。それなら最初からやり直した方がいいと思うんだけど」


「そうですね、じゃあ、スキルを選ぶところから始めましょうか?」


僕が出来る事でアリスを助けることがあるけれど、僕が助けたいのはアリスじゃなくてサクラなんだ。


サクラ……そう言えば、意識が遠くなる前にサクラの姿を見たような気がする。


「僕が死んだ場所にサクラがいたような気がするんだけど、何か知っていることはあるのか?」


「私は何も知りませんよ。そこにいたのがサクラさんなのかはわかりませんが、よく似ている人を見て脳が勘違いしたんじゃないですか?」


確かに、そう言われてみるとサクラに似ていると思っただけで本人だという確証はなかった。


この女のいう事が全部正しいとは思えないけれど、きっと何か隠していることがあるのだと思う。


隠していると言えば、僕はこの女の名前を知らない気がする。


今まで何の疑問も持たなかったけれど、これは変な事ではないだろうか?


「あの? あなたの名前はなんて言うんですか?」


「私の名前ですか? 私の名前を知りたいんでしたら、ご自身の名前を思い出されてはいかがですか?」


ずいぶんおかしなことを言う女だと思っていたけれど、どうしても自分の名前が思い出せない。


それ以前に、自分が何者なのか不安になってきてしまった。


今までも誰かと話す機会があったけれど、その時はどうだろうか?


誰も名前で呼んでくれていなかったような気もするし、僕が覚えていないだけで呼ばれていたのかもしれない。


僕が名前を思い出すことが何かにつながるような気がしているけれど、今はどう頑張っても思い出せそうにない。


「どうしました? スキルを選びなおすってことでいいんですよね?」


僕は女の顔を見ることが出来なかったのだけれど、力なく頷きながら返事を返した。


「おお、やりましたね。あなたの使えるスキルが増えましたよ」


増えた?


変化ではなく増えた?


「増えたってどういうこと?」


「アリスさんを助けた後に移動系のスキルを教わったと思うんですけど、それが追加されましたよ」


「なんで今のタイミングで増えるんだよ」


「えっとですね、結論から言いますと、あなたはあちらの世界に転生している間は成長しないんです。成長はしないんですけど、経験したことは積み重なっていて、こちらに戻ってきたときにそれが一気に解放されるって感じですね」


「向こうで経験してきたことってのが、こちらに戻ってから反映されるって事?」


「そうなんですよ。向こうの経験は何一つ無駄ではないってことですね。他の人の場合は無駄になるだけじゃなく、心に傷を負うことになる場合が多いんですけどね」


そう言った後に女が見せてくれたスキルリストには、『上手に武器を扱う』が『武器の力を引き出す』になって、『反射神経が良くなる』が『体感速度が変化する』になって、『武器を合成する』が『合成した武器に追加効果を付ける』に変化していた。


これらのスキルは次回使うことが出来ないみたいではあるけれど、交渉スキルのように自然と身についているものがあるかもしれない。


次はどのようなスキルを選ぼうか悩んでいるのだけれど、アリスに教えてもらった『移動速度が速くなる』と他に二つ新しいスキルを選んでみようと思う。


移動系のスキルと相性がよさそうなものを選ぶか、全く別のスキルを選ぶかで迷っていたのだけれど、移動系に相性の良いスキルが思い浮かばなかったので、別のスキルを選ぶことにした。


「実は、昔から興味があった奴なんだけど、『使者と話す』と『隠れている物を見つける』と『移動スピードが速くなる』にするよ。それと、出来れば町の中に転生してもらいたいんだけど」


「その三つのスキルの組み合わせが正しいのかはわかりませんけど、町の中に転生させることは可能ですよ。でも、本当に町中でいいんですか?」


「ああ、今まで見たいにどっちに行けばいいかわからないのは怖いんだよね」


「出来るだけ人前に転生しない方がいいと思うんですけど、あなたが気にしないならそうしますね。さあ、これから始めますので目を閉じてくださいね」


僕は女の言葉に逆らって目を開けていたのだけれど、体を包む光がだんだんと強くなっていき、目を開けることが困難になっていた。


「無理しないで目を閉じないと後がつらくなりますよ」


僕は女の言葉を聞く前に目を閉じていた。




まだ眩しさが残っていて目は開けられないのだけれど、僕の周りでざわめく人の声を聞く限り、どこかの町に転生することが出来たようだった。


目に残る光が薄れてきたのでゆっくりと目を開けてみるけれど、まだ視界はぼやけていてはっきりと確認することは出来なかった。


とりあえず、動くのも危険だと思ってその場にとどまっていたのだけれど、近づいてくる金属の足音が僕を何やら不安な気持ちにさせた。


ずっしりと重い手のようなものが肩に乗るのを感じていると、低い男の声が僕に問いかけてきた。


「あなたは突然現れたようですが、もしかして御神の使いでしょうか?」


質問は友好的に思えるようなものだったけれど、両脇を二人にがっちりと固められている状況を思えば、とても友好的には思えなかった。


「神の使いではなく転生者ですよ」


僕がそう言うと両脇の二人はすぐに離れていた。


「おお、それは良かった。しかし、転生者の方が町中に降臨なさるのは珍しい。ここで立ち話もなんですので、我々の拠点まで来ていただけるでしょうか?」


視界が何とか戻ってきた僕は兵士たちの拠点についていく事にした。


どこかで見たことがあるような気がしていたけれど、今やこの町の情報を集めるのが先決だと思って色々聞いてみた。


この町は前回いた町と違い城壁などでは守られていないようで、ある程度は怪物が侵略しに来ているようなのだけれど、この兵士たちと自警団のような組織がそれぞれ異なる方法で町を守っているようだ。


この町はかつて神が降臨した土地だったらしい。


その伝承をもとにこの土地を守っていた教団が中心となって発展してできたのがこの町であった。


最初のうちは人もそれほど多くなかったので自分たちの力だけで守る事が出来たのだけれど、人が増えるにつれて怪物の襲来も増えてしまい、自分たちの力ではこの町を守る事が困難になっていった。


そこで、この辺り一帯を支配していた領主が兵士たちを派遣して、怪物討伐に乗りだした。


町の住人は兵士の事を歓迎して怪物討伐にも協力的だったのだが、教団側は兵士たちの事を疎ましく思っているようだった。


つい先日、僕のように町の中に転生者が現れたらしいのだけれど、その時は教団の人間が連れて行ったらしい。


そんな話を聞きながら兵士達の拠点に向かっていると、そろいの服を着た集団が僕達を囲んでいた。


「その御方も御神の使いに違いない。我が教団へお越しくださいませ」


先頭に立っている男の言い方は優しいのだけれど、その周りに立っている男は槍先をこちらに向けていて物騒だった。


「それは出来ない。この方は転生者であって神の使いなどではない!」


「おかしなことを言いなさる。神が使えし者こそ転生者ですぞ」


僕は今のところ戦う手段を持ち合わせていないので、この人達のやり取りを黙ってみている事しか出来なかった。

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