第4話 西の町へ向かう

最初に行っておくが、僕はサクラの事は一瞬たりとも忘れたことは無い。


忘れたことは無いのだけれど、アリスとの冒険は楽しい事の連続であった。


お互いに同じ転生者という事もあり、ちょっとした事で意気投合することが多かった。


僕は日本から来たのだけれど、アリスはヨーロッパの聞いたことのない国から転生してきたとの事だった。


アリス曰く、私の国は内紛が多くて日常的に死が近くに存在していていたので、この世界でも死は遠い存在ではないけれど、元の世界の方が死が身近に感じていたそうだ。


僕のいた日本は世界の中でも安全な国の上位に入るので、夜間でも女性が一人で買い物に行けることすら、アリスにとっては信じられない事だった。


日本は結構有名な国だとは思っていたのだけれど、アリスは日本の事を全く知らないどころか、アメリカや中国と言った国すら知らず、同じヨーロッパのイギリスやフランスの事も知らないようだった。


もしかしたら、僕がいた地球とは別の地球が存在していて、そこから転生してきたのかもしれないと思った。


「お兄さんの話は信じられないけれど、悪い人じゃないのはわかったし、そんな夢みたいな国があるんなら、ここから戻れたら遊びに行ってみたいな」


「僕はアリスの国はちょっと怖いけれど、ここで学んだことを生かせるなら行ってみたいかも」


「おお、ここの経験を生かすなんて私は考えたことが無かったけど、ここで手に入れた力を使えるなら私の国もよくなるかも」


「僕の場合は戻っても使う機会がないかもしれないけどね」


「そっか、お兄さんのは戦う事に使う力だし、平和な国じゃ必要ないかもね。そうだ、私のスキルを教えて上げるよ」


「そんなことが可能なの?」


「まぁ、向き不向きってのはあるから何でも学べるわけじゃないんだけれど、私のは子供でも使えるやつだし、覚えておいて損はないと思うよ」


「へえ、そんな便利なスキルなら是非とも教えていただきたいね」


「私のスキルは移動系のスキルで、最初のうちは足が速くなったかなって感じなんだけれど、力の使い方に慣れてきたらとんでもなく早く動けるようになるよ。私も結構早く動けるようにはなっているんだけど、物凄くお腹が空いちゃうから使いどころが難しいんだよね」


人からスキルを教わるときは、心得や体の使い方などを理解するように教えてもらうのだけれど、一日丸ごと使っても、基本の動きすら覚えることが出来なかった。


「あらら、これだけやればきっかけくらいは掴めるもんなんだけど、お兄さんって自分のスキルしか使えないのかってくらい、物覚え悪いよね」


アリスは少し呆れた感じで僕を見ていたのだけれど、こればっかりは仕方ないと言った感じで優しくしてくれた。


「今日は何も出来なくてごめんね」


僕が食料になりそうなものを集めながらそう言うと、アリスは気にするなと言った表情で笑いかけてくれた。


「ま、強いお兄さんでも苦手なことが無いとこっちもどう接していいかわからないから、ちょうどいいんじゃないかな」


民族性の違いなのか、アリスがこういった事におおらかな性格なのかはわからないが、そう言った性格のアリスが近くにいることが、僕にとっては大きな支えになっていることは事実だった。


「じゃあ、今日はお兄さんが夜中の見張りをやってね。私は明け方から交代するからさ」


短い時間だけだとしても寝られることは幸せだった。


体力的にもそうなのだけれど、精神的にも休めるのは嬉しい事だった。


一人旅では短時間でも寝ている間に襲われてしまう事があるらしいので、一人の時はなるべく町から離れない方がいいらしい。


もっとも、前回いた町は町から見える範囲に怪物がやってくることはほとんどなかったので、こちらに来るまでは僕も動く怪物を見ることが無かったのだけれど。


この世界の夜は何となく視線を感じることが多いのだけれど、その視線は僕を見た後にどこかへ消えてしまうことが多いような感覚を覚えることが多い。


実際に見られているのかはわからないけれど、何かが襲ってきたことはほとんどなかった。


たまに怪物が近くを通る事もあったのだけれど、こちらに気付いているのか気付いていなのかはわからないのだけれど、お互いに戦闘になりそうな距離まで近づくことは無かった。


アリスは寝ている時にはフードを深くかぶってしまうので、どんな寝顔なのかはわからないけれど、焚火の薪が爆ぜる音に交じって時々聞こえている寝息からすると、リラックスして熟睡しているのだとは思う。


僕はもともとあまり寝ることに喜びを感じていなかったので、一日三時間くらいでも二日くらいなら行動することが出来たので、朝方の数時間でも寝られるだけで十分ではあった。


そんな生活を一週間くらい続けていると、地平線の奥に微かではあるが城壁のような建造物らしきものが見えてきた。


近付くにつれて全貌が見えだしているのだけれど、僕が今まで見た壁の中でも一番と言っていいくらいの長さと高さのある壁であった。


「あれが西の町を囲む壁なのかな? 万里の長城よりでかそうだ」


「そうだよ、アレが西の町の入り口さ。てか、万里の長城ってなんだ?」


僕が万里の長城を知っている限り説明したのだけれど、アリスはやはり知らないようだった。


それどころか、宇宙から見える人工建造物と言っても、宇宙という概念すら持っていないのだった。


「お兄さんの話は時々難しいんだけど、私達が今やる事はたった一つ。あの町の中までたどり着くことだね」


そう言うとアリスは走って行ってしまったが、僕が追いついていない事に気が付くとその場で留まってくれてはいた。


「ごめんごめん、お兄さんにスキルのやり方を教えたってことは覚えてたんだけど、お兄さんがスキルを使えないってのは忘れてたよ」


「この距離なら今日中には着きそうだし、先に中に入っててもいいよ」


「ま、確かにあの壁には着きそうだけど、町の中に入るにはちょっと遅かったかもね。あの壁のすぐ向こうが街中だと思っているようだけれど、怪物が襲ってくるかもしれないような場所に町なんか作るはずもないだろ? 今日はあの壁の中に入って宿を探そうよ」


確かに、言われてみると頑丈そうな壁があるとはいえ、いつ襲われるかもわからないような場所に町を作るのは得策ではないようだ。


「じゃあ、その壁の中に町があるんなら、その町も壁に囲まれているのかい?」


「壁の中は安全だし、警備兵も巡回してるから安心なんで壁はあの一枚だけさ。その一枚がとんでもなく長いんだけれど、一週間歩き続けても元の場所に戻れるかわからないような距離があるらしいよ」


「警備する人も大変だなぁ」


「確かに、警備する人も大変だと思うけど、宿屋の人達も大変だと思うよ。もう少し行ったら壁に入り口が見えると思うんだけど、入り口近くが宿場になっていて、そこで働いている人達もいるからさ」


「いつ襲われるかもわからない危険な場所だからかな?」


「怪物がやってきたとしても、常に警備兵がいるだろうし、傭兵も雇っているからその点は安心だと思うよ。中には揉め事をおこしちまう連中もいるみたいだし、そう言うのには出来るだけ関わりたくないもんだよ」


「それなら宿選びも慎重にしなくちゃいけないね」


「ま、その辺は大丈夫だと思うよ。私が入ってるところの宿があるからそこに泊まれば安心さ」


そんなアリスの心強い言葉を聞いていると、後一時間もかからないくらいの距離まで近づいていた。


話に夢中で気が付かなかったのだけれど、壁の高さ的にはそんなに圧迫感を感じないのだけれど、壁の上を歩いている人からは恐ろしいくらいの殺気が出ている感じがしていた。


その殺気も僕達に向けられているのではなく、どこからかやってくるであろう怪物を警戒してのものだと思う。


「あとひと踏ん張りで壁の中に入れるね」


「そうだね、ここまでくれば安心なんだけど、時々運の悪い奴が近くの森から出てきた怪物に襲われたりするんだよね」


アリスのセリフは何となくフラグのように感じていたが、そのフラグを回収することは無かった。


壁が見えてからはアリスも上機嫌になっているようで、聞いたことのない鼻歌を歌っていた。


壁の入り口には強そうな人が何人もいて、見張りをしていたのだけれど、その中の一人が僕達に手をかざして何かを調べているようだった。


僕はその行為が少し長いなと思ってはいたけれど、アリスは何事も無いように黙って立っていたので、中に入るにはこれくらい慎重じゃないといけないのだと理解した。


検査が終わって壁の中に入ると、入り口から出口まで道路にして二車線分くらいの幅があるようで、左右には扉と階段が付いていた。


その階段を上ると壁の屋上に出るのだろうか。


僕はその答えを知らないまま壁を抜けていた。


壁を抜けた先は、小規模の温泉街のような街並みだった。


「へえ、壁のすぐそばなのに結構活気あるんだね」


「まあね、ここから街中まで歩いて一日かかるような距離だし、これから外に出る人もいったん休憩しておかないと次に休めるのがいつかわからないしね」


アリスがそう言いながら僕の手を引いて目的の宿まで連れて行ってくれた。


「そう言えば、ここまでの道中でどれくらい稼いだっけ? どれどれ、うん、これくらいあればしばらくは暮らせそうだね」


「ここは結構高い宿なのかな?」


「この辺はどこも同じような値段だけど、街中に行くと上下の振れ幅は大きいかもよ。でも、どれくらい滞在するかによって選べばいいんじゃないかな?」


どれくらい滞在するかは決めていないけれど、今回は魔王と戦うことが目的ではなく、この世界を知る事を目的にすれば、次の転生の時には何かの役に立つかもしれないな。


「そうだな、何か仕事があればそれをやりながら今後について決めようかと思っているよ」


「そっか、お兄さんも転生するときに言われたかもしれないけれど、魔王討伐とかって他の人がやってくれてもいいだろうしね。生き返れるって知ってても、なるべくなら死にたくないもんだよね」


「全くだね。出来れば早く終わらせたいけれど、その方法がわかるまでは気長に頑張ってみるよ」


僕達が宿に入ると、宿の中は想像以上に人が多く溢れていた。


「あらら、こりゃ外で何かあるのかもしれないよ」


アリスが僕にそう教えてくれると、奥にいた宿の従業員と何か話していた。


「あのさ、明後日から外で大型の怪物を駆除するらしくてさ、この辺の宿はほとんど部屋が埋まっちゃってるんだってさ。で、客室は無理なんだけれど、使ってない従業員の部屋なら空いてるらしいんだよね」


「僕はゆっくり休めるならそこでも構わないけど」


「それがさ、二部屋じゃなくて私との相部屋になっちゃうんだけど」


「相部屋か、アリスもゆっくり羽を伸ばしたいだろうし、僕は外でも大丈夫だよ」


「いやいやいや、さすがに宿があるのに外で寝られたら迷惑だろ。ま、お兄さんとは一週間以上も一緒にいたし、変な事しなそうだから私的にはかまわないけれどね」


僕達が案内された部屋は生活するというよりも、寝るためだけの部屋と言われても疑問に思わないような造りになっていた。


わずか三畳ほどの部屋に布団が二組だけで、あとは入り口横に小さいテーブルがあるだけだった。


「ありゃー、思っていたよりも狭い部屋だったね。寝る時はお兄さんの布団とくっついちゃうかもしれないなぁ」


アリスは外で寝ている時も寝顔を見せないようにしていたので、もしかしたら寝顔を見られるのが恥ずかしいのかもしれない。


「寝顔を見られるのが恥ずかしいなら、僕はアリスの足元側を頭にして寝るよ」


「バカ、そっちの方が恥ずかしいだろ」


僕の提案は間違っていたようだった。


おそらく布団が収納されていた押し入れのような場所にすぐに使わない荷物類を纏めて身軽になると、食堂に行って何か食べることにした。


この辺りは特に名物料理的なものはないらしく、どれもそこそこ美味しいとの事だったけれど、こっちの世界に来てからまともな食事をとっていないのでとても楽しみだった。


メニューを見ても料理の想像がつかないものもあったため、注文はアリスに任せることにしたのだけれど、運ばれてきた料理はどれも美味しそうな物ばかりだった。


「あのさ、お兄さんてお酒は飲むのかい?」


「僕は好んでは飲まないかも、たまに誘われたら飲む程度かな」


「そうなんだ、私ってさ、子供みたいな見た目だけど、こう見えても大人なんで酒も飲めるんだよね。でさ、ここまで無事にやってこれたってことで、一杯付き合ってもらえないかな?」


「ああ、それくらいならお安い御用だよ。そう言えば、この世界に来てからお酒を飲んだこと無いかも」


「そうかそうか、お兄さんはこっちのお酒飲んだこと無いんだ。じゃあ、飲みやすいやつにしよう。量は普通でいいよね」


アリスが追加で頼んだお酒は赤ワインのような見た目と匂いだった。


乾杯して一口すすってみると、ワインのような渋みもアルコール分も少なく、確かに飲みやすいお酒だった。


アリスは目の前に運ばれてきたお酒をグイグイ飲むと、続けざまにおかわりを頼んでいた。


「実はさ、この世界って食べ物はそこそこなんだけど、酒は美味いんだよね。作り方はワインと一緒みたいなんだけど、ブドウが違うのかもしれないよ。お兄さんもたくさん飲んでいいんだからね」


僕は軽く一杯で満足だったのだけれど、アリスは続けて五杯くらい飲んでいた。


空腹も満たせたし、アリスはお酒を飲んでその辺も満たされたみたいなので、部屋に戻って休むことにした。


部屋に戻っても布団が敷いてあるわけではなかったので、自分たちで布団を敷くことにしたのだけれど、酔っているのかアリスは僕の邪魔をしていた。


どうにかして大人しくさせようとしてみたのだけれど、どれも逆効果だったらしく、酔っ払いのうざ絡みが止まることは無かった。


「ちゃんとしないと布団敷けないよ。アリスは布団で寝なくていいの?」


「アリスは布団敷かなくてもいいもん。お兄さんの布団に入って一緒に寝るから大丈夫だよ」


そんなことを言いながら、自分の発言が面白かったのか、アリスはケラケラと笑って邪魔をし続けていた。


二人分の布団をどうにか敷いてみたのだけれど、敷布団が思っていたよりも薄く、このまま寝ると背中と腰が痛くなりそうな感じだった。


外で寝ていた時を思うと、これでも贅沢だとは思うのだけれど、人間は欲深い生き物だと、つくづく実感した。


「ねえねえ、こんな硬い床の上にこんな薄い布団で寝るのはイヤだよ。アリスはふかふかのお布団がいいです。ねえ、お兄さんもそうだよね、ね?」


そう言ったアリスはせっかく並べた布団を重ねてしまい、その上にゴロンと寝転んでしまった。


「アリスはもう動けません。だから、お兄さんも一緒にここで寝なくちゃね。大丈夫、アリスはお兄さんに何もしませんから」


そう言いながらも笑っているアリスを見ていると、酔っ払いってこんな感じだったなと思っていた。


そのまましばらく様子を見ていると、アリスは疲労とお酒のせいなのか優しい寝息を立てて眠ってしまった。


僕は布団の隣に座って壁に寄り掛かりながら目を閉じると、いつの間にか眠りに落ちていたようだった。


目が覚めると外はまだ暗いままだったので、それほど寝ていたわけではないらしかったのだけれど、横を見るとアリスと目が合った。


アリスは僕と目が合うと、ニコッと笑っていた。


「やっぱりお兄さんは信用できる人のようだね。私があんな醜態を晒してしまっても優しいままだったからさ。私はこれからお風呂に入ってくるけど、長風呂になると思うんでお兄さんは布団で寝てても良いからね」


そう言い残してアリスは浴場へと向かっていった。


寝起きではあったけれど、まだ寝たりない僕は布団の上に横になる事にした。


布団の上でまどろんでいると、どこからともなく優しい甘い香りがしてきた。


その優しい香りに包まれた僕はとろけるように眠りの海に落ちていった。



左手に重みを感じて目が覚めると、僕の左手を枕にしてアリスが寝ていた。


寝返りを打とうと思っても、アリスがしっかり乗っているので動くことが出来なかった。


ちょっとだけ体を動かすと、アリスも目を覚ましたようだった。


「んん、ごめんね。お兄さんが気持ちよさそうに寝てたからさ、起こすのも悪いと思って横に寝ちゃってたよ。でも、お兄さんと一緒にいると何だか落ち着くね」


先ほど感じた甘い匂いはアリスから出ているようで、アリスが動くと優しい匂いが僕の殻らを包みこんでいるようだった。


「ずっと一人で寂しかったんで、今日だけは一緒にいてね。大丈夫、もう酔ってないからさ。おやすみなさい」


そう言ってアリスは僕に背中を向けると僕の左手を枕にしたまま、右手を引いていって僕はアリスを包みこむような形になった。


外で寝ている時もアリスがいる安心感があったのだけれど、この形も別の安心感を感じることが出来た。


アリスの優しい匂いを嗅いでいると、僕の心も穏やかになっていって、今夜は久しぶりに熟睡できそうな予感がしていた。


明日は中心街に行って色々と案内してもらおうかなと考えている間に、僕は深い眠りに落ちていた。



差し込む朝日の眩しさで目覚めると、アリスは僕の腕の中でまだ寝ているらしく、可愛らしい寝息を聞くことが出来た。


最初に横になっていた時も、今現在寝ている時も、アリスの寝顔を見ることが出来なかったなと思っていると、アリスはゆっくりと振り返ってきた。


「お兄さんおはよう。今日もよろしくね」


外よりも明るい笑顔が僕に向けられていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る