第5話 僕とアリスの出来る事
朝ご飯を食べてからすぐに宿を出たので、お昼過ぎくらいには街中に着く予定らしい。
壁の中は広大な畑が広がっていて、見たことが無い作物が実っていた。
「この辺りでとれる小麦でパンとか作ったりするんだよ。今朝食べたパンとかもこの辺りでとれた小麦を加工して作っているらしいんだ」
アリスが畑を指差すと、心地よい風が畑を撫でるように通り過ぎていった。
天気も良く、かといって日差しも強すぎない心地よい一日の上に、壁の中は怪物に襲われる心配もないので久々にのんびりとした散歩を満喫していた。
壁の中は安全だとわかってはいるのだけれど、ちょっとした物音や動物が現れると一瞬だけ身構えてしまって、それをお互いに見合って笑ってしまったことが何度かあった。
そんな中で二時間ほど歩いていると、大きな木が一本だけ生えていて、その木陰で休憩を取る事になった。
「この木がいつから生えているのかは誰も知らないんだけれど、ここが町と私達が止まった宿場の中間あたりなんだよね。もうすぐで町に着くけど、強そうな人たちは今頃怪物駆除に駆り出されてるから、あんまり強い人は残っていないかもしれないよ」
「そうなのか、強い人がいたら今後の事でも相談してみたかったんだけど、急ぐこともないだろうから気長に待つことにするよ」
「そうだね、お兄さんには危ないところを助けてもらったお礼もちゃんとしないといけないし、私より上の人にも後で報告しとくからさ」
「ここまで連れてきてくれただけでも満足だから気にしなくていいんだけどね」
「そう言われても、こっちもお礼しないと気が済まないからさ」
そんな話をしていると、一台の馬車が止まっておじさんがこちらを見ていた。
「おう、アリスじゃないか。町に行くなら乗っていくかい?」
「ありがとう、町までお願いしようかな。このお兄さんも一緒にいいかな?」
「狭くてもいいなら乗っておくれ。町まであっという間だからね」
馬車に乗って景色を眺めていると、 より遠くまで見渡すことが出来た。
よく見ていると、畑の中で作業をしている人達も何人かいたようで、こちらに向かって手を振ってくれている人達もいた。
「お兄さんも転生してきたのかい?」
「はい、まだ初心者なんでよくわかっていないんですが、アリスさんに助けてもらってここまで来れました」
「アリスもたまには人の役に立つこともするのか。私の店にも何か貢献してくれたらいいんだけどね」
「何言ってんだよ。私だって少しくらいは貢献しているだろ。それに、このお兄さんだっておじさんの店の常連になるかもしれないじゃないさ」
「そうなってもらえると嬉しいんだが、お兄さんは得意な武器とかあるのかい?」
僕の得意な武器って何だろうなと思ってみたけれど、今まで武器らしい武器を使ったことが無かったので、少し考えてみたけれど、大きい剣を使う事も斧を振り回したり槍を携える姿もイメージできないでいた。
「強いて言えば、棒状の何かですかね?」
「長いのとか短い色々あるけれど、良かったら後で私の店に来てくださいな」
「はい、これからの拠点になる場所が決まったら寄らせていただきますね」
「このお兄さんはめちゃめちゃ強いからいい武器見せてやってよ」
それから少しの時間ではあったけれど、この街の事やこれからどうしたらいいかといった話を聞いていた。
これから行く町は前回の町と違って商人ではなく貴族議会が中心となっている町のようで、自警団ではなく騎士団が規律を持って町を守り、転生者が町の外の活動範囲拡大に従事しているようだった。
僕は騎士団に組み込まれるとは思えないので、アリス同様に壁の外での活動が主な仕事になりそうだった。
戦闘経験は数えるほどしかないけれど、町の近くから離れなければそれなりにはやっていけるのではないかと考えていた。
「さあ、もうすぐ街中に入るけれど、私の店の方まで乗っていくかい?」
「そうだね、おじさんの店までついて行って荷下ろしを手伝ってからお兄さんの宿を探すことにするよ。お兄さんもそれでいいだろ?」
僕はアリスと一緒におじさんのお手伝いをする事にしたのだけれど、馬車の中の荷物を見る限りではそれほど時間がかからなさそうだと思った。
おじさんの店は周りの家と比べても特別大きいわけでも無いのだけれど、結構繁盛しているようで荷下ろしを手伝っている間にも何人もの騎士や転生者風の人達が出入りしていた。
「二人が手伝ってくれたおかげで早く終わったよ。何か欲しいものがあったら取り置きしておくから商品を見ておいで」
手伝いが終わって店内の商品を見ていると、僕には扱うのが難しそうな武器が多く展示されていた。
日本刀のような刀身の刃物があったので手に取ってみたのだけれど、思っていたよりも重量があって振るだけでもよろついたので僕には少しだけ似合わないだろう。
他にも色々と持ってみたのだけれど、どれもしっくりくるものが無く、一番僕に合いそうだったのは硬い木で作られている杖だった。
値段を見てみると、先ほどの刀とは比較にならないほど安かったので、ほぼ即決でこの杖を買うことに決めた。
これかか必要になる宿代がわからなかったのでどれくらい買えるかわからなかったので、数はいくつになるかわからないけれど、たくさん取り置きしてほしいと伝えるとおじさんはかなり驚いていた。
「そいつは特別な加護を受けたわけでも秘められた力があるわけでもない普通の杖だけど良いのかい? 日常生活で使う分には丈夫で壊れにくいとは思うけれど、戦闘には向いてないよ。本当にそれでいいのかい?」
おじさんの疑問も当然だとは思うけれど、僕に扱えそうな武器で大量に購入することが出来るのはこの杖なので仕方ないのだ。
「はい、この杖が一番しっくり来たのでお願いします。これから宿とかを決めないといけないので数は決まってないですけど、出来るだけたくさん取っておいてもらえますか?」
「ああ、この杖の在庫はそれほど多くないけれど、店に有るだけ取っておくよ」
無事に武器の確保も出来そうなので次は宿を探そうと思っていたのだけれど、先ほどから店内にアリスの姿が見えなかった。
お店の手伝いをしているのかと思っておじさんに聞いてみたのだけれど、アリスはもう外に出ているらしく、僕も外に出ることにした。
宿の場所は何となく教えてもらっているのでわかるのだけれど、知らない街で一人行動はまだ少し心もとないのだから仕方ない。
店の外に出ると人だかりが出来ていて、その中心からはアリスと男が何か話している声が響いていた。
「だから、あのお兄さんは私を助けてくれた恩人なんだよ」
「恩人だか何だか知らないけれど、入り口の宿場では一緒の部屋に泊まったそうじゃないか」
「それがあんたに何か関係あるって言うのか?」
「僕とアリスの関係を思えば関係ない事は無いじゃないか」
「私とあんたは転生者と騎士って事以外で接点ないじゃん」
「アリスは僕の妻になる存在だって何度も話しているじゃないか」
「それはナルスが勝手に言っているだけだろ。私は何度も断っているじゃないか」
「断られたとしても僕は君を諦めたりしない」
「騎士だからって勝手に決めつけるなよ」
「父上もアリスの活躍を認めたうえでの事だから大丈夫だよ」
「あんたらで勝手に決められてもこっちは困るんだよ」
アリスは豪華な装飾が施されている鎧を纏った騎士に何か言い寄られているようだった。
アリスと騎士の間に割って入ろうとしている騎士がいるのだけれど、二人の勢いで間に入ることが出来ないようだった。
「あ、お兄さん。買い物は終わったのかい? じゃあ、さっさと行こうか」
人垣の中から僕を見つけたアリスはこちらに駆け寄ってくると僕の手を引いて人垣を掻き分けていった。
「おい、貴様が僕のアリスをかどわかした輩か。貴様の事は知らぬがこの場で決闘を申し込む!!」
「え? 決闘? 普通に断ります」
「断る? それでも騎士か!!」
「騎士じゃないです」
「貴様のような奴が僕のアリスと触れ合うことなど許さん」
「私はあんたの物じゃないよ」
「そんな悲しい事言うなよ。僕の気持ちに答えてくれたじゃないか?」
「あんたの気持ちに答えた事なんて一度も無いじゃないか」
「嘘だ、転生者登録館で初めて会った時に微笑んでくれたじゃないか?」
「そんなのは誰にだってするし、特別な事じゃないじゃない」
「僕にだけ微笑んでくれたアリスじゃないか」
再び二人の言い争いが始まってしまったので、僕は一歩下がってしまったのだけれど、僕の隣にアリスとナルスの間に割り込もうとしていた騎士が立っていた。
「うちの若大将がすいません。あの人は悪い人じゃないんですけど、根が純粋なのか思い込みが激しいのか、あんな感じでいつも迷惑かけちゃうんですよね」
「そうなんですか? 僕はこの街の事をまだ詳しく知らないのでどんな関係なのかもわからないんですよ」
「えっと、簡単に説明しますと、若大将はこの街の領主の三男で騎士団の副団長なんですよ。
副団長は他にも三人いて若大将はほとんど実戦には参加していないんですけどね。
でも、転生者じゃないのにスキル持ってるんで凄い人と言えば凄い人なんですけど、実戦でほとんど役に立たない程度なんですよ。
それで、アリスさんがこの街の転生者登録館にいるところをたまたま見て一目ぼれして付きまとっているって感じになりますね。
領主の息子って言っても長男と次男でほぼ実権を握るのは確実なので、若大将は自分の力でどうにかしなくちゃって思っているみたいなんですよ。
実際はわからないように根回しとかされているんですけど、根が純粋なんで気付かないんです。
騎士としての実績はそんなにないんですけど、一応副団長なんでわがままも通りやすかったりするのも良くないかもしれないですね。
申し訳ないですけど一緒に若大将がアリスさんの事を諦めるように協力してもらえないですかね?」
「諦めさせたいのかい?」
「そうですね、私はどっちでもいいんですけど、領主様が認めたのはアリスさんの所属している転生者団体の活動でして、アリスさんの活動がどうとかは言ってないんですよ。
転生者の方に言うのは申し訳ないんですが、やっぱり結婚するならこの世界の人がいいんじゃないですかね?」
「その点は同意するけど、あの若大将は思い込みが激しいんでしょ?」
「そうなんですよ、自分の都合のいいようにとらえちゃうし、思い込みも激しいから大変なんですよね」
アリスたちのやり取りは終わらないみたいではあったけれど、アリスは僕の手を再び引いて走り出した。
「ああ、出来る事ならあの日に戻って無視してやりたいよ」
そう言いながら走るアリスはスキルを使っているようで、僕もついていくのがやっとだった。
どういった道を通ってきたのかはわからないけれど、先ほどとは違う空気を感じる街並みになっていた。
通りに人自体はいないのだけれど、建物の中からはやたらと視線を感じてしまう。
そんな街並みだった。
「この辺はさ、転生者が多く住んでるんだよね。それで、見たことが無いやつが通るとついつい調べたくなって観察しちゃうのさ。だから、あんまり気を悪くしないで欲しいな」
アリスが立ち止まるとそこは一軒の酒場だった。
アリスに連れられて中に入ると数人の飲み客がいるようだったが、アリスと顔なじみらしく軽く挨拶を交わしていた。
僕もつられて挨拶をしてみたけれど、軽く会釈を返してもらうだけで会話は何もなかった。
アリスと一緒にカウンター席に座ると、酒場のマスターらしき男が僕の顔をじっと見ていた。
「なぁ、このお兄さんはあんたの新しい相棒か?」
「相棒ってわけじゃないんだけど、怪物に襲われて死にそうになっているところを助けてもらったのさ。それで、お礼も兼ねてここまで連れてきたってわけなんだけど、部屋は空いているかい?」
「いつもは満室でキャンセル待ちの列が出来ているんだけど、今日はたまたま空きがあるんで大丈夫だ。お兄さんの部屋はどこでもいいのか?」
「何言ってんだい、ここの宿が埋まってたことなんて一度だってありゃしないじゃないか。空室だらけで遊ばせとくのももったいないだろうし、安くしてやってよ」
「そうだな、どれくらい滞在してくれるかにもよるけれど、前金なら多少は安くしとくよ」
僕はこの辺りの相場もわかりはしないので、アリスにお任せして決めてもらうとさっそく代金を前払いで一月分支払うことにした。
思っていたよりも安く済んだようだったので、当面の食費などをざっくり計算して差し引いた金額であの杖を買うことにしよう。
部屋の場所を聞いて鍵を受け取ると、僕は今持っている荷物をいったん部屋に置くことにした。
酒場脇の階段を上って奥の通路を通ってその先にある角を曲がって三番目の部屋が今後暮らしていく僕の部屋になった。
正直そこまで期待してはいなかったのだけれど、それなりに広い部屋で窓もあるので閉塞感は無かった。
掃除の必要も無いくらい綺麗な部屋が維持されているているのは、この世界では珍しく感じていたが、従業員が綺麗好きなのだろうと思った。
「ちょっと、あんたがあの女と一緒にいると私がこっちに出てこれないじゃない」
突然出てきたリンネは何か怒っているようだったけれど、僕にはその理由の見当もつかなかった。
「あのね、言い忘れてたかもしれないけれど、私達は他の転生者の前に出るのは禁止されていいるのよ。あんたがあの女と一緒にいると私が出られないのはそういう理由があるのよね」
「なんで出てこれないの?」
「あんたはまだ知らないかもしれないけれど、同じ転生者でも呼び出してるモノが違ったりするのよ。それに、私が捕まっちゃう事でこっちの情報があっちに漏れちゃうことだってあるし、相手の正体がわからないうちは出てこないのが一番安全なのよ」
「アリスも転生者だから気を付けた方がいいって事?」
「うーん、その辺はあんたに任せるけど、あんまり深入りしすぎない方がいいんじゃない? 前の人の事だってまだ引きずっているんでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけど、大丈夫だと思うよ」
「根拠はないけどまあいいや。私はあんたの前にあんまり出てこないかもしれないけど、さぼっているわけじゃないから気にしないでね」
「うん、気にしてはいないけど気にしないでおくよ」
「じゃあ、私はこの部屋で安全に暮らせるように結界でも張っておくから明日の夜になったらまたね」
そう言い残すとリンネはくるりと一回転してから消えていった。
リンネが消えた空間に手を伸ばしてみてもそこには何もなかった。
荷物を置いて下に戻るとアリスはお酒を飲んでいたみたいで上機嫌になっていた。
「どうだい? 部屋はちゃんと綺麗になってたかな?」
「うん、とても綺麗だったよ。きっとここで働いている人は綺麗好きなんだね」
「あはは、このマスターは几帳面で綺麗好きだもんな。潔癖症って言っても過言ではないくらいだしな」
「おい、俺が綺麗好きで何か問題でもあるのか?」
「そんなことは無いけれど、潔癖症のマスターがいる酒場の常連が汚い奴ばかりだってのはちょっとした笑い話だね」
「こっちは客を選べる立場じゃねえんだし、汚れても綺麗に出来るって思えば儲けもんだろ」
このマスターは意外とホスピタリティ精神に満ち溢れているのかもしれない。
「そうだ、これからの生活費について教えてもらいたいんだけど良いかな?」
「生活費なんて無くなったら怪物退治か治安維持活動に参加したらいいんじゃないかな。転生者登録しておけばこの街じゃ仕事には困らないと思うよ。ま、私みたいに身の丈に合ってない仕事をしちゃうと危ない目に遭っちゃうけどね」
そう言ってアリスが笑っているが、あの時に僕があそこに行かなければここにはアリスがいないのだと思うと少しだけ切なくなった。
「お兄さんが食べ物にこだわりが無いんなら昼飯は俺が賄い飯作るんでそれを食えよ。味の保証は出来ないけど、空腹を満たすことくらいなら出来ると思うぜ」
「いいんですか? それはありがたいです」
「何言ってんだよ、宿代に含まれているんだから当然だろ。それに、このマスターは潔癖症なだけじゃなくて料理の腕前も良いんだよ」
最低でも一日一食確保できたことは大きなことだった。
朝は食べなくても何とかなりそうだし、夜はここで何か食べてもいいだろうし、近所で何か食べても良いのだろう。
「そう言えば、お兄さんは武器の取り置きしてただろ。持ち切れなからったらこの酒場に運んでもらうといいよ」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと武器を買いに行ってくるよ」
酒場から武器おじさんのお店までの道のりは多少不安ではあったけれど、どの道を通るといいのか何となくわかってしまっていた。
一度通った道を記憶することが得意な方ではあったけれど、アリスに引っ張られてほとんど覚えていない道でもわかったのは新たな発見だった。
「おお、その様子だと宿泊場所は確保できたみたいだね。それじゃあ、商売の話に入ろうか。ええと、ナッツの木で出来た杖だったね。どれくらい必要かな?」
僕は持っているお金を差し出した。
「これで買えるだけお願いします」
「おお、そんなにたくさん必要なのかい? 申し訳ないけれど、この店の在庫では足りないね。少し時間を貰えれば他の店からも集めてくるけど、大丈夫かな?」
「はい、時間はたくさんあるので大丈夫です。では、お金は渡しておきますね」
「いやいやいや、この金額分を全部この街の中で集めることは出来ないと思うよ。手付金として少し貰っておくから、足りない分は商品と引き換えにさせてもらうよ」
この街の人々はホスピタリティ精神が満ちすぎているのではないかと思ってしまうくらいだけれど、僕がもと居たところでもこれほど正直な商売人はそれほど多くないかと思った。
とりあえず持てる分だけ杖を受け取ると、残りは酒場まで配達してもらえることになった。
この場で全部合成してもよかったのだけれど、なるべくスキルを見せない方がいいとの助言を守る事にして自室まで持って帰る事にした。
再び酒場へ向かっていたのだけれど、最初に感じた刺すような視線は感じることは無かった。
酒場に戻ると店内は先ほどよりも人であふれていたのだけれど、アリスの姿はそこにはなかった。
「おう、アリスなら自分の部屋に戻ったみたいだぜ。夜になったらお兄さんのとこに行くって伝言を預かってるよ」
「ありがとうございます。僕も部屋に戻ってますね。それと、武器が届いたら取りに来ますのでお願いします」
「ああ、見ての通り夕方からは街に戻ってきたやつらで溢れちまうんで呼びにいけないと思うけど、届いたら出来るだけ早く報告するよ」
マスターにお礼を言ってから自室に戻って買ってきた杖を並べてみると、どれをとっても硬さと長さは扱いやすそうな感じだった。
さっそく持っていた枝と杖を合成してみると、杖に枝が巻き付いたようなデザインに変化していた。
持っていた杖を全て合成してみると、枝のデザインは薄く残るだけでほとんど元の杖と変わらない感じになっていた。
やる事もなくなったので下に降りてみるとカウンター席が一席空いていた。
僕はそこに座って飲み物を頼んで周りの話を何となく聞きながら過ごしていた。
三杯目のドリンクを飲んでいるとアリスが僕の隣に立っていた。
「今から部屋に迎えに行こうと思っていたけど、ここにいたなら階段を上らなくて済むしラッキーだね」
僕が飲みかけのドリンクを飲み干すとアリスはそのまま僕を外まで連れ出していた。
「さあ、今晩は私の好きな物を食わせてあげるよ。お兄さんが気に入ってくれると嬉しいんだけど、お兄さんなら何でも食べてくれるだろうから心配いらないよね」
アリスが連れて行ってくれた場所はお店ではなく誰かの家のようだった。
「ここは私がお世話になっているお姉さんの家なんだけど、さっきお姉さんにお兄さんの事話したら喜んでくれたんだよね。それで、私も手伝って料理してたのさ」
「ありがとう。僕もアリスに色々助けてもらっているからお礼しなくちゃって思っているけど、少しずつでもお返ししていくよ」
「な、何言ってるんだよ。お礼なんていいんだよ。でも、飲み物買うの忘れてたからあそこの角の店で何か買ってきてもらっていいかな?」
「うん、飲み物はなんでもいいのかな?」
「お姉さんはお酒飲まないからさ、お酒じゃなきゃなんでもいいよ。それに、私も今夜はお酒飲まないって決めてるからさ」
「僕もさっき飲んでたのはお酒じゃないよ」
「お兄さんは飲んでてもいいんだけどな。まあいいや、買ってきたらそのまま庭に来てくれたらいいからね」
そう言い残してアリスが庭の方へと消えていくと、奥の方から小さな笑い声が聞こえていた。
僕はそのままお店に向かって適当に飲み物を買って戻ると、家の前に不審な男が立っていた。
「おい、どうしてお前はまだアリスと一緒に行動しているんだ?」
鎧を着ていなかったのでわからなかったけれど、日中にアリスと言い合いをしていた騎士の男だった。
「答えろ、どうしてお前は僕の邪魔をするんだ」
「邪魔なんてしていないけれど、なんでここにいるの?」
「質問をしているのは僕の方だ! 質問に答えたくないというのなら、その体に直接聞いてやる」
そう言いながら腰に差していた細身の剣を抜くと、僕に向かって鋭い突きを繰り出した。
僕は反射神経が良くなっているお陰で難なくかわすことが出来たのだけれど、それをよく思わない男は再び鋭く突いてきた。
今度は複数回突いてきたのだけれど、僕の体に触れることは無かった。
その後も何度も何度も突きを繰り返してきたのだけれど、その全てをことごとく躱していると男は急に大声を上げた。
「どうしてお前は俺の思い通りにならないんだ。お前なんてこの世から消してやる!」
そう言ったかと思うと、先ほどよりも鋭く深い突きを繰り返してきたのではあるけれど、僕の体に触れることは一度も無かった。
男の叫び声を聞いたアリスたちが外に出て来たのだけれど、アリスの姿を見た男はさらに高揚したのか、奇声を上げながら何度も僕の体を目掛けて突きを繰り返していた。
何度突かれても僕の体に触れることは無いのだけれど、この男は諦めそうもなかったのでなるべくダメージが残らないようにあたってみることにしよう。
連続して突くことに疲れを感じてきたのか、少しだけ間があいた。
いつの間にか人垣が出来ていて、その最前列には鎧を身にまとった騎士の集団がいた。
「ナルス副団長どの、何をやっていらっしゃるんですか。その男が何をしたのかは知りませんが、武器を持たぬものを一方的に攻撃するなど騎士として恥ずべき行為です」
「うるさい、黙れ。これは男と男の戦いなのだ。それに、この男は右手に武器を持っているではないか」
「その男が持っているのは杖です。杖と細剣では対等とは言えません。どうか落ち着いて考え直してください」
「今すぐこの男を葬ってやるから安心しろ」
そう言われると騎士の男はそれっきり黙ってしまった。
正直なことを言うと、説得には応じないとは思っていたのだけれど、時間をずらして別の場所でやり直してもらいたかった。
「さあ、昼間に交わした決闘の約束をここで果たそうぞ」
そう言いい終わると同時に鋭い突きを繰り出してきたのだけれど、僕は今までと違って横ではなく後ろに下がると、ギリギリ左肩に当たるように距離を調整して動きを緩めた。
僕の計算では刀身の先が少しだけ刺さる予定だったのだけれど、僕の体に刀身が触れることは無かった。
僕の体に刀身が当たるよりも早くアリスが間に割って入っていた。
アリスは自分のスキルを使って超加速を行い僕の身代わりとなって騎士の刃を防いでくれていた。
「あはは、お兄さんに当たりそうに見えたから思わず飛び込んじゃったよ」
「なんで? 僕は少しくらい大丈夫なのに」
「いやぁ、お兄さんは、私の命の恩人だから、危険なことがあったら、守らなくちゃね」
アリスが言葉を振り絞っているのだけれど、言葉数と比例して吐血量が多くなっていた。
「もう話さなくてもいいから。すぐに治してもらうから安心してよ。これからご飯を一緒に食べるんだからさ」
「ごめん、その約束は、守れそうに、ないかも」
そう言い終わるとアリスは目を閉じて動かなくなっていた。
僕は騎士を蹴り飛ばして細剣を奪い取ると、アリスの体からゆっくりと丁寧に抜いた。
アリスの体を両手で抱きしめてみたのだけれど、だんだんとぬくもりが失われていくのを感じてしまっていた。
奪い取った細剣をへたり込んでいる騎士の前に投げ捨てると、僕は動かなくなったアリスを庭の芝生の上にそっと横たわらせた。
いつまでもへたり込んでいる騎士の前に立って、手に持っている杖先を顔に向けているのだけれど、騎士はブツブツ何かを呟いているだけでこちらに反応を示さなかった。
「なんで、なんで、なんで、僕のアリスが、なんで、どうして、こんなやつのせいで」
そんなことを呟いている男に無性に腹が立ってしまい、僕は投げ捨てた剣を思いっきり踏んで刀身を破壊していた。
「おい、お前が自分勝手なせいでアリスが死んだことは理解しているのか? お前はアリスを殺したんだぞ」
「違う、僕が殺したんじゃない。お前がちょこまかと避けるからだ。僕の攻撃でさっさと死んでいればアリスは死ななかったんだ」
そう言ってから細剣を握ると僕に突きさしてきた。
わずかに残った刀身が僕の体に触れてはいたが、ほとんど痛みを感じることは無かった。
次の瞬間に僕は右手の杖を思いっきり振り下ろしていた。
男の左手首に当たった杖はそのまま地面を叩きつけると、男の手首から先が宙を舞っていた。
左手の手首から先が無くなったことに気付いた男は泣きわめいていたのだが、僕が再び杖を振り下ろすと右足の膝から先を縦に切り裂いた。
どれくらいの枝と杖を合成するとこれほどの威力になるのかはわからないけれど、まだまだ威力が鈍る気配は感じられなかった。
その後も体を少しずつ刻んでいったのだけれど、男の口からは悲鳴が漏れるだけで最後までアリスに対する謝罪は出てこなった。
僕は何とか冷静に、死なない程度に切り刻んでいて、そろそろこの男も死にそうに感じてしまったので、男の目の前にしゃがみながら髪を掴んで目を見ると、男は僕と目を合わそうとしなかった。
「何も現実を見ようとしない目なら必要ないよね」
僕がそう言いながら左目に杖の持ち手を差し込むと、杖を通して破裂する感覚が伝わってきた。
そろそろ止めを刺してあげようかと思って杖を握りなおそうとすると、僕の体は騎士達に拘束されていた。
「さすがにやりすぎです。私達もさすがに見過ごすことが出来ないので、この場で首を落とされるか、後日処刑されるか選んでください」
僕は握りなおそうとしていた杖から手を離すと、天を仰いで首を差しだした。
「見事な覚悟です」
そう言うと派手な装飾が施された鎧を纏っている騎士が刀を振りぬいた。
意識を失う一瞬ではあったけれど、横たわるアリスを心配そうにのぞき込んでいる女性はサクラにとてもよく似ているような気がしていた。
意識と体の感覚が戻ってくると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「今回は魔王を倒せなかったけれど、次は頑張って倒しまくりましょうね」
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